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第四話 大阪女 誘拐される

東国の第三王子、蒼月(そうげつ)の帰国から数日。

秋乃の頭には、蒼月が言った事がまだひっかかっていた。


(蒼月が言うとおり、勇者の帰還の記録だけないのは不自然よなぁ。でも、リヒトは忙しい中、時間を割いて勇者について探してくれとるし……うーん、ようわからへん!)


「アキノ様、ここのところ難しい顔をされてますが、何かお困りですか?」


お付きの侍女シータに声をかけられて、ハッと我に返る秋乃。


「なんも困ってへんで!」

「そうですか? どこか具合が悪いとかーー」

「ホンマやで! ほら見て、ウチ元気いっぱいやろ!」


今二人が立ち話をしている場所は、王宮内の厨房から秋乃が滞在する来賓室への帰り道にある廊下。

すぐ傍に立派な柱が立っている。

シータは秋乃のことを本気で心配していた。だから、注意が遅れてしまった。

柱の影に不審者がいて、何か呪文を唱えた。


「!?」


秋乃とシータは声を上げる前に意識を失った。


*****


「アキノ様!」


シータの声に反応して、秋乃の瞼が開く。


「……シータ! なんか急に眠くなって……ここどこや!?」

「どうやら眠る魔法をかけられて誘拐されたようです。私の不注意で気付くのが遅れました、申し訳ありません……」

「ウチが心配かけたせいや! ってか、窓あるやん! 今のうちに逃げよ!」


秋乃はカーテンを開け放った。

しかし、窓には鉄格子がついていた。


「鉄格子て……」


秋乃ががっかりしていると、扉からカギを開ける音がした。


(犯人!?)


シータがすかさず秋乃を庇うように前に出たところで、扉が開いた。

立っていたのはガラの悪い男達ーーではなく、善良そうな中年の女性と老人だった。


「起きられましたか」

「何が目的なん!?」


食ってかかる秋乃に、犯人達は頭を下げた。


「手荒なことをして申し訳ありません。ここから出す以外の要望は、できる限り叶えます」

「転移者様はここでずっと暮らしてくださいませ」

「はあ!?」


(一体どういうことなん!?)


*****


「アキノ、いないのか?」


リヒトは秋乃が滞在する来賓室のドアをノックしたが、返事は返って来ない。

その足で王宮の厨房に行き、料理長のテオに尋ねる。


「アキノ様は一時間ほど前にお部屋に戻られましたよ」


テオの言葉を聞いて、リヒトと側近クロードの顔色が変わる。


「王宮内に入れる者など限られているのに……!」


リヒトが悔しげに呟く。

王宮には特殊な結界が張ってあるため、王宮の魔法印が入ったペンダントをつけていないと入れない仕組みだ。


「賊を手引きした者がいる! クロード、洗い出せ!」

「かしこまりました!」


*****


「ドアに魔法で結界が張ってありますね…」


秋乃とシータを閉じ込めた誘拐犯達が去った後、ドアを調べていたシータが呟いた。


「魔法の結界……ほんならドアを蹴破っても出られへんってこと?」

「はい」

「でも、誘拐犯達は普通に出入りしてたやん?」

「結界を張った人間が作った魔法印を持っていれば、結界があっても出入りできます。王宮もそうですよ。アキノ様も転移した日に魔法印入りのペンダントを渡されたでしょう?」

「そういえば……。ってことは、王宮に誘拐犯がいたのは……」

「ペンダントを持っている人間は限られます。今頃リヒト様が洗い出しているでしょう」


(あーウチがぼんやりしてたせいで誘拐されて、忙しいリヒトの手間を増やしてもうた!)


自己嫌悪でベッドで転がり回る秋乃。

シータは窓辺に立って夕日を眺めている。

室内はそこそこ豪華で、大きなベッドに綺麗なバス・トイレもあり、不自由はない。

しかし、無理やり連れて来られた上に理由もわからないのが不気味だ。


(誘拐犯の狙いは何なんや?転移者様とか言うてたけど……なんか特別な力があると思われとるんかな。それやったら多少暴れても、危険はないんちゃうか?)


コンコンコンッ


ドアをノックする音が響いて、秋乃は起き上がる。

窓辺にいたシータは、素早く秋乃を庇うように立ち、ドアを見つめる。


「失礼します。夕飯をお持ちしました」


そう言って入って来たのは、中年の男と若い男だった。

テーブルに置かれたトレイには、魚介類がたっぷり入ったスープ、新鮮な海藻サラダ、丸いパン。

それらを凝視するシータ。


「美味しそうなご飯や……」


秋乃がぽつりと呟くと、男達は柔らかな微笑を浮かべる。


「そりゃ転移者様の健康のためですから」

「転移者様にはできるだけ快適に過ごしていただきたいので」


秋乃はムカッと来た。


「転移者様って呼ぶなや! ウチは秋乃って名前があんねん!! 秋乃の乃は代々受け継がれとる大事な漢字やねん! 秋の字は死んだ父ちゃんからもろてん! 何やねん自分ら! 崇め奉る割に、ウチのこと人間やと思ってへん感じがキモいねん! 何が目的か知らんけど、ここから出せや!」


秋乃が大声でまくし立てると、男達は困った様子で出ていった。


「ほんっと平民って下品ね!」


ドアの外から聞こえた声に、秋乃は聞き覚えがあった。


「アンタは……」


ドアを開けて入って来たのは、ルティリア・ダズワルドだった。


「アンタが誘拐犯の親玉なんか……?」

「違うわ。誘拐したのは、転移者を勇者の再来だと思ってる"勇者教"の信者達よ。私はただ、王宮に入れるペンダントを落としてしまっただけ」


ルティリアは意地の悪い笑みを浮かべた。


「お茶会もやけど、何でそんなにウチに嫌がらせるん!?」


秋乃の問いかけに、ルティリアの顔つきが鬼のように変わる。


「私はリヒト様のお妃候補なのよ! だからお前が邪魔なの!」

「お妃候補!? リヒトとウチは別にーー」

「馴れ馴れしく呼び捨てにするんじゃないわよ! リヒト様は優しい人だから、異世界から来たお前を憐れんでるだけよ!」

「!?体が動かへん!」

「これは拘束魔法ですね……」


ルティリアが呪文を唱えると、秋乃とシータは首から下がまるで石膏で固められたかのように動かなくなってしまった。


「賢者の血をひいている私は、治癒魔法も攻撃魔法も使えるの! 魔法力は遺伝するから、王子の妻にふさわしいわ!」


高らかに笑うルティリア。


「勇者教の信者達に誘拐された転移者が脱出しようとして、誤って蝋燭の火が燃え移って焼け死んでしまった……という筋書きがいいかしら?」

「はぁ!? 何言うとるん!」


ルティリアは声を荒げる秋乃を無視し、うっとりとした表情をしながら、テーブルにある燭台に火をつける。


「転移者よ! 生きたまま焼け死になさい!」

「やめ……!」


ルティリアが火のついた蝋燭を持って、秋乃に近づく。

身動きが取れない秋乃は必死にもがくが、足はぴくりとも動かない。


秋乃の目の前が青白く光った。

この光には見覚えがある。そう、これは転移魔法を使った時の光ーー……


「アキノ!」


光の中から現れたのは、リヒトだった。

ルティリアが持つ火に気付いたリヒトは水魔法を繰り出し、すぐさま消した。


「リヒト様!?」


慌てふためくルティリアを、リヒトの背後にいた側近クロードが捕まえる。


「リヒト……」

「ケガはないか!?」

「大丈夫やけど、首から下が動かへん……」

「!拘束魔法か……」


リヒトが呪文を唱えるとすぐに秋乃とシータは体を動かせるようになり、秋乃は安堵の息を吐いた。


「誘拐したのは私じゃありませんわ! 勇者教の信者達です! どうやら私が落としたペンダントを悪用されたみたいでぇ……」


弱々しく振る舞うルティリアを、リヒトは汚いものを見るような目を向けた。


「転移の直前でも声は聞こえる。そなたがアキノに焼け死ねと言っていたのがな」


リヒトの冷えきった声にルティリアは青ざめる。


「ルティリア・ダズワルド。何の罪もない人間ーーしかも王子の恩人を、生きたまま焼き殺そうとした罪は重い」

「そんな……」


リヒトの言葉に、ルティリアは呆然と立ち尽くす。そして、クロードに引っ張られるまま、部屋の外に連れて行かれた。


「アキノ、間に合ってよかった……」

「リヒトおおきに。ちゅうか、よくこの場所がわかったな……」

「私が遠隔通話魔法で、リヒト様にこの場所をお伝えしました」


シータの言葉に秋乃が目を見開く。


「シータが!?どうやってて場所突き止めたん!?」

「飛んでいる鳥の種類、山の形状と沈む夕日で方向、出された料理に海産物が多いことを総合して場所を絞り込みました」

「すご!シータってほんまにシゴデキや!」

「アキノ様が大声を出しておられる間に魔法で伝えることができたので、助かりました」

「あの時に!?」

「シータから聞いた場所とこちらの情報で、ダズワルド家の領地のこの別荘だと突き止めたのだ」

「二人ともほんまにありがとう……」


二人がいなかったら、秋乃はルティリアに燭台の火を押し付けられて……。

今頃になって体が震える。


「リヒト様、誘拐実行犯の勇者教信者から事情聴取をしますか」


ドアの隙間から、廊下にいたクロードの声がした。その後ろには、縄に繋がれた信者達がいる。

最初に部屋にやって来た中年の女性と老人、食事を持って来た中年男性と若い男性の四人だ。


「そうやっなんでウチを誘拐したん!?」


秋乃が問いただすと、信者達はおずおずと話し出した。


「今年は季節外れの大嵐に、大量のたこが海岸に打ち揚げられ……異変が多すぎて、」

「魔王復活の兆しではないか!? と言う話になり……」

「伝説の勇者様と同じ異世界転移者様なら、聖魔法を持ってるはずだと誰かが言い出して……」

「転移者様が元の世界に帰還しないように、囲い込んだのです!」


勇者教信者たちの言い分に、秋乃は呆れ果てた。


「ウチはその聖魔法ってヤツも持ってへんし、ウチの気持ちを無視すな!」


信者達は秋乃に怒鳴られて怯えていたが、言われたことを理解してはいないようだった。


「それらの異常気象は学者達が調べた結果、空や海の気温が原因だと判明したのだ。近日中に発表の予定だ」

「ええっ!?」

「それにソルタニアには、女神イシェーラの加護がある。だから心配無用だ」

「…じゃあ、我々がしたことは……」


自分たちが暴走してやらかした事の重大さに気付いた信者達が、真っ青になる。


「誘拐は重罪だ。しかるべき裁きを受けろ」


リヒトに言われがっくりとうなだれた信者達は、クロードと兵士に連行されていった。


「イシェーラって?」

「ソルタニアが古くから信仰している女神の名です」


小声でシータと話をしていると、リヒトが近づいて来た。


「アキノ、王宮に帰ろう」

「せやな……」


リヒトが詠唱をすると、足元に青白く光る魔方陣が現れる。

光に包まれて、瞬く間に王宮に着いた。


「今日はゆっくり休ーー」

「休むより、なんか料理を作りまくりたいわ!」


秋乃は腕まくりをして、厨房に向かう。


「なんでも作りたいものを作ればいい。私が食べるので」

「リヒトの食べたいモン作ったるから言うてや!助けに来てくれたお礼や!」

「……それならば、アキノのたこ焼きが食べたい」

「ええで!」


厨房で秋乃は山ほどたこ焼きを作った。

満面の笑みで頬張るリヒトを見つめる秋乃。


(考えてもわからんことは考えるのやめよ! あんな必死に助けに来てくれたリヒトのことは信じられる!)


*****


誘拐事件から数日後。

リヒトが秋乃の部屋に訪れ、誘拐実行犯の勇者教信者達の処罰の内容を伝えた。


「ルティリアは……?」


秋乃がおずおずと尋ねる。


「……彼女は魔力を封印する魔道具をつけられて、北の離島の監獄に収容された。二度とソルタニアの地を踏むことはないから、安心してほしい」

「そうなんや……」


秋乃は安堵と同時に複雑な気持ちになった。


「もしウチがこの世界に転移して来んかったらーー」

「いや、今回のことで身辺を調べたところ、複数の令嬢達を虐めていた事も発覚した。遅かれ早かれ、同じ道を辿っただろう」

「私はずっと怪しいと思っていたので、リヒト様と婚姻を結ぶ前に発覚して良かったですよ」


会話に入って来たのは、リヒトの側近のクロードだ。


「ルティリア、お妃候補やとか言うてたわ」

「……彼女がソルタニアで一番身分が高い令嬢だった、それだけだ。それに、いずれ王位を継ぐ兄上の婚姻が先だ」

「お兄さん、今は他の国に行っとるんやっけ?」

「そうそう、兄上はずっとロズマという大国に外交に行っていて、明日帰国する予定だ。アキノも一緒に出迎えよう」

「楽しみや! リヒトのお兄さん、どんな人なんやろ」

「見ればわかるだろう」


リヒトが悪戯っぽく笑った。




つづく

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