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蹂躙の広場と焦熱の幹部 〜重力と剛槍の軍神〜

バビロンの大城門前――かつては栄華と富の象徴であった広大な石畳の広場は、今や絶望と泥水にまみれた泥濘でいねいの地獄と化していた。


上空を覆っていた『魔法の空』が砕け散り、都市のインフラから無尽蔵に供給されていた魔力が断たれたことで、『叡智の冠』の魔術師たちの陣形は完全に崩壊していた。


「ひ、ひぃっ……! 魔力が練れない! 結界のバックアップがないと、大魔法が撃てないぞ!」


「逃げろ! あの金髪の化け物、またあの『重力の隕石』を撃ってくる気だ!」


一万を誇ったはずの魔術師の軍勢は、レオンハルトが叩き込んだ『星墜メテオ・フォール』のたった一撃で、その戦意をほとんどへし折られていた。


彼らは長年、絶対的な安全圏システムの中で、圧倒的な魔力リソースに胡坐あぐらをかいてきただけの「作業員」に過ぎない。自らの血と泥にまみれ、死の恐怖と隣り合わせで戦い続けてきたアルカディアの「プロ」たちとは、根本的に覚悟の『質量』が違った。


「第二陣、前へ! 魔法の詠唱が終わる前に懐に潜り込め! 一匹たりとも生かして返すな!」


レオンハルトの野太い号令が響く。


【固有スキル:獅子の鼓舞】によって恐怖を抹消され、限界以上の身体能力を引き出された三百のアルカディア兵士たちが、統率の取れた動きで魔術師の群れへと突っ込んでいく。


「陣形を崩すな! 弓兵、魔法の詠唱を妨害しろ! 重装歩兵は私に続け!」


カトレイアが真珠色に輝く『絶対防壁イージス・慈母オブ・アガペー』を展開しながら前線を押し上げる。

散発的に放たれる敵の炎や氷は、その淡く美しい膜に触れた瞬間に動きを止められ、直後にアルカディアの兵士たちの剣や槍が魔術師たちの急所を容赦なく貫いていった。


それは、もはや戦争ですらなかった。


完全に訓練された狼の群れによる、羊たちの『掃討作業』だ。


「……ええい、使えないゴミどもめ! 足を止めるな、あの防壁の魔力が尽きるまで魔法を撃ち続けなさい!」


空中に浮遊する神輿の上で、幹部のカーミラが苛立ちに顔を歪めながら叫ぶ。

彼女は自身の『精神支配』の魔法を味方の魔術師たちに向け、恐怖を麻痺させて強制的に戦わせようと試みた。


だが、それよりも早く。


広場の中央で、巨大な炎の竜巻が巻き起こった。


「――やかましいぞ、テメェら。逃げ惑うネズミの鳴き声なんざ、耳障りなだけだ」


轟ォォォォォンッ!!


逃げ惑う自軍の魔術師たちごと、数十人を一瞬にして炭化させたのは、赤髪の幹部・イグニスだった。


「ひっ……! イ、イグニス様! なぜ味方を……!?」


「味方? 結界システムの魔力がなきゃ魔法一つまともに撃てねえ連中が、俺の味方だと?」


イグニスは、焼け焦げた地面を踏みしめながら、ゆらりと前に出た。

彼の周囲の雨水が、異常な高熱によって瞬時に蒸発し、白い蒸気となって立ち上る。


「……マスター・ゼノはインフラの管理で頭が一杯のようだが、俺は違う。俺は純粋に、テメェらみたいな『外の野蛮人』を消し炭にするのが好きなだけだ」


イグニスの全身から、先程までの魔術師たちとは次元の違う、暴力的なまでの熱量が膨れ上がる。

それは広域殲滅魔法ではなく、超高密度に圧縮された『焦熱の殺意』だった。


「カーミラ、あの邪魔な盾持ちの女の防壁を剥がせ。……俺は、あの偉そうに指示を出してる金髪のデカブツを消し炭にする」


イグニスが両手に生み出したのは、太陽をそのまま凝縮したかのような、白く輝く超高温の火球だった。


「……来るぞ、野郎ども! 散開しろ、あの熱量は防壁越しでも周りの空気を焼き尽くす!」


レオンハルトは即座に兵士たちを下がらせると、愛槍『カラドボルグ』を片手に、イグニスとの間に進み出た。


「味方を背中から焼くとはな。……王都の腐った貴族どもと同じ、反吐が出る匂いがするぜ」


レオンハルトのくすんだブルーの瞳が、氷のように冷たく細められる。


「言ってろ、野良犬が! その槍ごとドロドロに溶かしてやるよ!!」


イグニスの両手から、極太の熱線レーザーが放たれた。

それは泥雨を瞬時に気化させ、石畳をマグマのように溶かしながら、一直線にレオンハルトの心臓へと迫る。


「――遅ぇよ」


レオンハルトは槍を構え、その熱線に向かって自ら踏み込んだ。


『重力操作・局地断層グラヴィティ・フォール


カラドボルグの石突きが地面を叩く。

瞬間、レオンハルトの眼前の空間に、目に見えない強烈な「重力の壁」が発生した。

直撃するはずだった白熱の光線は、レオンハルトの数メートル手前で不自然に下方向へとねじ曲げられ、石畳をえぐりながら霧散する。


「チッ、小賢しい真似を……! ならば、直接焼いてやるッ!」


イグニスは両手に圧縮した炎を剣の形に実体化させ、レオンハルトの懐へと飛び込んだ。

魔法使いでありながら、その速度と連撃は一流の剣士に匹敵する。




『ガァァンッ!!』




炎の剣と、魔導ランスが激突し、爆発的な火花が散る。


「どうした野良犬! 槍の柄が熱くて持てねえか!?」


「……勘違いするな。王国の騎士団長ってのは、ただ兵を指揮するだけの役職じゃねえんだよ」


レオンハルトは、イグニスの炎剣を槍の『柄』で滑らせるように受け流すと、手首を返し、穂先で鋭い刺突を放った。


「なっ……!?」


イグニスが慌てて炎の盾を展開するが、レオンハルトの槍術は変幻自在だった。

突きと見せかけて手元に引き寄せ、石突きで盾の魔力基点を粉砕。体勢が崩れたイグニスの脇腹に、しなるような横薙ぎの一撃を叩き込む。


『ガッ……!』


魔法の炎に頼り切った大振りの攻撃と、極限まで無駄を削ぎ落とした伝説的槍術。

近接戦闘における技量の差は、素人目にも明らかだった。


「テメェの炎は確かに熱いが、動きが単調すぎる。王都の新人騎士ルーキーでも、もっとマシな踏み込みをするぜ」


レオンハルトは、重力を纏わせた槍を風車のように旋回させ、イグニスが放つ炎の矢を次々と切り裂き、弾き落としていく。

一切の淀みがない、美しくも豪快な剛槍の舞。

近づけば槍の連撃に圧倒され、距離を取れば重力で炎を曲げられる。イグニスは完全に手詰まりに陥っていた。


「舐めるなァッ! 俺の炎は絶対だッ!!」


イグニスが激昂し、空に無数の白熱球を展開する。

全方位からの同時攻撃。いくら重力で軌道を曲げようと、防ぎきれる数ではない。


だが、レオンハルトは防ぐ気など毛頭なかった。


「……カガリが作る『帳簿』には、常に無駄がねえ。なら、俺の槍もそうあるべきだ」


レオンハルトは、カラドボルグの穂先に、自身の重力魔法のベクトルを『逆方向マイナス』に付与した。


「――『引力突グラヴィティ・スラスト』ッ!!」


レオンハルトが槍を突き出した瞬間。

穂先の周囲の空間が歪み、凄まじい『吸引力』が発生した。


「……っ!? なんだ、身体が……!」


イグニスの身体が、見えない巨大な手に引かれるように、前のめりに崩れる。

放とうとしていた火球の狙いが完全に狂い、あらぬ方向へ飛んでいく。

逃げることなど不可能。

重力という絶対的な法則が、イグニスをレオンハルトの槍の穂先へと強制的に引きずり寄せていく。


「くそッ……燃えろ! 近づく前に燃え尽きろォォッ!!」


イグニスは引き寄せられながらも、最後の抵抗として自身の全身から致死の炎を噴出させた。自らを巨大な爆弾と化し、レオンハルトごと吹き飛ばす構えだ。


「……軽いな」


レオンハルトの静かな声が、炎の轟音を貫いた。


「テメェの炎には、覚悟の『重さ』が欠けている」


引力によって引き寄せられたイグニスに対し、レオンハルトは踏み込みの勢いを乗せた、渾身の刺突を放つ。

槍の穂先に、今度は超高密度の『加重プラス』の重力が叩き込まれる。

相対速度と、何十トンもの重力を乗せた、物理法則を度外視する一撃。




『ガガァァァァァァンッッ!!!』




イグニスの纏っていた炎の鎧が、重力の槍撃によって紙屑のように粉砕された。


「が、はァッ……!!」


防壁ごと身体の中央を貫かれたイグニスは、大量の血を吐き出しながら、文字通り砲弾のような速度で後方へと吹き飛ばされた。


何重もの石壁を突き破り、バビロンの城壁に深くめり込んで、ようやくその動きを止める。


「……さて。そっちの『掃除』はどうなってる、カトレイア」


レオンハルトが愛槍を肩に担ぎ直し、首を鳴らす。




その視線の先では、大盾を構えたカトレイアと、幹部カーミラの、異質な1対1の戦いが始まろうとしていた。

ここまでお読みいただき本当にありがとうございます!

槍の躍動感出すのって、なんかムズいですね。


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