第1回「美少女YouTuberといきなり同棲生活」オフショット⑵
平手を合わせた実物ののいのいが、小さく舌を出す。
「壮介君、ごめんね。プレゼント送るのが遅れちゃって」
「いや気にしないで。プレゼントありがとう……っておい!」
「えっ? 要らないの?」
「それは要る!!!!」
壮介はジッパーをギュッと胸に抱きしめる。
「じゃあ、なんで怒ってるの?」
「だって、個人情報の目的外使用じゃないか!!! 懸賞のときには『個人情報は賞品の発送のみに使用します』とか、そういう断り書きがあるだろ!!!」
「そんな断り書き、のいのいの場合はないよ」
「あれよ!! 普通にあれよ!!!」
「なんで? のいのいのマスクは欲しいけど、のいのい自身には来て欲しくないの? のいのい本体は要らないの? 変態なの?」
「いやいや違う!! そういう問題じゃない!! モラルの問題だ!!」
「そんなモラル、のいのいの場合はないよ」
「あれよ!!!!!」
「よしっ、できた」
のいのいが急に話を遮る。
「え? 何ができたの?」
「今日の配信。タイマー設定でアップしたよ」
これはたまげた。目の前でこんなに声を荒らげている人間がいるというのに、のいのいは淡々と作業を続け、なんと動画編集を終えたのである。
メダカと喋りながらでも動画編集をできる女はダテじゃない。
のいのいは両手を天井に伸ばして大きく伸びをする。
「今日も一日頑張ったし、もうお風呂はいって寝ようかな」
「ええええええええっ!!!???? お風呂!!!!!!?????」
「ねえ? いちいちそのリアクションウザいよ?」
そんなこと言われても、リアクションせざるを得ない。
事はお風呂である。
決してただ事ではない。のいのいが壮介の家のお風呂に入るということはつまり、のいのいが入った後のお風呂に壮介が入るということではないか。ということはつまり、のいのいのエキスが滲み出たお湯に壮介が……
「ねえ、壮介君、なんかエロいこと考えてない?まさか覗く気じゃないよね?」
「そんな覗くだなんて滅相も無いです!!」
「怪しい。突然敬語になったし」
のいのいが目を細める。
「いや、本当に違います! 僕はただ、のいのいの残り湯に浸かれればそれで良いです!」
「気持ち悪っ!!」
しまった。自己弁護のつもりが、余計なことを言ってしまった。
「言っとくけどお湯は捨てるからね。一滴たりとも湯船に残さないからね」
「ええっ!!?? もったいない!!」
「水道代が、という意味であることを祈るね」
のいのいはスーツケースからタオルなどを取り出すと,浴室へと向かった。
女の子と同棲したことなどないので、一般的な基準は分からないが、のいのいのお風呂は長かった。
そのことは壮介にとっては好都合だった。なぜなら、その間、配信開始の時間が訪れたからだ。
壮介は、配信されるとすぐに動画を再生した。できればのいのいがお風呂から上がるまでの間にすべて見終わりたかった。本人に見られていては、落ち着いて動画が見れないからだ。
壮介が事前に知っていたとおり、いつものオープニング映像が流れた後、場面はカラオケボックスに移った。
「のいのいのワクワクコブラパーク!! 今日の企画は〜」
例の不吉なドラムロールの音が鳴り響く。
「一曲も歌わずに、ドリンクバーだけで元を取る!! イエーイ!!」
…たしかにまあまあイエーイ!!ではないか。
珍しくまともな企画である。下手すると普通のまともなYouTuberさんも手を出してそうな企画だ。
意味不明でもないし、他人に迷惑をかけるものでもない。のいのいにしては上出来過ぎる。
動画開始後5分くらいまでは絶好調だった。
メロンソーダにコーラにレモンスカッシュが、順々にストローで吸い上げられていく。飲み物のセレクトこそ子どもっぽいが、官能的である。
水分の摂りすぎで、のいのいは頻繁にトイレに駆け込む。トイレの中のシーンこそカットされていたが、これはやはり官能的である。
そうか。動画編集を横から覗いていたときに見たドリンクバーコーナーとトイレとの間の往復はこういうことだったのか。なんて平和な往復なんだ。安心して見てられる。
壮介は神回を確信した。
しかし、動画の中盤あたりから、一気に雲行きが怪しくなってきた。
「もうこれ以上飲めない!!」
と宣言したのいのいは、このまま企画を終了させればいいところ、そうではなく「裏の手」を使い始めた。
なんと、ドリンクバーで汲んだ飲み物を、そのままトイレの洗面器に捨て始めたのである。
「よしっ、これなら確実に元が取れるぞ」
のいのいが高笑いをする。
いや、のいのい、違う!!!! それは元が取れてるんじゃない!!!! 単にカラオケ店に損害を与えてるだけだ!!!!!
ここからしばらく悪魔の往復が続いた。
途中から、
「コーンポタージュの方が単価高いんじゃね?」
という謎の気づきをのいのいがしてしまってからは、もう見ていられなかった。
壮介は、いつもの「ルックスに全神経を注ぐ」モードに突入した。DON'T THINK!!!! FEEL!!!!
「あ、早速配信見てくれてるの!?」
精神統一をしていたため、声を掛けられるまで、すぐ背後にリアルのいのいがいることに気が付かなかった。
振り返ると、そこにはピンクのネグリジェ姿ののいのいがいた。髪はまだ湿っており、体全体からポワポワと湯気が出ている。
そして、女の子の体臭と石鹸の匂いが混じった例の最高の匂いがする。
はあヤバイ。クソ配信よりも、断然生のいのいだ。
「この配信、超ウケるよね!!!!」
のいのいはディスプレイを指差しながら、もう一方の手で腹を抱えていた。
「そうだね。超面白いね」
全くそうは思わなかったが、のいのいの可愛さに押し負け、相槌を打ってしまった。
壮介から高評価を受けたと錯覚したのいのいは上機嫌で、口笛を吹きながら、スーツケースからヘアドライヤーを取り出した。
そうか。のいのいはこうやって甘やかされて生きてきた結果、こんな限界YouTuberになってしまったのか。
可愛いというのは色々な意味で罪である。
春日亭が好き過ぎて弟子入りして春日亭あいずに改名したい今日この頃です。