第1章 第11話 竜が休まる宿
本作『拝啓、異世界に転生したら邪神になりました』を、お読みいただきありがとうございます。
読者の皆様にお知らせです。
こちらの都合で作品名のサブタイトルを消して『拝啓、異世界に転生したら邪神になりました』に変更しました。
理由としましては、似たような内容があらすじに記載されているので、わざわざ長いタイトルにする必要もないかな、と考えたからです。
本編に変更はありませんのでご安心下さい。
それと私生活が今週から、少しばかり多忙になる可能性があり、もしかしたら先週までのように毎日投稿は出来ず、不定期となるかもしれませんが、ご了承下さい。
何かやりたい事があるわけではない。
異世界に転生したが、特に目的は思い付かなかった。
この先、どうしようか。
いや、そもそも女神様の都合で転生をさせられたわけである。
別に此方が無理に合わせる必要も義理もないだろう。
『物忘れの激しい、愚鈍糞爺に教えてやろう。義理云々を言う以前の問題で、お前の生命活動を担っているのは、他でもない創造主の私だ。殺ろうと思えば、お前の魂をいつでも滅ぼせる』
――分かったか?
と、メノア様が学習能力のない生徒に言うように教える。
無駄に優しい声音なのが薄気味悪い。
「なら……せめて何か目的を示して下さいよ。女神様のお導き的な、あれを」
それ位はしてほしい。
〈邪神族〉に転生させるだけさせて、あとは放任とか慈悲の欠片もない。
『……ほう? めでたい奴だな、お前は。そんな親切心を私に期待しているとは』
ガタガタ、と物音。
メノア様が異界で物を動かしている。
『慈愛に満ちた愛情で慰めてほしければ、阿婆擦れ〈聖女〉にでも会いに行け。きっと、お導きを頂けるだろうよ』
「それ、卑猥に満ちた性愛では? 悪質な未来に導かれる予感しかしませんよ」
絶対に御免である。
会ったこともない〈聖女〉だが、メノア様から話を聞いているうちに、嫌な印象だけが積み重なる。
できれば、関わり合いにならないよう、祈るばかり。
『安心しろ。阿婆擦れ〈聖女〉は、年がら年中盛った犬だ。あの女の敏感な嗅覚なら、お前のような最高級の童子を見つけるのは、時間の問題だろうな』
いまの話のどこに、安心する要素があるのやら。
〈聖女〉とやらは、どれだけ節操のない人物なのか。
いや、知りたいとは思わないが。
というか――。
「やっぱり、それを見越して容姿と年齢を設定しましたね、糞女神」
『だから、偶然だと言っているだろうが……ん? いま、最後なんて言った……?』
嘘つけ。
〈聖女〉の性質を知った上での意図的な設定だろう。
憂鬱な気分になりながらも、僕は繁華街を散策する。
時刻は昼下がり。
急ぎで探す必要もないだろうが、とりあえず今晩泊まる場所を確保したい。
神都アリオンほどの大都市ならば、それなりに宿屋の数がある筈。
どこかしらは、空いていると思いたい。
『――やれやれ。これだけ、私が偶然だと言っているのに、まるで信じないとは。人の主張は素直に聞き入れろ、糞爺』
わざとらしいメノア様の溜め息が聞こえた。
それを言い張っている本人は、人ではないので。
女神の発言は信用するに値しない。
傾聴するだけ時間の無駄だ。
特にメノア様の話は半分以上を適当に横に流す位が丁度良い。
『悲ひいほのだな。人に信用はれないとひうのは』
――ボリボリ。
と、メノア様がお菓子を摘まむ。
それを聞き流すと、僕は大通りに面した脇道の前で足を止めた。
脇道の先に竜の瞳のような、木彫りの看板が見える。
『あれは安宿だな……どうする? あそこに泊まるのか、無一文爺』
どうやら、思ったより早い段階で宿が見つかった。
あとは空き室の有無なのだが――。
『それより、金だよかーね。お前、一銭も持ってないだろうが』
どうするつもりだ、と聞いてきたメノア様だが、それは心配いらない。
僕にも考えがある。
『ほう? 〈聖女〉に股開いて、その代わりに金を融通してもらう、と。なるほどな、良い考えだ』
メノア様が鷹揚に首肯する。
さりげない口調で、とんでもない提案をしないでもらいたい。
『なら、私にするか?』
「絶対に嫌だ」
僕は即座に拒否。
それなら人体実験で失敗して、意思を失った化物になる方がマシである。
『そんなに喜ぶなよ』
「どこがだ」
クックック、とメノア様が嗤う。
本気ではないのでは確かだが、それでも気持ち悪い。
想像しただけで吐き気がする。
『嬉しいよ。お前を不快にさせられて』
それがメノア様の真意だろう。
結局、この女神は色々と思惑を並び立ててはいるが。
その根幹にあるのは、僕を精神的に害すること。
「なんか、興奮する」
『するなよ、気持ち悪い』
「冗談ですよ」
するわけない。
女神に揶揄われて快感を覚えるような、そんな特殊過ぎる性癖は持ち合わせていない。
僕は人の気持ちを考えられない無神経な男だが、そんな変態な思考はしていない。
『空気の読めない異常者だという自覚はあるようでなによりだ』
それは心外だ。
僕より周りの人を気遣える者は、なかなかいないだろう。
『一瞬で発言が矛盾したな。数瞬前と言っていることが真逆だ』
そうだったかな。
あんまり覚えてないや。
『……お前、やっぱり何も考えてないだろ』
「能無しみたいに言わないで下さいよ」
僕は乾いた笑みを見せ、脇道に入っていった。
その脇道に人の姿はない。
等間隔に設置された微々たる数の街灯が、薄暗い道に明かりを灯す。
意外にも綺麗に舗装された静謐な道だった。
鼠色の石畳が敷き詰められている。
目に見える塵は落ちていない。
『私の目に映る塵は、お前位だよ』
「メノア様も同類ですよ」
『じゃあ、仲間だな』
ええ、そうですね。
嬉しいです。
奥に進むと、木製の突出し看板が見えた。
それには竜の瞳と寝台が彫り込まれ、防虫剤の匂いが染みついた木造の扉には『OPEN』のプレート。
「安宿かな」
『お前にお似合いのランクのな』
そうだとありがたい。
扉を開ければ、アンティークな鉄製のドアベルが鳴った。
――『竜脈の畔』。
と、そう瞳の下部に同じように文字が彫られていた。
『……ああ、そうだったそうだった。すっかり忘れていたよ』
メノア様の大仰な前置き。
続けて言った。
『この『竜脈の畔』は、世界中に支部を構える大規模な裏ギルド、その総本部に繋がる宿だ』
そういう情報は、店内に入る前に言ってほしかった。
入店を知らせる音は、既に鳴った後。
いまから無言で扉を閉めるのも怪しまれる。
『だから、忘れていたんだよ』
悪かったな、と微塵も気持ちが籠っていない謝罪をする。
メノア様は『竜脈の畔』を簡単に紹介した。
『普段は何の変哲もない小綺麗な宿屋だが、それは表の顔だ。その実、裏ギルドの橋渡し役を担っている』
――裏ギルド。
レネイストには、様々な依頼を遂行する冒険者と呼称される職業があるのだが、そういった冒険者が所属する組合は通常のギルド。
それとは違い、あまり表沙汰には出来ないような依頼を扱うのが、裏世界のギルド。
通称、裏ギルドだった。
『……まあ、普段は唯の宿屋でしかない。普通に宿泊客として利用する分には、何の問題もないだろ』
メノア様が言外に問題行動は起こすなと忠告をする。
そんなこと分かっていますよ。
一般の客を演じれば良いんですよね。
簡単です。
『真昼間に、餓鬼が宿屋に泊まりに来る時点で、既に怪しさしかないがな……どう対応するのか、お前の口上を見せてもらおうか』
そう言うメノア様に期待の色はなかった。
半ば無理だと思っている。
やれやれ、舐められたものである。
これでも口には自信がある。
嘘八百を並び立て、相手を言い包めるのは得意だ。
『だろうな、詐欺師』
何か聞こえたが、知らない。
僕は扉を閉め『竜脈の畔』に、宿泊客として入った。
まだ、昼間だからだろう。
御客は、一人もいない。
『竜脈の畔』は、シックな色合いに統一されたバーのような宿屋だった。
入店してまず目に入ったのは、入口から正面にある曲線のバーカウンター。
その光沢のあるバーカウンターに立ち、カクテルグラスを黙々と拭き取るのは初老の男である。
穏健そうな雰囲気のある、年相応に皺が刻まれた白髪の平凡な老人だ。
異国の代物なのだろう。
スーツらしき衣類の上に来ている紺色の羽織は、不思議な刺繍がされていた。
どこの街にもいるような、物静かな老人にしか見えない。
この人が『竜脈の畔』の責任者、店主なのかな。
『子飼いの窓口だろ。この店の店主は別にいる』
と、メノア様。
――だろうね。
僕も同意見だ。
たとえ、表の顔が宿屋だとしても裏がある以上、何かしら対策はしている。
この『竜脈の畔』が、裏ギルドの入口なら、この老人の役割は来店客の選別だろう。
それが通常の宿泊客だったら泊まらせればいい。
もしかしたら、何か合言葉のような隠語があるのかもしれないが――。
生憎、それは知らない。
裏ギルドに用もない。
なので、僕は宿泊客に分類される。
『迷惑客、の間違いだろ』
どうかな。
まだ、店側に対して迷惑な行動は取ってないけど。
『……まだ、ね』
やめて下さい。
未来を予測するのは。
足を前に動かすと、木造の床板が僅かに軋む。
バーカウンターに向いながら、ざっと店内を見渡す。
余分な家具が排除された空間だ。
バーカウンター以外、全て片付けられている。
机や椅子もない。
あるのは壁際に立てかけられた箒、錆び付いた剣や盾。
そういった要素も加味されてか、思ったより広々とした店内に思えた。
あれは鉱石の類だろうか。
所謂、魔力が含まれた鉱石、魔鉱石。
それが角灯の代わりとなっており、藍色の微光を天井から放っている。
老人が立つバーカウンターだけが明るかった。
一瞬、入店をした僕に目をやるが言葉は発さない。
いらっしゃいませ、その一言もなかった。
『女神であるこの私が来てやったというのに、なんだその失礼な態度は……』
いや、メノア様の存在は見えてないですよ。
至って普通の反応です。
『まあ、私の実物を拝めるのは選ばれた者だけだからな』
メノア様は傲岸な態度で告げる。
選ばれる価値はないし、仮に選ばれても利益が得られない。
『なんだと、おま――』
僕は意識を切る。
無作法なバーテンダーの態度に、だが僕は明るい笑みを返した。
「やあ、こんにちは。僕はメノア、この宿に泊まらせてほしいんだけど……いいかな」
僕はバーカウンターの客席につき話しかける。
注文はしない。
目的は飲酒ではない。
宿泊だ。
『おい……私の名前を偽名のように使うな』
大丈夫ですよ。
ぎりぎり男子の名前でも通用します。
『そういう意味で言ったんじゃない』
他に何か問題でも?
本名、ノワールを名乗るわけのもいかないでしょう。
『いや、それで良いだろ』
悪いですよ。
初対面の人間に本名は明かしたいとは思えません。
『私なら良いと?』
――ええ。
勿論です。
第二候補にベルザがありましたが。
僕の判断により、メノアにしました。
流石に女神ベルザを崇めているヴァミリド神教国で、ベルザを偽名に使うのは危険なので。
最悪、星灯録教会に連行されかねない。
神都アリオンに到着して早々、手錠をかけられる羽目になる。
『その前に私が、お前の魂をあの世に連行してやろう』
――コンコン。
と、音がする。
異界にいるメノア様が、指先で机でも叩いているのだろう。
僅かな苛立ちが感じられた。
「申し訳ありませんが、当店は会員制でして……首席の招待が無いと宿泊出来ないのです。大変、心苦しいのですが……」
老人は表情を変えずに事務的な口調で告げる。
目線はカクテルグラスを拭いている手に向けられたままだった。
店から出ることを促される。
――首席。
お偉いさんかな。
『竜脈の畔』のオーナーかもしれない。
つまり、その人の招待客以外の宿泊は認められない。
金銭の有無は関係なかった。
『お前には何か、常人には考え付かないような奇策があるんじゃなかったのか? ん?』
結局、僕が無策だったと思ったのだろう。
メノア様が挑発するように聞いてきた。
それを聞こえないふり。
僕は言った。
「分かったよ……なら、仕方ないね。他の宿を探すとするよ」
席を立ち、その場を後にする。
しかし店の入り口に向かおうとしたときだった。
「……いいえ、その必要はありませんよ。ノワール様のお部屋は、既にご用意しておりますので」
僕は表情を変えなかった。
笑みを張り付けたまま、老人の方を振り向いた。
老人の態度に変化はない。
作業のように仕事をこなしていた。
【次話予告】
ノワールは星凱帝と神痕術にまつわる話を聞いた後、神都アリオンでの初めての夜を過ごす為、どこかに空いている宿屋が無いか探していた。
脇道で見つけたのは竜の瞳が目印の宿屋『竜脈の畔』であり、そこは裏ギルドの橋渡し役でもある訳ありの宿屋だった。
偽名を名乗り入店をしたノワールだったが、その宿屋のバーテンダーの老人は、どうやらこちらの素性を知っているようで——。
最後まで読んで下さりありがとうございます。
良ければ評価を貰えると嬉しいです。




