ボクと契約して魔法少女にならないか?
気が付いたら俺が好きだった漫画の世界に転生していた。
何をバカな事を言っているんだと、言いたい気持ちはよくわかる。そうだな、ホラ話とでも思って俺の話を聞いてくれ。
この世界に生まれる前、前世ってやつで俺はとある漫画が大好きだった。
その作品は俺がまだ中学生だった頃に週刊少年漫画に連載され、瞬く間に大ヒットした異能バトルファンタジー。
───『アビリティ・ストライク』。
物語の大筋はある日を境に能力に目覚めた主人公が、敵対組織に襲われているヒロインを助けた事をきっかけに闘争に巻き込まれるというありきたりなもの。
それでも幅広い読者に愛され、アニメ化までされたのは今作品の最大の魅力とも言える漫画家、城田先生の圧倒的な画力によるバトルシーンだと俺は思っている。
能力と知恵を駆使しながら敵対組織の幹部と戦うシーンはあまりの画力に手が震えたものだ。あの感動は芸術作品を見ている感覚に近い。
俺はあっという間に『アビリティ・ストライク』のファンになった。
週刊誌は毎週買って読んだし、単行本も全て買った。アニメ化した時は録画して何度も見返した。熱狂的なファンの一人だと言えよう。
そんな大好きな作品も必ず終わりはくる。
約6年間の連載を続けた『アビリティ・ストライク』は無事に最終回を迎えようとしていた。大人気作品だったので当然、打ち切りではない。
張り巡らされた伏線は全て回収したし、宿敵とのバトルにも決着がついた。次号で最終回。どんな終わりを迎えるんだと、胸を踊らせていた。
中学生から社会人になるまでずっと追ってきた作品だ。物語の結末をファンの一人として見届けたい。そんな想いで週刊誌の発売を待った。
そして、発売日の前日に俺は交通事故でこの世を去った。
享年20歳。
死因は多分、トラックとの正面衝突。正直、どうやって死んだか覚えていない。気付いたら目の前にトラックがいて、頭を強く打ったところまでは覚えている。そのまま意識を失って死んだのかもしれない。
曖昧な話で申し訳ない。
異世界ものの作品のように神さまに出会ったわけでもないので死因に関しては俺もよく分かっていないんだ。
意識が戻ってきて⋯⋯気付いた時には俺は赤ちゃんになっていた。なんともまぁおかしな話だろ?
転生した直後はパニックになったものの、人は意外と順応が早いらしく『強くてニューゲームだ!』と、新たな人生を謳歌していた。
唯一の心残りとしてあげるなら『アビリティ・ストライク』の最終話が読めなかった事くらいだろう。それもまぁ、仕方ないと諦めた。
そんなこんなで2回目の高校生活を楽しんでいると、とあるニュースが俺の目に飛び込んできた。
【赤羽駅に吸血鬼出現か?】
ふざけたニューステロップだろ?
けど、その一文を見た時俺の脳裏には『アビリティ・ストライク』の第一話が浮かび上がっていた。
ニュースに放送される猟奇的殺人事件、それこそが『アビリティ・ストライク』の物語開始を告げる冒頭の一コマだ。
主人公はニュースを見て『怖い世の中になったな』とぼやきながら、学校に向かう。俺はそのシーンを何度も何度も読み返したから覚えていた。
そんな事があるのかと、ニュースを見て震える足を無理やり動かして俺はパソコンでとある場所を調べた。
それは現代日本を舞台とした本作で登場する主人公が通う架空の高校。
検索画面にヒットした高校名を見てそこで初めて、この世界が大好きだった作品『アビリティ・ストライク』の世界だと気付いた。
いくら俺が『アビリティ・ストライク』の大ファンとはいえだ、転生した!?ならこの世界は大好きな作品の世界かも?なんて事は思わない。
前世によく似た世界だと、成長と共に理解してそのまま生きてきた訳だ。
それがまさかの⋯⋯。まさかのだ!!
正直、嬉しい。
嬉しすぎて絶頂しそうな気分だ。
オタクなら一度や二度は妄想するだろう。
大好きな世界にもし自分がいたら?自分だったらどうするか? そんな自分に都合のいい妄想をして楽しんだ者は少なくない筈だ!
俺もその一人だ。
だからこそ興奮した。
この世界が『アビリティ・ストライク』の世界なら、好きだったあのキャラに会えるんじゃないか?
主人公たちのように能力を駆使してバトルすることも原作に介入する事もできるかもしれない。
妄想が現実になった!この事実に喜ばないオタクはいないだろう。
俺は行動力のあるタイプのオタクだったので、直ぐに行動に移った。
高校をサボってスマホを頼りに主人公が通う学校まで電車を乗り継いで向かった。浮かれ気分で学校の前まで来た。
するとタイミング良く、主人公が校門から勢いよく飛び出るところに出くわした。
逃げる主人公を現代日本では目立つ赤髪の美少女───メインヒロインが追いかけている漫画のワンシーンに感動を覚えながら、原作に介入したい欲求でいっぱいだった俺は、主人公とヒロインの後を追おうとした。
結果。普通に撒かれた。
いや、多分主人公たちは俺の事など気にもしていないだろう。
追いかけようと走り出した時には既に遠いところにいたし、数秒も走れば豆粒、一分経った頃には見失っていた。
身体能力の違いに唖然としたな。
そこでようやく、自分が一般人だって思い出した。
漫画のような激しい戦いを出来るのは主人公のような才能がある人間だけ。
特別な人間だけ。
この世界の大多数は普通だ
俺は転生したとはいえ、特別ではなかった。普通のどこにでもいる一般人だ。
原作に介入する?能力を駆使して戦う?所詮、オタクの妄想でしかない。
その現実を他の誰でもない主人公が教えてくれた。
───というのが、今の現状だ。大好きだった世界に転生したとはいえ、自分の思うようにはならない。
それは前世でも嫌というほど知っただろう?
自分が好きな事を通すには才能と努力がいる。俺には主人公のような才能はないし、追いつこうという努力もしていない。
こうなるのは当たり前だ。
「帰ろう⋯⋯」
漫画の内容を覚えているので、主人公とヒロインがどこに向かうかは分かっている。撒かれたとはいえ、場所が分かるなら合流はできる。
けど、行ってどうする?
一般人でしかない俺は主人公たちの戦いに参加などできる筈がない。死ぬだけだ。
それが分からないほど、バカではない。
俺は主人公たちが消えていった道路の先───漫画のシーンを幻視して、名残惜しい気持ちを振り払ってその場を後にした。
『聞こえるポヨか?』
筈だった。
家に帰ろうと踵を返したタイミングで、不意に声が聞こえた。
可愛らしい声だ。
子供の声とも女性の声とも取れる、庇護欲を掻き立てられる声。
「誰だ?」
辺りを見渡しても声の正体は見えない。幻聴か? 自分の耳を疑った時、それは目の前に現れた。
ふわふわと、まるで重力を感じていないように空中に浮遊する一匹のクマ。
と言っても動物園で目にする巨体ではなく、子供や大人が大好きなデフォルメされたぬいぐるみサイズだ。
背中に天使のような翼が生え、色はピンク色と野生のクマに喧嘩を売っているような配色をしている。
なんだ、コイツは?
突然、目の前に現れたクマに俺の理解が追いついていない。
明らかに普通ではない。───『アビリティ・ストライク』のキャラか? いや、こんな得体の知れないクマは登場した事がない。
『ようやく見つけたポヨ!この世界を救う救世主を!』
くるりっと空中で回転し、俺を指さす謎のクマ。何がなんだか⋯⋯分からない。
「救世主?何を言っているんだお前は⋯⋯」
『そのままの意味ポヨ。君にこの世界を救って欲しいポヨ』
「世界を救う?」
それは俺の役目じゃない。この世界には───『アビリティ・ストライク』には主人公がいる。
世界を救う役目は一般人ではなく、主人公である彼が。
『そうポヨよ!君にしか出来ないポヨ』
「俺にしか⋯⋯」
不味いな。こんな怪しさしかないクマの言葉に心が動いている。
一般人であると、理解してしまったからその言葉は俺に効く⋯⋯。
『ボクと契約して魔法少女になって、世界を救って欲しいポヨ』
───俺は、男だぞ。ふざけんな。




