覚悟
正直言って、途中から信春には理解しがたい話になっていた。神に等しいだの、こちらの世界だの、三人の子供を生け贄にして生き返っただの……。
だが、信春は知っている。
和という少女が、こんな冗談を言う人間ではないことを。
話の内容の理解はしがたいが、和の人間性を信頼して、信春は今の話を全て信じることにした。
「生け贄を用いた死者蘇生。何とも恐ろしい儀式よな……。それは、どこだ? どこで儀式は行われたのだ?」
すでに答えを察していながらも信春は問いかける。自分の推測が間違っているという万が一に賭けて。……あるいは、自分から真実を口にすることを恐れて。
だが。
万が一は起こらなかったし、和は信春よりも遥かに勇気あふれる女性であった。
「仙台藩・伊達家名古屋屋敷。――私の屋敷です」
「…………」
和が犯人、であるはずがない。彼女が生け贄を使うような人間ではないことは信春がよく知っているし……そもそも、もし本当に伊達の屋敷で死者を蘇生させたなら、和は蘇らされた被害者なのだから。
仙台藩の姫君で、岡山池田家の正室になる女性――つまりは幕府にとっても注目するべき少女が危篤状態であったことは信春も忍びから聞いている。
おそらく、あのとき和は一度死んでいて、邪法によって蘇ったのだろう。
そう、邪法をその身に受けて、この心優しき少女が……。
「私は、存在自体が罪深いのです」
和が自らの両腕を抱く。凍えるように。寒さに耐えるように。
「私が生きるために、三人もの子供が犠牲となったのです。……こんな、私のために。本来なら死んでいるべき私のために。だというのに和姫ちゃんの身体を奪い、子供たちの命すら奪い……。こんな私に、生きる資格なんて……」
「…………」
多くの犠牲の上に立ち、今を生きている。その事実に小さく震え続ける和。
生きる資格などないと彼女は嘆く。
このまま和が消えてもおかしくない。罪の精算をするために、自ら命を絶ったとしても不思議はない。
その可能性に思い至ったとき、信春の全身から血の気が引いた。
違う、違うと信春は首を何度も横に振る。
和は自らの意志で子供を犠牲にし、生き返ったわけではない。そうであるならば今さら苦悩する必要などないのだから。
和はあくまで被害者。
被害者が罪を償わねばならぬなど……そんなことは許されない。そんな法はどこにもない。
だが、和は苦悩する。罪を意識し、罰を求める。そんな彼女の心をどうにかすることなど……信春にはできないだろう。
どんな言葉を掛けていいか分からなかった。
あまりにも悲劇。
あまりにも重い。
そもそも和という娘は、人の本質を見抜く。上辺だけの言葉など即座に看破されよう。
ゆえにこそ。
そんな彼女を、信春は強く強く抱きしめた。力一杯。あまり力を込めては痛いだろうという、当然の配慮をあえてすることなく。
「和。わしには、おぬしの苦悩を本当の意味で理解することはできぬのだろう。何があったかは分かったつもりだし、悲しくもあり苦しくもある。だが、それはきっと、おぬしが感じる苦悩の一分一厘にも満たないはずだ」
「のぶはる、さま……?」
「わしには分からぬ。分からぬからこそ、おぬしの思いを無視した命を下そう。――和。苦悩することは許す。罪滅ぼしを求めるなら止めはしない。だが、死ぬことだけは許さぬ。……わしが、おぬしを失ったら寂しい故な」
若様。
次期将軍。
後の最高権力者であるからこそのワガママ。人一人の生き死にすら思うがままにできるほどの地位。それを、信春は迷うことなく振るった。一人の少女を、守るために。
そんな信春の思いを、和は心で理解した。
「……傲慢ですね」
「未来の将軍であるからな」
「あなたのために生きろと?」
「その代わり、わしもおぬしのために生きよう」
「……まるで告白ですね」
「そうか、これは告白になるな」
「……私を受け入れるなら、罪なき子供たちの死すらも背負わなければなりませんが?」
「将軍ともなれば、日之本全ての人間の生き死にを預かるのだ。今さら、その脅しは通じぬよ」
「傲慢。愚か。自意識過剰。およそ将軍に相応しくない人物ですね」
「で、あるか」
「……そんな人物には、謙虚で常識的な、隣で支えてくれるような人物が必要でしょうね」
「で、あろうな。――わしには心当たりが一人いるのだがな?」
「ふふっ、何を言っているか分かりませんね」
歳不相応の意味深な笑みを浮かべてから、和は立ち上がった。全ての迷いを断たんとするかのように、何度も、何度も深呼吸をする。
そして彼女は決断した。
「私の罪は、私が背負います。他の誰にも渡しません。罪滅ぼしもしなければなりませんが――今するべきは、これ以上の犠牲を出さないこと」
それは、これ以上の儀式を止めることを意味する。
すでに和が蘇ったのだから、もはや伊達の屋敷で大儀式をする必要はないはずだが……。それでも、実際に子供たちが行方不明となったのだから、まだ『何か』をするつもりなのだろう。
大儀式が準備されている場所は、おそらく仙台藩の屋敷。
つまり、『敵』は和の父、仙台藩藩主・伊達吉村となろう。
「よいのか?」
「はい。私がやらなければならないことですから」
「――見上げた覚悟。ならば、義によって助太刀いたす」
立ち上がった信春に顔を向け、和は小さく頷いた。
「百人力というものですね」




