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予兆

 焼け落ちた小屋を――正確には小屋の残骸を――学校を終えた少年達が取り囲んでいた。

 身振り手振りを交えて昨夜の状況を話す尚人とは対照的に、雄一郎はふられた質問に「ああ」とか「うん」とか短く相槌を返すだけだった。

「そんなことがあったんだ。俺、一度寝ちゃうと地震があっても起きないからなあ。来れなくってごめん」

「気にすんなって、雄が着いた時には、もう燃え落ちた後だったっていうし、遅れて着いた俺も何も出来なかったんだから」

 恐縮する誠の背中を尚人が叩く。

「しかし許せねえな、山田のヤツ。今日は学校に来てなかったよな、警察に引き渡したのか?」

 細い目を吊り上げて正が怒りを表明する。

「んにゃ、火事は漏電のせいだ。雄と尚の聞き間違いだろう」

 犬達を連れた小野木が現れて少年達が作る輪に入る。そして「え?」といった顔を向ける雄一郎と尚人にウインクを送った。

「だって、あいつ――」

「いいじゃねえか、もう済んだことだ。それより作業始めろ。職業訓練の時間がなくなっちまうぞ。ロック組は機材を仕入れてくるまで休みにしてもいい。当分は母屋がスタジオ代わりだ。また俺の部屋が狭くなっちまうな」

「やるよ、俺達も。なあ」

 山田を告発しようとしない小野木に不満げな尚人だったが、剛の提案には同意した。

「そうか、好きにしろ。そういえば尚、エフェクターが調子悪いって言ってたな。アンプと一緒に新しいの仕入れてきてやる。ピッチシフターがついたのが欲しいんだろう」

「あ……ジュンさ、眉毛が半分なくなってるぞ」

 嬉しそうに小野木の顔を指差す誠だった。小野木が興味なさげに答える。

「おう、燃えたみたいだな。後でマジックで書いておく」

「いいのかよ、そんなんで」

「ヒゲだったら、狭い所へ入れなくなって困ったかも知れねえな。眉毛で良かった」

「猫かよ、ジュンさは」

 少年達が大きな声で笑った。これでいい、小野木は満足げに頷いた。

「んな訳で、俺は井之口市へ行く。七時にはカジさんも戻るって言ってたから、それまで誰か留守番しててくんねえか。穴も昨夜のまんまだし戻しておいてくれるとありがたい」

「全部、やっておくよ。留守番は俺がする。カジさんが戻ったら報告もしなきゃいけないだろうし」

 全て心得たように雄一郎が言った。

「すまんな。ロック組以外にも土産を買ってきてやらねえといけねえな。何がいい?」

「前に祥子さんが持ってきてくれたプリンがいいなあ」

「あれ、凄く美味かったもんな。俺もあれがいい」

 誠のリクエストに他の少年も異論はないようだ。

「じゃあ、決まりだ。こいつ等の世話も頼んだぞ」

 犬達の背中をぱんぱんと叩く。見上げるニ頭に向ける小野木の笑顔が、雄一郎には少し寂しげに見えた。


「どうゆうことだ?」

「さあ? 雄は確かに山田が火を点けたっていったのを聞いたんだろ?」

「ああ、ライターオイルも持ってたしな。でもジュンさがいいっていうなら俺はどうでもいい。憎しみの感情は持つなっていつも言われてるしな」

 小野木の表情と言葉から多くを汲み取ったようだ。雄一郎は火事に関する話題を切り上げようとした。

「山田の爺さんに丸めこまれたのかな? それとも大金を脅し取ったとかさ。ほら、今も土産買って来てやるって景気のいい話してたじゃん」

「ジュンさが、そんなことすると思うか? お前はここに来るようになって日が浅いからそんなことが言えるんだ。あの人はいい加減なとこはあるけど、そうゆう曲がったことは大嫌いな人だぞ」

「冗談だよ。俺だって、そんなこと思っちゃいないって」

 強い口調になった正に、剛は慌てて手を振った。

「山田を許しちゃったのかな?」

「こないだのレストランみたいに急に怒りだすかと思えば、あんな奴にも毛布を渡してやれって言うし、わっかんないオヤジだよなあ」

「それでも俺は親父やおふくろより信頼してる。それで十分じゃないか。さあ、仕事始めるぞ」

 口ぐちに意見を述べる少年達の会話に終止符を打つように、雄一郎はひとり先に立って歩きだす。残された少年達も後を追い、めいめいの受け持ち場へと散って行った。

「昔の仲間の話しだと、山田は転校するみたいだよ」

 一時はそれに加わっていた永田だった、先ほどの失言もあり、おそるおそるといった感じで口にする。

「ふうん、居なくなるならいっか。ジュンさもああ言ってるし忘れよう」


「雄一郎、起きろ。何があったんだ?」

 カジに揺り起こされて、眠ってしまったことに気づく。堅く座り心地の良くない椅子だったが昨夜の睡眠不足は、それすら揺り籠の安らぎを雄一郎に与えていた。

「あ、おかえんなさい。聞いてないの? 実は昨夜――」

 腫れぼったい目をこすりながら、雄一郎は昨夜の顛末を伝える。

「小野木さんに怪我はなかったんだな」

「うん、機材を持ち出そうとして、眉毛が半分燃えちゃったみたいだけどね。ピンピンしてた」

「相変わらず、無茶をする人だ。昼に連絡を入れた時、あの人は火事のことなどおくびにも出さなかったが――」

 私が留守にしたことを恐縮すると思ったのだろうか。それにしても……カジは考える表情となる。

「他事でも考えてて、言い忘れたんじゃないかな。ジュンさってそうゆうとこあるだろう。あ、携帯も忘れてったみたいだ。慌てんぼうだなあ」

 玄関脇に放り出された小野木の携帯電話を雄一郎が指差す。

「そうかも知れないな。とにかく誰にも怪我がなかったのなら何よりだ。小屋はまた立てればいい」

「うん、ジュンさもそう言ってた。山田の爺さんとの話は、俺も尚も帰されちゃって聞いてないんだ。戻ったらカジさんに直接話すつもりなんじゃかな」

「わかった。留守番御苦労だった。もう帰っていいぞ」

「あいさー、じゃあまた明日」

「気をつけてな。帰りに私のログハウスを覗いてみろ、お前の喜びそうな土産が置いてある」

「え? 何だろう」

 母屋を飛び出した雄一郎は、たっ二十メートルほどの距離に全力でペダルをこいだ。自転車を横倒しにしてドアを開けると、黒い革製の球体が目に入った。

「わあ、スピードボールだ。いよいよ本格的なボクシングジムみたいになってきたぞ」


 何かおかしい。一人になった母屋を見回したカジは、部屋の真ん中に置かれていたはずのプラネタリウムがなくなっているのに気づいた。


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