懐かしい匂いがする
その液体の様な少女は、以前、リズさんの家にいた未知の魔族だ。
幼い少女の形をした少女で、確か名前はマーヤといったはず。
そんな彼女は俺をじっと見て、
「お兄さんも家出?」
と首をかしげて聞いてきた。
確かに家出といえば家出だが、何となくそうはいえない感じがする。
何故って、女の子に抱きつかれて耐えられなくなって逃げ出しましたなんて、とてもでは無いが言えない。
なんて言い訳をしようかと思いながら俺は、
「この世界で俺を必要としてくれる場所が何処かにある、だから旅に出たんだ!」
と、手振りを交えて言ってみた。
マーヤがじっと無表情に俺を見ている。
その様子に俺はいたたまれないような想いを抱いていると、、
「それは“とうひ”だって、リズが言っていた」
「うぐっ、なんか胸に刺さる言葉だな……」
「だから、今ここで踏ん張って頑張らないとって言われた」
「そうなのか。ちなみにどんな時に言われたんだ?」
「大っきらいな文字のお勉強の時に言われた」
無表情にマーヤが俺に告げる。
どうやらリズさんは、この正体不明の魔族に文字を教えているらしい。
そういえば迷い込んできたからと保護していると言っていたので、保護ついでに教育しているのかもしれない。
そこでマーヤは俺の方を見た。
な、なんだと思っている俺だが、そこでその視線が俺からほんの少しずれた虚空を見つめていると気付く。
何かいるのかと思って振り向くが、そこにはただの建物が見えるだけだ。
その先には大きな通りがあって、人が行きかっている。
変だなと俺は首をかしげていると、マーヤが、
「いるよ」
「……いや、やっぱりいないじゃないか」
もう一度振り返るが、そこには誰もいない。
けれど猫がまるで虚空に見えない何かがいるようにじっと見つめている……そんな風にマーヤは俺の方を見ているのだ。
そんな見えない何かが俺の背後にいるのだろうかと冷や汗が出る。
幽霊とか嫌だよなと思うのだ。
はっきり言って俺はこの年になっても幽霊が怖い。
あれだけはどうしても怖くて怖くて堪らないのだ。
なのでそんなものがいてたまるかと思っている。
幽霊の正体見たり枯れ尾花、と言うようにきっと何かの見間違いなのだろう。
きっとそうだと俺は心の中で幾度となく呟く。
けれど不安にはあらがいきれず俺はマーヤに聞いてみた。
「それで、その視線の先には何がいるんだ?」
「……女の人」
「そ、そうなのか。通行人ではなく」
「うん、何人もいる」
「何人も!?」
俺は焦って振り返るが、そこには女性の姿など影の形もない。
本当にこのマーヤは一体何を見ているんだろうと俺が冷や汗を浮かべていると、
「あれ、タイキ、何やっているの?」
「鈴? 何でここにいるんだ?」
「そこの畑で新鮮な野菜を取りに。魔法ですくすく育つ野菜って便利でいいよね」
「……ああ、うどんの材料か」
「そうそう。正確には天麩羅の材料だけれど……あれ、マーヤちゃん、どうしたの?」
そこで鈴はマーヤの存在に気付いたようだ。
それにマーヤは、
「こんにちわ」
「今日は一人? リズさんは?」
「家出してきたから、いない」
「そうか家出か~。お日様が沈むころまでには帰りないよ?」
「うん、分かってる」
こくこくと無表情に頷くマーヤだが、それって家出じゃないんじゃないかと言う突っ込みを俺はしたかった。
そこで今度は鈴が俺を見て、
「何で今日はタイキは一人で野菜の様子を見に来ているの? あ、もしかしてミルル達と喧嘩したとか?」
「何で分かったんだ?」
「さー、何ででしょう」
そう言って鈴はにやにや笑う。
しかもどことなく俺の背後を見ているような……なのでくるっと俺は振り向くが、特に誰かの姿があるわけでもない。
気のせいかと俺は思いながら、
「まあ、喧嘩ではないんだけれどな」
「そうなの? じゃあからかわれたとか? 折角だから何があったのか聞いてあげるよ!」
「……笑うなよ、絶対笑うなよ?」
「うんうん」
楽しそうに頷く鈴を見て俺は、絶対に笑うだろうな、という確信めいた予感を覚えながら説明した。
その全てを聞いた鈴は、
「きゃははははは」
「笑うなって言っただろう!」
「ごめんごめん、でもタイキらしいよね。女の子耐性が無い所が」
「……悪かったな。しかも女の子が一人増えたし」
深々と嘆息する俺だが、そこで鈴が更に笑いだす。
「昔から女の子には弱かったものね。よし、折角だからお昼をおごってあげるよ」
「……うどんか」
「もちろん、と言いたいところだけれど、おにぎりもあるよ。天麩羅を具にした奴だけれど」
「おにぎり!」
結局ご飯が炊けなかったので、未だにたいたご飯は手に入っていない。
なのでそれを聞いた俺は、
「ぜひぜひ、おにぎりを!」
「うどんセットで良いかな?」
「……鈴のうどんは美味しいから構わない」
「その間はなんだと言いたいけれど、さてと。マーヤちゃんも来る?」
そこで鈴がマーヤに問いかけると、無表情に頷き、それに鈴がにっこりと笑って、
「じゃあお姉さんが、うどんを奢ってあげるよ」
「うどんて、食べ物?」
「とっても美味しい料理だよ!」
「……リズのご飯よりも美味しい?」
「うーん、それはマーヤちゃんが実際に食べてみて感じてもらえると嬉しいかな?」
「……分かった」
マーヤは聞きわけが良く頷いた。
この無表情さえなければなと思っていると、そこでマーヤが俺に近づいてきて、
「お兄さん、この前と違って懐かしい匂いがする」
「……え?」
「お兄さんはこの前はなんの匂いもしない、“空気”みたいな感じだったけれど、今はいい匂いがする」
そうマーヤは俺に言うが、そんな事を言われても俺は何が何だか分からない。
けれどそれ以上はマーヤも言うつもりはないようで、そこで鈴が、
「うどんをご馳走するから野菜の収穫手伝って」
そう呼ばれて俺は、鈴の野菜の収穫の手伝いをマーヤとして、鈴のうどんのお店に向かったのだった。
また一次落ちしたので、新作を投稿する事にしました。
読んでいただけると嬉しいです。




