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コミュ障王子は転生者とかかわらない学園生活をご所望です  作者: ほねのあるくらげ


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うごめく黒

「……ベック先輩とディーズは逃げ遅れてしまったらしい。無事なのは私達だけのようだ」

「そう、ですか……」


 沈痛な面持ちのオルリッドの報告を聞き、ロランはそっと目を伏せた。降り注ぐ雨は手足を冷えきらせ、心の熱すらも失わせていくようにも思える。

 突如として深夜の寮を襲った黒い何かは、恐るべき勢いでライドワイズ男子寮を制圧した。ヴェルガを除いて六人いるアルフェンアイゼ派からも二人犠牲者が出ている。きっと無傷で済んだ派閥はないだろう。

 ライドワイズ男子寮の寮監、エストラはとうに黒に飲まれていた。生徒達を誘導できるのは各派閥の中心人物しかおらず、単独で逃げてしまったか派閥ごとに散り散りになったかしているためその他の生徒の行方はわからない。不在のヴェルガに代わり、アルフェンアイゼ派はロランが先導する形で避難を促していた。ひとまず寮外に出ることを選んだが、外もまた黒に侵蝕されているようで行ける場所はごく限られてしまっている。寮内に閉じこもっても外部の助けがなければどうにもならないとはいえ、早まったかもしれない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()の安否も気がかりだ。無断外泊を怒るはずのエストラはすでにいない。怒られるべきヴェルガまでいなくなれば、一体どうすればいいのだろう。


「……申し訳ありません。やはり私は、上に立つ者の器ではないようです」


 わずかな沈黙の末、ロランは顔を上げる。未曽有の事態とはいえたった五人でさえ守り切れない己のふがいなさを恥じ、役に立たない自分を悔やんだ。有事の際に傘下の者を守ることこそ、派閥を預かる立場の者の責任なのに。


「私は貴方達を正しく導くことができない。私に従っていては、貴方達を死地に向かわせてしまうかもしれません。団体で動いていれば、一人の失敗が全員の死に繋がります。ゆえに、主の代理として命じましょう。どうか、各自単独で逃げてください。一人でも多くが生き残れるよう、各々が安全だと思う場所まで。……あるいは、貴方達にとっての悔いのない場所へ」 

「……私達はアルフェンアイゼ派だ。けれど主たるヴェルガがいない今、従う相手は君しかいない。その君がそう言うのなら、その通りにしよう」


 ふう、とため息をつき、オルリッドは悲しげに笑った。けれどすぐに強い決意を秘めた目でロランを見る。


「フィランピュア女子寮にいるシェルファが気がかりだ。私はあの子を助けに行こうと思う。その後で、君のところに合流するよ。私が最も安全だと思うのは、君の傍だからね。待ち合わせは正門の前でいいかな?」

「オルリッド……。いいでしょう、では単独行動は三十分とします。それまでに私が戻らなければ、もっと遠くに逃げてください」


 他の二人も同様だった。他寮にいる恋人や友人、彼らの安否を確かめる。その後必ず会おう。そう言って、三人はそれぞれの行くべき場所に走っていった。


(私はおそらく、ある一つの選択を誤った。私は知識を得るのを怠ってしまった。けれど、まだ遅くはない)


 彼らの背中を見送り、ロランは駆け出す。向かう先は先ほど逃げてきたばかりのライドワイズ男子寮だ。黒に覆われた建物を前に、黒で埋め尽くされた地面を覚悟とともに駆け抜ける。瘴気にも似た霧を振り払い、噴き出る間欠泉をすんでのところでかわし、まっすぐに自室に向かった。 


(こんな事態は、人の力では決して起こせないものだ。まさに天災と呼ぶのがふさわしく、ならそれを引き起こせるのは……!)


 地下から痛みを与える黒い水が湧きあがるとか、人を殺す霧が立ち込めるとか。そんな自然現象があってたまるか。少なくとも過去にこんな災害が起きたという前例をロランは知らない。つまりこれは人智を超えた災害、神の手によるものだ。

 こんな力を持つ神の名など心当たりはなかった。けれど、これが神の力だと言うなら対抗できるものがある。本棚に収まっていた光の導きの書(カノン)を抜き取った。以前一度だけ読んだことのあるそれを、今さらじっくり読み返している時間などはない。けれどこの一節だけは覚えている――――導きの書(カノン)を持つ者は、願うだけで不完全とはいえ神の権能を行使できる。


「我が神よ、どうかこの地に秩序を取り戻してください――!」


 祈る声に呼応して、導きの書(カノン)が淡い光を放った。光と秩序を司る神の力は、背後から襲い掛かってきた黒の動きを硬直させる。気配に気づいて振り返ったロランは、己に迫った死が覆された事実を目にした。黒をがんじがらめにするように、細い金の鎖のようなものが伸びている。

 

(この願いが、何かに対する楔になりますよう)


 導きの書(カノン)をしかと腕に抱き、ロランは部屋を後にする。霧を多く吸い込んだ身に残された時間はそう長くない。けれどそれまでの間に、事態を打破するための突破口を作れると信じて。


* * *


 崩壊は一瞬だった。ブレイラブル男子寮の屋上で雨に打たれるアディンは小さく息を吐く。夜の闇よりなお深い黒を有した柱が、無理に目を凝らさずとも視界の端に映っていた。法術や法術具によって遠くを見渡すことができる者の話によると、あれはダンジョンのあたりから噴出しているようだ。徐々に天へと伸びるようにその高さを増しているそれが、騒ぎの元凶であることは明白だった。

 はじめに悲鳴が聞こえたのは、午前三時ごろだっただろうか。悲鳴の主はアディンの隣の部屋の男子生徒だった。剣を手にして様子をうかがうと、ベッドを突き抜けるような形で黒い間欠泉のようなものが噴出していた。部屋の主はその間欠泉の中にいた。悲鳴はすぐに聞こえなくなった。

 悲鳴を聞きつけた人々がばたばたと集まってきて、間欠泉のしぶき以外にも床下からしみ出して水たまりのようになった黒いその何かが徐々に広がっていって、そこから正体不明の黒い霧が立ち上がる。それを多量に吸いこんだ者は苦しげに呻き、やがて動かなくなった。他の場所でも同じことが起きた。寮内は騒然とし、たちまち寮全体が叩き起こされた。

 幸い、武勇の神ブレイラブルの名を冠する寮に選ばれただけあってブレイラブル生には体力に自信のある生徒が多い。そのおかげで迫る謎の黒い液体から走って逃げることもできたし、避難を促す大声がよく通った。運悪く間欠泉に巻き込まれた者や慢心の果てに黒に飲み込まれた者も出たが、大抵は逃げきれたことだろう。避難先として寮監が指定したのは、普段は解放されていない屋上だった。黒いなにかは床下……否、地下から侵蝕している。守護の法術すらもすり抜けたそれが建物全体を蝕むのは時間の問題で、それでも高い場所のほうが多少安全ではあった。

 けれど逃げ切れたのは、軍神の祝福によって運動神経に優れた者ばかりのブレイラブル生だったからだ。勇ましき神とともにあるブレイラブル寮の生徒でも逃げ遅れた者が出た。なら知恵を司る神の加護を受けるライドワイズ寮の生徒は、慈悲深き神に見守られたフィランピュア寮の生徒は、平和を尊ぶ神に愛されるローリネスト寮の生徒は。遠くから聞こえてくる悲鳴、明かりのつかない部屋とついたままの部屋。それがどの寮でも同じ状況に見舞われていることを示していた。

 寮監が率いる最上級生の有志達は、他寮生を助けるために外に出た。そんな彼らは一向に帰ってこない。寮外の周囲の地面も、黒に侵されているらしかった。外もまた、決して安全な地ではないのだ。


「アディンさん、これから僕らはどうなるんでしょう……」


 不安げに問うバルドはアルフェンアイゼ派の少年だ。アディンの周りには、自分の派閥の者達に囲まれている他の派閥の中心人物達と同じように、ブレイラブル男子寮で暮らすアルフェンアイゼ派の少年が全員いる。全員といってもその数はたった三人だが、見知った者がみな無事だというだけでも気の持ちようは違った。他寮のアルフェンアイゼ派も無事なら言うことはないのだが。


「わたくし、正直者ですの。確約できないことは言いませんわ。適当な慰めも、その場限りの優しい嘘も、欲しいのならば他を当たってくださいな」

「アディンさん!」

「ですから、わたくしが言えるのはこれだけです――わたくしが生きている限り、貴方達は死なせませんわ。勝手にその辺で野垂れ死なないでくださいましね?」


 いつもの調子で言ってのければ、バルドは安心したように表情をやわらげた。さあ、一度言ったことを嘘にはできない。バルド、ミケー、リグ。彼らはアディンがいる限り、生きることを諦めないだろう。そしてアディンも生き延びる理由ができた。せめてアルフェンアイゼ派の生徒だけでも――――友人だけでも守らなければ。


「あ……お、おい、アディン! あそこにディンヴァードがいるぞ!」 


 不意に、遠視の法術具を手にして寮の外の様子を見ていたミケーが叫んだ。理由はよくわからないが常にそれを肌身離さず持っている彼は、屋上に逃げ延びてからは斥候のような役割を果たしていた。


「ディンヴァードが?」


 そういえば、今の今まで彼の姿を見ていなかった。屋上にはいなかったようだから、てっきりどこかで死んでしまったのかと思ったが。有志隊にもいなかったはずだが、誘導に逆らって外に逃げ出していたのだろうか。


「どの辺りですの?」

「ダンジョンの近くだ。ダンジョンを背にして歩いてる。なんであんなところにいるんだ……? あれじゃあまるでダンジョンのほうから来たみたいじゃないか」

「ダンジョンの様子を見に行ったのかしら。あんなものがあるんですもの、気になるのも無理はないですわ。話に聞く限りでも、ダンジョンに近寄れるとは思えませんけれど……」


 地下から湧きあがる間欠泉よりも大きく太いダンジョンのそれは、しぶきが断続的に飛び散っている。その近辺には大きな水たまりが広がっていることだろう。うかつに近寄れば、あの黒い液体に飲み込まれてしまうだろう。


「……やっぱり、あいつはダンジョンに行ったみたいだ。全身がずぶぬれで黒くなってる。よくあれで生きてられるな……」


 あれを浴びた者の末路はミケーも知っていた。どのあたりまで行けたのかは知らないがよく平気な顔でそこまで戻ってこれると、彼は不気味そうに呟いた。


「た、大変だー! 街のほうでも間欠泉が上がっ――」


 叫ぶ声は別の派閥の者だ。そんな報せを受けたところで、屋上で籠城を続けるアディン達にはどうすることもできない。むしろそれは、外部からの助けがこないということを意味している。


「うあああああああ!」


 無意味な報告、立て続けに響いた悲鳴に屋上にいた少年達の視線が一斉に集まった。先ほどの知らせを叫んだ彼のものだ。彼の足元には黒いしみが広がっていた。

 屋上で初めての犠牲が出た。それを皮切りに、あちこちで黒の侵蝕が始まる。逃げ場のない屋上はたちまち地獄と化した。召喚の法術を使って風の精霊を喚び出せば、屋上から飛び降りることもできただろう。けれどすでに外の大地は黒く波打っているはずだ。いちかばちか、それを試みた者達もいるようだったが、彼らがどうなったかはもうわからない。

 黒い霧があちこちに立ち込めている。吸った瞬間昏倒して意識を失うようなことはなかったが、それでも身体が重くなる。幸いアルフェンアイゼ派の少年達はまだ持ちこたえられているようだったが、別の場所ではこの霧が原因で倒れているらしい少年の姿も散見された。もっとも、もうアディンに他の生徒の様子をうかがう余裕はなかったが。


(これ……まさか、意思がある(・・・・・)!?)


 アディン達のもとに迫る黒は、まるで波のようで。寮内で遭遇したときは、そんな風には感じなかった。けれど今、アディンの勘が訴える。この黒は、明確な意思をもって自分達を飲みこもう(ころそう)としていると。

 いや、それは果たして意思と呼べるものなのか。ただ機械的に、動く者に狙いを定めているだけなのではないか。正確なところはわからない。だが、きっとこれは学習(・・)している。どうすれば獲物を逃がさないか、それを学んでいる。たとえ自我があろうがなかろうが、これには知能が備わっているのだ。


「つまり生き物――殺せますわっ!」


 ただの水たまり。それがわざわざ波のごとく持ち上がり、迫ってくるのだ。アディン達を知覚し、狙っているとしか思えない。すかさず友の前に出てアディンは叫ぶ。手にした剣が黒を切り裂いた。けれどアディンは思い出す――――この黒は、液体だ。

 降り注ぐ黒い雨。かわせば友にかかってしまうかもしれない。その一瞬のためらいがアディンを殺す。空から降る本物の雨と混じりあったそれは、空中でさらに向きを変え、融合して大きくなり、四人に覆いかぶさった。

 生を諦めたくなるほどの激痛。直後発生した黒い霧をじかで吸う。いっそ殺せと、早く死なせてくれと、懇願する誰かの声が屋上に響く。逃げる場所なんてどこにもなかった。

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