第1章 第13話 古の勇者の大太刀
本作『拝啓、異世界に転生したら邪神になりました』を、お読みいただきありがとうございます。
今週は事前にお伝えしていたように、私生活の都合上、毎日投稿するのが困難で不定期となってしまいました。
それでも、本作を追って読んでいただいている読者様には感謝しかありません。
来週も同様に不定期の投稿になるとは思いますが、時間があるときにでも読んでもらえると嬉しいです。
僕は《異空間収納》から、鞘に納められた大太刀を出した。
これは物質を異界に収納する事が可能な《魔法》だ。
大太刀、暁灯瑠刀フォルラリス。
それを手に取り、しかし刃は抜かない。
本来の性能を発揮させる気はなかった。
否、不可能だった。
暁灯瑠刀フォルラリスは、僕の所有物ではない。
これは借り物の力だ。
『気にするな。それの持ち主は、この世にいない。どう使おうが、お前の自由だ』
メノア様が言うのなら、分かりましたけど。
暁灯瑠刀フォルラリスの所有者は、誰なのか聞いてもいいですか。
『〈勇者〉カイン、千年以上前にいた〈勇者〉だな』
――千年。
そんな大昔の〈勇者〉が使っていた刀だったのか。
『……多分な』
と、メノア様。
歯切れが悪そうに言った。
『そんな昔の事は覚えていない……ただ、そんな感じの名前をした〈勇者〉が、何とか刀とかいうのを振り回していたような、ないような』
うーん、とメノア様は唸る。
だが、本気で思い出す気はないのだろう。
それより、何でその〈勇者〉カインが使っていた暁灯瑠刀フォルラリスを、僕が持っているんですか。
『私が盗んで、お前の《異空間収納》に入れておいたからだ。ありがたいと思え』
メノア様は傲岸に言う。
この女神の性質の悪い所は、そういう犯罪行為を慈善や親切に繋がると思っている事である。
僕も偉そうに人に説教出来る立場ではないが――。
それは唯の窃盗では。
『……馬鹿を言うな。そんな姑息な行為を、女神である私が犯すわけがないだろうが』
メノア様が前のめりに反論を、いや言い訳をする。
一応、最後まで聞いてあげよう。
『暁灯瑠刀フォルラリスは、借りただけだ。あとで返すつもりだった』
本当だ、とメノア様は念を押す。
さっき、盗んだと自白していましたよ。
『……そんな昔の発言は、いちいち覚えていない』
数秒前です。
記憶に新しいですよ。
『あーあー 聞こえない聞こえない』
メノア様は耳を塞いでいるのだろう。
大袈裟に聞こえない、と連呼していた。
そんな女神は放っておいて――。
僕は暁灯瑠刀フォルラリスの柄を握る。
「セラスさん……? 様付けした方が良いのかな? セラス様の申し出は、悪いんだけど断らせてもらうよ」
暁灯瑠刀フォルラリスを片手に、セラスと対峙する。
セラスが現下、何を考えているのか読めないが――。
狂った色に染まった両目は、僕を正面から見据えている。
「君の事をあまり知らないし、そういう行為は段階を経るのが大切だと思うからね」
『なにを、真面目な回答をしているんだ、お前は……』
別に良いでしょう。
適当に答えたら、より面倒な展開になりそうなので。
『既に十分、面倒ではあると思うが』
それは確かに。
この後の展開は簡単に読める。
「あら、それなら仕方ないですわね」
セラスが瞬き一つ。
すると、驚いた事に先程までの狂気が嘘のように消えた。
「純情な乙女の恋心を受け取ってもらえないのでしたら、仕方ありません」
『……純情な乙女?』
メノア様が酷い困惑をする。
その反応には、僕も同感だ。
出会ってまた数分だが、セラスを純粋だとは思えない。
狂愛の阿婆擦れ、それがお似合いの呼び方だろう。
『いいな、それ。今後、私も使わせてもらおう』
――どうぞ。
お好きなように使って下さい。
「貴方のような最高級の男の子に、傷を付けるのは避けたかったのですが……」
セラスが瞼を伏せる。
それが開けられると、瞳に映るのは冷淡な感情だった。
「本番を行う前の、前戯ということで……お許し下さい」
セラスが右手を横に振れば。
中空に白い蝶が現れ、それが周囲を飛ぶ。
魔力の粒子が集まると、セラスの右掌に握られたのは刀身が雪のように真っ白な長剣だ。
『白葬剣フュレネラ、斬った対象の魔力を葬る剣だ』
吸収とかではないのかな。
それとも――。
『魔力が吸い取られるだけなら、まだいい。魔力が体内で回復するのを待てば済む話だからな』
だけど、とメノア様。
忠告をするように続けた。
『白葬剣フュレネラは、魔力を永久に葬るんだよ。つまり吸収とは違い、斬られた魔力はどれだけ時間が経とうが回復しない』
基本的に魔力は血液のように、体内で生成される。
《魔法》や魔道具、その他魔力が必要な要素に於いて、様々な場面で魔力は用いられるが、そのときに消費された魔力は自然に回復するのが通常である。
外的な要因、例えば吸収などで消失しようとも同様だ。
しかしながら、白葬剣フュレネラの特性は、それに当て嵌まらなかった。
白葬剣フュレネラに葬られた魔力は戻らない。
『星力も例外ではないからな。それを葬られたら《理を変転させる幻惑の坩堝》は使えん』
《権能》――《理を変転させる幻惑の坩堝》の源は星力。
白葬剣フュレネラの対象だった。
星力を葬られる、そうなれば《理を変転させる幻惑の坩堝》は必然的に封じられる。
『簡単な話、白葬剣フュレネラに斬られなければ良いだけだ』
楽勝だろう、とメノア様が試すように言う。
――どうだろう。
あんまり自信は無いですけどね。
セラスの移動を追うのさえ、ままならない。
『お前を創造した私を誤魔化せると思うなよ』
メノア様が語気を強める。
何のことかな。
『あの程度の速度に、お前の視覚がついていけない訳がないだろうが。さっきも、わざとセラスに抱き着かせる隙を与えただろ』
――いやいや。
そんな真似する必要ありますか。
あれは単に僕が油断していただけですよ。
『私の目には《巨人の撃砕》でセラスの頭を殴り飛ばしたときに、あの女の体内に別の《魔法》を仕込んだように見えたんだがな』
そんな器用な芸当は出来ませんよ。
気のせいです。
『……何にせよ、セラスの種馬になる結末にならないよう、せいぜい気を付けるんだな』
紛れもない最悪の結末だ。
どこか、それを望んでいるように思えるのは考え過ぎかな。
いや、そう願いたい。
と、そのとき――。
蝶が舞った。
雪より尚、白さを醸し出す蝶。
『〈葬白蝶フュラネル〉だ。それも白葬剣フュレネラと似たような特性を兼ね備えている』
セラスが白葬剣フュレネラを振るう。
また蝶が――。
〈葬白蝶フュラネル〉が、白葬剣フュレネラの軌跡を追うように舞った。
『厄介なのは……〈葬白蝶フュラネル〉は、独立した意思を持った生命体だということだ。使い魔のように術者を殺しても〈葬白蝶フュラネル〉は消滅しない』
〈葬白蝶フュラネル〉を生み出しているのはセラス。
しかし、セラス本人を殺して終わりではない。
『雑多に変わりはないが、数が増えると駆除するのが面倒だ』
増殖する前にセラスと〈葬白蝶フュラネル〉を片付ける。
短期での決着をしなければならない。
とはいえ、だ。
魔力はまだしも、星力が葬られる危険性は考慮しないと。
僕は少し距離を取る。
〈葬白蝶フュラネル〉を用心した上での後退だ。
だが、僕の思考とは反対に――。
セラスは距離を詰めた。
――神速。
そんな陳腐な次元ではない。
移動の残像、白葬剣フュレネラの挙動、それから剣戟の軌跡。
それらが肉眼だと見えなかった。
『セラスの動きを目で追うな。その女は『世界最速性欲淫乱聖女』の異名を冠するだけあって、無駄に足が速い』
何だ、そのダサい異名は。
メノア様の史上最強何とかに匹敵する。
『史上最強才色兼備天才女神だ』
言い慣れている。
練習してますよね。
『……してない』
嘘だな。
僕は何が起きているのか、感覚で捉える。
刹那にも満たない死闘だ。
幾万もの〈葬白蝶フュラネル〉が舞い上がる。
『――そういえば、最近古い知り合いの〈竜種〉ミネルヴァが、バニーガールのバイトを始めたらしいんだが』
本当に何の話だ。
どう見ても、タイミングが違う。
『長い間、運動をしていなかったから、接客の際に逆立ちをしたら骨折をしたらしい』
どこかで聞いた覚えのある店だ。
〈竜種〉は最上位の種族の筈だけど。
そんな方が怪我なんてするんですね。
『ああ、ミネルヴァは極度のひきこもりだからな。コミュニケーション能力が皆無な上に、軽い散歩で息切れする運動音痴だ』
〈竜種〉とは思えない体力だ。
そこら辺の子供の方が健康そう。
無駄話に意識を傾けていた僕の懐、そこをセラスが一閃。
『痛い!』
何で貴方が痛がる。
それに斬られてはいない。
白葬剣フュレネラに胴体を斬られ、だがその僕は偽物。
過去に置き忘れられた残像だ。
本物はセラスの背後。
僕が後ろに回り込み、無防備な背中を打つ。
胸椎と腰椎を一緒に砕いた。
「いったーい!」
セラスが悲鳴を上げる。
全然痛そうではない。
『その程度、痛かないだろ。甘ったるい声を出すな、気持ち悪い』
しかし、異変が突発する。
裂傷から血は流れずに〈葬白蝶フュラネル〉が、決河のように溢れ出し、僕は狂瀾の流れにのまれたのだった。
『死んだな。セラスに星力を奪われて、パンツ一丁で土下座だ』
そう嗤うメノア様だったが――。
はなから、そんな結末考えてもいないですよね。
『そうなったらいいな、とは思ってる』
「ふざけるな、糞女神」
そんな未来にはならない。
僕は咄嗟に機転をきかせる。
多少、星力が葬られるのは仕方ない。
右拳を握り《巨人の撃砕》で顔面を殴った。
セラスは鼻が潰れる。
拳は勢いが衰えない。
肌を穿ち、頭蓋を砕き、顔を貫いた。
肉と血が飛び散り、セラスはたたらを踏む。
瞬間、僕の側頭部が削がれた。
音速の強打だ。
三日月に変形するのは、セラスの唇。
セラスが嗤う。
「この濃密な星力、さっすが元〈勇者〉様ですわ~」
僕から奪ったであろう星力。
それが〈葬白蝶フュラネル〉を介して、セラスに送られていた。
「何の事かな。そんな大層な経歴は持ってないよ」
損傷は目元にも及ぶ。
僕は眼窩から左眼が零れ落ちた。
しかし、僕には《固有体質》がある。
心臓を潰されようと死なない《固有体質》――《不老不死》だ。
『星力を完全に奪われたら死ぬがな』
そうならないよう気を付けますよ。
顔を再生させ、僕は下段から下顎を蹴り上げた。
セラスも頭部が完治するが、治癒を終えたばかりの下顎骨が砕かれ脳が震撼する。
なのに、笑みは消えない。
「神殺しの〈勇者〉カイン。何故、今更またレネイストに戻ってきたのですか?」
セラスの怜悧な瞳が、僕の胸中を覗いた。
何かを確認するように詰問をする。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。僕の名前はノワール、女神メノア様の暇潰しによって、偶然にもレネイストに転生をした〈邪神族〉だよ」
僕にも裂けた薄い笑みがあった。
凄惨、惨状、屍山血河。
それらを体現するように、僕は蹴る。
セラスは殴る。
顔を潰し身体を裂かれ首を捥ぎ取り下腹部を抉られる。
大出血に〈葬白蝶フュラネル〉の絨毯が、臙脂に汚れた。
僕は大腸を吐き出し、セラスは頭部を損失。
子宮が潰れようが脳漿を失おうが死闘は終わらない。
魔力を巡らせ血を滾らせ、ぶつかり合った。
響き渡る肉の音は痛々しい。
その死闘には準備された戦略も、敵を騙すはったりもなかった。
あるのは、うねり猛った殺意の奔流だ。
死闘の時間は短い。
約、30秒。
だが、それは不格好な舞踏会にも見え、あまりにも惨かった。
セラスは頭部が口元から再生、舌が飛び出た。
唇が動き、言葉を発する。
「あらあら」
嗤いだ。
嘲笑に近い。
セラスには余裕があった。
「私は世界最速性欲淫乱聖女のセラスですわ。これから先、長い付き合いになると思いますから、覚えて下さいませ」
それ自称してたのか。
メノア様が適当に言っているだけかと。
『失礼だな。私は常に真実しか口にしない』
「嘘つけ」
その発言が既に虚偽だ。
僕も人の事を言えないが、この女神は本心を明かさない。
【次話予告】
ノワールは宿屋『竜脈の畔』で、星灯録教会の〈聖女〉であるセラスと望まない形で出会ってしまった。
彼女は性欲にまみれた淫乱な〈聖女〉であり、会話がまともに行える相手ではなかった。
貞操を守る為に、ノワールは暁灯瑠刀フォルラリスを手に対峙をする。
死闘を繰り広げる最中、セラスはある事柄を語り出す。
それはヴァミリド神教国の現状と、星凱帝の失踪に関わる事だった。
最後まで読んで下さりありがとうございます。
良ければ評価を貰えると嬉しいです。




