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転生神主の日常 〜掃き清めた地が国となるまで〜  作者: 秋澄しえる


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第58話「隊商」

◆◇◆◇◆


 最初に異変に気づいたのは、村の外れで羊の世話をしていた少年だった。


 温暖な冬の昼下がり。ポカポカとした陽射しの中でのんびりと草をんでいた羊たちが、ふいに一斉に顔を上げ、西の方角へ耳をそばだてた。

 少年がそれに釣られて視線を向けると、古い交易路のずっと向こう、木々の合間からもうもうと土煙が上がっているのが見えた。


「荷馬車だ! いっぱい来る! ペドロさんだけじゃない、ものすごくいっぱい来る!」


 少年が羊を放り出し、転がるような勢いで広場へ駆け込んで叫んだ。


 穏やかだった村の空気が、一瞬にして弾けた。


 ゴルドが作業着のまま家から飛び出してきて、太い腕で庇を作るようにして西の交易路を睨み据える。


 土煙の規模は、いつものペドロの荷馬車一台分とは比較にならない。幅が広く、何台もの車輪が乾いた土を削る音が響いている。ドドドド、という重い振動が、足の裏から腹の底へと直接響いてきた。


「来たか。…ロザ! 準備通りにやってくれ!」


 ゴルドの腹の底から絞り出したような声が、広場全体を震わせた。

 その声に応えるように、集会所の扉が勢いよく開き、ロザが姿を現した。腰に手拭いをきつく挟み、長い髪を後ろで一つに束ね上げている。普段の穏やかな裏方の顔ではない。完全に、実務を取り仕切る指揮官の顔だ。


「ダリオ、割り竹の干場を裏に移して。今すぐ。東の空き地に荷馬車の待機場所を作ります。マルタさん、井戸の水汲みを始めてください、一番大きな桶に三杯分。ブルーノさん、昨日完成した臨時のかわや、目隠しの板の固定は大丈夫ですか」


 工房の奥から、ブルーノの低い声が地を這うように返ってきた。「釘で打ってある。大風でも飛ばん」。


 この一ヶ月半の間、村はペドロの提案に従って入念な受け入れ準備を進めてきた。ロザが描き出した段取り表に沿って、荷馬車の駐車場所の確保、臨時厠の増設、集会所の寝具の用意、馬のための飲み水と飼い葉の手配が行われてきた。

 小さな辺境の村が総力を挙げて整えた準備が、今まさに試されようとしていた。


◆◇◆◇◆


 西の木立ちを抜け、土煙の中からついに隊列が姿を現した。


 先頭は、見慣れたペドロの荷馬車だ。御者台に座る男が、こちらに向かって大きく手を振っている。だが、問題はその背後だ。

 二台、三台、四台…重そうなほろを揺らしながら、最終的に七台もの荷馬車が、古い交易路を一列になって村の広場へと連なってきた。


 そして、その荷馬車の列を前後左右から挟み込むように、武装した男女が歩調を合わせて進んでくる。

 八人。全員が使い込まれた革鎧や鎖帷子くさりかたびらを身に纏い、それぞれ剣や槍、大弓を携えている。隊列の前方、側面、後方に的確に散開し、木々の奥や死角へ絶えず視線を配るその足運びは、一目見ただけで只者ではないと分かる。熟練の冒険者特有の研ぎ澄まされた警戒の歩みだった。


 先頭の荷馬車が鳥居の手前で止まり、ペドロが、羽のように軽く飛び降りた。


「よう、ゴルドの爺さん。約束通り、連れてきたぞ!」


 ペドロの後ろから、六人の商人がそれぞれの荷馬車を降りて集まってくる。

 恰幅のいい中年の男、痩せて神経質そうな長身の女、白髪交じりの老商人。年齢も風体もまちまちだが、全員に共通しているのは、ペドロと同じ種類の鋭い「目」を持っていることだ。周囲の品物の価値を一瞬で値踏みし、相手の腹の内を読み取ろうとする、冷徹な商人の目。


 冒険者たちの指揮を執っていた大柄な男が、剣の柄から手を離してペドロの傍に歩み寄った。

 三十代前半の、日焼けした顔に短い無精髭を蓄えた男。肩幅が異常に広く、背中に斜めに背負った巨大な両手剣の柄頭が、頭の上にヌッと突き出ている。


「ペドロ、ここがお前の言っていた村か。…空気がまるで違うな。肺の裏側まで洗われるようだ。体がふわりと軽くなる」

「だろう。この空気に一度慣れると、外の街の澱んだ空気を吸うのが嫌になるぞ」


 ペドロが私を見つけ、にやりと笑って手招きした。


「ハルさん、紹介する。こいつはヴィクトル。冒険者パーティ『鉄蜂てつばち』のリーダーだ。わしの冒険者時代からの古い仲間で、腕は保証する」


 ヴィクトルが、分厚い右手を真っ直ぐに差し出してきた。握り返すと、岩のように硬い掌だった。剣を振り続けたことでできた分厚い剣ダコが、幾重にも盛り上がっている。


「ヴィクトルだ。ペドロから散々聞かされているよ。辺境にとんでもなく面白い村があるってな。よろしく頼む」

「藤原春暁です。ハルとお呼びください。ペドロさんには、何からなにまでお世話になっています」

「こいつは昔からそうだ。面白い場所を見つけると、黙っていられない性分でな」


 ゴルドがずかずかと近づいてきて、ヴィクトルの手をがっしりと握った。


「ゴルドだ。この村の村長をやっている。ペドロには世話になっている。あんたたちにもしっかり頼りにさせてもらうぞ」

「こちらこそ。滞在中は村の安全はうちで請け負う。不審な連中が近づいたら問答無用で追い払うし、森から魔獣がはみ出してきたら処理する。商人たちは存分に商売に集中してくれ」


 ゴルドの深い皺の刻まれた目に、複雑な光が宿った。

 ペドロの人脈を通じ、これだけの実力者たちがこの辺境の小さな村を自発的に支えようとしてくれている。その事実に対する、言葉にしがたい熱い感慨。


「…ペドロにも、あんたたちにも。この村はとてつもなく大きな借りができたな」

「借りなんかじゃねえよ。ペドロの話を聞いて、俺たちが自分の意志でここに来たくなったんだ。辺境の面白い村を、この目で見ておきたくてな」

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