類は友を呼ぶ
「――どれ、これで頭を冷やすといい」
若様が持ってきてくれたのは……革袋?
あぁ、ビニール袋とか氷枕なんてないものね。氷を入れて冷やすなら革袋とかを使わないといけないのか。
立ちくらみはもう収まっていたのだけど、せっかく持ってきてくれたのだから遠慮なく使わせてもらおうかな。
座敷の上で横になると……おお! 楓お姉さんが膝枕をしてくれた! お姫様になって良かったー!
ちなみに楓お姉さんの膝はちょっと堅めだった。さすが忍者。細身だけどマッスルである。
それはそれとして太ももの感触を堪能していると、楓お姉さんが氷の入った革袋を額の上に置いてくれた。
おー、気持ちいいー。なんか溶けそうー……氷だけにー……。
「な、なりませぬ姫様!」
急に私の顔の上に座布団を押しつけてくる楓お姉さん。え? 私このあと「ぶっすー」っと刺されちゃう? 断末魔の叫び声が漏れないように顔を押さえつけられた? よく時代劇にあるように。
「髪色! 髪色が!」
「髪色?」
流れ的には私の髪色が?
とは言われても座布団で顔を覆われているので確認のしようがないのですが?
「……髪が銀色に戻っております」
そっと蔵人さんが教えてくれた。リラックスしすぎたせいで魔法が解けてしまったらしい。
いやしかし言い訳させてもらうなら目の前に鮮血が飛び散ったあとにリラックス状態となったのだから感情の振れ幅がぐわんぐわんなのである。ちょっとくらい気を抜いても仕方ないのである。
それはそれとして髪色を黒に戻す。と、楓お姉さんが顔を覆っていた座布団をどけてくれた。
座敷はほとんど貸し切り状態だったので、他の誰かに見られたりはしていないと思う。
でも、ここには若様がいるんだよなぁ。
ちらりと若様を見ると、彼は驚きで目を見開いていた。これは、誤魔化さないとマズい。気がする。
「……い、いえーい、まじっく! せんきゅー!」
両手を広げてみた私だけど……うん、説得力はなかったらしい。
「銀髪。大神君の正室が銀髪であったとの話は聞いたことがあるが……」
え? マジで? 濃姫って銀髪だったの? なんだそのラノベっぽい設定の戦国時代? いや、いくらラノベでも濃姫が銀髪なんて設定の本はないか……。
にやり、と若様が笑う。
「――仙台藩伊達家の姫君が銀髪となり、『真法』を使えるようになった。との噂は聞いたことがあるがのぉ?」
「――――っ!」
楓お姉さんが懐からクナイを取り出そうとするけど、即座に蔵人さんが腕を抑えた。
「蔵人様、なぜ……?」
「お、落ち着け楓。武器を出すのはマズい」
「しかし、どこから噂が流れたか確かめなければ……」
「ならん、ならんのだ」
う~ん?
察するに、私が魔法を使えるようになったことは秘密で、楓お姉さんはどこから情報を流れたか確かめようとしたと。
で。たぶん蔵人さんは若様――次代将軍織田信春の顔を知っていて、だからこそ慌てふためいていると。そりゃあ伊達家の忍者が若様に武器を向けたとあってはねぇ。
(……うん?)
なんか、周囲が騒がしい気がする。
音が聞こえるわけじゃない。
でも、なんというか……感覚的に、分かる。
(これは――殺気というやつ? 若様に付いている忍びが近くにいるのかな?)
殺気が放たれている場所を見るけど、人の気配はない。上手く隠れているのかな? 忍者ってすげー。
それはとにかく、名古屋の町中で幕府の忍者vs仙台藩の忍者の大バトル勃発とか笑えない。いや私は結界を付与できるのでたぶんこっちが勝つけど……そのあとが大騒動だし、なにより周りの町民を巻き込んでしまうかもしれない。
…………。
……よし、ここはいっちょ『なぁなぁ』で済ませましょうか。
「あら、さすがは『津田元春』様。ご慧眼ですね」
津田元春。『信春騒動記』において、主人公織田信春が町で活動するときの偽名だ。毎回のように自己紹介するので覚えてしまったのだ。
ぴくり、と若様の片眉が動いた。
「ほぉ? わしは名乗ったか?」
「いいえ」
「では、どうやって知ったのであろうな? 貧乏旗本の三男坊の名前など、あまり有名では無いと思うのだが」
ちゃんと時代劇の設定通り、貧乏旗本の三男坊ということになっているらしい。
なんだかおかしくなった私はくすりと笑ってしまう。ここはもうちょっとからかってやりましょう。
「ご希望でしたら有名な名前でお呼びすることも可能ですが?」
「…………。……はっはっはっ! いや、これは参った。初対面の人間にそこまで気を遣われてしまったか」
若様が軽く手を上げると、忍びからの殺気が消えた。ふぅ、っという蔵人さんのため息が聞こえる。
「さて、ここはお互いに秘密を知る者同士、仲良くしようではないか。自己紹介はいらぬだろうから……何と呼べばいいかな?」
「普通に『和』でよろしいかと」
「ほぅ? いいのか?」
「えぇ。偽名を使っては混乱しそうですし」
「なるほど。実を言うとわしもときどき混乱するのだ。というわけで、わしのことも『春』と呼んでもらおうか」
「春様、ですか?」
「うむ。春という字は実名と偽名の両方で使っているのでな」
「はぁ……」
そういえば偽名も『元春』だから、どちらも春様でいいのか。
なんか余裕があるというか、のんびりしているというか、危機感のない人だなぁと思ってしまう私。そういえばさっきもスリ男相手にズンズンと近づいていったものね。いくら忍者が護衛に付いているからって……。
「若様――じゃなくて、春様は危機感というものがないのですか?」
「はっはっはっ、爺にもよく言われるな。しかしこれは我が家の血なのでな。許してくれ」
「はぁ……」
なぁんか、独特のペースにこっちのペースが乱されそうだなぁ。喋れば喋るほど絡め取られるというか、真面目にやるのが馬鹿らしくなるというか。
「……姫様の同類ですか」
ちょっと楓お姉さん? その呟きはどういう意味ですか?
 




