ちょっと能力全開
現れたのは、セイレーンのエイネだった。
けれど会話をしているだけでそこはかとなく気持ち良くなって、眠ってしまいそうなので、俺は飲み残した“企業戦士Z”を一口口に含んだ。
すっと眠気が引いて行くのを感じながら俺は、
「セイレーンは声を聞くだけで眠くなるんですね」
「……悔しい」
そこでエイネが恨めしそうに紫色の瞳で俺を見る。
白い髪は女神様のほうが綺麗だが、美少女であることにかわりなく俺はタジタジしてしまう。
俺、何かをやったかなと思っていると、周りでどさっどさっと音がする。
見るとミルルとシルフ、サーシャと精霊のミィが床に倒れて幸せそうに眠りこけている。
「ちょ、セイレーンは話すだけで人を眠らせるのか?」
「いえ、ちょっと能力全開で声をかけたのですが……ミルルまでこんなに簡単に眠らせられるのに、何で貴方は眠らないの? セイレーンとしての私のプライドがぁああ」
「……所で、俺達を眠らせてどうするつもりだったんですか?」
「? ああ、実力試しよ。私達セイレーンは、強い力を持つ相手でも眠くさせる特殊能力があるでしょう? この力を持って不眠の貴族用の子守唄をしているのだけれど、場合によっては喧嘩が始まった時にお互い眠らせて止めたりといった事にも使えるから。地味だけれど」
確かに眠ってしまえば喧嘩も出来ない。
そこで俺は、そういえば魔族の貴族って魔力やら何やらが強い奴らだったようなと思いながら、
「でも喧嘩の仲裁が貴族の場合でも、効果があるという事だな」
「それはそうなんだけれどね。でもこう、さらなる目標が必要というか……」
「そんなに眠りの力が強くなったら、酒場で歌うのが難しくなるんじゃないのか?」
俺は何気なく質問した俺の言葉に、エイネは、はっとしたようだ。
どうやら何も考えずにその実力を磨いていたらしい。
歌手の道のりは遠のいていくなと思っていると、俺は目をとろんとさせていると、
「んんっ、むにゃむにゃ……はっ! ……エイネ?」
「こんにちわ、ミルル。ちょっと腕試ししちゃった」
「……まさか」
「そう、とうとうミルルまで私眠らせられるようになったわ。耐えたのは、そこにいるタイキだけね」
自慢げなエイネにミルルは起き上がり、微笑んだ。
「丁度実家に聞きたいことがありましたので、実家からエイネの今の状況をお伝えしておきますね?」
「ええ! ま、待って、冗談なのに!」
「……今度からそういうことはしないでください。ただでさえ今日は満月で、少し体がおかしいのに」
「あー、うん、分かった、ごめん。あ、それでね、今日はその睡眠耐性が強くなる薬が欲しくて。お願いできるかしら」
そこで彼女は俺に振り返り、
「お願いしてもよろしいですか? できるだけ早いほうがいいのですが」
「量はどれくらいですか? この前使っていた薬の効果を落したとして材料費を下げるでしょうから……」
「うーん、その瓶15本で、持続時間は6時間でいいわ。まずは試してみないと仕方がないし」
「分かりました。じゃあ、それぐらいの量と効能であればすぐに出来ますから、ちょっと待っていてください」
「え! そんなにすぐに出来るの? ……魔法使いの調合って興味があるから、ちょっと見ていって構わないかしら」
「それはかまいません。ミルル、もう少し時間がかかりそうだ」
「はい、ではその前に、この前あった新種かもしれない魔族の話を実家に伝えておきます」
そうミルルが俺に言って、電話に向かう。
そこでエイネが、俺に、
「何? 新種の魔族って」
「いや、スライムみたいなドロドロなんだけれど、人型にもなれる魔族がいたんだ。ただミルルはこんな種は知らないといっていて」
「へー、そんな魔族がいるんだ。どろどろ……どろどろ、ね」
「何か思い当たる節でもあるのか?」
「いえ、どこかで聞いたことがある気がしたのですが、よく思い出せなくて」
「そうなのか……思い出したらミルルに教えてくれると助かる」
「はーい。では、さっそく薬をお願いします」
そう促されて俺は1階の魔法使いの調合場所に向かったのだった。
手軽にとれて料理しても美味しい……らしい、“クロレースタケ”という、キクラゲのようなキノコを使って、“企業戦士Z”弱体化バージョンを作っているとそこでエイネが、
「でも魔法使いって、魔法で眠るを覚まさせたり出来るでしょう? なのにこんな薬が必要なのかしら」
「うーん、魔法使いがいるパーティばかりじゃないし、魔法使いだってその技が使えるかわからないしな。それにこの眠気覚ましの薬が魔法使いだからって作れるかどうかも分からない……それはおいておいて、そもそも眠気覚ましの魔法を使える俺が眠らされたら他の人達の眠り解除はできないし、はぐれた時を考えると事前に薬を飲んでおくほうがいいな」
「その眠り解除の魔法は持続性がないの?」
「……そういえばそうだな。考えもせずに使ったり事前に薬を使っていたから気付かなかった。でも魔法は瞬間的にその効果が現れて攻撃したりするから……でも時間差で発動するものもあるから……でもそれだと、時間指定でその効果が現れるるだけだから意味は無いか」
「中々難しいのね。もう少し気楽にやりましょうよ。あ、歌でも歌ってあげましょうか?」
「いや、一応危険なものも使っているから止めて欲しい。色の変化、音の変化、匂いも全部、調整も含めるけれど、危険を察知するのには大切だから」
「はーいっと。そういえば話は変わるけれど、最近私の歌っていたあの遺跡で妙な魔物が住んでいたと聞いたのだけれど」
それを聞いて思い出す。
“ゲーム”では出てこなかったあのてんとう虫のような魔物。
このエイネの様子では出会っていないようだ。
なので俺は、
「てんとう虫のような魔物がいて、って、わからないか」
「ちょっと私は知らないわ。辺境の固有の虫かしら……ドロップしたアイテムはないの?」
「それだと……これかな」
そう言って俺はその虫の羽のような謎アイテムを見せると、エイネが眉をひそめる。
恐る恐るといったようにエイネは羽をつんつんと人差し指で触って、うめいて、
「この魔力が不思議な感じ。偏りが全くない。何にでもなれるといえば聞こえがいいけれど、人工物でもこうはいかないかな。……でもこの妙な感じ、タイキからも感じるような。でも違うような気もする……」
「俺は虫ではないのですが」
「あはは、そうだよね。同じだったら困るものね。あれ、煙が出ているね」
「そろそろ完成みたいです。……できた」
そしてその液体を瓶に入れて蓋を閉める。
全部で十六本。
一本余分にできてしまったようだ。
後で鈴にでもあげるか、どうやら眠気覚ましに飲んでいるみたいだしと思っていると、
「では十五本、頂いていきます。料金は少ないですがこれでどうでしょうか」
「……ちょっと少ないですね(材料費分だな)。ですがミルルのお友達ですしこれから頑張って稼いでくれると信じて、これでいいですよ」
「わー、ありがとう! 見ていて、そのうち数十倍にして返すから!」
「頑張ってください」
そう言うと嬉しそうにエイネが出て行く。
それを見送りながら虫の羽を俺は見て、うーん、これは素材として使えるのかなと思って試しに作れるものを探してみると……。
「錬金術だと、これは使えるのか?」
そう、俺は小さく呟いたのだった。




