バ、バカなぁああああ
はっきりいって平和な日本に俺はいたために、怪しい武術の達人というわけではない。
けれど、男には戦わなければならない時がある。
それは……今だ。
「許さない……絶対にだ」
後ろの方で、タイキが何だか怖いとミルル達が話していたが、それはいい。
何が彼女を振る、だ。
何という贅沢だ。
俺なんて、そんな甘くて良い思いなんて出来なかったどころか、女神様の“玩具”扱いだ。
確かにあの豊満で柔らかい胸に顔をうずめるという不可抗力の幸せはあったさ。
でもあれはこう、弄ばれただけなのだ。
もっと対等な恋人関係でならまだしも……。
それなのにイケメンであればちょっとおかしくてもモテモテなのか。
しかも振るだと?
振るほど女の子があいつの周りには集まってくるのだ。
何という不条理。
俺の周りにはそんな告白してくるような女の子なんていないのに。
それこそ物語では好意を寄せてくるであろう幼馴染ですら、“うどん脳”なのだ。
そんな俺の切ないささやかな願いすらもこいつには、当然の物だという。
だから俺は一本の魔法の杖を取り出した。
大丈夫、一番初めの時のような失敗しない。
そこそこ力が強い杖で物理防御にも秀た杖だ。
この杖なら、そこそこの魔法なら呪文無しで放てる。
それを考えた所で俺は、
「呪文を唱えずに魔法が使えるのって、『精霊』に似ていないか?」
つまりこの杖自体が呪文を唱える代わりになっているのだ。
後は魔力さえあれば……でもそこに意思がないからどうなのか。
魔力が強ければ意志が生まれる?
けれど今はどうでもいい話だ。
そう思って、俺が杖を構えると怪盗バンバラヤンが驚いたように、
「その杖は、伝説の“廻る天球の杖”。ま、まさかこんな場所でお目にかかれるとは……は! レプリカか、もちろんそうだな。本物は呪文無しで魔法の使える数少ない貴重で危険な杖。この国と他には2つの国しか持っていないものだ。それも厳重に保管されているはずだ!」
なぜか詳しく説明しつつも驚いてくれる怪盗バンバラヤン。
そういえば伝説の何とかと、手に入れた時にイベントが有ったような無かったような、と俺はうろ覚えの記憶を思い出そうとして失敗する。
そもそもそういった仰々しいイベントが幾つもあって、正直腐るほどあったので区別できない。
だがそういったこの世界では“本物”と称される道具なのは確かだろう。
なので俺はいそいそとその杖をしまった。
使って本物ということになり更に俺の力がバレてめくるめく争いの火種に……冗談ではない。
少しでも平穏で普通の生活がしたいと俺は望んでいるのだ。
だからたかだか嫉妬でそんなミスを犯さない程度に俺は冷静だ。
なので代わりに物理防御に秀た杖を取り出し、
「お前にはこれで十分だ、先ほどの杖は勿体ないからな」
「ふ、偽物を壊されるのがそんなに嫌か、それともハッタリで引かせようとしたのかは分からないが……そんなただ杖で殴るだけのものなど、魔法使いとして恥ずかしくないのか?」
「俺の力は強力でね、うっかり手加減しこねるとお前が死んでしまうかもしれないからな」
「ふ、随分と私も見くびられたものだな。いいだろう、その余裕がどれほど持つか見せてみろ!」
そう叫ぶ怪盗バンバラヤンを見ながら俺は、何でどこかで聞いたことがありそうな物語の主人公のような台詞を言っているんだろうなと思った。
売り言葉に買い言葉とはいえ、何でこんな中二臭いセリフを言っているんだ俺と、ちょっと冷静になった頭で俺は思う。
そこで風が吹いた。
同時に甘い花の香が噴出すが、それよりも俺が目を疑ったのは、この怪盗バンバラヤンの持っている剣の柄のような部分だ。
それを天にかざし、
「我が愛しき花よ、力となれ!」
そう叫ぶと同時に、そのかざした天に向かって太くて刺のあるバラの緑色のつるが伸びて、俺の身長の四倍くらいの高さまで伸びたかと思うと、一斉に花を咲かせる。
その全てが赤いバラで、緑色のつるが見えなくなるほどだ。
しかもむせるような甘い花の香が満ちている。
変態だと俺が切なく思っていると、そこで風が吹いた。
ふわりと赤い薔薇の花弁が宙に舞うが……それが俺の近くに来た時、触れるのが気持ち悪くて横に避ける。
花びらが大きな音を建てて爆発した。
「! 花びら自体が爆弾のような効果を持っているのか?」
「ははは、これに連続して当たれば大抵倒れてしまうのでね。しかも……」
そこでその剣のような棒になったそれを怪盗バンバラヤンが振り下ろす。
それを俺は慌てて避けるが、その動きでも花びらが吹き乱れて危険だ。そもそも、
「そんなふうに振り下ろしたら危険じゃないか!」
「ふふふ、ここで君を倒せば我々は逃げられるからな。尊い犠牲になってもらおうか!」
そう言って今度は横に振り回してくるので俺はそれを杖で受け止め、空をとぶアイテムを使用して跳ね上がる。
すると今度はその棒を振り上げてくるので、俺は宙を飛びそれを避ける。
「く、ちょこまかと……だがこれだけ花びらが吹き乱れるのだから私には近づけまい。この花弁自体にも魔法を受け止める効果があるからな!」
こんな魔法を使わさせてしまったのが俺のミスだなと思いつつ、これもリズさんならどうこうできてしまうのだろうかと俺は考えて……俺は更に怪盗バンバラヤンから距離を取る。
別に接近して倒す必要がないのだ。
あいつが言ったように俺は魔法使いだ。
しかもどれほど強い魔法を使っても、ステータス可視化の影響もあり、死なない程度にしかならない。
だから痛い目に遭わせるには容易なのだ。
「その余裕がどこまで続くのか見ものだな」
「! 何だと……えっと……」
そこで俺は魔法を選択し呪文を唱え始める。
目の前から一直線上に、極太のレーザーを照射する呪文だ。
きっとTVアニメでもおなじみだろうから、そんなイメージを持って貰えばいい。
俺のしたに魔法陣が浮かびと同時に、俺の前面に棒状の光の筋が伸びてそこから魔法陣が浮かび上がる。
その俺の前面に広がった魔法陣の中央に光が集まり、それに耐えるためだろう、あの棒状のものを自身の前面に怪盗バンバラヤンは持ってくる。そして、
「“恒星の輝き ”」
その言葉とともに光のレーザーが発せられ、怪盗バンバラヤンに向かう。
それと同時に声が聞こえた。
「バ、バカなぁああああ」
何処の悪役の台詞だと思うが、俺の目には体力がすごい勢いで減っているのが分かる。
やがて光が消えた頃には、俺の前には倒れた怪盗バンバラヤンが転がっている。
やり過ぎたような気もしたが、獅子は兎を狩るのにも全力を尽くすともいうし、でないと俺が危険だからなと思ったので、これは仕方がない犠牲だったんだ、ふられた女の子に気持ちの代わりだと思ってくれと俺は思った。そこで、
「さて、この人達全員運ぶのが大変ですね。タイキさん達には手伝って頂けますか? 家に運ぶまで」
リズさんが俺達に告げたのだった。




