第1章 第14話 利益のない不毛な会話
本作『拝啓、異世界に転生したら邪神になりました』を、お読みいただきありがとうございます。
今週は私生活の都合上、投稿をするのが遅れてしまいました。
本当は週の半ばに投稿する予定だったのですが、執筆の時間が取れませんでした。
それでも追って読んでいただいている読者様、ありがとうございます。
明日は投稿をしますが、来週も同様に不定期の更新となります。
セラスの深紅の瞳が瞬き一つ。
その瞬間《魔法》を交差させた。
僕は動きを封じようと《死んでも怨みを忘れない毒蛇の呪縛》を、セラスは《虚空からの超音波》を。
邪眼が象嵌された鞭《死んでも怨みを忘れない毒蛇の呪縛》がセラスに絡みつき、だがその前に不可視の膜《虚空からの超音波》により防がれる。
セラスは身体能力が異常だ。
普通に《魔法》を放っても、容易に避けられてしまう。
なので、まずは拘束をしようと考えたのだが――。
『あの膜《虚空からの超音波》を突破するのは至難だ。紙切れ同然の薄さだが、その硬度は術者の魔力、その練度に依存する』
《虚空からの超音波》は《魔力障壁》と同様の《防御魔法》。
しかしながら、その系統は同じでも性能は、まるで異なる。
《魔力障壁》は、その術式に組み込まれた性能しか発揮する事が出来ない。
例えば《魔力障壁》の性能を数値で100と表記したとしよう。
それは防御が可能な限界値でもある。
100までの《魔法》初級や中級程度なら《魔力障壁》でも、充分に対応可能だろう。
しかし、それを上回る威力の上級の《魔法》だと《魔力障壁》は破られる。
僕が放った《死んでも怨みを忘れない毒蛇の呪縛》は、その限界値を超えている。
だから、セラスは《虚空からの超音波》を使った。
『私から見ても……あまり賛辞を送りたいとは思わないが、セラスの魔力量はそれなりだ。その女の《虚空からの超音波》を破るのは、爪楊枝で金属板に穴を開けるようなものだ』
《虚空からの超音波》の術式には限界値が存在しない。
その性能は術式を行使した術者が、どれだけ魔力を扱えるかによる。
素人がやれば頼りない硬度でも、魔力の練度が長けた熟練の術者なら、メノア様は金属板と喩えたが。
実際には、それ以上の硬さだろうと考えられる。
――さて。
セラスを殺すのは容易なんだけど。
その前に話を聞いておきたかった。
だけど、捕らえるのは難しそう。
《死んでも怨みを忘れない毒蛇の呪縛》は、捕縛を目的とした《魔法》の中でも最上位の術式だ。
それを防がれたなら、他の下位の術式を試すのは徒労だろう。
――うん。
何か、もう面倒だから終わらせよう。
『殺すか?』
そうだね。
別にセラスの言い分とか聞き入れる必要もない。
お腹も空いた。
異世界に転生してから、まだ何も食事をしていない。
『神都アリオンには『蛇鶏王亭』という料理茶屋がある。そこの蕎麦は、なかなかに絶品だ。今度、時間があるときに行ってみるといい』
なるほど。
――『蛇鶏王亭』。
覚えておこうかな。
『勿論、お前の自腹でな』
奢ってはもらえないんですね。
まあ、メノア様は何かとケチ臭いですから、仕方ないか。
『……倹約家と言え。最近は出費が続いていてな。あまり貯金に余裕が無いんだよ』
女神も金銭を貯めるんですね。
そんなに何を買ったのかな。
『異世界人を転生させるとき、稀に失敗をする事があるんだが、その場合におりる保険金の支払いだ』
「何だ、それは……」
異世界転生に保険とかあるのか。
そんな制度、初耳だ。
『最近は、異世界人を転生させるのも、色々と厳正な審査と条件が必要でな』
ほうほう。
面倒臭そうですね。
『当然、異世界人をあろうことか〈邪神族〉に転生させるなど、認められている筈もない』
――おっと。
何か流れが変わったな。
『違法な転生を実行するには……つまるところ偽装工作が必要になるわけだ』
メノア様に悪びれた様子は感じられない。
その行為を犯したんですね。
『管理者の閲覧会の目を誤魔化さないと、処刑されるからな』
穏やかな話ではないな。
少し転生に関する書類を偽装しただけで処刑ですか。
『その程度で済むなら優しい方だ……最悪、執行者が送られる』
管理者の閲覧会もですけど、執行者とは。
どういう役職の人なのかな。
監察官的な、そんな感じだろうか。
『……そんな可愛いものではない』
メノア様は声の調子が変わる。
どうやら僕の想像とは違うようだ。
『言っただろう、執行者だと……あいつら管理者の閲覧会はレネイストだけに限らず数多の異世界の秩序を調整する番人だ』
確かに、それだと監察官というのは少し適切ではないな。
秩序の調整というのが気にはなるけど――。
『それは、また今度……機会があったら教えてやるよ』
今はそれより、とメノア様。
脱線をした話をきりあげる。
『その世界最速性欲淫乱聖女を、さっさと片付けろ』
疲れませんか、その異名を言うの。
シンプルに名前だけで良いですよ。
『これはクソの役にも立たない雑学だが、セラスは非常に絶頂しやすい体質でな。そこに達する速さもかけられている異名だ』
本当に無駄な情報だ。
そんな事情、何で知っているんですか。
いや、言わないで良いです。
『そうか?』
心なしか残念そう。
言いたかったのかな。
「――〈勇者〉カイン、やはり貴方と私は結ばれる運命にありますわ」
「僕はノワールです」
セラスは胸の前で両手を絡ませる。
陶然としたその貌は、どこか病的なものを感じさせる。
さながら幻覚症状に陥っているような――。
瞳は確実に此方を見ている。
しかし、そこに映るのはセラスが妄想した幻の世界の僕だった。
「カイン、子供は何人欲しいですか? 私は娘が二人と息子が一人、いえ双子というのも良いですわね」
「僕はノワールです」
眼前で展開されるセラスの世界。
彼女は現実を視ていない。
それは意図的なものか。
或いは、無意識のうちに幻を作り出しているのか。
どちらにしろ、まともな会話が行えそうな人物ではない。
隙を見て逃げよう。
「それから家は精霊の楽園に建てたいですわね。あそこは精霊の加護を享受する事が出来ますし、子育てをする環境に最適ですわ。あなたもそう思いますわよね、カイン」
「僕はノワールです」
知らない間に出産した後の事まで、話が進んでいる。
精霊の楽園は〈精霊族〉の住処だったかな。
たしか場所は――。
いや、それはいまどうでもいい。
「名前は男の子ならノエル、女の子ならエレンが良いですわ。あなたは何か候補はありますか、カイン」
「僕はノワールです」
命名など好きにすればいい。
そもそも、子供以前に結婚する気はさらさらない。
こんな〈聖女〉と結ばれるなら、メノア様の人体実験の被験者になるのを選ぶ。
「私とカインの間に子供を授かったと知れば……きっとライリーラも管理者の閲覧会の生贄にならずに済みますわ」
「僕はノワ……ん? いまなんて言った?」
壊れた人形のように言葉を繰り返していたが――。
聞き逃せない人物と組織が混ざっていた。
ライリーラ、即ち先代の星凱帝。
管理者の閲覧会は、つい先程聞いたばかり。
異世界を調整する秩序の番人。
「嗚呼、可哀想なライリーラ……あの野蛮で醜悪な執行者のせいで、あんな悲惨な目に……」
セラスが歌うような口調で言った。
両手で顔を覆い、悲痛な雰囲気を漂わせる。
そういえば、と僕は『竜脈の畔』に来る前に見た事を思い出す。
ベルザにより《次元歪曲》で、神都アリオンの路地に転移をした。
直後、僕は不審な男女を見かけた。
その片方、女性の魂がライリーラだと教えられる。
どういう裏事情があるのかは知らないが、きっと面倒事だろう。
だって、レネイストにある国のうち、ヴァミリド神教国が大国とはいえ、たかだか下界の皇族に管理者の閲覧会が首を突っ込むのは、余程の案件なのは間違いない。
関わり合いにならないようにしよう。
「――ですが、カイン。貴方の力があれば、必ずライリーラを救えますわ……ええ、だってカインは〈勇者〉なのですから」
セラスが顔を上げる。
その瞳に光りが宿り、幻の世界から帰ってきた。
然れど、僕の存在に〈勇者〉の幻影を被せている。
演技にも思えない。
彼女は本心から、僕をカインだと認識している。
どうしますか、女神様。
話し合いで解決するのは難しい、というか不可能だと思いますが。
セラスは魔力を吸収するから《次元歪曲》は使えませんし、全力で走って逃げようかと。
『……』
返事がない。
どうしたのかな。
メノア様、聞いてますか。
『……』
呼びかけても応答がない。
おかしいな。
意識は繋がっているんだけど。
この間みたいに、また途切れたのかな。
それか、寝落ち。
メノア様ならありえる。
まあ、いいや。
放っておこう。
忘れた頃に戻って来るだろう。
「――ですから、カイン。貴方の子種を私に渡して下さい。ええ、別に生殖行為を介する以外でも構いませんよ。その場合は……貴方の身体を解剖する事になりますが」
セラスが白葬剣フュレネラを向ける。
その剣先が僕の下半身に定まっていた。
怖いよ。
想像しただけで、いまにも泣きそうだ。
「すまないけど、僕はノワールなんだよ。だから、君の要求は呑めない」
僕は恐怖に震えながら口を動かした。
人体を解剖されるのは嫌だ。
痛そうである。
女神様に改造はされたけど。
「そっちの事情は全然分かんないんだけどさ……うん、とりあえず頑張ってね!」
と、僕は拳を握り応援を送る。
僕以外、他の男性なら喜んで差し出す。
だけれど、自らが犠牲になるのは御免だ。
どうにか見逃してもらえないかな。
「まあ! ライリーラの為に、その身を捧げて下さるのですわね! 流石は〈勇者〉カイン様ですわ!」
「駄目だ、この女……話が通じない」
セラスが目を輝かせる。
白葬剣フュレネラを横に振り払った。
数十の〈葬白蝶フュラネル〉が飛び立つ。
「……悪いけど、僕は常に自己の利益しか考えていないんだ」
だから、と続けて言う。
暁灯瑠刀フォルラリスを肩に担いで。
「人助けなんて無益な慈善活動をする暇があるなら、女神様の下痢の後処理でもしてるよ」
「流石、カイン様ですわ!」
――何が?
話聞いてたのかな。
言葉を理解していない。
会話が成立していない。
「メノア様より知能が低いかも……」
期待はしていなかった。
結局、こうなるのか。
改めて、僕は対峙をした。
【次話予告】
ノワールは『竜脈の畔』で、星灯録教会の〈聖女〉セラスと対峙をする。
しかしながら、会話を通じて意思の疎通を図ろうとするも、話がまともに行える相手ではなかった。
そんな不毛なやり取りの中に、星凱帝に関する重要な事柄を耳にする。
管理者の閲覧会なる秩序の番人を知ったノワールは、再び大太刀の刃先をセラスに向け死闘を繰り広げたのだった。
最後まで読んで下さりありがとうございます。
良ければ評価を貰えると嬉しいです。




