最強の男と推しキャラ
現在、俺は距離を取って雲雀たちのやり取りを見守っているのだが、ここはショッピングモールだ。当然ながら、他にお客さんがいる。
いきなりあんなに大声を出せばみんなの注目が集まるわけなんだが、怒り心頭の雀には周囲の様子が見えていないのか、そのままの若鬼に対して能力を使おうとしていた。
「ダメだ、雀!こんなに大勢無関係の人がいる場所で使っちゃダメだ!」
「なら私にどうしろって言うのよ!」
雲雀にド正論を言われても納得できない雀が叫ぶ。俺は原作を知っているのでかなり雀寄りの心境で見守っているな。母親の仇だからブチギレるのは仕方ないとは思う。
「安心しろ、お前たちが周囲を気にする必要はない」
ザワザワとしている喧騒の中であるにも関わらず、不思議と若鬼の声はよく響いた。ゆっくりとした動作で若鬼が両腕を広げる。
その動きを見た瞬間に力いっぱい唇を噛む。激痛と一緒に血が流れ、口の中に鉄の味が広がっていく。横を見るとミューが何をしているんだと、驚いているな。
「いってぇ!何するんだ⋯⋯」
雲雀の声がして、声の方に視線を向けると頬を抑えながら床に倒れていた。殴ったのは雀だ。
若鬼の能力で操られたとか、そういうではなく、雀の意思によって思いっきり雲雀は殴られた筈だ。
当然のように雲雀は抗議の声を上げていたが、周囲にいた人間が次々と意識を失って倒れていく光景に言葉を失っている。
「你可知道」
よくよく観察すると雀も俺と同じように唇を噛みきったのか口の端から血が流れていた。対処法を知らなければ今、俺の周囲に倒れている人間のように意識を失っていた筈だ。
唇の血を拭き取ってから、俺だけが目立たないように周囲の人間と同じように床に倒れておく。今、この場において意識があるのは俺とミューを除けば4人だけ。
───『昏睡』
それが『Los Lobos』のNo2 若鬼の能力。能力自体は単純で能力者を中心に一定の範囲にいる人間を強制的に眠らせるというもの。
対処法は能力の発動と同時に俺がしたように痛みを感じていれば、免れることができる。俺は原作を知っていたから、雀は一度体験していたから対処が間に合った。
ぶっちゃけこの能力は初見殺しもいいところだ。前情報なしに若鬼と対峙すれば気付かない内に意識を失って、そのままゲームオーバー。
対処法を知っている雀がいなければ原作の主人公である雲雀であっても、なにも出来ずに終わっていた。
「なんだよ、今のは」
「若鬼の能力だ、雲雀⋯⋯」
やっぱりめちゃくちゃ強いよな、若鬼。
今のは原作で能力の発動タイミングが分かっていたから対処できたけど、戦闘の最中に不意に使われたら対応できないと思う。
流石は『Los Lobos』のNo2。ラスボスの右腕⋯⋯だな。
ファンが作った『アビリティ・ストライク』の最強キャラランキングでも上位に入るのが当たり前の強さをしている。
「おい、急に店員が寝ちまったぞ!どういうことだ若鬼!」
で、買い物をしていたら若鬼の能力のせいで店員が倒れて、靴を買えなかった漆原がキレながらお店から出てきた。この機会に盗むって発想にはならなかったんだな、悪人のくせに。それはいいか。
「あん?誰だそいつら」
「ワタシを仇だと言っていた」
「ふーん、ならオレ様たちが殺した人間の関係者か」
興味なさそうに漆原が二人を一瞥した後、若鬼の肩にポンっと手をおく。
「こいつらとはオレ様が遊んでおいてやるから、目撃者が出ないように対処してろ」
「明白了」
この時点だと能力者の存在が世間に知られるのを嫌っていた筈だ。だから目撃者が出ないように周囲の人間全てを若鬼に眠らせるように命令している。
若鬼は基本的に漆原に忠実な部下だ。意見を述べる時以外は素直に言うことを聞く。
「待て!逃げるな若鬼!」
漆原に一礼した後、踵を返してその場を離れる若鬼に雀が吠える。彼女からすれば自分から逃げているようにも見えるだろう。
「吠えるなガキども。大事な大事なオレ様の右腕を狙ってきてるんだ⋯⋯代わりにオレ様が遊んでやるって言ってんだよ」
若鬼を追おうとする雀を阻止するように漆原が立ち塞がる。発言を聞けば直ぐに『Los Lobos』のボスと分かるようなものだが、逆上している雀には冷静な判断ができていない。
「邪魔よ!!」
目の前の敵を消し去る為に最大出力で漆原に炎を放った。至近距離で炎撃。躱せる筈がない。だが。
「あん?なにかしたか?」
漆原には効かない。
炎は漆原に当たる直前に霧散した。
「雀!!」
その様子を見ていた雲雀がすかさず能力で雀を引き寄せて漆原から距離を取らせる。冷静な判断だ。
「なにやってんだ!落ち着けよ!」
「だって!」
「今はそれどころじゃない!俺たちの目の前にいるのは!敵の総大将だぞ!!」
「っ───!」
雲雀に怒られて、それでようやく雀は冷静さを取り戻す。いつものように警戒しながら向けた視線の先には、二人のやり取りを小馬鹿にしたように見ている漆原がいるだろう。
俺の位置から見える漆原は、俺でも苛立つくらいニヤニヤしている。完全に舐め腐っている。慢心していると言っていい。
雲雀は冷静に、かつ漆原に気付かれないように能力を発動し⋯⋯漆原の背後にある商品棚を引き寄せる。そのまま漆原にぶつけるつもりだ。当たれば生身の人間にはそれなりにダメージがいく。
そう、当たれば。
「あん?だからなにしてんだよ?」
雲雀の能力で勢いよく漆原に向かっていった商品棚は当たる直前で止まる。まるでそこに透明な壁でもあるかのように。
そのあまりの光景に流石の雲雀も目を見開いて驚いている。
流石は公式チート。
「今ので理解したろ、お前らの攻撃はオレ様に届かないって」
鬱陶しそうに近くにある商品棚を蹴り飛ばした後、驚いている二人を馬鹿にしたように漆原が笑う。
───『無効化』
ありとあらゆる攻撃を無効化する。ラスボスが持つにはあまりにもふざけたぶっ壊れ能力。
この能力がある限り、漆原は無敵だ。どんな攻撃もどんな能力も効かない。
ラスボスの能力がまさかの防御チートと聞いて驚いた読者は多いことだろう。俺も驚いた。
「これ、なーんだ」
そして、漆原は読者がドン引きするくらい現実主義者だ。
雲雀と雀の二人を小馬鹿にするように笑いながら、スーツの内ポケットから漆原は拳銃を取り出した。
拳銃だ。異能バトルの世界観で⋯⋯ラスボスである漆原は、普通に拳銃を使う。
「っ───!!」
漆原が取り出した拳銃を見て直ぐさまに動こうとするが、それより先に銃声が鳴る。雲雀と雀は一般人と比べようがないくらいに身体能力は高いが、それでも人間の領域を出ていない。
つまり、音速の攻撃である銃撃を躱すことはできない。
「ぁぁぁぁぁぁ!」
漆原が放った銃弾によって右足を撃ち抜かれた雲雀が床に転がる。血が飛び散り床が赤く染まる。撃たれた足を抑えながら雲雀が痛みに叫んでいた。
「じゃあな、クソガキ」
拳銃を雲雀に向ける。
「させない!」
雀が雲雀を守る為に能力を使って漆原を攻撃するが先程と同じように霧散する。漆原の能力の前にはあらゆる攻撃が無力だ。
そして、また銃声が鳴る。
「ああぁぁぁ!!」
雲雀を庇うように雀が飛び出て、彼の代わりに銃弾を受けた。当たったのは右肩。これは原作と同じ。
その様子をつまらなそうに見た後、漆原は拳銃の照準を雀に合わせ発砲。雲雀の『雀!』と叫ぶ声は二つの銃声によってかき消され、銃弾は無情にも雀の両足を撃ち抜いた。
「ははははははは!」
雲雀と同じように床に転がる雀を見て、漆原はそれはもう楽しそうに悪う。THE悪役の笑顔だ。
「うわ⋯⋯」
思わず小さな声が漏れた。それでも距離が離れているので気付かれた様子はない。
週間少年漫画で銃が強い漫画ってなかなかない気もするな。特にこういった能力バトルの世界ではたいてい役に立たない。
けど、普通に考えて人間にとって銃器は脅威だ。銃弾なんて本来、躱すことは出来ない。特殊部隊に所属している訳でもないただの学生が、銃撃に対応なんて出来るはずない。
変なところで現実的。これもまた『アビリティ・ストライク』の魅力の一つではある。
「女に護られて惨めだな」
雲雀が雀の元に近寄ろうとするが、足を撃たれたせいで力が入らず立ち上がるのが難しいようだ。雲雀は太ももを撃たれていた。大事な血管が切れていたら危ないだろうな。
「自分を特別だと勘違いすると、こういう目に合う。恨むなら自分の蛮勇を恨め」
拳銃の標準がゆっくりと、雲雀に向けられる。今度は確実に殺すために雲雀の頭を撃ち抜くつもりのようだ。
ここまではちゃんと原作通りだ。
足を撃たれて俊敏に動けない雲雀は、そのまま漆原に頭を撃ち抜かれて死亡する。煽り文句に『無情!』なんて書かれていたな。
原作と展開が変わっていない事に安堵しつつ、このままちゃんと原作通りに進むか心配で仕方ない。頼む、ちゃんと原作通りにいけと心の底から祈っている。
「じゃあな!」
漆原が拳銃の引き金を引く。
「俺は、まだ⋯⋯死ぬわけにはいかない!!!」
雲雀が、能力を使用して近くにあったベンチを自分に衝突させた。
それによって本来なら頭に当たる筈の銃弾は外れ、床にめり込んでいた。
「え?」
ベンチに吹き飛ばされた雲雀は床をゴロゴロと転がっていく。その様子を『へぇー』っと少し楽しげに漆原が見ていた。
───原作と違う展開⋯⋯。
なんで、生きてんだ雲雀。
「やるな、クソガキ」
漆原の表情が変わっている事に焦りを感じる。まずいな。原作は雲雀や雀のことを舐め腐っていた。敵とすら認識していなかった。
だからもう一つの能力を使うことはなかった。
万が一、漆原がその気になって能力を使ったら? 原型を留めないくらい雲雀がボロボロにされたら?
原作のように雲雀が生き返らないかもしれない。
流石にまずいと判断して、雲雀を助ける為に動こうとした。そんな俺の頭上を超える者がいた。その後ろ姿を見て、安堵の息を吐く。
「良かった⋯⋯」
原作の流れとは異なる。本来なら雀が漆原に殺されそうな時に登場するのだが⋯⋯今の流れなら問題ないな。
目で追うのがやっとスピードで、その人物は漆原に迫りニヤける顔目掛けて綺麗な回し蹴りを放った。
「あん?」
が、漆原の能力の前には無力。
見えない壁があるようにその蹴りは漆原に当たる前に止まる。続け様に蹴り、殴打と繰り返すが全て無駄。
「うっぜぇな」
雲雀に対して興味が湧いていた漆原は突然の襲撃者にイライラしているのが手に取るように分かる。
襲撃者に対して拳銃を向けて銃弾を放つが、雲雀たちと違ってその人物は銃弾を躱してみせた。身体能力とかではない。銃口の先を見て弾道を予測して躱した。経験が成せる技術だ。
余裕をもって躱した後、襲撃者は大きく弧を描くジャンプをして漆原から距離を取る。
「めんどうな能力を持っているな」
「あん?⋯⋯何もんだてめぇ」
そこにいたのは赤いジャージ姿の女性だ。漆原を警戒しつつ二人の事を心配するように雲雀と雀を一瞥する。重症ではあるが、まだ死んではいない。
「犯罪者相手に名乗る義理なんてないんだけど⋯⋯」
気怠そうな表情で女性は髪をかき上げながら、漆原を睨む。
「巻き込まれたのがうちの生徒ってなると、流石のあたしも黙ってるわけにいかなくてね⋯⋯ぶちのめす前に名乗ってあげる」
───彼女は主人公が通う高校の体育教師。
『アビリティ・ストライク』公式人気投票、堂々の1位。作中で最も大きなおっぱいを持つサブヒロイン。
「御門 カモメ。そこにいる生徒の、担任だよ」
───俺の、推しキャラだ。




