第1章 第18話 皇帝を取りまいている陰謀
本作『拝啓、異世界に転生したら邪神になりました』を、お読みいただきありがとうございます。
今週で投稿を始めてから、約一か月が経ちました。
私の個人的な事情もあって、毎日投稿するのは難しかったのですが、それでも追って読んでいただいている読者様、本当にありがとうございます。
今後も不定期の更新になるとは思いますが、それでも読んでいただけると嬉しいです。
これからも、ノワールとメノアの旅路を見守ってもらえると幸いです。
中性的な声音の彼女、ローズは女性だ。
しかし、女性の平均身長を優に超える、高身長。
すらりと引き締まり、起伏が明確な体型だった。
そんな幽艶な美貌を覆うのは、チャイナドレス。
生地は照りのある蛍光の紫黒だ。
金色の蛇の紋様が刺繍されている。
ドレスのスリットから覗いた婀娜な太腿は、白濁じみていた。
濡羽のストレートヘアーにはお団子カバーが被せられ、毛先にかけ藍色に発色。
それは綺麗なグラデーションのようにも思えた。
容貌は絶世と言える。
成熟した色気があり、だが毒牙のように鋭利で危険な香りが内包されている。
それを加味させるのが、鷹の如き鋭さの深紅のつり目だ。
穏健な気質に見えるが安易に触れてはならない。
口調や態度に現れるそれらも、しかし全て計算された外面でしかないのだろう。
決して本心からではない。
意図的に作られた性質だ。
穏やかな雰囲気に危険な気配を纏った人物だった。
「私のことは、既にヴェノム君から聞いているのかな……それとも、まずは自己紹介から始めたほうが良いかい?」
ローズが階段を上りながら聞いた。
その後ろにいる僕が返答する前に、彼女は続けて言う。
「――ああ、でも『初めまして』って挨拶するのも、何だかおかしいよね」
と、ローズ。
僕は違和感を覚え、怪訝に尋ねる。
「ローズさんとは初対面の筈だけど……」
それは間違いない。
彼女とは此処『竜脈の畔』で、初めて会った。
実は前世からの知り合いという線も無いと思う。
転生前の記憶が曖昧だから、完全には断言しかねるが――。
すると、そんな僕の反応にローズは僅かに笑った。
「ああ、変な言い方をしてしまってすまないね……別に深い意味があるわけじゃないんだ」
誤解を生んだのならすまない、そうローズは謝る。
ただ、と後ろの僕を横目に言った。
「少し前から、君の動向を観察していてね。だから、そのせいか身近な存在に感じられるんだよ」
取り繕ったように言ってはいるが、それは盗撮まがいの侵害行為ではないのかな。
知らない所で、他人に日常を見られている。
あまり気持ちの良いものではないだろう。
大概の事柄に無頓着な僕だが、しかし人並みに不快感は感じる。
『……嘘つけ、詐欺師。ローズに見られている事に、お前はわざと気付いていないフリをしていただろうが』
いつもより口調に覇気のないメノア様が指摘する。
知り合いの女神様とのババ抜きは終わりましたか。
予想は出来てますが、結果を教えて下さい。
僕の魂の所在も。
『あれは、その場で適当に吐いた冗談だ』
メノア様は疲れたように息をする。
何だ、嘘だったのか。
それなら、安心だ。
『お前のような最高級の素材を、遊戯のかけ金に出すわけがないだろう。そこらの量産型の転生者ならまだしも』
異界にいるメノア様は、硝子のコップに飲料でも入れているのだろう。
飲み物を注いでいるのが聞こえた。
――どうでしょうね。
怪しいところですが。
メノア様なら、そんな賭けもやりかねない。
『昔の私だったら、確かに若気のいたりでやったかもしれないな……』
乾いた笑いをしたメノア様は。
――ゴクゴク。
と、飲料を口にする。
なら、糞婆になった現在のメノア様は、何を賭けたんですか。
遊戯をやったのは事実でしょうし、かけ金があったのも本当ですよね。
ただ、それが僕の魂とは別の物だったわけで。
『そうだ』
と、メノア様は喉を潤したのか声に活力が戻る。
コップを置いてから答えた。
『全容を説明すると長々となるから割愛するが……つまり私はこの世界レネイストの権利を賭けたわけだ』
どういうわけだ。
まるで、分からない。
結論が壮大過ぎる。
そうなった過程が無いと、理解が追い付かない。
『ああ……心配はいらん。仮に私が負けようが、別にレネイストが滅びるわけではない』
こちらを安心させるように言っているが――。
そんな不安は抱いていない。
『じゃあ、何に対して文句があるんだ』
聞いてやる、と偉そうなメノア様。
それ以前の話ですよ。
色々と言いたいですけど、とりあえずこれだけ。
遊戯で決めるような案件ではない。
それもババ抜きで。
『じゃんけんも、候補にあった』
もっと悪い。
そんな子供のお遊びのような方法で、世界の権利を賭けられるなど、下界で生きる人達からすればたまったものではない。
『知らないのだから、何も問題はあるまい。バレなければ、それは犯罪にはならないんだよ』
分かったか? とメノア様が悪びれもせず言い切る。
流石は性根が腐っている女神様だ。
ただの戯言も、この方が口にすると自然体ゆえに真理に聞こえる。
『良い勉強になったな』
これは学習になるのかな。
女神による婉曲な洗脳な気もする。
『勉強だよ』
「勉強か」
『そうだ』
そうらしい。
僕は洗脳――。
勉強をさせられた。
実に有意義な学びだ。
「……ん、何か言ったかな少年。勉強、というのが聞こえたけど」
ローズが前を向いたまま訊ねてきた。
つい、心の声を口にしてしまっていたようだ。
あまり大きな声量ではなかったけど、近い距離にいたローズには聞こえていた。
そんな問題のある発言ではないので良いが。
さて、どう返したものかな。
「僕は将来……冒険者になるのが夢でね。その為に、最近は魔物学だったり魔法工学の勉強をしているんだ。部屋についたら、その勉強の続きをしようと思っていてね……思わず、気持ちが出てしまったんだよ」
『お前のような愚鈍な狂人が、そんな勤勉な糞餓鬼だったとは、驚いた』
クックック、とメノア様が意地の悪い笑いをする。
僕が適当に考えた設定を嘲笑っていた。
勿論、そんな大層な夢は抱いていない。
レネイストにある職業から、僕のような年齢の男児が憧れそうなものを選んだだけである。
そこに実在する学問を付け加えた。
変に怪しまれる事はないだろう。
「そうなんだ」
と、ローズが一言。
感想がそれだけなのかな。
咄嗟に頑張って考えたのに。
『うっすいコメントだな。私の方が長かった』
――ですね。
疑われているとは思わないですけど。
『単純に餓鬼の将来の夢などには、興味関心がないだけだろ』
――ボリボリ。
メノア様が、またお菓子を摘まみ始めた。
それなら良いですけどね。
「ローズさんは、夢とかは無いんですか?」
ただ、黙っているのもあれなので。
僕から少し話題をふってみる。
というか――。
いま思ったんだけど『竜脈の畔』の二階に繋がる階段は、終わりが見えない。
横幅は広いので、ローズの後ろにいる僕の視点からでも、前方は確認が可能だ。
そこには上階に繋がっているのだろう階段が延々と続いている。
辿り着ける階層があるのか不明な、果てのない段差だ。
これは多分《次元歪曲》の応用かな。
『竜脈の畔』の、一階と二階――。
その間の部分を《次元歪曲》で、空間ごと捻じ曲げている。
『独自の防犯対策だろうな。かわいらしい小細工だ』
メノア様が馬鹿にする。
『竜脈の畔』は、裏ギルドとの橋渡し役。
表裏、その両方の世界との中間に位置する宿屋だ。
非合法的な職業の人物などと、日常的に関わる機会は多々あるだろう。
それなりの防犯対策や自衛を備えていても、不思議ではない。
「私の夢かい……? そんなものは幼少期にさえ考えた記憶はないが」
『つまらん餓鬼だったんだな』
――うーん。
と、ローズは思案するように間を置いて。
「夢ではないけど……いまは満足した職に就いてはいるよ」
『どうせ、つまらん仕事だろ』
異界にいるメノア様の声は僕にしか聞こえない。
ベルザのような例外もあるが、ローズの耳には入っていない。
『裏社会に生きる輩は、中身のないつまらん奴か、頭のねじが外れた奴のどちらかだ』
なので、そんな偏見は僕しか聞こえていないので大丈夫だ。
つまらない仕事なのは、メノア様も同じでは。
女神に面白さ、やりがいなどを感じていますか。
『無論だ。女神だから、私の独断と横暴で世界を好きに出来る。これ以上に愉しい職業も他にない』
メノア様が堂々と言い張った。
横暴な自覚はあるようだ。
『無ければ、ただの阿呆だろう』
違うんですか。
そうだと認識していましたけど。
『私は阿呆ではない。学習をしない馬鹿だ』
どちらも似たようなものだと思う。
謎の拘りだ。
「こうして宿屋も経営しているし、おかげさまで最近ではお得意様から、高額な護衛依頼も舞い込んできたんだ。商売繁盛で何よりだよ」
ローズが軽やかに言った。
彼女、ローズの素性は『竜脈の畔』の責任者。
それと同時に武器商人の組合『狂笑会』の首席でもある。
まあ、バーテンダーのヴェノムから聞いた情報でしかないけどね。
真偽は不明だ。
それを裏付ける情報は持ち合わせていない。
だけど、現在の状況で考えると筋は通る。
なんにせよ、そういった組織の関係者であるのは間違いない。
「忙しそうですね」
『お前の感想も薄いな。ローズと同レベルだ』
当たり障りのない事を言っただけだ。
無言で通すのも印象が悪いだろう。
『今更、お前がそんなものを気にするとはな。私からの印象は最の悪だ』
何だその独特な言い方は。
別に貴方に、どう思われようと構わないですよ。
メノア様の印象も、最の悪です。
『……言葉の使い方が気持ち悪い奴だな。普通に喋れないのか』
「うん、そうだね。確かに忙しい」
と、そんな女神のブーメランな発言は聞き流して。
ローズの話に耳を傾けた。
「特に今朝からは多忙なんだよね」
「へー」
そうなんだ。
大変そう。
「なんでか、知りたいかい?」
「いや、別に」
興味ない。
それよりお腹空いた。
「君には特別に教えてあげよう」
「僕は唯の凡人なので、教えないでいいです」
そういえば――。
メノア様が言っていた店は『蛇鶏王亭』だったかな。
今晩は『竜脈の畔』に泊まるとして、明日にでも行ってみよう。
『世界を支配する〈魔王〉様も絶賛! 天に上る快楽を味わえる特盛蕎麦、な』
メノア様が流暢に紹介する。
商品名ですか、それは。
レネイストにいる〈魔王〉は、食レポなんてするんですね。
何か柄でもない。
〈魔王〉のイメージとは違う。
『そいつは職業差別だ。〈魔王〉だろうがなんだろうが些細な事だ。食文化に種族も国境も関係はないんだよ』
――確かに。
その通りです。
僕が間違っていました。
「今朝がたのことだよ。ヴァミリド神教国の星凱帝エレンが『竜脈の畔』を訪ねて来たのは」
断りを入れたのに話しだした。
この感じは、途中で遮るのも無駄かな。
黙って聞こう。
『聞き分けが良いな』
諦めがいいだけですよ。
労力を割きたいと思わない。
疲れるからね。
「……なんでも、ここ最近になり当代の星凱帝エレンが、星灯録教会に命を狙われているらしいんだ」
そう話している本人、ローズも然程興味がないのか。
どこか淡々としていた。
見聞きした話を、脚色はせずに続ける。
「エレンの側近は教会内部の派閥抗争が要因だとみているようだが……教会側の真意は分からない」
「へー」
『ふーん』
現在、僕がいるヴァミリド神教国は星凱帝が最高位の地位ではあるけれど、その裏で実権を握っているのは星灯録教会で。
当代の星凱帝は、教会の操り人形のような存在。
と、前にメノア様が言っていた。
その人形の糸を引いている人物が、人形を殺そうとするのは、どういう理由が想定されるだろう。
『使い道を失った。或いは、利用価値が無いと判断した』
安易に考えるならそんなところだろう。
僕と同じ見解だ。
――うん。
やはり、面倒な予感がする。
セラスも管理者の閲覧会が、どうのと言っていたし。
星凱帝周りが、色々ときな臭い。
関わらずに済まないかな。
『無理だろ、飽きらめろ糞餓鬼』
――ですよね。
いえ、分かっていますよ。
僕も現実は見えていますから。
『なら、無駄な問答をするな。面倒事はさっさと終わらせて、飯を食いに行こう』
世界を支配する〈魔王〉様も絶賛! 天に上る快楽を味わえる特盛蕎麦、ですね。
覚えていますよ。
『ああ、そうだ。当然、お前の奢りでな』
――チッ。
僕は胸中で舌を打った。
女神様はけち臭い。
『お前を〈邪神族〉に転生させる為に、多方面に便宜をはかったせいで、こちとらパン一切れ買えるかも怪しいほどに、金欠なんだよ』
違法な転生に関する保険金。
それから書類の偽装工作でしたか。
『……文句があるなら、その程度のお遊びも認めない、頭の固い管理者の閲覧会に言え』
異世界人を身勝手な都合で転生、それも〈邪神族〉に。
容認されないのは、当たり前なような。
そんな暴挙が見逃されたら、世界の秩序が崩壊するだろう。
『私を正論で殴るな……そういうところ、管理者の閲覧会の連中とソックリだ』
――良かった。
管理者の閲覧会は、まともな思考をする方達なようだ。
常識的な僕と気が合いそう。
【次話予告】
ノワールは『竜脈の畔』でセラスとの戦闘の後、その宿屋の責任者だと思われる人物、ローズに案内され客室がある二階に向かった。
『竜脈の畔』の階段には《次元歪曲》の応用により、空間が捻じ曲げられ延々と続いていた。
客室に到着するまでの間、ローズが話し出したのはノワールが異世界に転生してからというもの、何かと見聞きする異名、星凱帝に関する陰謀だった。
最後まで読んで下さりありがとうございます。
良ければ評価を貰えると嬉しいです。




