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転生邪神とクソ女神  作者: 梓川澪
黎明に目覚める虚無の巫女編
1/31

第1章 第1話 意地汚い女神様

 拝啓、汚物より腐っている性悪な女神様。

 私は現在、女神様の身勝手な行いにより、異世界で邪神をやっています。






 ♱






 女神は糞である。

 何処の誰に否定をされようと、それこそ万人に崇め奉られ慈愛に満ちた〈聖女〉に教義を説かれようと、僕の持論は揺るがない。

 別に僕は、何かしらの宗教に入信している訳ではない。

 そもそも、俗に言う神を信仰もしていない。

 かといって、それの存在や信者の思想を頭ごなしに否定する気もない。

 特に興味関心が無いからである。


 世界の何処かには、僕が知り得ないだけで神なる存在がいるのかもしれないが、幸か不幸か神を見た事はない。

 この世にいるのかも分からない存在を信仰しようがしまいが、僕には関係の無い事柄だ。

 個人の自由にすれば良い。

 と、今朝の僕なら、そう考えていただろう。


 さて、独り言のように、いや愚痴かもしれないが、長々と持論を語ってきたのだが。

 つまるところ、僕が何を言いたいのかというと――。

 女神は糞である。






 ♱






 昨日の夜はパンだった。

 蜂蜜がたっぷりと塗られている。

 それが僕の好物だ。


「――おめでとうございま~す! 貴方は大変幸運な事に、この女神メノアちゃんに選ばれました~!」


 意識のなかに入り込むように、場違いに能天気な大声が響き渡る。

 別に小食ではないのだが、あまり夜に胃を膨らませる気にはなれない。

 お腹がすかなかった。

 なので、昨日に限らずいつも蜂蜜パンだけが多い。

 それだけで満足だった。


「早速ですが……貴方には邪神に転生してもらい、異世界に行ってもらいます!」


 何かしらポーズをとって言っているのか、視界の端に動きが見える。

 昨日の昼間は、少し問題もあったが、それも現在(いま)となっては些事だ。

 いつもの通りに蜂蜜パンを食し、寝るまでの空いた時間で映画やドラマを鑑賞する。

 眠気が襲ってきたら、お風呂に入り歯を磨いて寝る。

 明日もやる事がある。

 そう、これが僕の日常――。


「えーと……名前は……(はい)さん、ですね! ふむふむ、なるほど灰さんですか! その生気の無い死んだ目にお似合いの名前ですね! あ、勿論褒めてますよ」


 だから、そんな戯言は気にもならない。

 いや、気にしては駄目だ。

 絶対に無視をしろ。

 目を閉じろ。

 耳を塞げ――。


「あの~、もしも~し、聞こえてますか~」


 露骨に耳元で囁かれる。

 僕は何も聞いていない。

 名前の読み方が違っていたとしても、皮肉のような謗りを受けようと構わない。

 その程度、何の痛痒も覚えない。


「……おい、聞こえてるだろ、ボケ」


 急に口調が変わった。

 聞こえません、何も。

 無駄にテンションの高い女性の声なんて聞こえませんよ。

 構わずに耳を塞いでいた僕。

 しかし、ある違和感に気付いた。

 手足の感覚がない。

 いや、というよりこれは――。

 身体の感覚が無い。


「あ、やっと気付きましたぁ?」


 あはは、と無邪気な様子で笑うそれ。

 既に感覚があるのか曖昧な僕は、目を開けるという意識を脳に送る。

 すると、存在しているのかいないのか分からない両目が開いた。

 視界が鮮明になる。


 薄い笑みを見せる少女だった。

 余裕な表情だ。

 戯ける少女が、そこにいる。


 ――少女。

 しかし、そう言うにはあまりに妖艶だった。

 然れど、あどけなさが滲み出る。

 女神と形容されようが、違和感が感じられない。

 眉目秀麗な容姿。

 顔の造形(パーツ)一つ一つが、完璧な――。

 いや、完璧過ぎる。

 それゆえ、優美さよりもある種の不気味さが優った。


 中空を静かに見据える蒼氷の瞳は、まるで星屑を散りばめたかのよう。

 それに、切れ長だ。

 銀雪の玲朧な長髪は、膝下まである。

 人間の耳とは違い、先端が尖り長かった。

 装いは、軍服。

 ズボンタイプだ。


 瑠璃の花が模された結晶の如きイヤリングが、両耳朶にある。

 その少女は、いや本当にそれは少女なのか。

 もしかしたら、偽りの姿なのかもしれないが――。


「気持ち悪い」

「……は?」


 しまった。

 反射的に抱いた第一印象を口にしてしまった。

 心の内に留めておけば良かったものを。

 いや、しかし。

 改めて、眼前の存在を視界に納める。

 やっぱり気持ち悪い。

 どうやら、僕の感性は間違っていなかったようだ。

 良かった良かった。


「お前、気持ち悪いって言ったな……?」


 メノアとやらが綺麗に整った眉を顰める。

 はいはい、言いましたとも。

 それが紛れもない素直な感想ですよ。


「……しかも、この私に対して」


 どの私ですか。

 初対面なので、貴方の事を何も存じ上げません。


「二度も」


 え、二度?

 確かに気持ち悪いって口にはしたが、それは最初だけの筈――。


「全部、聞こえてるよ……お前の声がな」


 深い海の底を思わせるような蒼い両目が、こちらを睨み付ける。

 それはまるで、全てを見透かすかのように。

 やっぱり、そうだったのか。

 なんか、謎に意思疎通が出来ているなとは思っていた。

 そういうことでしたか。

 

 では、改めまして。

 こんにちは名も知らない女神様? で良いのかな。

 僕の名前は(かい)です。

 はい、じゃないです。

 お間違えのないよう。


「この状況で自己紹介しだすとは……お前、頭おかしいのか?」


 変人を見るような目を向けられる。

 それは心外だ。

 初対面の人と出会ったら、まずは挨拶。

 それから自己紹介、それが基本だろう。


「いや、まぁ……だからこそではあるのか、うん」


 独りでに納得するように首肯。

 ん? 何の話かな。

 それより、最初と人格が大分違いませんかね。

 気のせいですか?


「……あれは、そういう貌だよ。ああいう態度の方が信者には受けが良いんだ」


 しれっとした態度で答えるメノア様。

 これが本性なのだろう。

 なるほど、外向きの顔というわけか。

 確かに、他者と関わる上で仮面を被るのは仕方がない行為なのかもしれない。


 というより、信者。

 やっぱり、女神様なのかな。

 でなければ、勝手に信者がいると思い込んでいる頭のおかしな女性。

 うん、どちらも可能性としてはありえそうだ。


「ふざけるな……前者に決まっているだろうが。女神以外の何に見える」


 意地汚い女神様、ですかね。

 そう見えます。


「まぁ、それでいい」


 良いんだ。

 何か満足そう。


「本題に入ろうか、灰」


 どうぞ。

 一応、聞きますよ。

 というか、それ以外選択肢が無さそうだし。


「私は、この世界レネイストの女神、メノア。お前を転生させた張本人でもある」


 ふーむ。

 つまり、此処は地球ではない、と。


 確かに地球に、こんな空間が存在するとも思えない。

 平衡感覚が失われそうな異界だ。

 上下左右が無限に引き延ばされた、何処まで続いているのか、その終わりが見えない暗黒。

 さながら、身体が縮み墨汁の中に落とされたような。

 未来永劫、この空間に閉じ込められたりしたら精神が狂うだろう。


 あまりに何も無い。

 ただ、無いという現実が存在しているだけ。

 それが、どれだけ恐ろしい事なのか。

 考えようとは思えないが――。

 転生、ということは。

 既に僕は死んだ状態なのか。


「理解が早いな。もう少し取り乱すところを見たかったのだが……いや、単に感覚が鈍いだけか」


 実験体を見るように、僕を覗き込む。

 失礼な。

 僕にも感覚位ありますとも。

 いや、そういえばいまは身体すら無かったんだった。


「そういう意味で言ったんじゃない」


 じゃあ、どういう意味ですか。

 僕の頭でも分かるように教えて下さい。


「お前自身、既に実感しているとは思うが、お前は死んだ……というか、私が直々に殺してやった。ありがたいと思え」


 そう尊大な態度で言い、メノア様が起伏の乏しい胸を張る。

 殺した。

 貴方が僕を?


「そうだ」


 いや、そんな端的に言われても困る。

 なんで?


「唯の暇潰しだ、気にするな」


 気にするだろう。

 生死に関わる問題だ。

 それを暇潰しに殺されたら、たまったものではない。


「既に事後だ。今更嘆いたところで、結果は何も変わらん。さっさと現実を受け止めろ」


 罪悪感など微塵もない言い草。

 そんな諭すように言われても。

 気持ちの整理は簡単には出来ないんですよ。


「不憫な生き物だな、人間は……」


 今度は哀れみの眼差し。

 でも、確かにそうですね。

 起こってしまった事は仕方がないです。


「……だが、そのなかでも特別、お前は不憫だよ」


 何故ですか。

 確かに死んだ、というか殺された。

 だけど、不憫ではないですよ。


「――それだよ。お前は通常、ある筈の死に対する恐怖心などが欠如している。それは紛れもない、欠陥だ」


 不憫の次は欠陥ですか。

 散々な言われようだ。

 でも、あながち間違いでもない。

 正直、死に対する感情は何もない。

 実際に死んだいまも、特に何も考えていない。

 強いて言うなら、目の前の女神様が気持ち悪いということ位。


「また、言った」


 ぼそり、とメノア様。

 人間は生命である以上、いつかは死ぬ運命にある、とかなんとか。

 そんな風な言葉を何処かで読んだ気がする。

 あまり詳細に内容は覚えてないけど――。


 別に哲学や陰謀論とかに興味はないけれど、それでも死に対する僕の考えは一貫している。

 それはつまり、仕方がない、である。

 流石にこんなにも早い段階で、死を経験する羽目になるとは思わなかった。

 それを女神様の暇潰しで。


「安心しろ。お前は死なせない」


 どの口が言うんですか、どの口が。

 貴方、殺した張本人でしょう。


「確かにお前を殺したが、私は無作為に殺したりはしない。そんな暇ではないんでな」


 メノア様は肩を竦める。

 さっき、暇潰しって言っていた。

 聞き間違いかな。


「お前はこれから私が〈邪神族〉に転生させる。これは、決定事項だ。異論は認めない」


 反論を許さない脅し。

 異論以前に前提が認められない。

 断れる雰囲気ではないですよね。


「ほう……? 感覚の鈍いお前も、それ位は感じ取れるのか、驚いた」


 わざとらしい態度で、メノア様は戯ける。

 根本的に僕の事を馬鹿にしてますよね、女神様。

 やっぱり、意地汚い。

 気持ち悪い。


「また、言った」


〈邪神族〉というのが、どういった種族なのか詳細を存じ上げないんですが――。

 神、と付いているからには女神様の同類でしょうかね。

 すると、途端に機嫌が悪い方になるメノア様。


「ふざけるな、私の何処が邪神だと言うんだ」


 全部です。

 容姿も性格も言動も含めて。

 僕の目には〈邪神族〉に見えます。

 なんなら、それ以外には思えません。


「まぁ、いい」

 良いんだ。

 思ってましたけど、女神様は意外と寛大ですよね。

 意外と。


「二度も言うな。当たり前だろう、私を誰だと思っている。羽虫の戯言程度、受け流せなければ、女神など勤まらん」


 そうなんですね。

 大変な職業なようで。

 というか、羽虫って僕の事ですか。


「女神は職業ではないが……お前以外に誰がいる。私にとっては、下界に住まう生物全てが羽虫、塵芥同然に過ぎない」

「へー」

「お前、久しぶり……というか、ここに来ての二言目を喋ったかと思えば……なんだその興味なさそうな反応は。もっと私の話に興味を持て」


 実際興味は皆無なんですけどね。

 女神様の価値観とか、正直どうでもいい。

 それより、さっさと本題の続きを聞かせて下さいよ。

 何で、僕を〈邪神族〉に転生させるんですか。


「この私に命令するな、羽虫。黙って私の話を聞いていればいいんだ」


 なんか、羽虫が僕の蔑称みたいに言われてるのは気のせいですかね。

 良いですけど――。


「良いんだ」


 それ僕の台詞です。

 取らないで下さい。


「黙れ、お前に命令権などない」


 そんな横暴な。

 意地汚い女神様だ。

 気持ち悪い。


「………………」

 ………………。


 ん?

 急に黙って、どうしたんですか。


「いまのはお前が、また言った、という所だろうが。空気の読めない奴め」


 まさか、女神様から空気を読む事を求められるとは。

 僕の短い人生の中で、初めての経験だ。

 既に死んでるけどね。


「……はぁ、お前と喋っていると無駄に体力を使う事になるな。恐ろしい人間だ」


 メノア様は疲れたように肩を落とす。

 なんか、知らないうちに恐れられてる。

 ただ、会話していただけなのに。


「これ以上、お前と話していると普段使わない神経が消耗しそうだ……」


 それは大変だ。

 可哀想に。


「面倒だから詳細は、現地に送ってから説明してやる」


 メノア様は右手の掌をこちらに向け、魔法陣を展開。

 え、何故ですか。

 今でも良いのに。

 苦虫を嚙み潰したような表情になるメノア様。


「……私が嫌なのだ。察しろ羽虫」


 蔑称が定着してしまった。

 悲しいかぎりだ。


「微塵も思っていない感情の癖に何を言う。ここに来てから、一度も素の感情を見せていないだろうが」


 こちらを見透かすように告げる。

 そんな事はないと思いますが――。

 まあ、そう思われたなら仕方ないですね。


「――では下界で上手にやるんだな、羽虫。なに、案ずるな。腐っても、この私が作った〈邪神族〉だ。最悪、死にはしない」


 メノア様が満面の笑みで送り出す。

 それは良かった。

 転生した直後に不慮の事故で死亡とかは、流石に笑えない。

 女神様が言うなら、その辺の心配は大丈夫なのだろう。

 では、またいつかお会いしましょう、意地汚い女神様。


「二度と御免だ。金輪際合わない」


 女神のように完成された人工的な笑みを、メノア様は作り出す。

 魔法陣が完成すると、視界が白に染まり、瞬間的に意識が遠のいた。

 僕は近いうちに再会するだろう確信があった。

最後まで読んで下さりありがとうございます。

良ければ評価を貰えると嬉しいです。

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