第14話「……前より良くなっているな」
右舷の魔力取り込み機関室も、左舷とよく似た造りをしていた。
機関長は室内を見回すと、ヴェリアへ向き直った。
「こちらもお願いします」
「はい」
ヴェリアが杖を床につけると、水色の光が管へと広がり、室内の数か所で赤い光が灯った。
機関長の指示で、機関士たちが示された場所をそれぞれ調べていった。
焼損した部品や破損した部品が見つかるたびに、機関長が状態を確かめ、指示を出した。
手際よく修理が進み、赤い光が消えていった。
やがて、赤い光は一か所だけになった。
「最後は、あちらですね」
ヴェリアが壁際を指した。
そこには、ほかの管より一回り太い管が伸びていた。
管の手前には、頑丈そうな金属製の保護扉が設けられていた。
機関士が扉の留め具を外し、重そうな扉を開いた。
内部を覗き込んだ機関長が顔をしかめた。
「……ここか」
「何か問題が?」
ヴェリアが首を傾げた。
アリエッタは二人の間から中を覗き込んだ。
太い管の手前には複雑な装置があり、白っぽい薄い膜が黒く焼け焦げ、途中で途切れていた。
「これは管の内側に特殊な膜を送り込む装置です。この先の太い管には高濃度の魔力が流れるので、膜で包んで管の内壁を保護しているんです」
機関長は装置の奥を指した。
「平らな膜を筒状に丸めて送り込む仕組みなんですが、過負荷で部品が破損してしまったようです。ガイドと魔鉱石が使えなくなっています」
装置の奥では、金属製の部品が大きく歪み、その先に取り付けられた二つの黒い石にも亀裂が入っていた。
「交換できるんですか?」
「ええ。予備があります」
機関長は近くの機関士へ声をかけた。
「予備部品を持ってきてくれ」
「はい」
機関士が足早に部屋を出ていった。
ヴェリアが装置の前にしゃがみ込み、膜の通り道を眺めた。
アリエッタもヴェリアの頭越しに覗き込んだ。
装置には幾つもの金属製の部品が組み合わされ、その間を薄い膜が通っていた。
膜の通り道には金属製のガイドがあり、左右の端を中央へ寄せるように湾曲していた。
ガイドの先端には二つの黒い石が取り付けられ、その奥には何枚もの金属板が組み合わされていた。
「ずいぶん複雑な仕組みなんですね」
機関長は頷くと、二つの黒い石を指した。
「ええ。膜の左右の端を、あの魔鉱石に沿って送り込むんです。その先の金属板の間を通るうちに、膜が徐々に丸まり、両端が重なって筒状になります」
アリエッタは機関長が指し示す部品を目で追いながら聞いていた。
あの黒い石は魔鉱石というらしい。
「なるほど」
「ただ、以前から少々問題のある装置でして」
「そうなんですか?」
「膜がよく引っかかるんです。滑りのよい魔鉱石を使っているんですが、それでも膜の左右で送り込む速さがずれてしまう。少しでもずれると、膜の重なりがうまくいかなくなるんですよ」
「引っかかってしまった時はどうされてるんですか?」
「魔鉱石の表面を磨いたり、ガイドの角度を調整したりして、何とか動かしています」
ヴェリアは装置を眺めながら頷いた。
機関長が工具を手に取り、魔鉱石を取り外した。
床に置かれた黒い球は拳ほどの大きさで、表面に亀裂が入っていた。
アリエッタはしゃがみ込み、まじまじと見つめた。
「きれい……」
黒い球の表面には凹凸がなく、光を反射していた。
「触ってみるかい?」
機関長が声をかけた。
「いいんですか?」
「ああ、ほら」
機関長は魔鉱石をアリエッタの手に載せた。
思っていたよりも重く、ひんやりとした感触が手のひらに伝わった。
「これが中でくるくる回っているんですか?」
「いや、これは固定して、表面に膜を滑らせているんだよ。ツルツルしてるだろう」
アリエッタは指先で表面を撫でた。
「ほんとうだ……」
「とても滑りやすい性質を持っているんだけど、割れやすいのが欠点なんだ」
「そうなんですか……」
ふと顔を上げると、ヴェリアが魔鉱石を見つめて何やら考え込んでいた。
「先生?」
ヴェリアが顔を上げた。
「あ、すみません。少し考え事をしていました。とてもきれいな魔鉱石ですね」
「機関長!」
予備部品を取りに行った機関士が慌てた様子で戻ってきた。
「どうした?」
「予備の魔鉱石が……割れています!」
「なに!?」
機関長は機関士の抱えた木箱をぐっと覗き込んだ。
木箱の側面には亀裂が入り、中に収められた二個の魔鉱石もそれぞれ割れていた。
「工具室に保管してあったんですが、船が落下した際に棚から落ちてしまったようです」
機関長は魔鉱石を取り上げ、状態を確かめた。
「……これでは使えん」
「元の形に戻すことならできますよ」
ヴェリアが声をかけた。
機関長が顔を上げた。
「本当ですか?」
「ええ。ただ……元の形に戻しても、引っかかりやすいのは変わらないんですよね?」
「……ええ。そこは変わりません」
「でしたら、少し変えてみませんか?」
「変える?」
「ええ。滑らせる代わりに、回してみるんです」
ヴェリアは魔鉱石を手にしたアリエッタと機関長を見て、意味ありげに微笑んだ。
「回す……?」
機関長は首を傾げた。
アリエッタも首を傾げた。
二人は思わず顔を見合わせた。
ヴェリアは床に置かれた金属部品へ目を向けた。
「あれは、もう使わないんですか?」
「ええ。歪んでしまったガイドです。予備と交換するので、廃棄するものですが」
「少し頂いても?」
「構いません」
ヴェリアが床に置かれた金属製のガイドを手に取った。
手のひらに載せて胸の高さまで持ち上げる。
すると、ガイドが淡い光に包まれた。
光の中で歪んだ金属が生きた粘土のように形を変えていく。
やがて光が消えると、二つの小さな車輪状の部品が現れた。
「これを使ってみてはどうでしょう?」
ヴェリアが二つの車輪を機関長へ差し出した。
機関長は魔鉱石を床に置き、差し出された部品を手に取った。
「……なるほど。ローラーか」
機関長は顔を上げ、ヴェリアを見た。
「滑らせる代わりに、回転させて送り込むわけですね」
「ええ」
機関長は送り込み口にローラーを当てた。
「もう少し小さくできますか? 二つとも同じ大きさで」
「はい」
ヴェリアがローラーを受け取り、もう一度淡い光に包むと、二つのローラーは揃って一回り小さくなった。
「どうぞ」
機関長は再びローラーを当てた。
「……ぴったりだ。取り付けてみよう」
機関長は工具を手に取り、二つのローラーを取り付けた。
左右の位置を確かめ、指先でローラーを回した。
「……うん。これならいけそうだ」
機関長が顔を上げた。
「試してみよう」
新しい保護膜が運び込まれ、送り込み装置へ取り付けられた。
機関士が操作盤を動かすと、平らな膜がゆっくりと進み始めた。
膜の左右の端が二つのローラーを通り、その先の金属板の間へと進んでいく。
膜は次第に丸まり、両端が重なって筒状になった。
そのまま太い管の中へと送り込まれていく。
機関長は膜の重なりをじっと見つめていた。
「……ずれていないな」
「もう少し速くしてくれ」
機関士が操作盤を動かした。
ローラーの回転が速くなり、膜の送り込み速度が上がった。
それでも左右の端はきれいに重なり合い、筒状になった膜が途切れることなく管の中へ送り込まれていく。
機関長は目を閉じ、耳を澄ませた。
「……前より良くなっているな」
「そうなんですか?」
ヴェリアが尋ねると、機関長は目を開けた。
「ええ。以前はずっと膜が擦れるような音がしていたんです。今はそれがありません」
アリエッタも耳を澄ませてみた。
機械の低い唸りは聞こえる。
けれど、目の前を流れていく膜からは何の音も聞こえなかった。
「左右の送り込みも揃っています。これなら、以前よりずっと安定して動くでしょう」
機関長はしばらく装置の動きを確かめていた。
やがて、ヴェリアへ顔を向けた。
「……見事です」
機関長が深く頷いた。
ヴェリアはにっこりと笑った。
「この子のおかげですよ」
ヴェリアがアリエッタの肩にそっと手を置いた。
「わたし、ですか?」
アリエッタが首を傾げると、ヴェリアは頷いた。
「さっき、魔鉱石がくるくる回っているのかと尋ねたでしょう? あれで思いついたんです」
「ああ、なるほど!」
機関長も納得したように頷いた。
「我々はあの仕組みに慣れきっていましたからね。滑らせることしか考えていませんでした」
機関長はアリエッタへ顔を向けた。
「素晴らしい着眼点だよ」
「い、いえ……そんな……」
ヴェリアも機関長も、アリエッタに微笑みかけていた。
アリエッタは頬が熱くなるのを感じ、うつむいた。
そのとき、手の中にある魔鉱石の重みに気づいた。
「あっ、これ……」
アリエッタは慌てて魔鉱石を機関長に差し出した。
「おっと、忘れていたね」
機関長は笑いながら受け取った。
「これで修理は全部だな。……計測室で確認しよう」
機関長の言葉で、一行は機関室の奥にある計測室へ移動した。
左舷と同じように魔力を流し、計器を使って異常がないか確かめていく。
十五分ほど経っても、計器に異常は見られなかった。
「……よし。右舷の修理も完了だ」
機関長が頷くと、機関士たちが口々に「よし」と声を上げた。
アリエッタは思わず隣のヴェリアを見上げた。
「先生って、こんな大きな船も直せるんですね」
自然と声が弾んだ。
ヴェリアはアリエッタの顔を見て微笑んだ。
「私は少しお手伝いしただけですよ。この船を直したのはあの方たちです」
ヴェリアは機関士たちへ目を向けた。
アリエッタも室内を見回した。
黄色い作業服の機関士たちは、ほっとした様子で互いに顔を見合わせていた。
機関長がヴェリアへ向き直り、深く頭を下げた。
「助かりました。本当にありがとうございます」
「お役に立てたようでよかったです」
ヴェリアが笑みを返した。
副船長が歩み寄ってきた。
「機関長、私から船長へ報告してきます」
「お願いします。こちらも引き続き確認を進めます」
副船長はヴェリアとアリエッタへ向き直った。
「お二人はついてきてください。船長室へご案内します」
「はい」
アリエッタは副船長とヴェリアに続いて歩き出した。
扉の前で振り返ると、機関長がヴェリアの背中を見つめていた。
その眼差しには、初めて会ったときの訝しむような色はなかった。
ふと、機関長と目が合った。
機関長がアリエッタに向かって片目をつむった。
アリエッタは思わず笑った。
機関長も笑みを浮かべた。
アリエッタは再び前を向き、ヴェリアの背中を追って計測室を出た。
◆◆◆◆◆
アリエッタとヴェリアは副船長のあとについて通路を歩き始めた。
いくつか角を曲がったところで、副船長がふと足を止めた。
「よろしければ、魔力炉をご覧になっていかれますか?」
「いいんですか?」
ヴェリアが尋ねた。
「ええ。どうぞ、こちらです」
副船長は通路の奥にある大きな扉へ向かった。
重そうな金属の扉を開くと、低い唸りのような音が聞こえてきた。
扉の向こうには、天井の高い広大な空間が広がっていた。
部屋の中央には、天井まで届く巨大な柱が立っていた。
柱は金属製の板で覆われ、その継ぎ目から淡い緑色の光が漏れている。
柱の根元からは何本もの太い管が床へ伸び、上部からも同じような管が天井へ伸びていた。
アリエッタは思わず足を止めた。
柱はアリエッタが両腕をいっぱいに広げても届かないほど太く、そこから伸びる管もアリエッタが通れそうなほど大きかった。
「大きいですね」
ヴェリアが柱を見上げた。
「ええ。ここが、この船の心臓部です」
船の心臓。
アリエッタも柱を見上げた。
床へ伸びる太い管は大地に張る根のようで、天井へ広がる管は空へ伸びる枝のようだった。
まるで――
「……大きな木みたい」
アリエッタがつぶやくと、副船長がこちらを向いた。
「お目が高いですね」
「え?」
アリエッタは副船長を見上げた。
「今はほとんど魔力を流していませんが、稼働しているときは部屋全体が緑色に輝くんですよ」
「部屋全体が……?」
「ええ。床も天井も緑色の光に包まれて、まるで草原に立つ大樹のように見えるんです」
副船長はそう言って魔力炉を見上げた。
甲板で見たときの鋭い眼差しとは違い、その目元には穏やかな笑みが浮かんでいた。
「大樹……」
アリエッタも副船長の視線を追った。
天井まで伸びる柱。
四方へ広がる太い管。
風が吹き抜ける。
淡い緑色の光が満ちていく。
青々とした草原に立つ一本の大樹が見えた気がした。




