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第二十一話 特殊依頼


 ノラがこれまでの経緯を語る間、対面のアスカは終始無言だった。

 ただ、話が進むにつれ瞳に涙がじわじわと溜まり、ノラが全ての事情を話す頃には頬に涙が伝っていた。


「アスカ……おい、泣くなよ」

「た、大変だったんだね、ノラくん。生きてて良かったね……」

「まぁな。ほとんど自業自得なんだが……女になったのはまだ慣れないけど、本当に命だけは残ってよかったぜ。儲け、儲け。はははっ」

「うん、うん……けど、そうかぁ。女の子、か」


 自分のために泣いてくれているアスカを何とか元気づけようと、ノラはことさら明るく笑ってみる。

 それで少しはアスカも頬を緩めたが、すぐに浮かない顔になって俯いた。


「うん、どうしたんだ?」

「……いや、なんでもないの。ただ、ノラくんが女の子って不思議な感じで」

「そうか? まぁ、俺にとってアスカは妹みたいなもんだったけど、傍から見ればもう俺が妹に見えるのかもな」

「――そう、だね……」


 ノラとしては、自虐的に軽口を叩いてアスカにいつものように笑ってもらいたいのだが、やはり打ち明けた内容が衝撃的過ぎたからだろうか? どうにも表情がぎこちない。

 長い付き合いになるが、こんな顔は見たことがなかった。


「アスカ?」


 思わず心配になって腰を浮かしかけたノラに対し、俯いていたアスカは一目で強がりであると分かる笑みを浮かべながら顔を上げる。


「ううんっ。なんでもない。なんでもないのっ」

「さっきから『なんでもない』って……とてもそうは見えないぞ?」

「本当に大丈夫っ! それより……うん、それよりちょっと困ったなぁ……」

「なにがだ?」

「実は、ノラくんに特殊依頼の仲介をしようと思ってたから……」

「『特殊依頼の仲介』? 俺は別に受けてもいいぞ」


 探求者に仕事の依頼をする者はそれほど多くはない。多くはないが、しかし少なからず存在することもたしかだ。

 そういった依頼の中身は、主に行方不明者や手配犯の捜索であったり、迷宮にしかないアイテムの回収であったり……いずれにせよ、やはり大した難易度ではない。


 行方不明者などの捜索は、どうしても人手が欲しい時の数合わせ的な要素が強く、探求者が発見することをほとんど期待されていない。

 アイテムにしたって、迷宮内の素材類の多くは探求者が換金するため店に卸されている。当然だが、ほとんどのアイテムは冒険者に依頼して採取して貰うよりも、買った方が早く安く手に入れられるのだ。わざわざ採取を頼むような物好きはあまりいない。

 例外として低難度の迷宮で簡単に拾えるような物であれば、迷宮探索のついでに採取依頼をすれば安くで持ち帰ってくれる。

 そんなわけで探求者に対する外部からの依頼は、ノラのような木っ端探求者でも容易にこなせるものが多い。現にアスカの仲介で、ノラもこれまでにいくつか特殊依頼を受けてきた。

 正直な話、低級探求者であるノラにしてみれば、迷宮の入口付近で小銭を稼ぐよりも、少ない危険で確実に一定の収入が得られる特殊依頼の方がおいしいのである。


「えっとね……今回はちょっとした条件があってね」

「なんだよ? 上級探求者じゃないと駄目ってか?」

「ううん。弱くてもいいんだって。迷宮で出現する魔物は、依頼人が片付けるって言ってた。ただ、『探求許可証』さえ持っててくれたらいいの」

「ああ、同行依頼か……珍しいな」


『同行依頼』とは『探求許可証』を持たない者が迷宮に入るため、所有している探求者に同伴してもらう依頼だ。

 本来、アゼセルト王国では『探求許可証』を持つ者以外の迷宮の侵入は禁止されている。探求者でない者が迷宮に入るには、探求者ギルドの特別な許可を貰うか、探求者に同行してもらうしかないのだ。

 そのため、この手の依頼も年に数回発生する。が、しかしやはりノラの言ったように珍しい依頼である。

 なにせ、金さえ払えば十五になった者は誰でも探求者になれるのだ。わざわざ依頼料を払う位なら、一時的にでも探求者になればいい。持っている分には、邪魔にはならないはずの資格なのだから。


「っで? その同行依頼をしてきた物好きな奴が出した条件って何なんだ?」

「……男の人が良いんだって」

「――へっ?」


 ノラは首を傾げてアスカを見るも、その彼女にしたって困惑顔だ。


「なんだ、その条件? もしかして、相手は「女に探求者なんて務まるかっ!」なんて古い考え方の奴なのか? 俺より優れた女性探求者なんて腐るほどいるって言うのに……」 


 現に、昨日知り合ったばかりのアデルたちがそうだ。あの若さでもう、高難度の迷宮の深いところまで潜っている。

 単純な力比べではないのだ。天性の才能や勘、器用さや思考回路によって優れた探求者は決まる。そこに性差はそれほど関係ない。


「うーん……お話した限りはそんな感じは受けなかったよ。ただちょっと……変わってたけど」

「どんな風に?」

「覆面してた」

「『覆面』? 顔を隠してたってことか?」

「うん、そう。身長と声からして、男の人だったと思うけどね……」

「へぇ……最近流行ってるのかな?」


 ノラは先ほど出会った露店商のセイディーをすぐに思い出す。彼女も全身を覆い隠すような恰好をしていた。


「けど、仮にも探求者ギルドの依頼人だろう? そんな素性の知れない奴の依頼を仲介して大丈夫か?」

「それは大丈夫。私は名前も教えてもらえなかったけど、お祖父ちゃんの紹介だし」


 受付嬢にも名を明かさないというのは随分と徹底しているが、ゼルラ市の探求者ギルドのトップが認めた者なら間違いはないだろう。

 問題があるとすれば、依頼を受けるはずのノラが相手の指定していた条件から外れてしまったことだ。


「どうしようかな。ノラくんを当てにしてたから、他の人には声を掛けてないし……」

「依頼人が指定した日はいつなんだ?」

「……明日だけど」

「――っ? お前、俺にそんな直前の依頼を押し付けるつもりだったのか?」

「し、仕方ないよっ! 今朝持ってこられた依頼だよ? 本来なら、こんな急な依頼は受け付けないけど、お祖父ちゃんが認めちゃうんだもんっ!」

「だからって……お前なぁ」

「それに……」


 呆れ顔を向けるノラに、アスカが上目遣いで小首を傾げる。


「それにノラくんなら、絶対受けてくれるでしょ?」

「うっ……ま、まぁな」


(くっそ、こいつ汚いな……)


 いまだ涙の乾かないそんな潤んだ瞳で見つめられたら、男の矜持を守るために頷かざるを得ないではないか。

 おかっぱの黒髪でそれほど派手な容姿ではないが、やることは悪女のそれである。


「……けど、どうすんだ? 今の俺は自分で言うのもなんだがどっからどうみても女だぞ? 依頼人の条件から外れるだろ」

「うん、そうだね。私の方もぎりぎりまで他の人に声を掛けてみるよ。どうしても受けてくれる人がいなかったらノラくんにお願いしたいんだけど、いいかな?」

「ああ、それはいいんだが……あのさ。俺が『変異のはこ』を開けたことは誰にも言わないで欲しいんだ」

「えっ? そんなの無理だよ。だって、その姿になったことの説明がつかないじゃない」


 驚いて目を見張るアスカに、ノラは顔を寄せて小声になる。


「だからさ、俺がノラだってことを他の奴には言わないでくれ。ほら……あれだ。『変異の匣』を開けたことが知られたら、目立っちまうだろう?」

「その容姿の時点ですごく目立ってると思うけど……うん、そうだね……近頃じゃ『開匣者かいこうしゃ』を狙う勢力もあるみたいだし、黙ってた方がいいのかも」

 

 ノラとしては単純に、周囲に女になったことが知られるのが恥ずかしいだけなのだが、アスカは深刻そうな顔つきで納得したように頷いた。

 

「ちなみに、ノラくんが匣を開けたことを知っている人は何人いるの?」

「二人だな。お前とラミナだけだ。たぶん、それ以外の奴に言うつもりはない」

「そう……わかった。じゃあ明日、九時に探求者ギルドに来てくれるかな? もし依頼を受けてくれる人が見つからなかったら頼ることになるし、ノラくんの持っている許可証の内容を変更しないといけないしね」

「ああ、いいぞ」


 話は一応まとまり、ノラも無事にアスカへ変異のことを打ち明けることができた。

 そのことに安堵し、座席に深くもたれた瞬間――それは起こった。

 

 ノラはこの身体になって初めての感覚に、身体を小さく震わせる。


(つ、ついに来たか……)


 いずれは来ることを覚悟していた。いや、今まで来なかったのが不思議なくらいだったのだ。よくぞここまで待ってくれたと、自分の身体を褒めてやりたいくらいだ。

 

「なぁ、アスカ……」


 逡巡すること数十秒。しかし、その迷いが無意味であると長年の経験から悟り、ノラはアスカに呼び掛けながらゆっくりと立ち上がった。


「ど、どうしたの? ノラくん?」


 ただならぬ気配が伝わったのか、アスカが驚いたように立ち上がったノラを見上げてくる。

 そんな彼女にノラは頷くと、勇ましい顔つきで重々しく答えた。


「俺……ちょっとトイレに行ってくる」




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