第九話
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両手を広げてバランスを取る。力が入り過ぎて、建物を一つ多く飛び越えてしまった。『風』と五感を使い、着地態勢を整える。
荷物を運搬しながら、空紀は魔法に慣れようとしていた。この依頼はその修練がよく出来る、そういう意味では荷物の増量は良いハプニングだ。思った通り、魔法は使ってみるのが手っ取り早い。
空紀が持っている才能の一つ、重さに抵抗し打ち勝つ〝重覚魔法〟。自重を含めた己の神経系に掛かる『重力』全てを、魔力の限り軽減出来る。地獄使っていなければ、意味がよく分からなかったと思う。
普通に読めば身体能力や筋力の強化と変わらないように感じるが、正しくは五感に影響する重みに対し魔力で補正が可能ということだ。例えば強化ならどんな荷物がいくつあっても、決まった重量以内で持てる。しかし〝重覚魔法〟は自分の体重すら軽減出来、魔力を操作する事で何を軽くし何を軽くしないかすら選択出来るのだ。
これは『重力』を感じる神経の負荷のみに干渉する魔法。干渉出来る負荷はレベルで変化するようだが、かなり有用な魔法だ。
自室で試してみたら、二人がけのソファが片手で軽々持てた。ダンベルみたいに使った。魔力消費も悪くない、と思う。なんとなくだがこのまま半日使い続けても倒れたりはしない、はずだ。
筋トレは辞めないが、筋力で効果が大きく変動しないのも嬉しい。才能のレベルを上げれば、持てる重量は上がるだろうし、相当大きな物でない限り、魔力の消費が今以上になることはない。
やれる事が増えると、明日に期待が持てる。
魔力操作が乱れ、踏み込みが軽くなった。自重を軽減しようと体に魔力を流す際、跳躍する寸前の足にも効果が出てしまったらしい。移動しながらの〝重覚魔法〟には細かな調整が必須だ。だからこそこの依頼は渡りに船だった。
文化もへったくれもない建築物は、初めてのおつかいでも目印に困らない。個性が混在するこの街は、上から見ても面白かった。
楽しみつつ修行しつつ、問題なく依頼をこなす。異世界での生活としては、中々の幸先である。
次で最後の届け先、ステータスカードの確認は自室まで我慢する。
街の外壁が作る影の中に、丸いお椀を逆さにしたような家があった。立地条件が悪いからか、建物同士に間があり近所付き合いは難しそうだ。
「すいません、〝お供え物とお星様〟です!荷物のお届けに参りました!」
荷物の到着時間を指定しているのに、返答が無いのはおかしい。よく見ると家も変だ。窓が一つもなく、あるのは覗き穴の付いた扉と通気口のようなもの。まるで小動物の通路口のように、地面から上十センチほどの穴。そこから中へ風が入っていく。
「ん?」
そう『風』が通っている、だから不在ではないと分かった。穴の向こうの広い空間、室内に数十固まっている小さい生命体。その奥に何かに囲まれた人間が一人。背丈から子供と推測。調理中だろうか、空紀の声に反応した様子もなく、何か混ぜる動作を繰り返している。
気になるのは穴の前で待機したままの生命体。統率された動きに、魔法だろうと空紀は批判を飲み込んだ。予想通りなら食べ物を運ばせる相手としては、あまり良くはないからである。
「えっと、ネズミさん?」
一匹穴から出てきた、代表だろうか。体長は二十センチ程度で灰色の害獣、結構大きい。
「こちら配達物です、前回の木板をいただけますか?」
占いの書かれた木板と広告紙、それから瓶に入った梅干しを渡す。穴から大量のネズミが出てきて、それを受け取った。驚いたが、連携して荷物を家に運ぶ様子は少し和む。
一歩下がって見守っていると、受け取り証明となる前回の木板も運ばれてきた。こちらが受け取りやすいように、木板を縦に持って渡そうとする。さすがに重いのかフラフラしていて、正直まだ見ていたいと思った。可愛い。
意地悪をして嫌われたくないので、木版を貰い礼を言う。お辞儀で返してくれた。
結局家主は姿を見せなかった。しかし『風』が大声で教えてくれている、ここはまるで魔女の家だ。
棚には多くの本や紙が詰められていて、ビーカーやコップにまで入っている水の色は多種多様。口の閉じた大きい瓶には細長い生き物やら、痙攣する何かの内臓。吊り干しされた草花や乾燥した根っこからは、独特の匂いが漂っていた。
床にこぼれたゴミや埃をネズミ達が片付ける中、無言で火にかけた鍋を混ぜる様子は、まさしく魔女である。可能なら部屋を見せてほしいが、機会を待つしかなさそうだった。
ネズミ達に手を振り、会社へ向かう。追い風に押されながら中身の無くなった鞄の重さを把握し、〝重覚魔法〟の出力を再調整。着地の負荷と跳躍時の魔力バランスがまだ怪しい。空中姿勢は大分安定してきた。
もう少し練習していたいが、依頼主の会社が見えた。また扉の前に不審者がいる。右に左に落ち着かない挙動、よく見たら依頼主だった。胸辺りで手を合わせ、心配で仕方ないという表情。
周囲の注目を集めていて、近寄り辛いが腹をくくる。勘違いでなければ彼女の待ち人は空紀だ、言葉を考えながら降りた。
「ただ今戻りました、追加は有りますか?」
泣かれた。
どうやら依頼主の予定より、多く荷物を運んでいたらしい。あえて一番多い区画の荷物を渡し、持てる重量を計るつもりだったそうだ。
しかしそれは依頼主の考えで、他の従業員は空紀が持てない量を渡し、自分達の凄さを誇張する予定だったとか。尊敬されたかったのだろう、馬鹿な男のプライドである。依頼主の謝罪の連打をなだめた。
空紀は護衛を頑なに断った依頼主と、ギルドに向かった。目的は依頼内容の修正と一日分の達成報告。
いざこざのある配達依頼だったが証人と共に受付へ報告、無事報酬を受け取った。
僅かな疲労に優る達成感、遅れて胃が体内で唸る。
「あの、よろしければ昼食をご一緒しませんか?奢ります!」
支払いの折半で了承した。形有る謝罪を望んでいるが、そもそも依頼である。依頼内容の違いはあったが、所詮それだけのこと。それを分かってもらうために、店に入り席に着いて料理が来るまで同じ会話を繰り返した。
真っ昼間を過ぎた時間帯、空腹を刺激する料理を目の前にすれば、流石に会話は途切れる。勇者の街の食文化は、空紀達『勇者』を十二分に満足させるレベルだ。美味しい、と見る前から知っていた。
厚切りベーコンとほうれん草に似た葉物のクリームパスタと具沢山のコンソメスープ、デザートにはフルーツの盛られたプリン。元女子高生には大分多い、依頼主とは対照的である。
「私のことは、美希子と呼んでください」
訂正、美希子とは対照的である。種類豊富なサラダと拳大のパン、カップに注がれたコーンスープを美希子は静かに食べていく。丁寧な作法につられ手元に注意しつつ、食事は同時に終わった。
「アキさん、この度は本当に申し訳ございませんでした」
「いえ特に問題はありませんでしたし、報酬も頂きましたから」
「けど……」
納得していない。美希子の強情具合は、ここまでに腹一杯堪能した。何か良い着地点はないだろうか。
「あ、占い!」
「はい?」
橘美希子に成功者という重圧を与えた魔法。
「私はまだここに来て日が浅いので、これからどうなるか占ってもらうと助かります」
本人は魔力を消費するだけで、こちらは大人気商品が受け取れる。他者を大事にしている美希子が、評価されている占いをそんなものとは言えないはず。
それに生で他の『勇者』の魔法が見れて、こちらも十分得がある。
「……分かりました、精一杯占わせてもらいます!」
落ち着け、と言う前に美希子は静かになった。手提げ鞄から紙と万年筆を取り出し、空紀を凝視したまま背筋を伸ばす。
『風』が流れる。否、魔力の風と表現した方が近いか。魔力の風は加速し、美希子を中心に規則性を持って流れる。まるで周りを一切気にせず、ゴールまで一直線に走るような。
見せろ、と『風』が空紀をあおる。これが魔法。
異世界に顕在する未完の法則。個人にのみ許された力。調子に乗っていた。たかが跳んだり跳ねたり出来るくらいで、『勇者』になった気になっていた。
この『風』の足元にも及ばない。
「終わりました、どうぞ!」
「あ、ありがとうございます」
記憶が無いので、これが人生初占い。
[赤ワインの海に溺れる 昨日を捨てて呼吸した]
意味がちょっと、取り敢えず最後まで読む。
[お伽話の王に笑われる 千里の道を走って跳ねて 友に涙を敵に剣を
風の道に砂糖をまく あなたはただ一人の人に出会うだろう 王の祝福があらんことを]
これは真剣に解読しないと、なにかの歌詞にしか見えない。
「えっと、私の占い〝占添魔法〟は過去・現在・未来を抽象的に表現します。最近起こった事、近々起こる事、これから起こる事に内容は別れています」
よく考えたら抽象的に書かなければただの予言だ。占いなら、この詩のような文章で正解かもしれない。
「あの、あくまで占いですから。深く考えず良い所だけ参考にして下さい!」
どこが良い所なのか分からないのだが。
「……えっと、ありがとうございました」
別れは美希子の笑顔で和やかに済まされた。少しお人好しだが、可愛くて優しい子だった。また依頼受けよう。
ギルドに戻り、休憩スペースで占いを見ながら時間を潰す。頼んだ水は冷えていた。
[赤ワインの海に溺れる 昨日を捨てて呼吸した]
時間軸順で並んでいるなら、この文は過去の出来事になる。[昨日]という単語がそれを匂わせていた。[昨日を捨てて]、昨日が過去と同じ意味なら、空紀には過去の記憶が無い。つまり過去=記憶と邪推する。
[昨日(過去)を捨てて呼吸した]
これは記憶をなくす事で、空紀は生きていると読める。一気に物騒な文章になってきた。
方向を変えないまま次を見ると、[赤ワイン]が血に衣を着せた言い方に思えてならない。
[赤ワイン(血)の海に溺れる]
正直心当たりしかなかった。
目の前で少女が輪切りにされ虐殺開始。団体に遭遇するたび闇討ち奇襲斬殺、余裕なんて無い慈悲も無い。最後には頭部を耕し[赤ワイン]の噴水もろ浴びだ。
そういえばその後目が覚めるまで、何があったか聞いてない。屋敷に戻ったら聞こう。
忘れたいが、忘れられる程無神経ではないし、記憶容量にはまだ余裕がある。
[お伽話の王に笑われる 千里の道を走って跳ねて
友に涙を敵に剣を]
[王]とは群衆の代表、または凄い人を連想する。前者は権力で他者を従え、後者は力で他者を圧倒する。[お伽話]が昔話か歴史あるいは伝説に置き換えられるなら、[お伽話の王]は昔の偉人とも読めた。
しかしこの世界の歴史なんて九人の女神の話くらいしか知らないし、偉人も分野によって違う。ここからの文章はほぼ全て推測になる。
[千里の道]は現実的になら旅路、比喩的になら苦悩の人生とも読めた。
[走って跳ねて]は空紀本人か他人の行動、またはそう見える何か、だろうか。
[友に涙を]。[友]って元の世界か異世界か、いたのか出来るのか分からないので保留。
[敵に剣を]。何かを敵と認識するような状況になってないのでこれも保留。ゴブリンは敵じゃない、動くゴミです。
「クッソがっ!!!」
続きの考察はまた後になりそうだ。
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