エピソード7:頑張りやさんの君へ③
ユカからの手紙・音声版はコチラです。(https://mqube.net/play/20170717805843)
政宗がユカからの『2通目の手紙』を初めて読んだのは、『ケッカ』と再会した直後だった。
全てが終わり、新しく始まった月曜日の朝。体が小さくなったユカのための洋服を、政宗と統治が必死で探している時……ベッドの周辺を探していた統治が、2通の封筒を発見したのだ。
「佐藤、これは……」
「え……?」
統治が差し出した、『政宗へ』『ケッカへ』と記載されている白い封筒に、政宗は思わず息を呑む。
彼は政宗にそれを手渡すと、その近くに置いてあった袋の中に、子どもサイズの洋服を見つけて……無言で、この部屋を後にした。
一人きりになった政宗は、恐る恐る、自分宛ての封筒を開封して中身を確認する。
『政宗へ
えっと……実はコレ、2通目の手紙なの。1通目は土曜日に、富沢さんにあずけたんだけど……その後、政宗との関係がうれしいことになったので、もう一回書くことにしました。
ちなみに今は、日曜日の午前中です。政宗がそうじを頑張っている時に書いてます。手伝えなくてゴメンね。
あのね、政宗。
昨日、政宗から「好きだ」って言ってもらえて……本当に、本当にうれしかった。
あたしはずっと、政宗のことが大好きで。
でも、あたしにあんなことがあって……あきらめてたから。
今回も、あたしの記おくがあいまいなことで、たくさんめいわくをかけて……たくさん、なやませたよね。正直、笑顔を見るのがつらいこともあった。だって、あたしに笑ってくれてるんじゃなかったから。
でもね。
政宗が、ちゃんとあたしのことを見てくれた、そんなポイントがあって。
気付いてる? 多分気付いてないだろうなぁ。
りほちゃん達からのお見まいをもらった日の夜、政宗の近くで話をしたときに、政宗が、仙台に支局を作ったことを話してくれたよね。
あの時に「ケッカ」って呼んでくれた時に、初めて、あたしを見てくれた気がして。
うれしかったんだ。つい見とれちゃうくらいに。
もちろん、そこからも色々と不安なことはあったけど……でも、政宗はちゃんとあたしを見て、ユカはユカだって言ってくれて、本当にうれしかった。
好きだっていってくれて、本当にうれしかった。
ちゃんとあたしを見つけてくれて、「ユカ」って名前を呼んで、笑ってくれて、本当に、本当にうれしかった。
政宗のこと、ずっと好きでいてよかった。
政宗が政宗でいてくれて、本当によかった。
ここで出会えて、あたしだけを抱きしめてもらえて……本当によかったと思ってます。
きっと、政宗がこの手紙を読んでいる時、あたしはもう『ケッカ』に戻っていると思うけど。
『ケッカ』もきっと、記おくがないことにとまどって、最初のあたしみたいにこまることがあると思うんだ。
だからもう一通、そんなあたしへも、手紙を残しておきます。
もしも、未来のあたしがこまっていたら、その手紙をわたしてください。政宗が読んじゃダメだからね!!
次に会った時は、もっと一緒にいようね。それで、ぜっ対およめさんにしてもらうからね。
それまではしっかり、ケッカを守ってあげてね。ケッカはあたしでもあるんだから。
それと……悲しい時は、ちゃんと泣かないとダメだよ。政宗の泣き顔なら、いくらでも見せてくれていいから。
約束を守ってくれた政宗と、未来でまた会えることを、楽しみにしてます。
ありがとう。
何があっても、ずっとずっと、大好きだよ。
結果』
これは……卑怯だ。
手紙の文字を追いかけるたびに、頭のなかではずっと、彼女の声が響いていて。
政宗の名前を呼ぶ元気な声、不安を訴える儚い声、大好きだと言ってくれる愛しい声。
その全ての声が、表情とともに鮮明に焼き付いている。
そして、彼にそっと寄り添ってくれて、ずっと手を繋いで、ずっと、一緒にいるのに。
彼女を掴み損ねた政宗の手は、虚空をきっただけ。
今、政宗の手が届く範囲に――最愛の人は、いない。
「……ユカ……っ……!!」
その手紙を抱きしめたまま、政宗はその場に崩れ落ちる。
丁度そこに、ユカに服を届けた後にリビングから追い出された統治が戻ってきて……泣き崩れている彼の姿で、ある程度のことを察した。
「佐藤……大丈夫か?」
隣に膝をついて、統治が政宗を覗き込む。政宗は床の上で両手を強く握りしめると……その上に大粒の涙を落とし、声を絞り出した
「助けられなかった……俺は、ユカをまた助けられなかった……!!」
統治はそんな彼の背中に手を添えると、つばを飲み込んで言葉を絞り出す。
「……それは、俺も同じだ」
昨日の電話の時点で、政宗がユカを呼ぶ呼称以上に、ユカへの態度が変化していることに気付いていた。2人がようやく結ばれたのだと確信した瞬間、そのリミットまでも突きつけられた統治は……電話を切ってから、しばらく何も手につかなかったのだ。
あの時――あの夏の合宿の夜、風呂上がりに偶然、2階から一緒に降りてきたユカと政宗の『関係縁』を見て……2人の指先がそれぞれにうっすらと紫色になっているのを見つけた時は、勝手にやっていればいいと思った。どうせ自分は関係ないのだと。
その後、3人で一緒にいるようになって……2人の良いところを一番近くで沢山見てきた。そして、ユカと政宗もまた、自分を必要としてくれていることが、純粋に嬉しかった。
一緒にいたい。
そう思うと同時に……自分が好きな2人が幸せになってくれればと、そんなことを思うようになって。
ユカと政宗ならば、例え2人が恋仲になったとしても、統治を必要として、受け入れてくれることを、何の根拠もなく信じられたから。
その後……ユカの事件があって、政宗が奮起して。
そして統治は――身内から足元をすくわれて。
でも、ようやく3人でまた、一緒にいられるようになったのに。
仙台で再会したユカは、政宗への恋愛感情を忘れたかのように振る舞っていた。でも、政宗は再会したことで彼女への思いをより強くして、ユカもまた、そんな政宗を助けて、助けられて……やっと、通じ合えたと思ったのに。
どうして、こんなに上手く行かないのだろう。
どうして……自分は、2人の『縁』を結ぶことが出来ないのだろう。
2人の中に残ったのは、ユカを助けられなかった敗北感。
見慣れた彼女が戻ってきてくれて嬉しい気持ちは当然ある。ただ、今の2人により色濃く残っているのは、かけがえのない大切な女性を『また』助けられなかった――どうしようもないほど、惨めな気持ちだった。
「統治……俺、悔しいんだ。折角会えて、思いが通じ合ったのに……どうして俺は、ユカの手を最後まで掴めないままで……こんなっ……!!」
離れたくなんかなかった。
ずっと一緒にいたいと、今でも心から願っている。
でも――政宗は『また』、彼女の手を掴み損ねた。
大切な人は『また』、彼の前からいなくなった。
これが、現実。
これが――今の政宗の、限界だ。
「俺は……どうすればいいんだ……どうすれば……ユカと一緒に生きていけるんだよっ……!!」
悲痛な声で訴える親友に、統治は何の言葉もかけられないまま……ただ、今にも壊れそうな彼の肩を強く抱いて、唇を噛みしめることしか出来なかった。
場所と時は戻り、1人、自分にあてがわれた部屋に戻ったユカは……ベッドに座ってマグカップを両手に持ち、無意識のうちにため息をついた。
「……」
先ほどの政宗の顔が、頭から離れない。
あんなに辛そうに笑う彼を見たのは……いつぶりだろうか。
福岡の研修で、初めて『縁』を切った時……1人だけ切れなかった政宗が向けた時の表情に、どこか似ている気がする。
死神――自分自身のことをそう言っていた、あの頃の彼に。
「……あたしのことで、迷惑かけたけんやろうな……」
ここ1週間程度の記憶が完全に抜け落ちていることには、ユカも当然のように疑問をいだき続けている。2人が語ったユカの『生命縁』の異常、そして、政宗や統治が、いつもより過保護に自分に接していることなどから、ユカの体に何か、とてつもない異変が発生したことは明白だ。
ただ、それに関しては2人とも、今以上の詳細を語りたがらない。政宗から「本当に死にかけたんだ。頼むから、今は生きることだけを考えてくれ」と真顔で言われたら……それ以上、何も聞けなくなってしまう。
不完全な自分が、また、迷惑をかけてしまった。
「……あたし、何も出来んとやか……」
マグカップを両手で握りしめ、その水面にため息をついた。
そして、ふと……そういえば以前、こんな風に、この部屋でお茶を飲んだことがなかっただろうか、と、突拍子もないことが頭をよぎる。
ユカがこの部屋に泊まるのは、今回が初めてではないけれど……飲み物を持ち込むのは初めてだ。だからそんなこと、あるはずがないのだけど……。
でも、理由は特にないまま、唐突に感じる既視感。
「全くだ……ケッカ、お前……ちょっと普通に……あっただろうが。どうして……」
政宗の呆れた声が、受信状態の悪いラジオのように……途切れつつ、聞こえたような気がした。
「……何だろう……」
ユカは首をかしげつつ、とりあえずゆっくりお茶を飲む。そして……またいつも通り、先ほど唐突に脳内再生された彼のように、これまで通りにユカと接してくれるにはどうすればいいのか、考えてみることにした。
しかし、そもそも政宗がどうしてこうなったのかが分からないので……すぐに妙案が浮かぶはずもない。
「あたし……やっぱり何かしたっちゃろうなぁ……」
リビングに入る直前に聞いたのは、彼が呟いた、自分らしき女性の名前。
でも、その呼び方に強烈な違和感があった。あの呼び方は、完全に……。
「……あたしのことじゃないな」
あの呼び方は完全に、好きな人や……それこそ、恋人の名前を呼ぶ時のものだと思った。それに彼は、今のユカのことは『ケッカ』と呼ぶのだ。あの頃と変わらないあだ名で、ずっと。
「……いいな」
無意識のうちに呟いた言葉を認識した瞬間、ユカ自身がとても驚いてしまう。
どうして今、羨ましいと思ったんだろう。
政宗が呼んだ『ユカ』は自分ではない、そう思ったら……その『ユカ』が、急に、羨ましくなって。
「変なの……」
ユカは結局、その違和感の正体に思い当たらないままお茶を飲む。そして、雨の音を遠くに聞きながら……心愛からもらったというアロマオイルを少しだけハンカチに染み込ませ、その香りに包まれながら……眠りについた。
翌日金曜日、時刻はすっかり暗くなった20時前。
ようやく仕事から帰ってきた政宗は、両手に某仙台市内にあるデパートの紙袋を抱えていた。
空腹に耐えかねて、Tシャツとハーフパンツでリビングの床の上をゴロゴロ転がり、気の向くままにポテトチップスを食べていたユカが……まるでバーゲンを勝ち抜いてきたような政宗の立ち姿に、顔をしかめる。
「政宗……買い物でもしてきたと?」
その紙袋をテーブルにおいた政宗は、ユカを手招きしてその正体を告げた。
「透名さんからの洋服だ」
「早っ!?」
慌てて起き上がったユカは、テーブルの上にある袋にかじりつく。
紙袋の中には、綺麗に折りたたまれている洋服が上の方までぎっしり。その全てに、クリーニング後であることを証明するような、透明なビニールがかけられていた。
ユカは試しに、一番上にある洋服を取った。トレーナー地の白いパーカーで、フードのところには兎の耳がついている。普段のユカであれはばまず買わないであろう、非常に可愛らしい一着。
「……」
これは無理だと脳内で切り捨てようとした瞬間、上着を脱いだ政宗が、ユカの手元を覗き込んだ。
「ケッカ、そういうのが好きなのか?」
「好きっていうか……一番上にあっただけっていうか……」
感想に困るユカに、政宗は苦笑いを向けながら、彼自身も上から袋の中身を覗き込んだ。そして、白やピンク、水色などの単色の服が多く入っていることを察して、ニヤニヤした笑みを向ける。
「まぁ……俗に言う『着回し術』を考えてみるいい機会なんじゃないか? ケッカ、割と同じローテーションだからな」
「別にいいやん……服なんか着れれば」
痛いところを指摘されて視線をそらすユカは……脱いだ上着を持って自室に引っ込もうとする政宗に、こんなことを尋ねてみる。
「あたしが……こういうの着たら、似合うと思う?」
「え……?」
政宗の動きが止まった。そして、洋服を握りしめて自分を見つめる彼女を見やり……どこか気恥ずかしそうに視線をそらしながら、ぶっきらぼうに返答する。
「き……着てないのに分かるわけないだろうが。ちゃんと着てるところを見たら、考えてやるよ」
そう言って自室に逃げる彼の背中に、ユカはため息をつき……どこか自分を真っ直ぐ見てくれない政宗に、悲しい気分になるのだった。
その後は普通に2人で夕食を食べて、風呂など、それぞれに寝るための身支度を済ませて……時刻は21時30分を過ぎたところ。ユカは今1人で、自分にあてがわれた客間にいる。
ベッドの上で、櫻子からもらった洋服をあらかた広げてみた。どれもまぁ女性らしいというか、これまでに自分が持っていないようなタイプの洋服が多く、着回し術以前にコレをどうレギュラーメンバー入りさせればいいのか……ユカは頭を悩ませるしかない。
「……まぁ、いずれ考えればいいか。どうしても無理っぽいなら、心愛ちゃんにも相談してみようかね……」
とりあえず結論を先送りして、洋服を一旦片付けようとした時……袋の奥に、桜色の封筒を見つけた。
「手紙……?」
それを拾い上げ、中身を確認する。櫻子のキレイな字で綴られた内容に、ユカは軽く絶句した後、あからさまに目を泳がせて、しばし考えてから……。
「……やっぱ、気になるけんね」
そっと、その手紙を封筒に片付けて……ベッドの上に広げている服の1つを持ち上げ、ビニール袋を破った。
その頃、政宗はコーヒーを飲みながら……1人、ぼんやりした時間を過ごしていた。明日は土曜日だが、午前中はどうしても雑務処理のために出勤しなければならない。早く頭を切り替えないと……使い物にならないというのに。
昨日はユカに動揺したところを見せてしまった。やはり……あの手紙を出すのはユカが自宅に帰ってからにしないと、色々と心配をかけてしまう。万が一ユカ宛の手紙が見つかってしまったら、きっと、今のユカは更に混乱してしまうから。
もしかしたら、あの手紙はしばらくは出さないほうがいいかもしれない。
あの手紙を見てしまうと、きっと自分は……今はもう会えない『ユカ』を、どうしても思い出してしまう。
彼女に会いたいと、泣きそうになってしまう。
「……割り切らないとな」
自分自身に言い聞かせる。ユカはまだ、消えたわけじゃない。むしろ目の前にいるのだ。自分の目の前にいるのが自分の好きな『山本結果』だということは、先日の件で嫌になるほど思い知ったというのに。
また、『ユカ』と『ケッカ』を別視している。
自分に優しくしてくれた、確実な好意を持ってくれている『ユカ』に心を寄せるあまり、目の前にいる『ケッカ』への態度が疎かになっている気がする。
そしてそれを……『ケッカ』に、悟らせてしまっている。そんな自分が本当に情けない。
「ダメだな……俺、本当に学習出来てねぇ……」
政宗がそう言ってため息をついた次の瞬間――リビングの扉のところに、人の気配を感じた。
「ケッカ、どうかした――」
彼女に声をかけながら椅子から立ち上がった政宗は……ユカの姿を捉え、残りの言葉を見失う。
幼女が戻ってきました、めでたしめでたし……と、ならないのが『エンコサイヨウ』。最愛の人と離れ離れになってしまった今の政宗に、今のユカを見て割り切れという方が酷です。
このエピソードはエピローグとしてくっつけていたのですが、あんまりにも長いので分割させました。内容は一切変わっていません。




