第1章 第12話 話が通じない異形の聖女
本作『拝啓、異世界に転生したら邪神になりました』を、お読みいただきありがとうございます。
先日、読者様より本作に対する評価と感想をいただけました。
私の趣味を全開にしている本作を楽しんでもらえたなら光栄です。
改めて、ありがとうございました。
今後とも追って読んでいただけると嬉しいです。
何でかな。
どうしてだろう。
僕は偽名を名乗ったのに。
素性を知られている。
何だ、この老人。
気持ち悪いな。
『お前には敵わんがな』
そうですか。
ありがとうございます。
メノア様に褒められて嬉しいです。
『なら、もっと嬉しそうにしろ』
してますよ。
見て下さいよ、この笑顔。
『……気色悪いな。お前の顔を創った奴の気が知れん。センスの欠片も無いな』
どうしたんですか。
そんな、いきなり自虐しだして。
「『狂笑会』の首席、ローズ・ヴァレンタイン様より、ノワール様の事情は伺っております。なんでも、かの阿婆擦れ〈聖女〉殿の餌食となり……齢7歳の身でありながら、その貞操を奪われただけに終わらず、その挙句身包みも剥がされてしまった。そんな状況に陥った絶望感と〈聖女〉殿に犯された羞恥心から、家族に合わせる顔もない故に路頭に迷っているので、身を寄せる場所を与えてほしい、と」
老人が朗々と語る。
いや、待て――。
何だよ、その壮絶なストーリーは。
僕が知らない設定を勝手に追加しないでもらいたい。
そんな悲惨な過去は持っていない。
「すまないけど、僕は感覚が鈍いんだよ」
『知ってる。お前こそ自虐して、どうした』
うるさいよ。
少し黙ってね。
「だから、いまの状況を把握出来ていないんだけど。そのローズさん……? というのは、どなたなのかな? 差し支えなければ教えてもらえるかい?」
まあ、何となしに予想は出来るけど。
ローズという人物が『竜脈の畔』の責任者だと考えるのが妥当だろう。
「これは失礼を――」
そう言い、老人はカクテルグラスを拭いている手を止める。
綺麗に水滴が取れたそれをカウンター下にしまうと、初めて視線を合わせた。
右手を胸に添え、僅かに頭を下げる。
「申し遅れました。私は宿屋『竜脈の畔』の管理を任されています、ヴェノムと申します」
老人、ヴェノムが名乗る。
表情を緩めて言った。
「首席、ローズ様は私の上司であり『狂笑会』の取締役で御座います」
ヴェノムの説明に耳を傾けながらも、僕は知識を視る。
『狂笑会』は、商人の組合だ。
人との関係や国同士の間に出来た軋轢により、戦争は起こる。
一度火蓋が切られ開戦すれば、後戻りは難しい。
元の生活には帰れない。
争いは数多の命を奪い、文明を破壊する。
戦場に生まれるのは、死屍累々の惨状だ。
然れど、そんな災厄を望み誘発に導き、利益を享受する者がいた。
互いの陣営に武器を売り、その見返りに金銭を貰い受ける、所謂武器商人と言われる一行だ。
武器商人は極度な肩入れはしない。
双方、どちらが勝とうが所属する組織が得をする商談を進める。
戦争の勝敗は、正直武器商人には重要な結果じゃなかった。
武器商人が主目的とするのは、そこに発生した金銭。
その資金を使い、また別の戦争の画策を試みる。
全部、組織の未来のため。
人の命など、その信念の前には霞み消える。
露程も価値は感じなかった。
それが『狂笑会』である。
「ローズ様から、ノワール或いはメノアと名乗る、薄気味悪い金髪糸目の少年が訪ねてきたら、もてなすように仰せつかっております」
――薄気味悪い。
誰のことだろう。
『お前だろ』
――え。
僕か。
『私と良い勝負だな』
僕の負けでいいですよ。
ヴェノムがバーカウンターを出る。
案内するように歩き出した。
その先、バーカンターから右手にあるのは二階に上がる階段だ。
此処『竜脈の畔』は一階がバー、二階が客室になっているのだろう。
「さあ、どうぞこちらに。阿婆擦れ〈聖女〉の性欲の捌け口になったのでしたら、さぞお疲れでしょう。今日はゆるりとお休み下さい」
『うむ。この私をもてなさせる幸運を光栄に思うがよい』
ヴェノムが階段を上がる。
いや、だから違うだろう。
何か勘違いされている。
『……まさか、お前にそんな辛い過去があったとはな。澄まし顔をした、クール気取りのミネルヴァも仰天の大ニュースだ』
無意識か、いやわざとだろう。
メノア様の哄笑が節々から漏れている。
分かっていて言っていますよね。
『ああ、なかなかに愉快なストーリーだったな』
クックック、とメノア様。
僕は全然、愉快ではないですよ。
知らない間に性加害の被害者にされている。
『いっそのこと、現実にしてみたらどうだ……? 阿婆擦れ〈聖女〉なら、喜んでお前と交わると思うが』
仮想の物語のままでいい。
僕が喜ばない。
『お前から言い出しずらいなら、私の方から阿婆擦れ〈聖女〉にアポを取ってやろう』
おい、話を進めるな。
それをしたが最後、二度と口を利きませんからね。
『……餓鬼かよ』
そうですけど。
見た目は。
『精神もな』
そうかもしれないですね。
お互いに。
ヴェノムに誤解を解こうと口を開いた、そのときだった。
――バーン!
と、凄い勢いで『竜脈の畔』の入口、その扉が開けられる。
『……やば』
メノア様の小さい呟き。
その音に僕は、反射的に入口を見てしまった。
扉は完全に開ききっている。
丁度、逆光で来店客はシルエットしか見えない。
誰だろう。
背丈的に大人だと思うけど――。
他の宿泊客かな。
『……おい、そんな悠長な考察をしていないで、さっさと窓から逃げろ……それか《次元歪曲》を使え!』
メノア様が焦っている。
珍しいな。
演技にも感じない。
『いいから《次元歪曲》で転移しろ! 犯される前に!』
はいはい。
分かりましたよ。
僕は《次元歪曲》の術式を発動させる。
転移先は、そうだな――。
うーん。
どこにしよう。
『……んなもん、どこでもいい! とりあえず、旧ベルザ教会にでもしておけ!』
了解です。
《次元歪曲》で転移する事が可能なのは、実際に訪れた場所、それか知識として想像出来る場所に限られる。
未知の場所には《次元歪曲》は使えない。
旧ベルザ教会の座標は知っている。
僕は《次元歪曲》を使用。
「いやああああああああああぁぁぁぁぁ!!! かわいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃ!!!」
する寸前に、何者かに抱き着かれた。
凄い力だ。
強引に剝がせそうもない。
僕は構わず《次元歪曲》を使おうとするが――。
何故だろう。
術式が発動しない。
『……無駄だ。その女は周囲の魔力を吸収する。《次元歪曲》は使えん』
どこか諦めた様子だった。
それで《次元歪曲》は発動しなかったのか。
術式の魔力が吸い取られたらしい。
「なになにもう!!! こーんな美味しそうな子だったなんてぇ!!! んもぉ!!!」
ウヒヒヒヒヒ、と気色の悪い笑い声。
前から羽交い絞めのように抱かれた状態の僕は顔を上げる。
そこには陶然とした表情で見下ろす女性の顔があった。
潤った紅色の唇の端から液体が出る。
涎だ。
それは僕がかけていた眼鏡に垂れ頬を伝った。
「《巨人の撃砕》」
嫌悪感から僕は《巨人の撃砕》を発動。
魔力を吸収する特性を《理を変転させる幻惑の坩堝》で歪めた。
今度は術式に問題は起きなかった。
遠慮は無しに女性の顔面を《巨人の撃砕》で殴る。
巨人の如き腕力となった僕の殴打により、首から上が水風船のように弾け飛ぶ。
赤色の液体が僕にかかりそうになるが、それを《魔力障壁》で防いだ。
頭が消し飛んだ女性は、しかし後ろによろめいたが倒れない。
《巨人の撃砕》で殴った頭部が、一瞬で再生した。
男にも女にも見える。
そんな、容貌。
男なら美男、女なら美女だろう。
異形だった。
浅葱色の長髪は、毛先が電気配線に変貌。
背の接続部分に繋がる。
毛先、接合部は試験管に似た、硬質な水晶の管だ。
顔貌に最も近しいのは《合成魔獣》だろうか。
〈鬼人族〉の、ような角。
〈森霊族〉の、ような耳。
〈竜人族〉の、ような尾。
ような、と表現せざるを得ないのは、角、耳、尾、全部が人工的だったから。
現代の技術ではない。
使われた素材から見るに、文明水準が違った。
肌は軟らかだが、しかし。
やはり、どこか人工的さを感じさせた。
着用するのは唐紅色の浴衣だ。
胸元ははだけ、起伏の乏しい乳房が覗いていた。
浴衣には褄下がない。
晒された肌は、血の気の通らない。
足には下駄を装い、分厚い台の底の、鼻緒に下げた鈴が響いた。
「――あはっ」
その異形の女性は嗤う。
驚異的な再生能力で頭部を治したそれは――。
ギョロリ、と僕を見る。
また、抱き着かれるのを警戒したが違った。
女性の口元が頬まで裂けたかと思えば、酷薄な笑みで言葉を発した。
「初めまして、ノワールさん。私はメノアの親友、星灯録教会の〈聖女〉でもあるセラス・ヴォルドリフスですわ……以後お見知りおきを」
そう締め括り、浴衣の裾を持って優雅にお辞儀をする。
違和感のない手慣れた所作だった。
『誰が誰の親友だって……?』
さて、と。
僕はお暇しようかな。
「《次元歪曲》」
「いやああああああああああぁぁぁぁぁ!!! 行かないでええええええええええぇぇぇぇぇ!!!」
「――ッ」
瞬間、セラスに再び抱き着かれる。
避ける間もなかった。
先程も思ったが、どういう身体能力をしているのか。
移動が目で追えない。
あと少しのところで転移が出来ない。
「なんで! なんで!? 一人で行かないでよぉ! 私をひとりぼっちにしないでよぉ!」
二の腕から先が鱗のようなもので覆われたセラスの両腕。
それが僕の身体を絞める。
絶対に離さないとばかりに。
とりあえず――。
「《巨人の撃砕》」
再度、僕は《巨人の撃砕》で顔を殴る。
さっきと同じように顔を飛ばすつもりだったのだが――。
「私ね! 私ね! 貴方の事がすっごーい好きなの! もう、大好き! 超愛してる!」
竜の鉤爪をしたセラスの右掌に《巨人の撃砕》が受け止められた。
そのままセラスは指を絡ませてきた。
「だからね! だからね! 私たちは結婚する運命にあると思うの! ね!? そう思うでしょ!? 思うよね!」
セラスの深紅色の瞳は、確かに僕を見ている。
そこに映る感情は、恋人に向けるような愛情ではない。
狂気的な執着心だった。
「私ね! 私ね! 貴方の事を一目見たときからずっと、貴方と結婚して子供を作りたいな、って思っていたの! 貴方もそうだよね!?」
狂った色の瞳。
まともに目を合わせると、抜け出せないような。
まるで話が通じそうにない。
どういう理屈で行動しているのだろう。
『ちなみに……いまの『貴方の事を一目見たときから』云々は、これまでセラスが関係を持った男、全員に同じ台詞を言っている』
愛の欠片も無いな。
使いまわしなのかよ。
『この阿婆擦れの行動原理は単純にして明解……』
――ほう。
つまり?
『犯りたいか、どうかだ』
嫌過ぎる。
分かりやすいのが、また不愉快だ。
『結婚、おめでとう。後日、祝儀を送ってやるよ』
僕とは対照的に、メノア様は愉快そうである。
他人事のように笑っている。
良いんですか?
セラスと結婚しても。
その場合は僕の創造主であるメノア様も、セラスの家族になりますが。
『……おい。さっさと、その阿婆擦れを処刑しろ』
メノア様は意見が打って変わる。
地声が低声なのも相まって、底冷えする声音だった。
セラスと家族になった光景を想像しただけでも、余程嫌だったのだろう。
「分かりましたよ、お母さん」
『殺すぞ、糞餓鬼』
あはは、と僕は笑う。
いやはや――。
冗談抜きで、女神様は大分不機嫌である。
これは、セラスを殺さなければ直りそうにない。
人殺しは気が進まないけど、仕方ないよね。
【次話予告】
ノワールは神都アリオンで『竜脈の畔』という宿屋を訪ねた。
そこは訳ありの宿屋であり、バーテンダーの老人ヴェノムは、ノワールの素性を知っているようで、どうやら首席、ローズの命令によりノワールを『竜脈の畔』に宿泊させるように指示を受けていたらしい。
そんなときに突如『竜脈の畔』に入ってきたのは、ノワールが出会わないよう願っていた人物、星灯録教会の〈聖女〉セラスだった。
話が通じないセラスに、武力での解決を試みようとノワールは考えた。
最後まで読んで下さりありがとうございます。
良ければ評価を貰えると嬉しいです。




