第七十話
更新一年以上放置していました、誠に申し訳ございません。
初めて見る異世界の平原。
その絶景を眼下に映す橘美希子は、一時の美しさに見惚れ浸った。
周囲を大なり小なりの山に囲まれた平原は、なだらかな凹凸は在るものの綺麗な平面の地。遠目に窺える川で一部切られた平原の存在は、今最も注意を払うべき場所となっていた。雪の消えた平原には根強い緑が溢れ、雄大な自然を青空に披露している。
物々しい戦の足を、自然は決して受け入れてはくれないだろう。
「社長、そろそろお時間です」
呼びに来た男は屈強で、美希子を横目に何度も見ていた男衆を威嚇し遠ざける。美希子が経営する会社に雇われている男の一人で、多少過保護な所は有るが優しい社員達なのだ。礼を告げ、聞いていたテントへ向かった。
崖となっていた場所から平原を見渡せる此処は、国の現状にとって重要な拠点となる場所だ。高所に陣取るだけで周囲の状況把握と、防衛陣形を取り易くする。
数多くのテントの間を抜け、ある紋章が刺繍されたテントに声を掛けた。
「橘パーティの代表です、入室許可を頂けますか?」
「―――どうぞ」
入室を許可を出した声は、美希子にとって苦い思い出の呼び水である。
口から零れないように喉を鳴らし、テントの布を除けた。此処に来る途中で見たテントとは気品が違う。内部はその主の品格と能力、そして立場を具現化していた。
美しき美貌を持つ〝勇者の城壁都市〟の長にして外交官、セチュアム・ヴィ・ファルジスである。
人外の美しさを保有した外交官は、大きな机を跨ぎ出入り口に立つ美希子から一番遠い位置に居た。机には平原とその近辺の詳細な地図、更に自陣と敵陣を模した駒が置かれている。木を削って作られた駒はまるでチェスのそれで、自軍の駒が妙にリアルな造形をしていた。
社員代表として同席する男に勧められ、美希子は椅子に座る。机を囲う面々は皆が、これから行う会議に相応しい相貌と迫力。
場違いを感じ目が泳ぐ美希子は、斜め前の席で腕を組み目を瞑る青年を見た。〝勇者の城壁都市〟の液晶画面で見た事がある気のする人だ。思い出せないまま、布が大きく払われる。
「めんっどくせ!戦なんて馬鹿げたモン、誰が好きでやるってんだ!」
乱暴に美希子の本心を一部翻訳した言葉は、同じ液晶画面で見覚えのある青年が発した。
思い出した。
静かな青年も大声で入室した青年も、あの大会の戦士達だ。
上座に近い席へ堂々と座る青年、名は原口龍太。戦いの勝敗を賭けて金銭を得る店〝Luck Studio Xavy〟、彼はそこに雇われている戦士。
会社に液晶画面は置いてないので、美希子はあまり詳しくない。しかし『勇者』のお客さんで好きな人が多く、飲食店などでは偶に試合が放送されている。
名の通った戦士である原口は、もう一方の有名人を思いっきり睨んでいた。
周青雷。女性の『勇者』で彼を知らない者はほぼいない、白磁の肌を持つ美しいアジア系の青年である。
実際に彼が剣を振る姿を見なければ、争いとは無縁のアイドルだと勘違いしそうだ。物静かな雰囲気と立ち居振る舞いが、周の世界に他人とは違う色を滲ませている。
LSXで魅せる周の戦姿に、付いたあだ名が〝雷神王〟。
神様なのか王様なのか、突っ込みたいが誰が名付けたのか知る者はいない。だが実力は確かだ。この場に招待された美希子達全員、周青雷より下に座している。
若干一名ガンを飛ばしている原口は、睨み過ぎて目が糸のように細かった。
「―――皆様、御出席のようでなによりです」
テントの外にまで響き、原口の存在感に圧倒されそうだった視線が、一瞬で引き絞られ集中する。
現状を理解していない者は居ない、それでも把握している者も居ないのだ。
美希子も他の『勇者』もこの場の全員が、彼女からの命令で招集された、無知なる部外者に過ぎないのだ
「まずは皆様が此方の要望に応え、遥か街遠くの地まで足を運んで頂いた事。この世界を代表して、心よりお礼申し上げます。此度の皆様が割いていただいた時間と労力は、必ずや我らの身を削ろうと全力の返礼で適える所存。我らが神ヴァルハラに誓って―――」
「長い」
多幸感で満たす声を両断した衝撃で、閉じていた瞳を開く。短く抜群の効果を発揮した刃の主は、変わらず腕を組み静かに聞く態勢を維持していた。
人外に匹敵する美貌と声音の外交官に、美希子を含め多数の『勇者』が今も思考を揺らしている。催眠術に掛かったような頭を振り払い、姿勢を正す。机に肘を着き顎を乗せる原口も、周の一声に便乗した。
「全くだ、下手な建前なんざ要らねえ。要するに、戦争するから働け、だろ?」
戦争
重い言葉だ。体験した者がいなくても、誰一人軽んじはしない。今回の場合経験者がいない事は、ある意味良い方に働いている。『勇者』内で大きく意見が割れる可能性が低い。
美希子は昭和後期に生まれ、戦争の爪痕に触れている。国民の不安が経済に影響し、社会基盤の確立すら茨の道だ。
美希子の家族は政治の世界に顔が利き、国内では裕福な暮らしをしていた。それでも一歩家を出れば、日本が失って来た物の重さが分かる。平和と言う薬を作る為なら、人はどんな汚い事も出来るのだ。
召喚され異世界での生活基盤を掴むまで、とても一言では説明できない苦労が在った。今ではこの世界も美希子の大事な人生の一部である。
自分の身をなんとか支えてきた所に、戦力の要請という建前で最前線に強制招集された。
断ったらどうなるか、この場で分からない者はいない。国の援助で最低限の生活と、自由な暮らしが約束された立場の『勇者』達。特別な力を授かっていても、大半が未成年だ。大人の助力無しに生きてはいけない。
原口の言葉が真実で、逃げられないと理解している。しかし一人でも心中を言語化してくれると、少しだけ心が軽くなった気がした。
「働けとは申しません、死にたくなければ戦えと進言しております」
十分酷い物言いだと思ったが、更に毒を含んだ進言をされた。言い返された原口は特に怒りも驚きもせず、唾を吐くように失笑する。
次々と現実を『勇者』に告げる外交官の表情は、いつもの仕事と変わらないすまし顔。美しく作られたマスクを被り、作戦を報告する。
「皆様には、各々の能力と期待値に沿った配置で待機してもらいます。各パーティには最低でも一個小隊の護衛が付き、その代表から指示を受けて実行して下さい。勝手な行動と判断は慎み、此度の戦を沈める為全力で挑んでいただけるよう願います」
配られた紙には、簡単な地図で待機場所が記載されていた。美希子自身には戦闘力が微塵も無い。しかしパーティとして登録している社員達の戦闘力が考慮されているので、配置は最前線と補給地点の中間辺り。伝達兵の援護や状況によって後詰も任される配置だ。
正直に言えば恐ろしいし、辞退したい。出来ないと分かっているから、美希子は勇気を振り絞った。
「あ……あの!!」
集中する視線の力に、足が後退る。何とか椅子を倒すだけに留まったが、緊張で舌が痺れた。
気遣う社員の気配だけを支えに、足と喉を震わせる。
「わた、私は、橘美希子と、申します……!私の才能である〝占添魔法〟は、個人を対象にした占いです!気休め程度ですが……皆さんを占わせていただけませんか!!?」
嘆願する美希子は日本人特有のお辞儀で、視線を地面に落とす。出過ぎた真似をした羞恥に頬が熱く、静寂は心臓の音も拾って聞こえた。
「そうか、頼む」
一拍於いて誰の声か聞き分けた美希子は、信じられなくて顔を上げた。視線を再度独占した周は、依然として表情も態度も変化が無い。涼しげな顔が美希子を見返し、静かに外交官へ動く。
「良いか?」
「……橘様の才能は把握していましたので、元々お願いする予定ではありました」
それではお願いします、と残し外交官は去って行った。なけなしの勇気が空回った美希子にとって、外交官の退場は痛い。
待って、置いていかないで!
「よく分かんねえけど早めに頼むわ」
有名人を待たせて平気な程胆は太くない、美希子は外交官に伸ばし掛けた手を戻し椅子に座る。転がった椅子を直してくれた社員が、有名人を威嚇している事には気付かなかった。
常に占い道具を持ち歩いている美希子は、紙と筆記道具を出し集中する。目を閉じ空いた手で紙を撫でる、伝わる感触が少しづつ遠ざかった。
実は魔法を使う感覚が今もよく分かっていない。何故使えるのかどうすれば使えるのか、数少ない友人の一人に相談すると条件づけを勧められたのだ。
ルーチンとも言うらしいのだが、特定の行動と刺激を関連づけ反射で行えるようにする訓練。目を閉じこれから使用する紙の感覚を脳裏に刻み魔法を使おうと行動する、それを繰り返す事で反射的に体が魔力を練り上げた。
対象の顔と名前を知っていれば、相手が目の前に居なくても占える。精度は落ちるが。
手が止まるのを感じ、自然と魔力の流れも止まった。普段の比ではない緊張状態でも条件づけは有効だった事に、美希子は心の中で友人に感謝する。
念の為他人が読める字かどうか確かめて、大丈夫そうなら次の―――
「え……?」
[切り忘れた爪の先 序曲は終曲に取って代わる
獄炎が雷を飲み干す時 竜は戯れ土が跳ねる 枕の名は永久と呼ばれた
―――――――――――――――]
初めて見た。未来を占っている筈の部分が字ではなく、ただ一本の線。そして竜と書かれた一文に、ずいぶん会っていない友人を思い出した。
紙を渡された周は結果を見ても、やはり表情を変えない。線の部分が本来なら未来の出来事を書く場所だと告げ、ようやく眉だけが動いた。
文章を含め、占いの結果は美希子本人も分からない。毎日占いを望むお客さんも、貰って直ぐは殆ど分からないと笑っていたものだ。書かれている占いの結果を体験し、やっと意味を知る。占いとしては欠陥品だが、これしか美希子に出来る事は無い。
戸惑いながらも、この場に居る全員分の占いを終えた。
最後の一人の結果を確認し、もう驚くのを止める。全員の占い結果から、未来の文章が抜けていた。
占いで一番知りたい部分が無いのだ、困惑する。それでも美希子は答えを持たず、嫌な妄想で顔を青くした。未来が無い、それは存在しない事を案じている。
「……ま、所詮占いか」
原口がどうでもいいと笑い飛ばし、信じられていないのだと安心した。美希子にとっても占いは、行動を確定させるものではないと考えている。
言葉遊びに近い占い結果をネタに、何人かが会話を弾ませた。面識の無い者もいる、コミュニケーションの種になるなら占った甲斐もあるだろう。
周は占いを見つめ、どこか思い更けている。文章内に気になる部分が有ったのだろうか。気になるが意味を問われても考えを教えられても、正解かどうか美希子には答えられないのだ。ならば余計に首を突っ込む事もないだろう。
場が温まったと感じ、静かにテントを去ろうと―――
―――――――――死を。
「ひぃっ!?」
「社長!?」
耳元で囁かれた氷の声に、膝が崩れた。社員が心配そうに倒れそうな体を支えてくれる。
冷や汗も震えも止まらない。全身に汗を浮かばせて、声の主が物理的に近くはないと気付くのに遅れた。
魔力感知能力が高いと言われていたが自覚は薄く、特に意識はしてこなかった。しかし背筋を刺して止まない感覚に、遠くからの魔力を察知する感触を得る。呼吸を荒くする美希子は、まさに荒療治で魔力感知の経験を積んだ。
温度を感じない魔力、これが戦争を飾る第一矢。
「……衛生兵と後方へ下がれ」
「やるじゃねえか占いちゃん、俺らより感知早かったなあ。テメエらボケッとしてんな!敵が来たぞ、配置着け!」
座り込んだ美希子を不思議そうに見ていた周囲の間を抜け、二人はテントを出て行った。原口の指摘に一拍置き、やっと事態の速度に慌てふためく。
一度尖った魔力感知で、周と原口の向かう先を知る。
非戦闘員とはいえ、『勇者』として呼ばれた美希子の神経を舐め遊んだ気配。生命としての格の差を知らしめた魔力と、二人の差は圧倒的だった。それでも高台に陣取っている此方の陣地左斜め後方へ、二人は進んでいる。
戦闘の素人である美希子には、勝敗を推測する能力が無い。分かるのは一つ。
戦争が始まった。
閲覧有難う御座いました。




