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手紙

「良かった、間に合った。これ」

 息を切らして職員室に飛び込んできた正が、美代子に白い封筒を差し出す。

「ジュンさからだ、居なくなっちゃったんだよ」

「居なくなった? 今朝は、ちゃんと……」

 そう言いかけて農園でのお泊りを生徒に告白しかけている自分に気づき、美代子は続きを呑みこんだ。また何か企んでるのかしら? 子供なんだからまったく。努力するって言ったばかりじゃない。もしかしたらラブレター? 話し言葉が直らないから、手紙から始めようとでもしてるのかしら? わかんない人ね――ペーパーカッターできれいに開封して、数枚の便せんを取り出した。

 

『拝啓 いや、前略かな? 手紙の正式なルールはわかんない。勘弁してくれ。ついでに汚い字も謝っておく。暫く留守にする。君を前にして暇を告げる勇気がなかったんだ。いつか君が言った通り、俺は意気地なしなんだと思う。

 美代ちゃんやガキどもと過ごす農園での生活が楽しくて仕方なかった。振り返りたくない過去に蓋をして、あのまま暮らしてゆくことを心から望んだ。ただいつか君を怒らせたように、気が小さい俺は葬り去れない過去に未だに苛まれ続けている。思い出す度にもがき苦しんでると言ってもいい。勿論、忘れていいことじゃないのはわかってるが、それで君を傷つけたことも事実だ。だから決着をつけてくる。このまんまじゃガキどもに偉そうに説教を垂れる資格もないからな。俺は歳ばかり重ねても、ちいとも成長してないようだ。

 根拠はないけど、雄一郎が不良とのトラブルに巻き込まれたのも、火事の件も、俺の業の深さ(仏教かぶれの叔母が、よくそう言ってた)のような気がして仕方ないんだ。業が大袈裟なら不徳の致すところってヤツかな。これがいつか君等に及ぶかも知れないって考えたら、何とかしなきゃいけないって思えたんだ。縁起でもないこと言うなって怒るなよ、紗江子の二の舞だけは絶対にさせたくないんだ。

 誓って言う。未練はない。負い目を断ち切るために行くんだ。残念ながら俺の顔すら見たくないって人も少なくない。いや、全員かもな。そうゆう人のところは、こっそり元気に暮らしてるかどうかだけを見てくる。

 明け方、電話してたのを気づいてたか? あれは姉からで、羽鳥市のボランティア協会が大型免許を持った運転手を探してるそうなんだ。爺さんや婆さんを車椅子ごと抱えられる力持ちなら、なおさらいい。あんたならうってつけだって言われたよ。

 ああゆうとこは、若い男が居つかないらしい。NPOだからか、報酬がべらぼうに安くって生活が成り立たない。だから障害を持つ人たちを運ぶマイクロバスの運転手も爺さんばかりで、その爺さんの一人が腰を痛めて辞めちゃって困ってるんだそうだ。

 思いつくままに書いてるから、酷い手紙になってるな。ここで一度整理しておく。俺は美代ちゃんに胸を張って愛してるって言いたい。そのために決着をつけてくる』

 二枚目の便せんに移る美代子の瞳が涙で光っていた。

『誰かのためにとかって言うんじゃない。俺自身の償いのためで、それで納得出来るかどうかはまだわからないけど、何にせよ始めてみないとな。

 期間も分からない。交代要員が見つかるかどうかにも依るけど、俺が傷つけた人達がどれだけ幸せになっててくれてるかにも関係してくる。ひとり不幸だとして、勤労奉仕を一ヶ月……短いか? 一年にすべきか? でも十人が不幸だとしたら十年になる。俺が爺さんになっちまう。まあ、そこらへんは俺のさじ加減で←いい加減(笑)

 メールみたいになっちまったい。言葉遣いも乱暴だな。仕切り直しだ。

 待っててくれとは言えない、でも待っててくれると嬉しいかな……いや、待ってろよ。どうせ三十は越しちゃったんだから、一年ぐらいどうってこたあないだろ。うーん、直ってねえぞ。しかも本題が何だったかも他事を書いてるうちに忘れた。

 しょうがねえな、もう一度整理しよう。

 暫く留守にするが、それは君に胸を張って愛してるって言いたいがためだ。文句ゆわずに待っててくれ。甘えちまうから携帯は持ってきてない。急用はカジさんに伝えてくれ。ガキどもの卒業前なら、そいつらに言ってくれてもいいけど、伝言ゲームみたいに内容が歪んでも困る。いつかキスを見られたから、寂しいわ、とか勝手に付け加えるかも知れねえしな。

 とりあえずは、現場(哀しませた人々)巡りだ。で、償いの期間を俺なりにはじきだしてボランティアと――そんな予定だ。落ち着いたら、また手紙を書く。声を聞くと逢いたくなるから我慢だ。

 便せんの余白は余ってるけど、言いたいことは言った。書いたが正しいのか? まあいい。文句は聞かない。気にいらなきゃどっかへ嫁に行っちまえ。冗談だぞ、本気にするな。 草々だか、かしこだか』


間宮美代子様                    11月26日 小野木淳一

                                                


「まったく……泣かせたいのか笑わせたいのか、さっぱり分からない手紙だわ。デタラメだし居場所だって書いちゃってるじゃない。どこか抜けてるのよね、ジュンさって」

 自身の言葉通り、涙を浮かべたままの笑顔で美代子は正に向き直る。

「え? 行方知れずって訳じゃないんだ」

 目を輝かす正に、便せんを封筒に戻しながら美代子は告げる。

「ええ、どれだけ償い行脚をしてくるつもりかは分からないけど、少し先の居場所なら分かるわ。みんなで押し掛けて文句を言ってやりましょう。こんな我儘をしたんだから、少しぐらい驚かせてやらないとね」

「バイクもギターもくれるって言ってたから、ニ度と戻らないんじゃないかって思っちゃったよ。心配させやがって、ジュンさのヤツ。俺、農園のみんなに知らせてくる」

 長いバイザーのついたヘルメットを置き忘れたまま正が職員室を飛び出して行く。美代子には小野木がこれを被っているのを見た記憶がある。メーカーロゴの下に書かれた【JUNICHI】の文字を指で撫でてみた。

 胸を張って愛してる、か……きっと照れちゃうな。封筒を胸に押しあて、美代子は来るべき小野木淳一との再会に思いを馳せていた。 

                                       完


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