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いってらっしゃい、アリエッタ  作者: 安部ルシア
第2章 風と飛空船
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第14話「……前より良くなっているな」

右舷の魔力取り込み機関室も、左舷とよく似た造りをしていた。

機関長は室内を見回すと、ヴェリアへ向き直った。

「こちらもお願いします」

「はい」

ヴェリアが杖を床につけると、水色の光が管へと広がり、室内の数か所で赤い光が灯った。

機関長の指示で、機関士たちが示された場所をそれぞれ調べていった。

焼損した部品や破損した部品が見つかるたびに、機関長が状態を確かめ、指示を出した。

手際よく修理が進み、赤い光が消えていった。

やがて、赤い光は一か所だけになった。

「最後は、あちらですね」

ヴェリアが壁際を指した。

そこには、ほかの管より一回り太い管が伸びていた。

管の手前には、頑丈そうな金属製の保護扉が設けられていた。

機関士が扉の留め具を外し、重そうな扉を開いた。

内部を覗き込んだ機関長が顔をしかめた。

「……ここか」

「何か問題が?」

ヴェリアが首を傾げた。

アリエッタは二人の間から中を覗き込んだ。

太い管の手前には複雑な装置があり、白っぽい薄い膜が黒く焼け焦げ、途中で途切れていた。

「これは管の内側に特殊な膜を送り込む装置です。この先の太い管には高濃度の魔力が流れるので、膜で包んで管の内壁を保護しているんです」

機関長は装置の奥を指した。

「平らな膜を筒状に丸めて送り込む仕組みなんですが、過負荷で部品が破損してしまったようです。ガイドと魔鉱石が使えなくなっています」

装置の奥では、金属製の部品が大きく歪み、その先に取り付けられた二つの黒い石にも亀裂が入っていた。

「交換できるんですか?」

「ええ。予備があります」

機関長は近くの機関士へ声をかけた。

「予備部品を持ってきてくれ」

「はい」

機関士が足早に部屋を出ていった。

ヴェリアが装置の前にしゃがみ込み、膜の通り道を眺めた。

アリエッタもヴェリアの頭越しに覗き込んだ。

装置には幾つもの金属製の部品が組み合わされ、その間を薄い膜が通っていた。

膜の通り道には金属製のガイドがあり、左右の端を中央へ寄せるように湾曲していた。

ガイドの先端には二つの黒い石が取り付けられ、その奥には何枚もの金属板が組み合わされていた。

「ずいぶん複雑な仕組みなんですね」

機関長は頷くと、二つの黒い石を指した。

「ええ。膜の左右の端を、あの魔鉱石に沿って送り込むんです。その先の金属板の間を通るうちに、膜が徐々に丸まり、両端が重なって筒状になります」

アリエッタは機関長が指し示す部品を目で追いながら聞いていた。

あの黒い石は魔鉱石というらしい。

「なるほど」

「ただ、以前から少々問題のある装置でして」

「そうなんですか?」

「膜がよく引っかかるんです。滑りのよい魔鉱石を使っているんですが、それでも膜の左右で送り込む速さがずれてしまう。少しでもずれると、膜の重なりがうまくいかなくなるんですよ」

「引っかかってしまった時はどうされてるんですか?」

「魔鉱石の表面を磨いたり、ガイドの角度を調整したりして、何とか動かしています」

ヴェリアは装置を眺めながら頷いた。

機関長が工具を手に取り、魔鉱石を取り外した。

床に置かれた黒い球は拳ほどの大きさで、表面に亀裂が入っていた。

アリエッタはしゃがみ込み、まじまじと見つめた。

「きれい……」

黒い球の表面には凹凸がなく、光を反射していた。

「触ってみるかい?」

機関長が声をかけた。

「いいんですか?」

「ああ、ほら」

機関長は魔鉱石をアリエッタの手に載せた。

思っていたよりも重く、ひんやりとした感触が手のひらに伝わった。

「これが中でくるくる回っているんですか?」

「いや、これは固定して、表面に膜を滑らせているんだよ。ツルツルしてるだろう」

アリエッタは指先で表面を撫でた。

「ほんとうだ……」

「とても滑りやすい性質を持っているんだけど、割れやすいのが欠点なんだ」

「そうなんですか……」

ふと顔を上げると、ヴェリアが魔鉱石を見つめて何やら考え込んでいた。

「先生?」

ヴェリアが顔を上げた。

「あ、すみません。少し考え事をしていました。とてもきれいな魔鉱石ですね」

「機関長!」

予備部品を取りに行った機関士が慌てた様子で戻ってきた。

「どうした?」

「予備の魔鉱石が……割れています!」

「なに!?」

機関長は機関士の抱えた木箱をぐっと覗き込んだ。

木箱の側面には亀裂が入り、中に収められた二個の魔鉱石もそれぞれ割れていた。

「工具室に保管してあったんですが、船が落下した際に棚から落ちてしまったようです」

機関長は魔鉱石を取り上げ、状態を確かめた。

「……これでは使えん」

「元の形に戻すことならできますよ」

ヴェリアが声をかけた。

機関長が顔を上げた。

「本当ですか?」

「ええ。ただ……元の形に戻しても、引っかかりやすいのは変わらないんですよね?」

「……ええ。そこは変わりません」

「でしたら、少し変えてみませんか?」

「変える?」

「ええ。滑らせる代わりに、回してみるんです」

ヴェリアは魔鉱石を手にしたアリエッタと機関長を見て、意味ありげに微笑んだ。

「回す……?」

機関長は首を傾げた。

アリエッタも首を傾げた。

二人は思わず顔を見合わせた。

ヴェリアは床に置かれた金属部品へ目を向けた。

「あれは、もう使わないんですか?」

「ええ。歪んでしまったガイドです。予備と交換するので、廃棄するものですが」

「少し頂いても?」

「構いません」

ヴェリアが床に置かれた金属製のガイドを手に取った。

手のひらに載せて胸の高さまで持ち上げる。

すると、ガイドが淡い光に包まれた。

光の中で歪んだ金属が生きた粘土のように形を変えていく。

やがて光が消えると、二つの小さな車輪状の部品が現れた。

「これを使ってみてはどうでしょう?」

ヴェリアが二つの車輪を機関長へ差し出した。

機関長は魔鉱石を床に置き、差し出された部品を手に取った。

「……なるほど。ローラーか」

機関長は顔を上げ、ヴェリアを見た。

「滑らせる代わりに、回転させて送り込むわけですね」

「ええ」

機関長は送り込み口にローラーを当てた。

「もう少し小さくできますか? 二つとも同じ大きさで」

「はい」

ヴェリアがローラーを受け取り、もう一度淡い光に包むと、二つのローラーは揃って一回り小さくなった。

「どうぞ」

機関長は再びローラーを当てた。

「……ぴったりだ。取り付けてみよう」

機関長は工具を手に取り、二つのローラーを取り付けた。

左右の位置を確かめ、指先でローラーを回した。

「……うん。これならいけそうだ」

機関長が顔を上げた。

「試してみよう」

新しい保護膜が運び込まれ、送り込み装置へ取り付けられた。

機関士が操作盤を動かすと、平らな膜がゆっくりと進み始めた。

膜の左右の端が二つのローラーを通り、その先の金属板の間へと進んでいく。

膜は次第に丸まり、両端が重なって筒状になった。

そのまま太い管の中へと送り込まれていく。

機関長は膜の重なりをじっと見つめていた。

「……ずれていないな」

「もう少し速くしてくれ」

機関士が操作盤を動かした。

ローラーの回転が速くなり、膜の送り込み速度が上がった。

それでも左右の端はきれいに重なり合い、筒状になった膜が途切れることなく管の中へ送り込まれていく。

機関長は目を閉じ、耳を澄ませた。

「……前より良くなっているな」

「そうなんですか?」

ヴェリアが尋ねると、機関長は目を開けた。

「ええ。以前はずっと膜が擦れるような音がしていたんです。今はそれがありません」

アリエッタも耳を澄ませてみた。

機械の低い唸りは聞こえる。

けれど、目の前を流れていく膜からは何の音も聞こえなかった。

「左右の送り込みも揃っています。これなら、以前よりずっと安定して動くでしょう」

機関長はしばらく装置の動きを確かめていた。

やがて、ヴェリアへ顔を向けた。

「……見事です」

機関長が深く頷いた。

ヴェリアはにっこりと笑った。

「この子のおかげですよ」

ヴェリアがアリエッタの肩にそっと手を置いた。

「わたし、ですか?」

アリエッタが首を傾げると、ヴェリアは頷いた。

「さっき、魔鉱石がくるくる回っているのかと尋ねたでしょう? あれで思いついたんです」

「ああ、なるほど!」

機関長も納得したように頷いた。

「我々はあの仕組みに慣れきっていましたからね。滑らせることしか考えていませんでした」

機関長はアリエッタへ顔を向けた。

「素晴らしい着眼点だよ」

「い、いえ……そんな……」

ヴェリアも機関長も、アリエッタに微笑みかけていた。

アリエッタは頬が熱くなるのを感じ、うつむいた。

そのとき、手の中にある魔鉱石の重みに気づいた。

「あっ、これ……」

アリエッタは慌てて魔鉱石を機関長に差し出した。

「おっと、忘れていたね」

機関長は笑いながら受け取った。

「これで修理は全部だな。……計測室で確認しよう」

機関長の言葉で、一行は機関室の奥にある計測室へ移動した。

左舷と同じように魔力を流し、計器を使って異常がないか確かめていく。

十五分ほど経っても、計器に異常は見られなかった。

「……よし。右舷の修理も完了だ」

機関長が頷くと、機関士たちが口々に「よし」と声を上げた。

アリエッタは思わず隣のヴェリアを見上げた。

「先生って、こんな大きな船も直せるんですね」

自然と声が弾んだ。

ヴェリアはアリエッタの顔を見て微笑んだ。

「私は少しお手伝いしただけですよ。この船を直したのはあの方たちです」

ヴェリアは機関士たちへ目を向けた。

アリエッタも室内を見回した。

黄色い作業服の機関士たちは、ほっとした様子で互いに顔を見合わせていた。

機関長がヴェリアへ向き直り、深く頭を下げた。

「助かりました。本当にありがとうございます」

「お役に立てたようでよかったです」

ヴェリアが笑みを返した。

副船長が歩み寄ってきた。

「機関長、私から船長へ報告してきます」

「お願いします。こちらも引き続き確認を進めます」

副船長はヴェリアとアリエッタへ向き直った。

「お二人はついてきてください。船長室へご案内します」

「はい」

アリエッタは副船長とヴェリアに続いて歩き出した。

扉の前で振り返ると、機関長がヴェリアの背中を見つめていた。

その眼差しには、初めて会ったときの訝しむような色はなかった。

ふと、機関長と目が合った。

機関長がアリエッタに向かって片目をつむった。

アリエッタは思わず笑った。

機関長も笑みを浮かべた。

アリエッタは再び前を向き、ヴェリアの背中を追って計測室を出た。


◆◆◆◆◆


アリエッタとヴェリアは副船長のあとについて通路を歩き始めた。

いくつか角を曲がったところで、副船長がふと足を止めた。

「よろしければ、魔力炉をご覧になっていかれますか?」

「いいんですか?」

ヴェリアが尋ねた。

「ええ。どうぞ、こちらです」

副船長は通路の奥にある大きな扉へ向かった。

重そうな金属の扉を開くと、低い唸りのような音が聞こえてきた。

扉の向こうには、天井の高い広大な空間が広がっていた。

部屋の中央には、天井まで届く巨大な柱が立っていた。

柱は金属製の板で覆われ、その継ぎ目から淡い緑色の光が漏れている。

柱の根元からは何本もの太い管が床へ伸び、上部からも同じような管が天井へ伸びていた。

アリエッタは思わず足を止めた。

柱はアリエッタが両腕をいっぱいに広げても届かないほど太く、そこから伸びる管もアリエッタが通れそうなほど大きかった。

「大きいですね」

ヴェリアが柱を見上げた。

「ええ。ここが、この船の心臓部です」

船の心臓。

アリエッタも柱を見上げた。

床へ伸びる太い管は大地に張る根のようで、天井へ広がる管は空へ伸びる枝のようだった。

まるで――

「……大きな木みたい」

アリエッタがつぶやくと、副船長がこちらを向いた。

「お目が高いですね」

「え?」

アリエッタは副船長を見上げた。

「今はほとんど魔力を流していませんが、稼働しているときは部屋全体が緑色に輝くんですよ」

「部屋全体が……?」

「ええ。床も天井も緑色の光に包まれて、まるで草原に立つ大樹のように見えるんです」

副船長はそう言って魔力炉を見上げた。

甲板で見たときの鋭い眼差しとは違い、その目元には穏やかな笑みが浮かんでいた。

「大樹……」

アリエッタも副船長の視線を追った。

天井まで伸びる柱。

四方へ広がる太い管。

風が吹き抜ける。

淡い緑色の光が満ちていく。

青々とした草原に立つ一本の大樹が見えた気がした。


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