25/またね
ダンジョンメイカー29日目。
今は昼より少し早い、ダンジョン防衛の準備の時間。
僕らはダンジョンの出口前へと集まっていた。
これから、アネモネを外に出す。
前から話していた大使の件だ。彼女にはこれから街へと戻ってもらい、交渉の先駆けとなってもらう。
目の前ではアネモネが、出立の準備を最終確認をしていた。
背負える程度のナップザックに、食料や衣類、それから交渉の時に有用になるかもしれないであろう様々な魔道具を詰め込んでもらってある。
『いいですか? 失敗したら危ないのは草十郎なんですからね? もし少しでも失敗すると感じたら戻ってきて、人質としての役割ぐらい果たしてくださいよ?』
「最後の最後までうっさいわねあんた……だから慎重にやるって言ってるでしょうが」
『あぁ心配です……草十郎? 今すぐ人類撲滅主義に乗り換えませんか? この女をそこらへんでちょちょいとやって、何食わぬ顔でモンスターの餌にしましょうよ。危険すぎますってば』
「あのなぁ……」
アネモネを解放するにあたって、やはり水晶は難色を示した。
色々と説得はしたが、そもそも彼女をこれ以上引き留めておくのには色々と問題があるのだ。協力してくれるのだからもう少し信用してあげてほしい。
アネモネは呆れたように水晶の小言を振り払って、こちらへと近付いてきた。
彼女の姿は最初に出会った時のものに戻っている。
銀甲冑に、幅広の直剣を腰に下げた戦闘姿。フルフェイスメットは今は外しているものの、返した防具は既に着用されていた。
もはや懐かしみすら感じる姿。
惜別の感情がどこからか沸いてくる。
「……あっという間だったよね。もう少し準備してからでもいいと思うんだけど」
「ダメよ。私がいなくなってからもう十日以上経ってるもの。街の警備隊が来てないのがおかしいぐらいなんだから」
引き留める声を、アネモネがスッパリと断ち切った。
彼女が言うには、既に彼女のための捜索隊がこの付近に来ていてもおかしくないとのこと。人に来られるよりは、自分たちから話しに行った方が話の誠実さは増す。確かに彼女の言う通り、今日すぐに出ていくのでも遅いぐらいなのだろう。
だが、やはり不安ではある。
大丈夫だろうか。外のモンスターに襲われたりしないだろうか。盗賊の類もいるらしいし、うちのモンスターたちから誰か護衛につけてあげるべきなのでは……。
彼女の荷物はそこそこ重い荷物になってしまったが、帰るまでが遠足という言葉があるように、街への帰り道で何かあったら大変だ。
遭難してもいいように、敵と出会っても戦えるように、食料だって万が一を考えればいくらあっても足りないぐらい。何もかも持たせたくて仕方がない。
「荷物はまだ持てる? 色々とこっちでも用意したんだけど」
「こんなに食料ばっかりいらないわよ。昨日あれだけ二人で話し合って減らしたのに、なんでまた増やそうとするの……」
「遭難したら大変だと思って……」
「ここから走って一日ぐらいの距離よ、遭難するのが難しいぐらいだわ」
「でも……」
「あのねぇ……初めてのお遣いじゃないんだから。それに私ってば、貴方より強いのよ? これ以上余計な心配されると、流石にうっとおしいわ」
ズバッと切り捨てられる。
話の流れとはいえ、うっとおしいと言われてしまうのはちょっときつい……。泣いてしまいそうだ。僕はそっと、他にも色々と持ってきておいた品々を後ろへ下げた。
「はぁ……どうして待つ側がおろおろしてるんだか。これじゃどっちが大変か分からないわ」
そんなこと言われても、不安なものは不安なのだ。
信じると決めた以上任せる他ないのだが、何にせよ僕は外の世界を知らない。外に出られると彼女に対して出来ることがなくなってしまう。
そんな僕の不安をよそに、彼女は地図やコンパスを取り出して、てきぱきと準備を済ませていく。
何か話さなければ。
会話しなければ、そのまま自然に出て行ってしまいそうなその姿を見て、口を動かす。
「……どれくらいで戻れるんだっけ?」
「すぐには帰れないわ。シスターに帰れなかった理由を適当に説明しないといけないし、罰則を食らうだろうから街の外に出られるまで最低でも一週間はかかる。領主と話すのだって手順を踏まなきゃいけないの」
「うん……」
「もう……そんな顔しないでよ、今生の別れじゃないんだから。どんなに長くても一ヶ月でまた顔見せにくるわ」
困ったように彼女は笑う。
水晶が会話を引き継いで、くぎを刺すように尋ねる。
『……再確認になりますが、くれぐれも勝算のない行き当たりばったりの行動は慎んでくださいね』
「分かってるわよ。あんたにも色々と教えてもらったことだし……それに、前にも言ったけど交渉のアテ自体はあるの。別に私は偉い身分でも何でもないけれど、頼りになる人が一人いるわ」
「お兄さんだっけ」
「そ。兄さんならモンスター相手だって偏見を持ったりしないわ。私と違って地位ある人だし、それなりに上手くいく可能性は高いと思ってる。……ただ、すぐには会えないと思うけど」
アネモネのお兄さんは今、連絡が取れない状態だと聞いている。
この世界に電子機器はない。手紙という原始的な手段が封じられている以上、お兄さんの消息は不明だ。探す術も今のアネモネにはない。
だが、ある程度力添えは出来る。
彼女にとって、行方の知れない家族を探すことは大切なことだ。
だから幾らか価値ある魔道具を売り払って、人を雇うお金を稼ぐように伝えてある。僅かでもお兄さんとまた会えるように、そして彼女の兄が僕たちを助けてくれるようにと願うばかりだ。
よし、とアネモネが言って立ち上がった。
もうすぐだ。あと数分もすれば外へと繋がる穴が開き、ダンジョン防衛の時間が始まる。
外敵が入ってくる前に、すぐ彼女を外に出してあげなければならない。
「それじゃ、行ってくるわ」
皆に見送られながら、アネモネが歩き出す。
モンスター達も彼女と仲良くなっていた。僕が何も言わずとも、これから少しの間会えなくなる彼女を惜しんで、激励の面持ちで手を振っている。
「アネモネ」
その背に、声をかけた。
呼び止められた彼女が立ち止まる。
……アネモネの好意を告げられてから、僕は何も出来ないでいた。
あれからもう数日経った。我ながら意気地のない話だと思う。情けないことこの上ない。
初めての経験ということもあったし、彼女があまりにも普通に接してくるものだから、僕から何もしなくていいのかもしれないという臆病な心もあった。
だが、それは間違いだ。
好意を伝えられたのだ。男ならば、答える必要があるだろう。
今、それを伝えなければならない気がした。
「アネモネ、僕も君のことが――――」
「草十郎ってさ、たまに口調が変わるわよね」
僕の言葉を遮るようにして、彼女が振り返る。
「……そうかな」
「うん、普通の友達に接するみたいな感じ。ほら、貴方って普段は丁寧語っていうか、一歩引いたような口調じゃない?」
それは多分、前の世界の名残りだろう。
友達と会話したり、スポーツをするのに、敬語や長めの言葉は必要がない。
ただ、こちらの世界は目上というか、同い年の人間なんていなかったのだ。どこか大人相手の口調になっていたような気はする。
「……丁寧語が良いってこと?」
「違うわ、普通の言葉遣いの方が好きよ。普段の口調は気を遣われているみたいで嫌」
だからね、と。
彼女はふわりと笑みを浮かべて、言葉を紡ぐ。
「練習しておいてね。私が戻ってくるまでに」
「……うん」
「私、頑張るから。だから、帰ってきたらご褒美が欲しい。さっきの言葉の続きはそれから頂戴」
「分かった」
彼女の頬には、綺麗な朱が刺していた。
……なんだ。恥ずかしがっていたのは僕だけじゃないのか。
僕だけが引っ張りまわされたようでいて、結局彼女も背伸びをしていたのだろう。
その、なんだか間抜けな表情を見て、なんだか笑ってしまう。
「……笑わないでよ」
「ごめん、可愛かったから」
「…………はぁ。言っておくけど、帰ってきたら全滅してましたじゃ話にならないんだからね? ちゃんと私が教えた通りに、一人でも型稽古して、無理せず安全にダンジョンを守るのよ?」
「分かったよ。アネモネが帰ってくるまで、絶対にここにいる」
「型も忘れないでよ? ちゃんと全部教えたんだから、忘れないでね?」
「大丈夫だ。毎日反復する」
それだけ伝えて、手を挙げて、振った。
先ほどまで感じていた不安はなくなっていた。
あぁ、大丈夫だ。もう思い残すことはない。
これで彼女を笑顔で送ってあげられる。
「じゃあ、また」
「またね」
あちらも手を挙げ、振り返してくる。
彼女はそのまま、明るくなった出口へと歩いて、やがて光の下に消えていった。
「……じゃあ、ダンジョンを守ろうか」
今日も日課が始まる。
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