閑話 決断
伊達の屋敷近くで和姫を見送ったあと。
信春は誰もいない路地に入り、小さく声を上げた。
「子供が五人も行方不明になっているそうだな?」
誰もいないはずの路地。
しかし、帰ってくる声があった。
「そのようで」
「調べているのか?」
「いえ」
「なぜだ?」
「行方不明になったのが昨日の夕方から夜という理由もありますが……一番は、職務外であるがゆえに」
「町民が何人消えようが、関係ないか?」
「御意。我らはあくまで将軍家に仕える忍び。民草を守るのは使命の外にあります」
「正直者だな」
「恐縮で御座います」
「褒めてはいない」
「でしょうな」
「……調べろ」
「若様の護衛が薄くなりますが?」
「構わぬ」
「……和姫様のためですか?」
「うむ。将来の御台所(正室)になるかもしれぬ女のためと考えれば、動きやすかろう?」
「子供を探すことが、和姫様のためになりますか?」
「見ず知らずの子供が三人行方不明になっただけで、陰陽師を動かせないかと思うような女性だ。ここでさらに五人も行方不明になったままでは――悲しむだろう」
「……あの姫君は自分で探しかねないと思いますが」
「ならば、尚更だな。和姫が危険な行動をする前に見つけるのだ」
「御意。……しかし、まだ詳しくは調べておりませんが、五人も誘拐したのなら素人の仕業ではないでしょう。しかし、今の名古屋に五人もの子供を売りさばけるだけの組織は御座いませぬ」
「組織はないと? ずいぶんと自信を込めた物言いだな?」
「危険な芽は早々に摘んでおりますゆえ」
「饗談(忍者)も仕事をしているようで安心だな」
「恐縮で御座います」
「今度は褒めているぞ?」
「有難き幸せ」
「……一度に五人もの子供が迷子になるとは考えにくい。しかし、誘拐できるような組織はないとおぬしは言う。ならば、どういうことだと考えている?」
「子供を攫えるような犯罪組織はございませぬが、それができる勢力はあるかと」
「なに? どういうこと――まさか」
「はっ。名古屋に屋敷を構える大名と、子飼いの忍びであれば。子供を誘拐することくらい容易いでしょう。それならばまるで手がかりがなく奉行所も手詰まりとなるのも当然かと」
「何か兆候はあるのか?」
「直接の証拠は御座いませぬ。ですが、今現在いくつかの大名が怪しい動きをしているとの報告が。……そのうち、もっとも怪しいのが岡山池田家かと」
「池田家……和との婚約を破棄した家か」
「以前より織田筑前殿との関わりが深く」
「御三家か……。次の将軍に筑前殿を据えようと?」
「それはまだ分かりませぬ。しかし、池田の屋敷に出入りしている者からは、近ごろ怪しい風体の男を屋敷に住まわせているとの報告が」
「ほぅ?」
「その人相は、陰陽寮を罷免された男によく似ていると。陰陽師、子供の誘拐とくれば――子供の命を代償として大規模な『儀式』を行おうとしているのではないかと」
「大儀式を執り行って幕府転覆でも企んでおるか? ……そこまで分かっているなら、なぜ動かぬのだ?」
「相手は大神君の御代より仕える譜代大名家。我らの一存では動けませぬ」
「父上には報告したのだろう?」
「はっ」
「何とおっしゃっていた?」
「泳がせろ、と。ただし、若様が望むなら動いても構わぬと」
「わしを試しているのか……?」
「上様の深遠なお考えは、拙者程度では推測することすら……」
「慇懃無礼な男だ」
「恐縮で御座います」
「褒めてはいない」
「でしょうな」
「ふむ……」
信春だって、ここは動くべきではないということくらいは分かる。池田が織田筑前と繋がり、次の将軍を狙っているのだとしたら――幕府に対する明確な叛意。さすがに御三家を潰すことはできないが、西方の重要拠点である岡山を抑える池田家を取りつぶすことはできるかもしれない。
だが……。
「――わしはまだ子供よ」
「すでに元服は迎えられておりますが」
「それでも、まだまだ子供よ。子供であれば、失敗もしよう。愚かな行動もしよう。――親に尻ぬぐいをさせることもあろう」
「では」
「うむ。――池田の屋敷を調べろ。無理して証拠は掴まずとも良いが、子供が攫われていたら救出しろ」
「御意に」




