抗う者達・真
「人間を――馬鹿にしないで、くださいなッ!」
「邪魔するなら……死ねばいい……!」
アディンの鋭い突きが、ティリカの重い蹴りが鎧を砕く。空洞の騎士はばらばらとその場に崩れた。
「これで全部かしら?」
「た……多分……」
「……そんなに疲れるなら、導きの書を頼ればよかったでしょう。持ってらっしゃるんですから」
「慣れてないからやだ……。新しいこと、したくない……。私、それに頼らなくても……勝てる、から」
周囲をうろついていた神の兵士はあらかたがらくたと化している。目前に迫った脅威はもうなさそうだ。武装しておいて本当によかった。もし着の身着のままなら、もっと苦戦を強いられていただろう。ダンジョンに潜るために準備を整えていたのが吉と出たようだ。
「ちょっと休憩したら、行く……? もうみんな、ダンジョンの中にいるかも……」
「ええ、そうしましょう。皆さん、お疲れ様。けれど本番はここからですわ、気合入れていきますわよ!」
露払いのために離れた第一陣は、野太い発破に負けず大きな鬨の声を上げた。
*
「あぁぁぁぁ……わたしも外にいきたいぃぃぃぃぃ……」
第二ダンジョン探索部の部室で、そううめく女子生徒がいた。彼女の周りの生徒達もがくがくと激しく頷いている。ダンジョン探索における待機組、今回も部室での後方支援を任された彼らのテンションはありえないぐらい低かった。
「で、でも、ここで待機してるのも大事な仕事ですから。ほら、有事の時の連絡係やら配達係やらがいないと向こうも困るじゃないですか」
ある意味重苦しい空気を振り払うよう、シエルは乾いた笑みを浮かべる。最初に心からの欲求をぼやいた先輩、アルナは死んだ目でシエルを見た。
「わかってるわよそんなこと……。わたし達に任されているのはとっても大切な仕事よ。裏方がいるからこそみんなは全力で戦えるんだから。でもね――わたしだって! 至高の! 五人の! 勇姿を! 見たかったあああああああああ!」
「落ち着けアルナ、記録の法術具はすでにルイニアとディシアとフィフィとジンとジューロに託してある。撮影班のあいつらなら、どんな奇跡の一瞬も逃すことはないさ」
「いや多くないですか? そんなに必要なんですかね? というかあんたら緊張感ないなほんと。なんなんですか撮影班って。絶対認可されてない班ですよねそれ」
「肩を並べたいだなんて贅沢は言わないけど、この目で見たいの……。見られるなら地面でも空気でもなんでもいいからなりたい……」
アルナを慰めるノールドの姿に、思わずシエルの本音が漏れる。「撮影班は常時いるぞー。今回は特殊だから、本当は全員に記録してもらっても足りないぐらいなんだけどなー」「残念なことに法術具が足りなくてな。今度からはもっと増やすべきじゃないか?」なんて横からバレイとリグが言ってきたが、聞こえていないふりをした。
「解体班と鑑定班も“未知の物体を解体したい”、“鎧を査定したい”、なんて理由で飛び出したしな。医療班も怪我人の救護を理由に出ていったし。……ああ、僕達も理由が欲しい……」
「だから、理由があってもここを空にするわけにはいかないでしょう!?」
リグの呟きに、シエルの激しいつっこみがこだまする。シエルを入れて十四人いるはずの待機組は、二人の鑑定班と医療班、そして三人の解体班を抜いて本来の半分の人数である七人しか残っていなかった。連絡班のアルナとリグ、調達班のノールドとバレイとシエル、糧食班のオルリッドとエッリャ。シエル以外の全員が外に出たくてうずうずしている。
(あれ、そういえば別室に行ったオルリッド先輩とエッリャ先輩が中々戻ってこない……? “疲れた身体には温かくておいしい料理が一番効く”とか言ってたはずだ……けど……)
無理のない範囲での活動ではあると言うが、興が乗れば休日に一日中もぐったり、探索に熱中しすぎて寮の夕飯の時間に間に合わないこともあるため、あらかじめ探索部にはそういう班があるらしい。シエルの歓迎会に出された軽食も、ほとんどオルリッドとエッリャが用意したものだったという。
今回も、彼らは戦いに備えて夜食を作ると席を立っていた。確かに、気を張りつめていてばかりでは身が持たない。すべてが終わった後にほっと一息つける料理も必要だろう、特に疑問には思わなかった。その二人の帰りがやけに遅い。なんとなく嫌な予感がして、二人がいるはずの別室に向ってみた。
『いい感じに料理が完成したから、みんなに届けてくるよ!』
『じゃあねー! 全員に配り終わるまでは戻らないからー! もしかしたらみんな最下層にいるのかもしれないけど、そこまで届けてくるからー!』
「その執念、逆にすごいっすよ先輩方……」
残されていた書き置きを見て、シエルは小さくため息をつく。外に出るということは、自分から危険に向かっていくことと同じ意味だ。命を賭して戦っている仲間のもとに、何をおいても馳せ参じたい。そう言い換えるとなんだかすごい美談のようにも聞こえるが、何故だろう、そんな綺麗な表現で合っているのかわからなくなる。そもそも、外で戦っている仲間のほとんどが原動力にしているのもきっとあたまのおかしいものだろうから、これを単純ないい話にしたくないとシエルの中の何かが訴えていた。
「オルリッド先輩とエッリャ先輩も出ちゃってましたよ。軽食を届けにいったらしいっす」
「はぁ!? そんなの、転移の法術具で一発でしょ!?」
「……ノールド、もしかして俺らも、調達したものを直接配達すればいいんじゃないかー? なんかこう、そんなに急を要さないものをさー……」
「それだ。探してこよう」
二人の不在を知らせると、案の定アルナの絶叫が響いた。その後ろでノールドとバレイが悪い顔をしている。調達班の本来の役目は、連絡班を通して探索組が必要だと言った物を用意して転移させることだけなのだが、このぶんだとシエルまで巻き込まれそうだ。
(ま、別にいいか。どうせ死ぬときはみんな死ぬんだし、それならいっそこの馬鹿騒ぎに混ざるのも悪くない)
湿っぽいのを嫌う先輩がいた。彼女は、空気が無駄に重くなるのを嫌がっていた。けれどそれは、きっとフィフィだけではなかったのだろう。だからこの人達は何も変わらない。主が偉業を達成することだけを信じ、世界が救われるその瞬間に、愚直なまでに立ち会いたがる。シエルにそんな信仰心などないが、そこまで信じられる相手がいることは幸せだと思った。ここまでの狂信者になるつもりはないが、少しぐらい前向きに信じるのもいいと思った。
「あの謎の地図帳持ってきましょうよ。あれ、マッピング班しか持ってないんでしょ? ヴェルガ先輩がダンジョンのどこにいるかわかんないわけですし、地図として使えなくても目印にはなるんじゃないですかね」
「そうだなー。きっと激しい戦闘が繰り広げられてるから、貴重な地図が壊れたかもしれない。予備は大事だぞ、予備はー」
薬やらロープやら、必要そうだがかさばるものをバレイはどんどん鞄に詰めていく。シエルも石板型の地図帳を手に取った。ノールドは何に使うかわからない道具を自由に持ってきている。そんな三人に、アルナとリグが恨みがましい目を向けていた。
「裏切者ー!」
「ついにお前達も僕達を置いていくのか!」
連絡班である二人の役目は、前線にいる探索組の誘導と指示だ。待機班が状況を把握できたのも、数多の法術具を巧みに扱う二人が異常を発見したからだった。道具の調達も糧食の用意も、法術具があればアルナとリグだけでできないことはない。だからこそ二人は、口ではどれだけ言っていても決して立ち上がろうとはしなかった。
「ここはわたし達が守ってるから、わたし達の分まで堪能してきなさい! せいぜいその幸運を噛みしめるといいわ!」
「いいか、絶対全員で帰ってこいよ! 僕達がちゃんと役目を果たしてたと知ってもらわなければいけないからな!」
頼もしい(?)言葉で送り出され、シエル達も最前線に身を投じた。
*
「……これからわたし達は、神に叛く罪を犯すわ。今ならまだ遅くない。ここで踵を返せば、どんな恐ろしい目にも遭わずに朝を迎えられる。でも、それを望む人はここにはいないはずよ」
せめてもの休息をと、オルリッドとエッリャが用意してくれた簡単な茶会。一度は散った者達、後から合流した者達。この場には行軍を誓った全員が揃っている。傷ついた者の怪我は癒え、疲れた者の身体は安らぎを得た。空になったティーカップを片付け、リディーラは静かに口を開く。
「わたしは、自分達が勝つことを疑ってはいないわ。魔王の封印は解かれない。だから、この夜はなにごともなく終わるの。……だって、貴方達が一緒に来てくれるんでしょう? この先にはヴェルガがいて、今からそこにわたし達が行く。これだけで、勝利の根拠としては十分だと思うわ」
優雅に、可憐に、凛として。美しく微笑むそのたたずまいに、集った者達は息を飲む。アルフェンアイゼ派、ディンヴァード派の二人の少女。誰もが見惚れる輝きが、高貴さがそこにはあった。
「さあ、時間よ。明日がどちらにあるかわからないからなんだというの? 見失ったのなら新しく作ればいいだけじゃない。征きましょう。神に、運命に抗いましょう。誰もが求める幸せな結末を、この手で創り出すために」
いついかなる時も王子に寄り添う姫君の命に、ひれ伏さぬ者は一人もいない。




