報酬
「カジさんと斎藤の二人は?」
「食堂に居るはずですが」
「彼等にも感謝を伝えたい。呼んでくれんか」
功績に対しての賛辞はトップに伝えるのみで終わらせない。小野木は北村のこういった所を尊敬していた。
「短期間で、よくぞここまで調べていただきました。ありがとう、これは調査費用と薄謝です」
調査費用の領収書は用意していたが、北村隆夫が差し出す封筒の厚みにカジが戸惑った表情で小野木に視線を送る。
「薄謝にしては多過ぎます。この時期、私達に使う金があるなら……」
札を数えた淳一が封筒を差し戻そうとするのを、北村は掌を挙げて制した。
「慣れない農業では、色々と物入りではないのかな」
「それはそうですが、これは如何にも……」
なおも辞退しようとする小野木に北村が諭す様に言った。
「会社の金ではない、要らぬ気を回すな。これは裕之の私財から充当するつもりだ。汚い金だが君等ならきれいに使ってくれると信じているよ。遠慮せずに受け取っておきたまえ」
「ありがとうございます」
これ以上の固持は非礼にあたる思い、小野木は深く頭を下げて礼を述べた。
「そしてこれは社長賞だ。現場の人間以外に出すのは初めてだがな」
封筒を差し出された斎藤が、えっ、俺? と言ったように人差し指で自分の鼻を差し、小野木と北村を交互に見る。
「君の働きがあってこその完全解決だと小野木君から聞いている。よくやってくれた。今後も頑張ってくれ、期待しているぞ」
ジュンさんは俺をいじめてただけではなかったのか――しかも現場以外では、社始まって以来の社長賞を俺にくれるって? 単純な斎藤は胸にこみ上げるものを感じていた。
「ジュンさん、ありがとうございました。この御恩は一生忘れません。俺、後継者として恥ずかしくない働きが出来るよう頑張ります」
玄関ロビーまで二人を見送り、瞳を潤ませて礼を述べる斎藤に小野木は照れ臭くなった。
「今生の別れでもあるまいし、そこまで畏まるこたあねえだろ。俺が言ったように本と新聞を読む習慣をつけろ。社長の期待を裏切るなよ」
「はいっ! 本はもう買ってあるっす」
斎藤はアタッシェケースを開いて数冊を取り出した。漫画経済早わかり、漫画で覚えるやさしい機械設計、漫画人心掌握術、ゴシップ専門のスポーツ新聞も数部あるようだった。本を手にキラキラと目を輝かせ、賛嘆言葉を待つ斎藤に小野木は大きく頭を振って告げた。
「お前はいっぺん死ね」
「は?」
ぽかんと口を開けたまま立ち尽くす斎藤を残し、小野木とカジは社の正面に停められた車に乗り込んだ。
「いくら裕之の金っていっても、たった五日間の調査にしちゃあもらい過ぎだなこれは。気が引けるよ」
乗り始めて十五年が経過する頑丈なRV車のハンドルを握った小野木が、前を向いたまま言った。
「いいじゃないですか。社長のおっしゃった通りきれいに使いましょう。祐二も喜びますよ、興信所の機器も随分老朽化が進んでいますからね」
カジの言葉に背中を押されると、小野木は懸念を拭い去るように明るい声を出した。
「そうだな……そうさせてもらうか。俺はとりあえずボタンのかけられるスーツが必要だ、どっかで葬式ができても着てゆくものすらない状況だからな。留守を任せたガキどもにも土産が要るか――新しいブーツとグローブでも買っていってやるか。あ……誠は工具セットの方が喜ぶかな」
「ええ、あいつはすっかり機械いじりが好きになってしまったようです。私は雄一郎にウォーターバッグを買ってやりたいと思っています。あの古いサンドバッグではあいつの手を痛めそうですし」
「カジさん自身にも褒美があっていいんじゃないのか? 農園での報酬も全て雄一郎に注ぎ込んでるように見えるんだけど」
「私に欲しい物はありません。たまに入る仕事の調査費や農機具の修理で生活は出来ています」
「奥さんは元気かい? 何か美味い物でも食べに連れていってあげたらどうかな」
しばしの空白の後、強張った声でカジが言った。
「ご存知だったんですか?」
「うん、大山から聞いてる」
「そうでしたか……」
カジが顔を曇らせたようだ。この話はするべきではなかったかな? そう思った小野木は話題を少年達へと戻す。
「ちゃんと留守番しててくれてるだろうか、あいつら」
「あの年頃の少年は大人が世話を焼かず、彼等の自立心に任せた方が上手く成長してくれるものです。我々も――いや、こんな我々では証明になりませんか」
カジがふっと笑うような声を漏らす。小野木はうっかり踏みこんでしまったカジの不可侵領域を抜け出せたことに安堵していた。




