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町村尚人

 夏休みも終わり、少年達がやってくるまで農園の時間は穏やかに流れる。小野木は愛犬とボール投げをしており、カジは近くの農家に頼まれて耕運機を修理していた。照りつける陽射しは一時期の勢いを失っており、山の中腹を吹き抜ける風は気持良い。

 ボールを咥えて戻ってきたホリーが小野木を素通りして行く。

「おおい、どこ行くんだ?」

 犬を追った視線が階段に向くと、そこには少年が息を切らして立っていた。ホリーが少年の足元でボールを離す。ジェリーも興味を惹かれたように少年の許へと走り寄る。涼しげな目元できれいな鼻筋をした端正な顔つきの少年だった。雄一郎達と同い年ぐらいだろうか? ともすれば紗江子の面影すら感じてしまいそうな白い肌と線の細さに小野木は息を呑む。少年は言葉を選んでいる様で、小野木を見たかと思うと、犬達に目線を落とし、そしてまた小野木に視線を戻す。

「誰だ、お前は。見た所、中学生のようだな。まだ学校は終わってねえんじゃねえのか?」

 焦れた小野木が先に口を開いた。〝私有地につき立入禁止〟と階段の登り口に立てた看板は一向に機能していないらしい。次から次へと闖入者を生みだしてくる。

「あのう……こんにちは。俺、鈴木達と同じクラスの町村っていいます。ボクシングが教わりたくってきました」

 言葉を探し当てたのか息が整ったのか、ようやく少年が言葉を発した。

「ボクシング? うちは金とって教えてる訳じゃねえからな。それにトレーナーさんも多忙で居たり居なかったりだ。キチンと習いたいなら街のジムへ行くんだな。それと学校はサボるな」

 けんもほろろにそれだけを告げ、小野木はぷいと背を向ける。

「え? ――あの」

 快諾を期待していた訳ではなかったが、あまりの無愛想さに少年は食い下がる言葉さえなくしていた。

 ガレージでけたたましい音を立てていた旧式のコンプレッサーが止まる。少年に気付いたカジが作業の手を休めてに歩み寄ってきた。

「誰なんです?」

「雄一郎達のクラスメイトで……えっと町村だってさ。ボクシングを教わりたいそうだ。街のジムでも探せって言っておいた」

 少年の爪先から顔へと目線を辿って、カジが言った。

「そうだな、悪いことは言わない。他の道を探した方がいい」

「だろ? あれじゃあな」「――ええ」

 二人の意見は一致したようだ。

「なんでだよ! 鈴木には教えてなんで俺はダメなんだよ――あ、ですか」

 懸命になり過ぎて付け焼刃の敬語が剥がれ落ちる。訂正しながら食い下がる少年に小野木が指を三本立てた。

「ひとつ、あいつ等は労力と引き換えに学んでる。ふたつ、そして今うちの労力は間に合ってる。みっつ、お前はボクシングに向いてない。分かったか? さっさと学校に戻れ」

「向いてるかどうかなんて、やってみないとわかんないじゃないか。俺は鈴木みたいに強くなりたいんだよ」

 とうとうボロを出しやがったな、敬語が苦手なのは、俺も同じだから勘弁してやるか。小野木はやれやれといった様子で少年の眼前まで足を進めた。

「お前のその細い顎と首、狭い肩幅はボクサー向きじゃない。トレーナーさんも同じ意見だ、やってみるまでもねえよ。納得したか?」

「そんなんで納得できる訳ない」

 尚も少年は声を張り上げる。聞き分けのないガキだな、そう言うかのように肩をすくめた小野木がカジを見やる。

「お前はなんでそんなにボクシングを習いたいんだ? 家が貧困で世界チャンピオンでも目指してるのか? 日本じゃそんでもなかなか食えやしねえぞ。ちゃんと勉強して、いい大学に入って、政治家――は、いかんな。でっかい会社に入った方が無難だぞ」

「鈴木が、中山先輩をぶっ倒すところを見たんだ。俺も強くなりたいんだ」

「ああ、お前が、あの……えっと……」

「町村君だそうです」

 そうだった。先ほど聞いたばかりの名前が出てこない小野木にカジが助け舟を出す。

「雄一郎は、あのお陰でロードワークが倍になったんだぞ。天賦の才に恵まれたあいつだから、手加減も出来て中山もあの程度で済んだんだ。お前みたいなのがボクシング覚えて喧嘩でもした日にゃ誰かに大怪我もさせかねん。尚更教える訳にはゆかねえな。そもそも喧嘩なんてものは、野蛮人がするもんだ」

 外見が野蛮人である小野木の言葉に説得力はないかも知れないが、彼の持論でもあった。

「どうしてもダメなのかよ」

「喧嘩に強くなってどうしようってんだよ。お前はそんなイケメン君じゃねえか。充分もてるだろう。そのキレイな鼻筋がひん曲がってもいいのか? 止めておけって」

 握りしめた拳が白くなるほど力の入った尚人の目が潤む。

「こんな顔のせいでいじめられる、その気持ちはあんたにはわからないだろう。俺は普通でいい、いくらおおぜいの女の子が寄ってきたって、付き合えるのは一人じゃないか。もてなくったっていい。俺が望んでなった顔じゃないんだ。それなのに絡んでくる連中を見返してやりたいと思っちゃいけないのか」

 ほお、こいつはその端正な顔立ちがコンプレックスになってるのか。しかし言外に俺の顔を却下したような気がする。美代ちゃんはこれがいいって言ったんだぞ。もてるのを否定しないのも癪に障るが鼻にかけてるようでもないな。複雑な心境ではあったが小野木は少し興味を惹かれた。

「山田達か? お前に絡んでくるのは」

「いいや、あいつ等はなんでか急に構ってこなくなった。でも、似たようなのはたくさん居るんだ。他の中学の奴等とか高校生とか」

「まあ、そいつらの気持も分からんでもないな。実は俺も二度ほど彼女を二枚目に取られててな」

 小野木の正直過ぎる告白にカジは噴き出しそうになるのを堪えた。

「俺がそうしろっていった訳じゃない」

「うん、それもわかるから困る」

 何が困るのだろう。俺をからかっているんだろうか、しかし小野木は真顔で語っている。尚人は混乱した。

「三時か、今更学校へ戻ってもしょうがねえな。そんなとこに突っ立てねえで座れ」

 終礼のチャイムが農園にも届いてきた。百円ショップで売っているようなパイプ椅子を進められる。鈴木達が出入りしている農園だったが、町の評判はよろしくない。ヒゲ男と無表情男の二人に囲まれている現状に尚人は少し不安になった。しかもヒゲ男の右手の小指は欠けていた。

「ここでいいよ」

「とって食いやしねえぞ。手を見せてみろ」

 もう一度、ボクシングの資質でもみてくれるのだろうか。尚人はそう思って手を伸ばしてみた。

「指を目一杯広げてみろ」

 細く長い指を見つめる小野木の顔に満面の笑みが広がった。いや、ヒゲが1/3あるので2/3面と言ったところか。

「ロックやらねえか」


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