さらなる強化が必要か
轟音と共に煙が上がる。
今度は何が起こったんだと俺が思っていると、その煙の方角を見てリズさんが嘆息するように、
「あらあら、また家を修理しないといけないですね」
「リ、リズさん、それどころでは……」
「でも、タイキさん、女神様に気に入られた異世界の方とは思いませんでした。何かおかしいなとは思っていたのですけれど」
「……今はそんな話をしている場合なのですか?」
「そういえばうちが破壊されていますね。仕方がないので捕まえて慰謝料請求をしましょうか」
そう言ってリズさんが歩きだすのを見て、怪盗バンバラヤンが、
「せ、せめて縄を解いていってください!」
「……折角だから、クロードちゃんにも手伝ってもらおうかしら」
「え?」
「変な気配の子と懐かしい気配がしますから、大丈夫だと思いますが、やっぱりお父様に似る程度に強くあったたほうが良いでしょう」
「い、いえいえ、リズさんのあのスパルタ……いえ、獅子は我が子を谷に落とすとか何とか言いますが、谷底どころか更に激流に流されるイベントに巻き込まれるような目に合わせるじゃないですか!」
「あら、あの程度で?」
「い、いやだぁあああ、ぁああああ」
そこでロープが切られて、怪盗バンバラヤンが悲鳴を上げながら連れていかれていく。
ご愁傷様ですと、俺は黙っているとそこでリズさんが振りむいた。
「タイキさんも一緒に来ますか?」
「いえ、俺は平穏で文化的な生活を望む一般市民ですので、これから家に帰ります」
「そうですか。残念です。出来れば自分から志願して頂きたかったのですが」
その言葉に俺は無我夢中で走りだした。
俺の勘が告げている。
このままでは俺は絶対に巻き込まれると!
逃げるが勝ちという言葉がある。
そう、俺はこの危機から全力で逃げ切って見せる!
リズさんは怪盗バンバラヤンを捕まえたままなのだ。
大の男一人を捕まえたまま俺の走る速度に追いついてこれるだろうか?
答えは否だ!
大丈夫、俺は絶対に逃げきって見せる、この危機から!
そう思いながら必死で駆け出す俺。と、
「まったく、家の子といいクロードちゃんといい、タイキさんといい……どうしてみんな私から逃げようとするのかしら」
のんびりしたリズさんの声が、俺の横から聞こえた。
そしてそこで、俺の服の襟首が掴まれる。
「ぐほっ」
「まったく、ミルルちゃん達を置いて逃げるなんていけない子ね」
「は、放して下さい。俺、戦闘慣れしていないんです」
「そう? それなら少しずつ慣れていった方が良いと思うわ。筋も良さそうだし」
「いえいえ、俺にはきっと才能はないですから」
「そうかしら? 与えられた魔力だけでも十分大きな才能だと思うわ。それに貴方には、女神様はこの世界での役目を与えているのでしょう?」
「それはそうですが……」
「そしてそれは、偽物の怪盗バンバラヤンと関係がある」
俺は何となく嫌な予感がした。
何故ここでリズさんは突然こんな話を始めたのだろうと俺は思う。
あの偽怪盗に狙われそうな要素といえば、ここも魔石がありそうな事、くらいだ。
でもそれだけではない気がする。
リズさんは、何かに気付いている。
それも俺の役目に関連した何かだ、そう俺が警戒していると、
「変な気配の子がいると言っているでしょう? ここの所、妙な気配がしているし関係があるのかもしれない」
「い、いえですが俺と関係しているとは……」
「それにタイキさん達の話を聞いて、あの人が追っているものと関係があるんじゃないかなと思っているのです」
「あの人?」
けれどそれにリズさんは答えず、代わりにずるずると俺を引きずっていく。
そこで同じように引きずられている怪盗バンバラヤンが、
「ふ、君も巻き込まれてしまったようだな」
「本当だよ! この前から色々な事に巻き込まれてばかりだ。そもそもリズさんの部屋を借りただけでサーシャがいたりするし、あまり目立たないように元の世界に帰りたいと願って何が悪い!」
「……いや、サーシャ姫のキスをもらったのだからその程度の事は妥協すべきだ!」
「……女の子にモテモテな社交的な奥手のくせに、何を言っていやがる」
「……何処で私の秘密を知った!」
「女神様が言っていました」
それに怪盗バンバラヤンは沈黙した。
どうやら事実であったらしい。
本当に女神様はなんでも知っているんだなと思いながら俺は、
「そんなわけで俺よりも良い思いをしているはずだ!」
「ふ、それとこれとは話が別だ」
「いやいや、キスくらいいくらでもしたことはあるんだろう?」
そこで怪盗バンバラヤンは影がさすように笑い、
「あると思うか? あったら私がこんなことを言うと思うか?」
「……すみませんでした」
「分かってくれたならそれでいい。ああそうそう、もう正体がバレているので、今度から私のことはクロードと呼んでくれ。……外で、衣装を着ていない時に怪盗バンバラヤンと呼ばれるのは恥ずかしいからな」
恥ずかしいのにあの服装を着て行動していたのかと俺は嘆息した所で、追いかけてきたらしいミルルが、
「私達もお手伝いしますね」
「よろしく……俺ってついていない。また巻き込まれた」
そう俺が呟いた所で目的の場所についたらしくリズさんが立ち止まる。
そして手を離された俺が見たのは、偽怪盗ともう一人。
「あれ、あの人先ほど遺跡に行く時に見かけた人なんじゃ……」
「あら、タイキさん、私のお夫をご存知なのですか?」
「リズさんの夫だったのですか。道理で歴戦の戦士を思わせるような……あれ、生きているんですか?」
「ええ。そうですが何か? ……ああ、そういえば遺跡に潜って死んだって話になっていましたっけ」
リズさんがそういえばそうだったなと想い出すように告げる。
俺はもうどうでも良くなった。
そしてそういえばこの前警官が色々話していたと思いだして、
「フラグというか、やっぱり説明役だったのか、偶然か。でもどうでもいい」
よく見ると、リズさんの夫は少しあの偽怪盗に押されているようにも見える。
とりあえずは呪文を唱えて、ソレが発動しそうになった所で避けてもらうとして……そう俺が考えていると、
「そこに人、離れてください!」
「私もお手伝いします!」
ミルルが弓を構えて、サーシャも以前持たせておいた炎が噴出する爆弾を手にとっていて、
「「えーい!」」
女の子二人の可愛い声の合唱とともに、焦ったようにその場を離れるリズさんの夫と、わずかに反応の遅れた偽怪盗。
その偽怪盗に向かって、炎を纏う弓矢と爆弾が飛んでいき、大きな爆音と噴煙を上げる。
それによって、その偽怪盗の体力が減少するのが俺には見える。
けれどその量は僅かで、十分の一にも満たない。
何でこんなに強くなっているんだと俺は思っていると、
「やはり、さらなる強化が必要か」
舌打ちする声が聞こえ、閃光とともに爆発が起こる。
その光の眩しさと爆風が収まる頃には、そこには偽怪盗の姿は何処にもなかったのだった。




