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いってらっしゃい、アリエッタ  作者: 安部ルシア
第1章 高台の魔術師
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第1話 「わたしの記憶の中にある風景を探してください」

高台へつづく山道をのぼる途中で、アリエッタは足を止めた。

振り返ると、大きな青空に白い雲が浮かび、その下に湖が広がっていた。

陽の光を浴びた湖面がきらきらと輝き、ほとりには小さな町が寄り添っている。

家々の屋根に混じって教会の尖塔が小さく見えた。

アリエッタは眼下の景色に見惚れた。

いつも見上げている尖塔が、あんなに小さい。

アリエッタは十歳の少女で、教会の孤児院で暮らしている。

湖の向こうに見えるこの山をいつも孤児院から眺めていた。

登るのは今日が初めてだった。

山の高台にはヴェリアという魔術師が住んでいる。

今日はその魔術師にどうしてもお願いしたいことがあって、はるばる登ってきた。

風が強く吹いた。

アリエッタの焦げ茶色の長い髪がなびく。

すこし色あせた黒いワンピースの裾が風を受けて大きく膨らんだ。

アリエッタは手にした編み籠を飛ばされないように抱きかかえた。

木々の葉がザワザワと音を立てる。

風がやわらいだところで籠を持ち直し、アリエッタはふたたび山道を登りはじめた。


◆◆◆◆◆


しばらく登ると、木々の合間に木造の小さな家が見えてきた。

道を登りきると、開けた高台になっていた。

地面には短い草が生え、合間から土が覗いている。

さきほど木々の間から見えた家が奥に建っていた。

家に向かって足を進めていくと、どこからか水の流れる音が聞こえてきた。

音のする方へ目を向けると、山際を小川が流れていた。

流れを辿っていくと、家のすぐそばに小さな池があった。

山肌を伝ってきた水が岩の間から流れ落ち、小さな滝になって池へ注いでいた。

池を横目に玄関へ向かい、扉の前に立つ。

編み籠の中を覗き込む。

古びた紙で包んだ『依頼料』と、丸めて紐で結んだ紙はちゃんと入っている。

来る途中で何度確認したか分からない。

ヴェリアに話すこともすでに考えてあった。

山を登りながら頭の中で何度も繰り返してきた。

けれど、いざ扉の前に立つと、練習してきた言葉が急に遠くなる。

胸の奥で心臓が強く鳴っていた。

アリエッタは深く息を吸い、ゆっくり吐いた。

前髪を手櫛で整え、服についた埃を払った。

「……よし」

小さく呟いて扉を見据える。

「ごめんください」

思ったよりも小さな声になった。

しばらく待つ。

返事がない。

聞こえなかったのだろうか。

もう一度声をかけようと息を吸った。

「はーい」

扉の向こうから声がした。

反射的に背筋が伸びる。

ぱたぱたと近づいてくる足音のあと、扉が開いた。

現れたのは紅い外套を羽織った女性だった。

背丈はアリエッタよりも少し高いぐらいだった。

額を見せるように分けた亜麻色の髪は腰まで届き、緩やかな波がかかっていた。

幼さの残る顔立ちで、年齢は十代半ばぐらいに見えた。

大きな紅い瞳がアリエッタを見つめていた。

「こんにちは」

アリエッタは頭を下げた。

「はい、こんにちは」

返ってきた声は柔らかく、肩に入っていた力が少し抜けた。

アリエッタは顔を上げ、女性の瞳を見た。

「あの、わたし、アリエッタといいます。下の町の、きょ、教会にある孤児院で暮らしています」

何度も練習してきたはずなのに言葉がつかえた。

「あの……ヴェリアさん、ですよね」

「ええ。私がヴェリアです」

女性は小さく頷いた。

間違えていない。

安心したはずなのに心臓はさっきよりも大きく鳴っていた。

ここまで来たのだ。

アリエッタは胸の高鳴りを押し切ってヴェリアの紅い瞳をまっすぐ見た。

「ヴェリアさんにお願いがあって来ました」

今度は言葉を途切れさせなかった。

「わたしの記憶の中にある風景を探してください」


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