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転生神主の日常 〜掃き清めた地が国となるまで〜  作者: 秋澄しえる


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第28話「不器用な居候」

◆◇◆◇◆


 その異変に最初に気づいたのは、村長のゴルドだった。


「…おい。なんだ、これは」


 早朝の井戸端。まだ肌寒い秋の朝靄あさもやが立ち込める中、ゴルドが木の棒のように立ち尽くしている。

 その信じられないものを見るような視線の先には、干し竿にかけられた洗濯物があった。誰かが夜明け前から井戸の冷たい水を汲み、すでに洗いを済ませたらしい。日が昇りきる前に、ご丁寧にも干すところまで終わっている。

 問題は、その干された布たちの「仕上がり」だった。


 ゴルドが愛用していた分厚い麻のシャツが、元の半分ほどの大きさにまで見事に縮み上がっていたのだ。生地の目はガチガチに詰まり、まるで五歳の子供服のような可愛らしいサイズ感になっている。


「誰だ! わしのシャツを雑巾にしたのは!」

「すまん。洗い方が少々、力任せだったようだ」


 井戸の横に、白い髭の老人が所在なさげに立っていた。

 この村に転がり込んで三日目の朝を迎えたグラキウスだった。彼は濡れた大きな手を外套の裾で無造作にぬぐいながら、干し竿の上で哀れな姿になった麻のシャツを、なぜこんなことになったのかと不思議そうに眺めている。


「おかしいな。同じように洗ったのだが、こちらのものは無事だぞ」


 グラキウスが隣の干し竿から取り上げたもう一枚は、マルタが普段着ている割烹着だった。

 確かに、原型は留めている。だが、生地の表面は激しく毛羽立ち、染料の色は二段階ほど薄く抜け落ちていた。さらには所々に見覚えのない深い皺が刻まれ、昨日まで現役だった布が、まるで古代の遺跡から出土した遺物のような風合いに変貌している。


「グラキウス。あんたは洗濯板というものをちゃんと使ったのか」

「使ったとも。あの波状の溝がついた木の板に布を押し付けて、ゴシゴシとやるのだろう。たっぷり冷水を含ませて、この手で思い切りよく擦った」

「…あれは布の汚れを落とすための道具であって、繊維を完全に破壊するための道具じゃない! あんたは川辺で岩でも洗っとるのか!」

「…力加減というやつが、昔からどうにも苦手でな」


 グラキウスが申し訳なさそうに白い髭を撫でた。

 ただし、その表情には深刻な反省というよりも、「ああ、またやってしまったか」という諦めに近いものが混ざっている。己の生活能力の絶望的な不器用さに、すっかり慣れきってしまった人間の顔だ。


 私はこのやり取りを、社殿の前から竹箒の柄に寄りかかりながら眺めていた。サッ、サッ、と落ち葉を掃く手を止めずに、思わず口元が緩んでしまう。


 グラキウスがルーテ村に滞在して三日。


 この老人は「ただ飯を食って世話になっている以上、何か手伝いたい」と生真面目な義侠心を見せ、毎朝、村の雑事を自ら引き受けようとしているのだが、その結果が毎回壊滅的なのだった。


 初日は、台所で野菜炒めを完璧な「炭の塊」に仕上げた。

 二日目は、薪割りだった。左腕が使えないため右腕一本で重い斧を振り下ろしたのだが、途轍もない腕力が災いして狙いが盛大に逸れた。弾け飛んだ薪が放物線を描いて飛翔し、三メートル先に干してあったブルーノの漆塗り用の上等な馬毛の刷毛を直撃、地面に叩き落とした。

 ブルーノは無言で刷毛を拾い上げ、穂先の歪みを厳しい目で確かめ、「…弁償しろ」とだけ低く凄んだ。


 そして三日目の今朝、洗濯物の繊維を破壊し、縮ませた。


 着実に、かつ確実に、村への被害範囲を拡大させている。


「グラさん、またやらかしたの?」


 リーナが、広場で頭を抱えて天を仰ぐゴルドと、白い髭をいじってしょんぼりしているグラキウスの間に、するりと割り込んできた。

 干し竿からガチガチに縮んだ麻のシャツを取り上げ、パンと広げ、くるりと自分の体に当ててみて、嬉しそうに笑った。


「あはは! これ、前はおじいちゃんが着てもダボダボだったのに、今は私にぴったりのサイズになってる! ねえ、これ、もらっていい?」

「やらん! それはわしのお気に入りのシャツだ!」

「でも、おじいちゃんもう絶対着れないじゃん。腕も通らないよ」

「…」


 ゴルドが星でも数えるように遠い空を仰ぎ、深い、深い溜息をついた。孫娘の残酷な正論に、反論できる材料が一つもなかったのだ。


 グラキウスが、大きな体を曲げて深々と頭を下げる。


「ゴルド、本当にすまん。新しいシャツの布代は、必ず何かの仕事で返す」

「仕事って何ができるんだ? 料理は焦がす、薪は飛ばす、洗濯は縮める。ここまで見事に生活の全てで全敗した人間を、わしは初めて見たぞ」

「…否定はできん。だが、もう少しだけ待ってくれ。何か、わしにも得意なことがあるはずなのだ」

「あるのか? 本当にあるのか?」

「…たぶん。おそらく。きっと」


 そこへマルタが通りかかり、干し竿にかかった自分の割烹着の変わり果てた姿を一瞥して、ピタリと足を止めた。

 静かに割烹着を手に取り、無惨に毛羽立った表面を指で撫で、すっかり失われた生地の張りを確かめ、ゆっくりと元の位置に戻す。


「…あんた。破壊の才能だけは超一流だね」

「褒め言葉として受け取っておく」

「褒めてないよ」


 マルタの鋭い眼光に、老兵は小さくなって肩をすくめた。

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