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3/3

03 食事。




 男性に抱き締められたのは、初めて。

 いや抱えられていたけれども。

 当惑する。


「そろそろ、喉が渇いた頃だろう?」

「へ?」


 そっと囁き声は首筋に吹きかけられた。

 ぞくりとする。肌が痺れていく感じ。


「俺はもう満たされた。俺の血を特別にくれてやる」

「え、血を飲む、の?」


 また囁き声が首筋を撫でてきて、ぞくりとする。

 ぽけーっとしてしまいそうな意識を必死に掴んだ。


「そう。初めての相手に俺を選ばせてやる。喜べ」


 何それ俺様な発言。でも様になる。


「どこを噛みたい? 俺の手にするか? それとも首にするか?」


 私の首に触れる手付きが、なんとなくいやらしい。

 そうか。吸血行為をするのか。

 今、理解した。

 魔王の声は催眠術みたいで、頭が働かなくなる。


「吸血鬼になりたかったのだろう? ほら、好きなところを選べ」

「ふあっ」


 ウエストに触れられて、変な声を出してしまった。


「クス……そら、言ってみろ」


 するりと胸元のリボンをほどかれる。

 あれ、私脱がせれてない?


「く、首……」


 やっぱり首を噛みたい。吸血鬼になったから、そこがいい。


「じゃあ、どうぞ。エミリア」


 くるっと回されて、向き合う形になった。

 私を見つめて、首を傾げる。どっちの首を差し出そうかとしていた。


「はぁ」


 息を零して、また両手で魔王の顔を包み込む。


「あなた、名前は?」

「ノーテ」

「ノーテ……じゃあその、えっと、いただきます」


 差し出された右側の首筋を噛ませてもらうことにした。

 でも噛むことに躊躇する。


「構わない傷はすぐ治る。思いっきり噛め」


 ご指導をしてくれてよかった。

 言葉に従って、私は牙を突き立てる。

 二つの牙が刺さった。それを感じる。

 その穴から血が溢れて、舌で舐めとった。

 じゅるりと吸い込んだ。甘い。甘い血が溢れる。

 爽快感を覚えた。炭酸を飲み干すような刺激も感じた。

 ノーテにしがみ付いて、飲んだ。

 ゴクリ。喉が潤う。快楽も感じた。

 淫らにノーテに抱き付いて、また飲み込む。

 美味しい。血ってこんなに美味しいんだ。


「んっ、ぅんっ」

「落ち着いて飲めばいい。もう一口、いいぞ」


 頭を撫でられて、落ち着かせようとするが、興奮をしてしまう。

 息を乱して、もう一口飲み込んだ。

 もう離さなくてはいけない。

 でも離れそうになかった。

 しがみ付くことをやめようとしたが、腕が言うことをきかない。


「はぁ……」


 やっと口が離れた。

 息を吸い込んでも、口の中は血の味がする。


「んぅー」

「満足したか?」


 そう問われると、そんな気もした。

 満足はしたのだ。

 でももっと浸っていたかった。


「ああ待て。今度は俺の番だ」

「?」


 腕を離したが、ノーテの方は離してくれない。

 ちゅっと頬にキスされた。


「さっきは俺にキスをしたな?」


 覚えている。

 キスをしたのだ。

 初めてなのに、キスをした。

 つい二回したのだ。


「キスはこうするものだ」


 吸血鬼は特にな、と付け加えた。

 唇が塞がれる。重なって、ついばむ。

 深いキスをされている。

 ムギュッと、目を閉じた。

 あ、でも、なんか……。

 これも美味しい。

 なんて感じてしまった。

 ちゅっ。

 なんて音を立てて触れ合う唇。

 味わうように何度も触れる。


「んっ」


 舌が滑り込んで、絡み付く。

 ぞくぞくと全身の肌が痺れる。

 気持ちいい。


「軽い食事だ」


 スッと唇が離れた。

 ほけーっとしてしまう。

 そんな私を見て、くつくつと笑うノーテ。


「覚えたか? まぁまたしてやってもいいぞ」


 上機嫌そうなノーテに、ポンポンとまた頭を撫でられた。


「朝がくるか。俺は朝陽に弱い。中で休む。お前も来るか?」

「……えっと」

「来るよな?」

「拒否権ないじゃん」

「当然」


 何この俺様好きかもしれない。

 いや落ちたかな。どうだろう。

 わからないわ。

 とにかく彼に手を引かれるまま、船内へ入った。

 中に入れば、古びたベッドの上にノーテは横たわる。

 手を繋がれたままだと思っていれば、ぐいっと持ち上げられた。

 ノーテの上にうつ伏せになる。

 ……雄っぱいを枕にして寝ろと言うのか。

 ポンポン、とまた頭を撫で付けられた。

 そうか。

 ノーテの雄っぱいを枕にして寝るしかない。

 ほどよいかたさのそれに頬を押し付ける形になる。

 ドクドク、そう心臓が鼓動を鳴らしていた。それが心地いい子守唄になる。

 いつしか私は力を抜いて眠りに落ちた。


 小波の音がする。

 なんだかとても近いと思った。

 手を伸ばせば届きそう。


「!?」


 手を伸ばしたら、本当に水に触れたものだから飛び起きた。


「ノーテ! この船、沈んでない!?」

「……ん」


 ノーテの上で大慌てする。

 水が侵入しているということは、沈んでいることでは!?

 もうベッドの高さまで水が入る。


「ああ、廃船だから仕方あるまい」

「呑気だね!?」


 海に沈むのかと不安になっているのに、ノーテは欠伸を漏らす。


「私、泳ぎは不得意なんだけど!」

「案ずるな。泳がせはしない」


 水に入った立ち上がったノーテが私を抱え上げてくれる。

 しかし、外に出る前に完全沈没。

 私は息を止めてノーテにしがみ付く。

 船から脱出して海面を突き破った。


「ぷはっ!」


 息を吸い込んで、周りを見る。

 もう太陽は真上に上がっていて、明るい空。目が眩む。

 でも陸らしきものは見えない。海のど真ん中だ。

 どどど、どうするんだ。

 髪をオールバックにしたノーテに問おうとしたが。


「しっかり掴まっていろよ」


 バサッと何かがノーテの背から広がった。

 蝙蝠のような翼だ。

 瞠目していれば、羽ばたいて浮き上がった。

 海面から離れて、飛んでいる。

 ボタボタと水滴を垂らしながら、バサバサと羽ばたく。

 ヒューンッと、風を切るように突き進む。

 キラキラと照り返す水面スレスレに飛んでいく。

 三十分ほどしただろうか。陸が見えてきた。

 そこに到着して、降ろされる。


「うひゃあ、びしょ濡れ」


 私はまだ水を吸っているスカートを絞った。


「……」

「ん? 何?」

「いや、続けて構わない」


 視線が私のスカートに向けられていることに気付く。

 続けろと言われて、絞り続けた。


「んぅ……着替えたい」

「魔法で乾かしてやろう」

「出来るなら先にやって!?」

「クククッ」


 おかしそうに笑うノーテ。

 何を見ていたんだ。

 ノーテに肩を掴まれて、引き寄せられた。

 そのあと、パチンと指を鳴らす。

 途端に現れる炎。それが私とノーテを包み込むように渦を巻く。

 炎が赤や橙それに黄色に煌めく。それを目にした。

 触れたら火傷をするだろうけど、触れてみたくなる。

 熱風を感じていれば、スッと炎は消えた。空気に溶けるよう。

 髪も服も乾いた。海水に濡れたというのに、不思議と髪がさらさらしている。ツヤツヤだ。人生で一番潤っているかもしれない黒髪。

 流石に制服は海の匂いがしたけれども。


「何を不思議がっている」


 髪を後ろに掻き上げてまたオールバックにしたノーテが声をかける。


「ああ、人間はすぐに傷むんだったな。喜べ、吸血鬼はそう簡単に傷んだりしない。美貌は吸血鬼の特質でもあるからな」


 手入れしなくても、キューティクルを保ってくれる。

 そういうことみたいだ。

 なんて素晴らしき吸血鬼の特質!


「そして不老不死なのかな!?」

「不死ではないが、不老だ。もうお前は老いたりしない」


 私はバンザイした。その場でジャンプしたら、高く飛んだ。

 永遠の十六歳!


「さて喜ぶのはそれくらいにして、我が城に行こう」

「城?」


 ポンと頭に手が置かれる。

 首を傾げると、ひょいっと軽々と抱え上げられた。

 またお姫様抱っこだ。わーい。


「そっか。魔王だもんね。城くらい持っているよね。でもどうなっているか知ってるの? 今」

「さぁな。家臣達が守っているとは思うが」

「そう言えば、どのくらいの間監禁されていたの?」

「だいたい十三年だ」


 バサッとまた羽ばたき宙に浮く。


「十三年!?」

「そう十三年だ」


 てっきりもっと最近のことかと思っていたのに、思いもしない年月にギョッとしてしまう。

 なんてことないように、ノーテは笑った。



 

20181121

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