気づきと発見
時刻は昼天に差し掛かろうとしていた。
通年春と秋の中間のような穏やかな気温を保つこの地は、昼になると木漏れ日から差し込む日の光が心地よく感じる。
無論、そのような心であっても屑想は問答無用で現れるため、ピクニック気分はすぐに薄れてしまうのだが。
B2地区はB1地区と比べ、エンプティ・タワーよりも遠い位置に存在し、その分人の気配も少ない。そのため、屑想以外にも多くの動物をみかけることがある。
「あれは、兎かい?」
「ああ。ここの森にだけ棲む種だな」
「そうなんだねぇ。こっちを飛んでいる蝶もかい?」
「それは……ああ、ユアルシナ蝶だな。それは世界中に分布している蝶だ」
アルクの背中に抱えられているスゥファリィは目に入るものに対し、ひとつひとつ聞いている。
先程からこうだ。今もそう。スゥファリィはまだ目的地についていないのにもかかわらず、しっかりと起きている。それでいて、ぼやっとするわけでもなく、好奇心旺盛に周りのものに興味を示している。
これは明らかな違和感だ。
これまで1カ月共にしてきたスゥファリィの姿といえば、暇さえあれば寝る、行動することを渋るという二本柱な性格だった。だというのに、現在はその影もひそめ、スゥファリィは周りの環境への好奇心と捜索に対するやる気をにじませている。
詠星でなくとも人として、これは良い変化ではあるのだろう。ただ、アルクの中でこれは変化だとは感じていない。
(恐らく、これがスゥファリィ、ひいては想い主の根幹の性格なのだろう。それが、何かをトリガーに表にでてきた。今回の捜索騒ぎか? その中の何が条件になっているのか……それに、そうなると、もともと表出していた異常な睡眠欲、行動への抵抗の意味するところは、何になるのか)
スゥファリィの質問に嫌な顔をすることなくアルクは答えていきつつも、胸中では見立てを止めない。
「そろそろなのですよ!」
ふと、先頭のトゥルーがそのように言う。手には地図は広げられている。
その言葉にアルクも意識を前方に向ける。
「多分このあたり周辺に手がかりがあると思うのですよ」
「よし、なら二手に分かれよう。トゥルーは右から頼んでもいいか?」
「らじゃー、なのです!」
即座にトゥルーは地面や周囲に視線を向け始める。
逆にアルクとスゥファリィは左手からぐるりと回るような形で手がかりになりそうなものを探していく。
「そーいえば、あの時はきき忘れてたけど、あのゲトヴァリィって詠星は、なんでここに手がかりがあるってわかったんだい?」
「ん? ああ、それは、それがゲトヴァリィの顕能だからな」
そう言えばスゥファリィはまだ知らなかったな、とアルクが説明する。
「ゲトヴァリィは『道標』という意味を持つ詠星だ。その顕能は、問題に対して目指すべき道へ至るのを手伝うというものだ」
「手伝う? 指し示すとかではないのかい?」
「そこがゲトヴァリィの想い主が『道標』に込めた想いの一番現れているところでな。この部分は人づてに聞かせるものでもないから、ゲトヴァリィから直接きいてほしい」
「ふぅん。そう言われると気になるなぁ」
軽くアルクが笑う。
「まぁ、そこはな。で、手伝う、という言葉の通り、ゲトヴァリィは感覚として気になる場所がわかるらしい。当然俺たちがこうして何か手がかりを見つけたとしても、それが即座に答えに行きつくものとは限らない。あくまで、ゲトヴァリィの顕能は俺たちが現在抱えている問題を少し手伝うものだ。実際に答えに行きつくのは俺たちがしなくてはいけない。それでも多くの者が助けられてきた。とはいえ、たまーに答えに直接たどり着けてしまうものに出会ってしまうこともあるんだが」
どんな結果になるかはその時次第。それでも多くの人の助けになり、アルクもその恩恵に預かったことのあるひとりだ。ある意味、ゲトヴァリィは紡ぎ手らしい詠星ともいわれている。本人は「そんなことねぇよ。イラつくが俺には紡ぎ手になる才能はねぇさ」と話していたが。
「俺たちが今できるのは、まず今回の件が誘拐なのかそうでないのか、誘拐であるなら犯人は誰なのか、そして目的は何なのかという答えにつながる手がかりを探すことだ。尤も、その手掛かりの形はわからないから血眼で探す必要はあるんだが」
「だねぇ。今のところは何も変なものはなさそうだけど」
ゲトヴァリィが指定した場所はなんてことはない、普通の森の景色の一部だ。広場になっているわけでも、何か独特のオブジェがあるわけでもない。歩けば十中八九そのまま通り過ぎてしまうような変哲もない場所。地面に木の皮石の裏。あれこれと探してみるものの、それらしいものは見当たらない。スゥファリィも短い首を伸ばして遠くを見たりしていたが、おかしなものは発見できなかった。
やがて、反対方向から探していたトゥルーと八合わせることになる。
「トゥルー、どうだった?」
「何もなし、なのですよ。その様子だと紡ぎ手さんたちも同じなのです?」
「ああ。もしかしたら、ここは外れなのかもしれないな」
ゲトヴァリィの顕能も万能ではない。あくまで感覚として気になるところがでるだけであり、必ずそこに手がかりがあることを保証するものではない。
「なんだかもどかしいねぇ。こう、何かメッセージとかあればいいのにねぇ」
「とはいえ、そんなもの残すくらいならさっさと逃げるなりこちらに姿をみせるなりしてほしかった、というのが本音だが……」
こうしてほしかった、というのはいくらでもいえる。愚痴が多くなってきたのは疲れてきた証拠だろう。
一旦休憩をとろうと、アルクたちはちょうど良い場所を探し始める。そうしたところ、そう遠くないところに清流が流れている川を見つけた。
「少しここで休むとしよう」
背中からスゥファリィを降ろす。すると、彼女はぐでっと横になる、ということはやはりせず、きょろきょろとあたりを見渡していた。
「スゥファリィ。仕事熱心なのは立派だが、休むのも大切だ」
「それはわかってるんだけどねぇ……なんだか、やるからにはとことん、という気持ちもあったりするんだよねぇ」
「とことん、か。ただそれをしてしまうと身が持たなくならないか?」
「そうだねぇ。それでもボクは――」
そこまで言うと、「それでも?」とスゥファリィは自身の口に手を当てる。まるで、どうしてそのようなことを言おうとしたのか自分でもわかってないかのように。
アルクは「それでも?」と続きを促す。
「……それでも、ボクはやると決めたからにはやらなくちゃいけないって、そう思ったんだ。……なんで、そんな風に思ったんだろうね」
「どうしてなんだろうな。ただ、今日の様子だけでも、スゥファリィ、君はやると決めたからにはやる、という言葉を特別にしているように感じた。そこについてはどう思う?」
スゥファリィが口を噤む。
アルクの隣ではトゥルーがひっそりと座ってスゥファリィの様子をみている。
「やると……だって、やらないとって。やらないと、ボクは……ボクは、なんで、こんなに焦るんだろう……」
「焦る?」
「うん。ちゃんと自分で決めたのに。やるって決めたのに。それをやっていない時間が少しでもあると、なんでかすごい焦る気持ちになるんだ。何かに追い立てられている……?」
わからないという表情のまま、スゥファリィは呟くように言う。
「それは、でも……うぅ」
「スゥファリィ?」
「いきなり、これ以上考えたくないって、なっちゃった。すごく、気持ち悪い……」
「……そうか。なら、無理に考えなくてもいい。少なくとも今スゥファリィが休んだとして、それを責める者はいない。少し、顔でも洗おう。少しはすっきりするかもしれない」
恐らくはスゥファリィの言葉の意味、ひいては想い主の何かに近づいたため、想い主の抵抗が現れたのだろう。一種詠星としての本能的な防衛機制だ。ここで無理に思考を深めさせてもよい結果にならないことはアルク自身、過去の経験からよくわかっている。
スゥファリィの脇を掴み川の傍まで連れていく。ぱしゃぱしゃと顔を洗い始めたスゥファリィを眺めているとトゥルーが近づいてきた。
「スゥファリィの気配、不安定さが増したような気がするのです」
スゥファリィにはきこえないような声だ。
「言葉の意味に近づいたことで自己理解が進み、自分とは何なのかわからないという実感がでたんだろうな」
「はいなのです。……支援としては進んでいるってことでよいのですよね」
「ああ。十分想定された状態だ。というより、誰しも無意識的に目が向かなかったところを意識すれば混乱するだろうからな」
「なら、良かったのです」
そう、小さく息をつくトゥルーは何かを心配しているような様子だったもので。
トゥルーの考えに気づいたとき、自然アルクは頬を緩めていた。
堪らずその小さな頭を優しく撫でる。
「い、いきなり何なのです!」
「いや、優しいなと思ったんだ。スゥファリィのこと、心配してくれてたんだな」
「そ、そんなの当然なのです! それより子ども扱いはするななのです! そもそもレディの体にやすやすと触れるものじゃないですよ!」
「それは失礼」
アルクが手を離すとやや顔を赤らめたトゥルーが頭を手で隠しつつそっぽを向く。
確かにトゥルーの言う通り、支援の終結した詠星であっても、ひとりの女性として気軽に触れるのはいかがなものだろう。これは、アルクの失態だった。ただ、それ以上にトゥルーのスゥファリィを思いやる気持ちがどうしてか嬉しかった。いつも見届け役として、トゥルーが心配してくれることが。
そんなやりとりをしていると、ふとスゥファリィが「あれ」と言った言葉を漏らすのが聞こえた。
先程のスゥファリィの様子からして何かあったのかと即座に視線をスゥファリィに向けたアルクは、スゥファリィが川の底を見詰めているのに気づく。
「どうした、スゥファリィ?」
「なにか、光ってる」
端的にそう言うスゥファリィ。
アルクも同じく川の底に目を凝らすと、確かに川の底、石に挟まれて何かがきらりと光っているのが見える。
初めは稚魚か何かの鱗の反射かと思った。しかし、よくよくみれば、それは――
「ッ!」
正体に気づいたとき、アルクは川の底に手を伸ばしていた。そこまで深い川ではない。肩まで水につければどうにか底につく。そのまま丁寧に掬い上げる。
「……髪?」
アルクの手にしたそれを見てスゥファリィが呟く。
瓶の中に入れて確認すれば、それは確かに髪だ。一本の、赤色の髪。それがたまたま透き通る水を貫通して差す日の光を反射していたのだ。
ここでアルクははっと気づく。トゥルーに地図を開いてもらい、川の位置を確認する。予想通り、詠星が墜ちた場所近くの川の下流がここにつながっている。
つまり、この髪は、まだ可能性は低いが。
「お手柄だ、スゥファリィ!」
「え、わっ」
アルクがスゥファリィを抱えてくるくると回り始める。
「もしかしたら、これは件の詠星のものかもしれない。大きな手掛かりだ!」
「え、で、でも、髪なんてあっても、何の意味があるんだい?」
「大ありだ! まさか、あれだけゲトヴァリィの顕能の説明をしておいて、直接の答えに行きつく手がかりを手にできるとは思わなかった!」
いつにないアルクの喜びようにスゥファリィは目を点にする。そのままトゥルーへと目を向けると、トゥルーもやや興奮した面持ちだった。
「ねぇ、トゥルー。これはどういうことなんだい?」
「なんとですよ、塔にはその人の持ち物や体の一部を媒介に、その人がどこにいるかを探し出せる詠星がいるのですよ! つまり、これがその詠星の髪の場合、詠星が今どこにいるのかわかるかもしれないのです!」
トゥルーの言葉にスゥファリィが段々と納得の表情を見せ始める。
「じゃあ……ボクは、すごい発見をしたって、こと、かい?」
「そうなのです! 紡ぎ手さんの言う通り、大手柄なのですよ!」
トゥルーの喝采でようやくスゥファリィも自身の発見がいかほどのものか理解できたようで。
くるくるとアルクに回されながらも、ふにゃりと笑みをうかべた。
「……えへへ、そっかぁ。ボク、ちゃんと役目を果たせたんだねぇ」
そして、突如スゥファリィが意識を失い脱力する。
「スゥファリィ!?」とアルクがスゥファリィを横に寝かせ幼体を確認すると、どうやら眠っているようだった。規則的な「すぅ……すぅ……」という寝息が聞こえる。アルクのくるくるに意識を失ったわkではなさそうだった。
「……やるべきことを果たして、力が抜けたのか」
恐らくはそういうことだろう。
「スゥファリィは大丈夫なのです?」
「ああ、大丈夫だ。どうやら、ここまで踏ん張っていた分反動で眠ったのかもしれないな」
「そうなのですか。はー、びっくりしたのです。紡ぎ手さんの奇行でお陀仏してしまったのかと思ったのですよ」
「ぐっ……君も興奮していただろうに」
「でもトゥルーはスゥファリィをくるくるなんてしてないのです」
これはアルクの全面的な負けだろう。
トゥルーの指摘に降参の意を示し、スゥファリィの頭を優しく撫でる。
「……ただ、今回のことで、スゥファリィのことをまたひとつ知れたな」
すなわち、スゥファリィの言葉の意味には”やると決めたからにはやらなくてはいけない”という想いが何らかの影響を与えているということ。恐らく、想い主の性格はこちらに近いのだろう。であるならば、もともと表出していたスゥファリィの性格と、今回の思考の関連はどのように紐づけていくことができるのか。
また、近々スゥファリィとの面談をしなくてはならないだろう。
「……よし。帰ろうか。今日はスゥファリィにも頑張ってもらった。少しでも体を休めてもらいたい」
「了解なのです!」
様々な発見の中、一行はエンプティ・タワーへと戻っていく。




