第二十二話 黎明の地
時間は掛かったものの無事に(?)トイレを果たしたノラは、運ばれてきていた食事をすませてアスカと別れた。長い間話をしていたため、彼女の昼食休憩も終わりそうだったのだ。
「じゃあ、明日の九時に」
「ああ。仕事、頑張れよ」
手を振るアスカに手を振り返し、腹を満たしたノラはそのまま迷宮に赴くことにした。まだ日は高いため、昨日手に入れた能力の練習をするのである。
(さて、どこに行くか……)
当然だが、『峻厳の迷宮』へ行く選択肢は今のノラにはない。オーガをあっさりと倒せたとはいえ、あんな魔物を能力の練習台にできるほどの過信と度胸は持ち合わせていなかった。となれば、もう少し危険の少ない迷宮がいいだろう。
「ゼルラ市の近場にある迷宮は二つ……『鉱石の塔』か『黄昏の神殿』――よし、『黄昏の神殿』に行こう」
ノラが口にした二つの迷宮は、どちらもそれほど手強い魔物は出現しないとされている。特に『鉱石の塔』は、探求者になったばかりの者が経験を積む初心者用の迷宮とも言われ、比較的ポピュラーなゴブリンすら中層までそれほど出現しない。
ノラも普段はもっぱら『鉱石の塔』に挑んでおり、時間はかかったものの塔の半分まで攻略したこともあった。
そのため練習するなら慣れている『鉱石の塔』が望ましいのだが、残念ながら今は昼過ぎだ。家へ帰るまでに残された時間を考えるならば、距離的にここからだとまだ近い『黄昏の神殿』がベストであろう。
「『黄昏の神殿』は、たしか大陸でも珍しい平屋の迷宮だったな。俺は六部屋までは進んだんだったか?」
ノラは足早に移動しながら、最近ご無沙汰である目的地の迷宮の情報を復習する。
『黄昏の神殿』はアゼセルト王国が始まった地とされている。神話では金髪碧眼の貴き神が降臨し、この地にいた人と子をなしたことで、アゼセルトの王家が誕生したと伝えられている。
なぜ、始まりを意味する『黎明』ではなく『黄昏』を冠するのかはノラには分からないが、それ故にその迷宮は神殿としての役割を持ち、迷宮の傍には祭壇も設置されていた。
噂では、迷宮の最奥の部屋には本殿――つまり本物の神殿があり、そこに御神体が祀られているらしい。その御神体に人が近づけないよう、あえて人工的に迷宮を創り出して覆ったとの説が有力だと聞いている。
ノラとしては「なるほど」とも思うが、正直なところはどうでもいい。ただ、そんなアゼセルト王国にとって重要とも思える史跡に立ち入ることが許可されていて、純粋にありがたいと感じるだけだ。
そんなことをつらつらと考えながら歩いていれば、家や建物が並ぶ場所からどんどんと外れ、やがて『黄昏の神殿』が見えてきた。
いや、正確に言えば『黄昏の神殿』への立入りを制限するための、大きな門が見えてきたのだ。
(そういやここがゲート式で良かったな。監視員がいたらちょっと面倒だったかも……)
頑丈な壁に囲まれた大きな門扉に翳すため、ノラは『探求許可証』を取り出した。この門扉を開けるためには、関係者が持つ『通行許可証』か探求者の持つ『探求許可証』が必要になる。
俗に『ゲート式』と呼ばれる仕組みだ。
他の迷宮の場合も、交代制の監視員が立っていたり、門こそないが許可証を持っていなければ迷宮の入口が開かなかったりなど様々だ。
ノラのよく行く『鉱石の塔』は監視員が『探求許可証』を確認するため、ノラの変異に気付かれてしまう可能性もあった。そうなれば説明などがややこしく、面倒なことになっていただろう。そもそも恥ずかしいのでバレたくもない。
偶然とはいえ、やはり『黄昏の神殿』を選んで正解だったといえよう。
「さて、と」
『探求許可証』を所定の場所に翳せば、まるで魔法の様に大きな門扉がひとりでに動き、両開きとなってノラを迎え入れてくれる。
ノラは気を引き締めながら真っ直ぐ進み、門の閉まる音を聞きながら小さく呟いた。
「――『放出』」
能力によって取り出したのは、一つ残っていた棍棒だ。それを手に持ち、神殿の入口を開けて中に入る。
神殿の内部はひんやりとした冷気が漂っており、慣れるまでは少し肌寒く感じる。
ただ他の迷宮などと違い、それほど周囲が暗くないのは救いだ。
「うーん、どうやら先客はいなさそうだな。よし、好都合だ」
辺りを見渡し、ノラの他に探求者らしい人間がいないことを確認すると小さく笑った。これで思う存分、自分の力を試し鍛えられる。
「さっそく、御出座しのようだな……」
ノラが気配を感じてそちらを見れば、床から土塊でできた腕が這うようにして現れた。『土塊腕』と呼ばれるゴーレムの一種で、痛覚や意思などを持たない人工的に造り出された魔物だ。
この迷宮ではもっとも出現しやすい魔物として知られており、人間を襲うという命令にのみ基づいて稼働している。
「てやぁっ!」
単調な動きで飛び掛かって来た『土塊腕』を、ノラは棍棒を強く振るい吹き飛ばす。
するとそれだけであっさり、『土塊腕』は粉々になって動かなくなった。
「あ……いつもの癖で棍棒で倒してしまった。次からは『放出』で倒そう……けど、ちょっと氷のストックが心配だな」
上手く説明はできないが、吸収』によって蓄えていた氷塊が少なくなってきているのが感覚的にわかった。
まだそれなりの数はあるものの、『放出』すれば砕け散ってしまい再利用はできない。先々のことを考え、新たにどこかで氷を補充する必要があるだろう。
(……うん? 待てよ、別に氷じゃなくても……)
ノラは辺りに視線を向け、たった今倒したばかりの『土塊腕』の残骸に眼をやった。『土塊腕』は土の塊でできており、倒したところで単なる土塊や瓦礫としての価値しかなく、換金できるような部位はない。そのため、本来であれば素材を回収する者はいない。ノラも普段なら見向きもしなかっただろう。
だが、『放出』によって攻撃手段に変えられる今なら別だ。ノラは比較的大きな残骸を『吸収』し、蓄えることにした。
氷塊よりも柔らかいため威力は落ちるだろうが、それでも小さな魔物を倒したり牽制にしたりするくらいには使えるだろう。
「どの程度の威力か、ちょっと試してみるか……」
部屋の奥からこちらに気付き、のそのそと這い寄ってくる『土塊腕』を見つけて掌を翳す。
オーガはおろか、ゴブリンよりも遥かに小さな標的だ。
攻撃が外れないようにしっかりと狙う。
「ふぅ――『放出』」
ノラの掌から放たれた瓦礫は、狙い違わず『土塊腕』に命中――見事に相手を粉々に蹴散らした。
「よしっ! 幸先いいなっ」
小さな敵に一撃で当たったことに気を良くしたノラは、その後も迷宮探索を続けるのであった。




