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詠星の紡ぎ手  作者: 雨草 綴
序章 詠星の保護▶支援の開始
12/27

日常と異変

 前方、そう遠くない距離に屑想が2体。

 片方をトゥルーに任せ、アルクはもう一方の屑想に迫る。

 無造作に振るわれた腕の振り下ろしを受け流し、がら空きの胴体に剣を突き刺す。そのまま二撃、三撃と攻撃を浴びせ距離をとる。

 屑想が近くにあった石を投げつけてくる。しかしそれはアルクに直撃する寸前に速力を失い、ぽとりと落ちる。スゥファリィが小さな手を伸ばしていた。


「ついでに君も、鈍間になぁれ」


 突如屑想が体の制御を失ったかのように片膝をつく。動こうとする素振りは見せるが、そのたびに脱力した様子をみせている。

 瞬間アルクは助走をつけ、剣を両手で持ち、全力で振り回す。

 防御される暇もなく、剣は屑想の首を払い、屑想はそのまま前に倒れると宇宙色の塵となって消えていった。

 それと同タイミングで「喰らいやがれ、なのですよ!」と言う声が上空から聞こえる。

 見ればトゥルーが空高くジャンプしており、月を背に光の槍を構えていた。

 更に光量を増した槍が全力投球され、屑想の頭上から地面に突き刺さり、轟音を響かせる。

 綺麗に半身に分かれた屑想は「イ……イ、イイ、イ……」という不明瞭な音を最後に、塵となって消えた。

 くるくると器用に回転して着地したトゥルーが「先を越されたのです!」と呻く。


「紡ぎ手さんとスゥファリィなのに、トゥルーの方が遅かったのですよ……!」

「別に浄化の速度に勝ち負けはないだろう。大きな怪我がなくてよかった」

「はい、紡ぎ手さんも、何事もなくてなによりなのですよ!」


 東の森、B2地区。現在はこの区画の哨戒任務の真っただ中だ。

 今日も今日とて夜勤であり、実に肌に悪いと特に肌を気にしていないのにアルクがぼやく。


「特に、こんだけ小さな子ども2人を夜勤にだすというのは、いいのか、ラプラスは? こう、何かの道徳にひっかかるんじゃないか?」

「今、トゥルーたちをだしに夜のお務めから逃げようとする紡ぎ手さんの声がきこえたのですよ! というか、ちゃっかりトゥルーを子ども扱いするななのです!」


 アルクのぼやきにいち早く反応したのはトゥルー。びしっと指をアルクに向ける。


「ボクは紡ぎ手に賛成かなぁ。お部屋でごろごろしたいねぇ」


 一方でスゥファリィはアルクの背中で同調している。


「何を言うのです! そもそもこれは、スゥファリィの言葉の意味を活性化するためにも必要な行いなのですよ! 紡ぎ手さんも、そんなこと言ってるとスゥファリィに影響しちゃうのですよ!」

「とはいってもなぁ……夜にやる必要はないだろ……」

「まだまだ平和ぼけしてやがるのですよ。もうひと月も経ってるのですからいい加減スゥファリィの担当者としてしゃきっとするのです!」


 トゥルーの言うように、スゥファリィの支援が始まってから早ひと月が経とうとしていた。

 その間、浄化活動をしたり、面談を行なったり、資料の作成をしたりとやることはやはり多かった。もう新規のことというのは少なくなり、同じことの繰り返しに近くはなっているのだが、それでも体が中々適応してくれないのだ。

 特に、一度詠星の支援が終結すれば、次の担当になるまではよほど数奇な縁に恵まれない限り、十分な休息と詠星の支援以外の業務が割り当てられることになる。それに慣れてしまうと、毎日詠星のことを考える生活には切り替えるのが難しい。今も正直スゥファリィとのやりとりは手探りな時もある。


「さ、次なる標的を探してレッツラゴー、なのですよ!」

「子どもの無尽蔵の体力が羨ましい……」

「紡ぎ手さん?」


 いよいよドスのききはじめたトゥルーの言葉にアルクは両手をあげる。これはアルクが悪いだろう。

 トゥルーを先頭に、一行は森の中を歩く。

 星と月明かりに照らされた空のおかげで夜でも案外視界は良好だが、昼ほどではない。感覚は研ぎ澄ませつつ急襲を警戒する。

 背中のスゥファリィはそれが定められた己の仕事とばかりに「すぅ……すぅ……」と寝息をたてている。それが耳元で聞こえてくるものだから、たまらずアルクもつられて意識を手放したくなる。叩き起こしてしまいたくもあるが、スゥファリィを意味のない場面で起こすのはあまりよくないことがわかっているため、起こすこともできない。というのも、どうやらスゥファリィは通常の詠星よりもとらなくてはいけない睡眠量が多いようなのだ。以前に何度か外でくらいは起きてほしいと頼んで起きてもらったことがあるのだが、その時は全体の睡眠量が低下したことによってスゥファリィの意識が朦朧としてまともに顕能を振るうことができなかったということがある。

 これまでは、脳の活動がゆっくりなため眠りやすいという特性があると思われていたのが、睡眠量として多量の睡眠が必要となることもわかった。それからは戦闘や特別な状況を除き無理に起こすということはしないことになったのだ。

 尤も、「そしたらボクはずっと寝てられるねぇ」とまるでどや顔のような表情で話していたスゥファリィであったが、最近の定期健診の結果から寝すぎもよくないというカリーナの意見によって、やはり定期的に起こすということは続くことになった。


「ストップなのです。2時の方向奥に屑想がいるのですよ」

「了解。スゥファリィ、屑想だ」

「んにゅ……」


 ぴくりとスゥファリィが瞼を震わせうっすらと目を開く。


「ふわぁ……もうかい?」

「悲しいがもうだ。ということで、トゥルー。こっちは準備できた」

「待ってましたなのですよ!」


 その言葉とトゥルーが光の槍を投擲したのは同時だった。


 ・

 ・


「あー……」


 都合21体目の屑想を浄化したのち、アルクはあまりの疲労感に、その場に座り込んだ。

 スゥファリィも顕能を使いすぎたのか、「うへぇ」と汗ばんだ額を首元に擦りつけてきた。


「うーん! 今日は大漁だったのですよ!」


 トゥルーは持ち前の体力もあり、むしろまだ元気が余っている様子だった。なんなら「トゥルーはまだやれるのですよ!」と光の槍を使ったアクロバティックポーズをかましている。

 そんな声には聞こえないふりをしつつ、アルクは空を見上げた。


「あぁ……やっと夜明けが近づいてきたな」


 空はまだまだ星の輝きを散らばめているが、月がやや落ち始めているようだった。

 今から帰れば時間も丁度だろう。

 スゥファリィに水分と栄養ゼリーを与えつつ、一行は帰途につく。

 鈴虫の鳴く静かな夜が終わろうとしている。夜勤は好きではないが、この明けていく時間は好きだとアルクは感じる。

 後は塔に戻って皆が仕事をしているを後目に優雅に眠りにつくだけ。そう考えると足取りも軽くなろうものだ。

 ただ、これを不運と言ってしまえば紡ぎ手失格ではあるが、それでも空に見えたそれを見た時、アルクは堪らず頭を抱えた。


 ーー星が、墜ちてくる。


「紡ぎ手さん!︎︎︎︎︎︎ 詠星なのですよ、詠星の誕生なのですよ!」

「分かってる、見えてる、事実を突きつけないでくれ……」


 それでも仕事が終わったと思えばおかわりが来たという状況にはぼやきのひとつも出ようものだった。

 トゥルーの並々ならぬはしゃぎっぷりにさしものスゥファリィも目を開けたようで、身動ぎした彼女は青々と世界を照らしながら落ちてくる星に目を見開いた。


「あれが……」

「そうなのです!︎︎︎︎ トゥルー達もああやって生まれたのですよ!」


 そのまま、星はほどない距離に墜ち、一層の発光を見せた後に静かになる。

 瞬時に頭の中にで本日の各地区の夜勤担当者を思い浮かべる。その中で一番近くたどり着けるのは。


「……俺かぁ」

「おめでとうございますなのですよ!︎︎︎︎これはひっさびさの2人体制になるかもなのですよ!」

「それ、前にやったらモデル体型まっしぐらなスリムになってしまったから、もうしたくないんだが……」


 しかし、みつけてしまったものはみつけてしまったもの。ぼやきはしつつ、行動は早かった。

 スゥファリィ同様、詠星というのは屑想にとってこれ以上にないご馳走のようなものだ。

 それが誕生直後という無防備な中でその辺に転がっているともなれば襲わないわけが無い。

 今日は散々屑想を浄化してきたが、隠れ潜んでいるものがいないとも限らない。

 そのため、全力で現場に向かう。何ならトゥルーには先行してもらっている。紡ぎ手よりも詠星の方がうん倍早いのだ。

 そうして息を切らしてたどり着いた現場は近くに沢がある小さな広場だった。ちょろちょろと流れる水音がやけに鮮明にきこえる。

 現場には着いた。しかし、どこを見渡しても肝心の詠星の姿が見えない。


「トゥルー、詠星は?」

「それが……どこにもいないのですよ」


 不安げにキョロキョロと辺りを見渡すトゥルー。

 もしかしたら場所を間違ったかもしれないが、この場に漂う不可思議な感覚が、ここに詠星は墜ちたのだと知らせてくる。

 脳裏に最悪の想像が過ぎる。


「……トゥルー、周囲の捜索を頼む。詠星だけでなく、屑想もだ」

「……!︎︎︎︎ じゃ、じゃあ!」


 アルクは頷く。


「勿論、まだ無事であることを祈りたい。が……屑想に取り込まれたという可能性は意識しておこう」

「う……了解なのです!」


 即座にトゥルーが森の中へと消えていく。

 その間にアルクは腰のポーチから黄色い玉を取り出すと、火をつける。

 途端もくもくと黄色い煙が夜明けの空へと登っていく。


「これはなんだい?」

「信号弾だ。『現場に到着。しかし詠星確認できず』の意味だ。間もなく他の夜勤や塔から派遣された紡ぎ手や詠星が周囲の捜索を手伝ってくれる」

「捜索……」


 ふと、スゥファリィが首を抱く力を強くした。


「……怖いか?」

「なんでだろうね……うん、怖い。その詠星のことを考えたら、尚更に。あの時、ボクが目を開けて、そこにいたのが屑想だったら、ボクはきっと、とても怖かっだろうから、ねぇ……」


 自分の場合に当てはめてスゥファリィは言う。


「……だな。だから、俺達も、無事を祈りつつ捜索していこう。身体的なスペックは総じて人間より詠星の方が強いことが多い。視力や聴力もだな。俺が感知できない部分は、頼む」

「……うん、わかったよぉ。ボクも、頑張る」


 眠たげな目であるが、その目は意志が宿っていた。どれだけやる気のないスゥファリィであっても、こうした一大事にはしっかりとできるというのは良き気づきを得られた。

 そうして辺りの捜索をしていると、徐々に人が集まってくる。


「B1地区の夜勤担当だ!︎︎︎︎ どこを探せばいい!?」

「すまない!︎︎︎︎ まだこちらも西に手を伸ばし始めたばかりだ!︎︎ 北を頼む!」

「了解!︎︎︎︎ ってアルクか!?︎︎︎︎ お前、最近詠星に選ばれまくりだろ!」

「空から失礼!︎︎︎︎ 塔から派遣されてきた詠星よ!︎︎︎︎ こっちの視点から怪しい影がないか確認するわ!」

「助かる!」

「B3地区夜勤です。ここまでの道中それらしい影は確認できていません。指示をください」

「南の方を頼む!」


 事が事のため到着した紡ぎ手や詠星は説明を求めない。それが誰であっても、一番目の到着者が司令塔となる。そうするように徹底しているからこそ余計な時間を使わず捜索に集中することが出来ている。

 しかし――


 それでも、詠星の姿はどこにもなかった。

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