第一話 ハズレスキルとゴブリン肉
第一話 ハズレスキルとゴブリン肉
炎の匂いだった。
相沢蓮が最後に覚えていたのは。
厨房だった。
熱かった。
息ができなかった。
三ツ星レストラン『ル・エトワール』。
そこで料理長を務めていた蓮は、火災の発生した店内へ一人の少女を助けるため飛び込んだ。
煙。
悲鳴。
崩れる天井。
少女を抱えて出口へ向かう。
だが途中で落下してきた鉄骨が視界を埋めた。
それが最後だった。
次に目を開けた時。
そこは草原だった。
「……は?」
青空。
風。
鳥の鳴き声。
そして。
目の前には巨大な女神が浮いていた。
「死にました」
「でしょうね」
蓮は冷静だった。
意外とこういう時は取り乱さない性格だった。
女神が少し困った顔をする。
「もっと驚きませんか?」
「厨房が燃えた時点で覚悟してました」
「反応が薄いですね」
「仕事柄です」
女神は諦めたように咳払いした。
「では説明します」
その後の話は簡単だった。
蓮は死亡した。
その功績が認められた。
異世界へ転生する。
スキルも与えられる。
「異世界ですか」
「はい」
「料理はあります?」
女神は目をぱちくりさせた。
普通は魔法とか剣とか聞く。
この男は料理だった。
「ありますけど……」
「良かった」
本当に安心した顔になる。
料理人である。
料理がなければ困る。
女神はそんな蓮を見つめて苦笑した。
そして。
「あなたのスキルはこちらです」
空中に文字が現れる。
《食材召喚》
蓮は首を傾げた。
「食材召喚?」
「食材を召喚できます」
「へえ」
「以上です」
「以上?」
「以上です」
女神が目を逸らした。
嫌な予感しかしない。
「もしかして」
「ハズレ扱いされています」
「ですよね」
蓮もそう思った。
異世界転生で剣聖とか賢者とかじゃない。
食材召喚。
どう考えても地味である。
だが。
蓮は少し考えて笑った。
「まあいいか」
「いいんですか?」
「料理人ですし」
女神が呆れた顔になった。
この男、本当に料理馬鹿だ。
そして次の瞬間。
蓮の身体が光へ包まれた。
異世界転生の始まりだった。
目を覚ました時。
蓮は若い冒険者になっていた。
名前はレイン。
十六歳。
駆け出し冒険者。
所持金ほぼゼロ。
見事なまでの貧乏だった。
「なるほど」
宿屋の鏡を見る。
悪くない顔だ。
身体も若い。
そして。
腹が減った。
すごく。
とても。
料理人らしい感想だった。
その日。
レインは冒険者ギルドへ向かった。
仕事が必要だったからだ。
受付嬢が依頼書を差し出す。
「初心者ならゴブリン討伐ですね」
「ゴブリンですか」
「肉を持ち帰れば買い取ります」
レインは首を傾げた。
「ゴブリン肉?」
受付嬢が露骨に嫌そうな顔をした。
「臭いんです」
「臭い?」
「最悪ですよ」
周囲の冒険者達も頷く。
どうやら共通認識らしい。
だが。
料理人である蓮は興味を持った。
臭い肉。
その一言が気になった。
夕方。
討伐を終えたレインはゴブリン肉を持ち帰った。
そして。
絶句する。
「うわっ」
臭い。
本当に臭い。
腐敗臭に近い。
獣臭さ。
血の臭い。
脂の酸化臭。
色々混ざっている。
「なるほど」
だが。
分かった。
料理人だから。
原因が。
「これは肉が悪いんじゃないな」
肉そのものは赤身が多い。
繊維も悪くない。
問題は処理だ。
血抜き。
内臓処理。
温度管理。
全部が雑だった。
現代なら価値のある肉ですら、不味くなる条件が揃っている。
レインは笑った。
久しぶりの感覚だった。
料理人としての闘志。
難しい食材ほど燃える。
そして手を掲げた。
「食材召喚」
光が現れる。
そこに出現したのは。
玉ねぎ。
にんにく。
生姜。
蓮がよく使っていた香味野菜だった。
「おお」
思ったより便利である。
数量は少ない。
だが十分だった。
問題は調理器具だ。
その時。
目の前に光が現れた。
黒い鉄。
大きな持ち手。
丸い形。
レインの目が見開かれる。
「まさか」
愛用のフライパンだった。
前世で使い込んだ相棒。
女神の粋な計らいらしい。
「それは嬉しいな」
自然と笑みが漏れた。
料理が始まる。
玉ねぎを刻む。
にんにくを潰す。
生姜を擦り下ろす。
肉を細かく叩く。
臭みを抜く。
混ぜる。
焼く。
ジュウウウウウウウ。
香りが広がった。
周囲の冒険者達が立ち止まる。
「なんだこの匂い」
「腹減る」
「肉か?」
誰も気付いていない。
その正体がゴブリン肉だと。
レインはフライパンを振る。
油の音。
香味野菜の甘い香り。
肉汁。
食欲を刺激する匂い。
前世で何万回も繰り返した作業だった。
やがて料理が完成する。
レインは一口食べた。
噛む。
肉汁が広がる。
香ばしい。
そして臭みが消えている。
「うん」
満足だった。
成功である。
その瞬間。
背後から手が伸びた。
「一口くれ!」
いつの間にか冒険者達が集まっていた。
全員目が真剣だった。
レインは少しだけ笑った。
異世界転生。
冒険者。
ハズレスキル。
色々ある。
だが。
まずは料理だった。
世界を救うのも。
冒険をするのも。
その後でいい。
なにせ料理人なのだから。
その頃まだレインは知らなかった。
このゴブリン肉料理が後に王国中を騒がせる伝説の始まりになることを。




