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コミュ障王子は転生者とかかわらない学園生活をご所望です  作者: ほねのあるくらげ


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王の子供達 1

 王の後に続いて会議の間に向かう。有力貴族や大臣達で話し合いを行う際に使う部屋よりも小さな部屋だった。会議の間の中では一番狭いところだろう。こじんまりとした円卓では、内気そうな幼い少女がちょこんと席についていた。第三王女のリゼシアだ。

 触れたら折れてしまいそうなほどに細い身体と青白い肌の彼女は、筋骨隆々でよく日に焼けた第二王子(ルーウィル)の同母妹だとはとても思えなかった。彼女は生まれつき病弱で、第三王妃の子らが住まう離宮であるローゼ宮に籠もりきりだという。ヴェルガとの接点などないに等しかった。ヴェルガも困惑しているが、リゼシアのほうもさぞ戸惑っていることだろう。


「あ……お父様、お兄様……。え、えっと、出会いの神(エンティカ)に感謝を……」

「待たせたな、リゼシア。……ローザリアはまだ来ていないか」


 恥ずかしげに俯くリゼシアの頭を撫で、エルドムントは上座に座る。ヴェルガもとりあえず無難な位置に座っておいた。椅子の数は四つだ。残る一つの椅子は第一王女ローザリアのものだろう。それぞれ母親の異なる子供を招いて、エルドムントは一体何を話す気か。リゼシアも聞かされていないらしく、落ち着かなさげにきょろきょろと周囲を見渡していた。


「遅れてしまって申し訳ございません。出会いの神(エンティカ)の紡いでくださった縁が絡まっていて、ほどくのに時間がかかってしまいましたわ」


 ほどなくして、最後の一人であろうローザリアがそううそぶきながらやってきた。すまし顔で席に着くローザリアは、髪や目の色こそ違えど確かに第二王女(エレナ)の同母姉だとわかるほど彼女に似ている。いや、エレナがローザリアに似ているというべきだろうか。


「これで全員揃ったか。……今日、お前達を招いたのは他でもない。余の後継には誰がふさわしいか、お前達の意見が聞きたいのだ。きょうだいたるお前達だからこそわかることもあるだろう?」

「私達の、ですか」


 呟きながら異母姉(あね)異母妹(いもうと)の様子を見る。ローザリアは不服そうに、リゼシアは不安そうにしていた。

 ヴェルガに継承権は初めからない。リゼシアはきょうだいの中では最も幼い上に病弱だ。リゼシアに継承権がないとは言わないが、王座への距離はヴェルガに次いで遠いだろう。集められた三人のうち、二人は継承争いとは程遠いところにいる。次の王は誰がいいか、そう聞かれて自分の名を言うような真似はしない。

 では、最後の一人はどうなるか。彼女もまた、エルドムントの中では王候補に数えられていないのだ――――本人は、それを不満に思っているようだが。


「わたくしはセスティス兄様を推しております。兄様はとても優秀で、非の打ちどころのない人格者ですわ。兄様なら、きっとお父様の後を継ぐにふさわしい善き王になるでしょう」


 ローザリアは白々しく笑った。この場にいる三人はそれぞれ母親が違い、かつ王候補には同腹の兄弟がいる。ローザリアが同母兄たる第一王子(セスティス)の名を挙げるのは当然だろう。同母弟である第五王子(キース)は、まだ十二歳と幼いためか彼女の眼中にはなかったようだが。


「……私は、陛下のご意思に従うまで。そのうえで、私自身の言葉を陛下がご所望ならば……エドリック兄上が、次なる王であればよい……と、愚考する次第。……兄上は、真に国と民のことを考えておられますから」


 ヴェルガが推薦するのは実兄の第三王子(エドリック)しかいない。ローザリアが鼻で笑うのを視界の端でとらえたが、いちいち気にしていては身がもたなかった。


「わ、わたしは……」


 さて、リゼシアは一体誰の名を挙げるのか。幼い少女には酷な問いだが、順当に考えるなら実兄の第二王子(ルーウィル)を選ぶはずだ。

 結局、子を集めて意見を求めたところで堂々巡りになるだけだった。たとえ本人が継承争いに関与していなくても、同腹のきょうだいにかかわることならばきょうだいの不利になるよう動くわけがない。


「……キースお兄様に、次の王様になってほしいです」

「なんですって!?」

「……!」


 ヴェルガはそう考えていたし、きっとローザリアも同じだったのだろう。だから彼女はリゼシアの発言が信じられず、驚愕をあらわにしているのだ。ヴェルガも目を見張っている。ただ一人、エルドムントだけが楽しげだった。


「キースお兄様は、すごくやさしいですから。いつもたくさん遊んでもらってるんです。……あ、でも、王様になったら、いそがしくて遊んでくれなくなっちゃうのかな……」

「ほう。リゼシア、お前は己の兄を王にするよう言わんのか」

「え……? お父様、キースお兄様もわたしのお兄様ですよ?」


 エルドムントの言葉の意味を、リゼシアは本当にわかっていないのだろう。その無邪気さは幼さゆえか、あるいは生来のものか。いずれにせよ、問いに問いで返したリゼシアの答えはエルドムントを満足させたようだった。


「そう、その通り。たとえ母親は違えども、お前達はきょうだいだ。……誰が王太子になろうとも、お前達には関係がない。等しくきょうだいを支えよ。そのことはゆめゆめ忘れるな」


 心得ております、王の子らは異口同音に返事をする。

 優れた王を得るため、子供達が争い合うようにしているくせにどの口が言うのか。父王のそれがくだらない理想論であることなど、ヴェルガはもちろん知っているし、ローザリアもわかっているようだったが。


「お前達の言葉はいい刺激になった。……立太子問題をこれ以上先延ばしにするわけにはいかん。()く決めねばな」

「本当に。お父様、みながその日を待ちわびておりますわ。先見の神(ツィハト)助言の女神(サヴェーレ)の加護厚きお父様の勅命さえあれば、みなの心は安心するでしょう。……けれど、事を急くあまり指嗾の女神(ティチエーデ)に惑わされて警告の女神(ギャルタ)の諫言をおろそかにすることはなさならないでくださいまし」

「なに、案ずるな。神々は常に我らと共にある。契機の神(シャンセ)さえ笑ってくれるなら、すぐに善き報せを携えた訪れの女神(ファーデ)を迎えることができるだろう」


 異母姉(あね)と父が訳知り顔で話すのを横目に紅茶を啜る。二人が何を言っているのかよくわからないのか、異母妹(いもうと)は目を白黒させていた。


「我が神エイソルは、我が名に大いなる祝福を与えてくださった。ゆえに余は決して間違えない。神々の加護がある限り、余はありとあらゆる選択において正しい道を選ぶ。余がそうするのではない、神々が進むべき先を指し示してくださるのだ。……余の言葉は神の言葉、それがいかなるものであろうと受け入れぬことは許さん」

「ええ、もちろんでございます」


 ローザリアは笑みを深めた。……作り物めいた、感情の宿らない笑顔。上っ面だけの空虚なそれを見せられても、エルドムントは気に留める様子もなかった。


「ヴェルガ、お前を王族として育てることを許したのは太陽と運命の女神(エイソル)の啓示ゆえだ。リゼシア、お前が今日まで生きていられたのは医学の神(ラーディキ)の叡智ゆえだ。ローザリア、お前が大国の王子妃になるのは結婚の神(マリラ)の祝福ゆえだ。お前達はそれぞれ神によって生かされている。それを胸に刻み、常に神への感謝を忘れることのないようにな」

「お姉様、ごけっこんなさるのですか? おめでとうございます!」

「それは……とても喜ばしい報せですね。結婚の神(マリラ)の名において許されるなら……恋の女神(リアマーベ)家庭の神(ミーユ)の祝福も、永遠のものとなるでしょう」 


 リゼシアは純粋に、ヴェルガは事務的に祝いの言葉を述べる。

 驚きはするが、予想できていたことだった。ローザリアは王の第二子だ。弟達には一歩譲るが、彼女が王座から遠いなんてことはない。それなのにこの場に招かれるということは、嫁ぎ先が決まったと言っているようなものだった。おそらくは、ローザリアにとって受け入れがたい縁談なのだろうが。


「ええ、ありがとう。わたくしは再来月、カレリアへと嫁ぐのです。アルフェニアの第一王女として、貴方達の姉として、恥のないようつとめを果たしてみせましょう」


 カレリア王国は、彼女の母親である第一王妃の祖国だった。第一王妃はカレリアの元王女だ、夫となるのはローザリアにとっての従兄弟の誰かということになる。

 名はなんといったか、あちらの第一王子だと考えるのが妥当だろうか。別に悪い話だとは思わなかったが、その辺りは個人の事情が絡んでくるため口を出す気はなかった。


「ローザリアの結婚は、今夜他の子供らに告げるつもりだ。民に公表するのはまだしばらく先のことになるだろうがな。……さあ、今日はこの宮殿に滞在するがいい。出会いの神(エンティカ)の気まぐれで再会が阻まれていた者もいるだろう、たまには家族で晩餐をともにしようではないか」


 エルドムントの真意は読めない。リゼシアは目を輝かせているし、ローザリアは涼しげに頷いている。拒むことはできないため、ヴェルガも曖昧に笑った。


「雨がふりはじめましたね……」


 話は終わりらしく、客室に戻るよう命じられる。部屋を出て早々、回廊の窓を見上げたリゼシアが物憂げに呟いた。怯えるリゼシアに上衣の裾を掴まれて引っ張られたため、ヴェルガもつられて外を見る。確かに暗雲が立ち込め、小さな雨粒が窓を叩いていた。まだ小雨だが、いずれ本降りになりそうだ。


「雨は嫌いか?」

「はい。わたしは、たとえ晴れていてもお外で遊べませんけど……でも、雨の日は頭がいたくなります。それに、雷が落ちることもありますし……。雷はこわいのです。お兄様は、こわくはないのですか?」

「……そうだな。荒れ狂う雷と勝利の神(サウィンダー)の怒りを好む者は、そういない」


 小さな子供相手に何を話せばいいのかわからない。ローザリアもエルドムントもさっさとどこかに行ってしまっていて、頼れる者はいなかった。一人でこの窮地を切り抜けなければいけないのだ。


(そういえばリディーラも、雷が嫌いだったな)


 さすがに今では多少雷嫌いも緩和された……というより、大げさに怖がることはしなくなったようだが、幼いころは大変だった。昔を思い出して苦笑が浮かぶ。リディーラを怖がらせまいと、雷が早く収まるよう天に祈りを捧げたこともあったっけ。


「だがなリゼシア、お前に裁きの雷は下らない。悪いことをしていないからな。だから……その、安心しろ」

「でも、どこかで誰かが裁かれているのですよね。それがわたしではなくても……神のいかりを買う人がいるのは悲しくて、ばつを受けねばゆるされないことがおそろしいのです」


 ばあやはあやまればゆるしてくれます、とリゼシアは続ける。心優しく純真無垢な少女にかける言葉は見つからなかった。

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