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コミュ障王子は転生者とかかわらない学園生活をご所望です  作者: ほねのあるくらげ


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導きの書の取得 2

 月と美の女神シェーン、その紋章である白猫のレリーフで飾られた扉を開ける。がらんとした神の間には祭壇だけが据えられていた。

 ヴェルガとリディーラの目が合う。リディーラは小さく頷き、ゆっくりと祭壇に近づいて行く。あらかじめ用意しておいた購買のクッキーを取り出し、祭壇に置いた。供物がただのお菓子なのは仕方ない。闇の導きの書(カノン)もチョコレートで出現したので、きっと問題はないだろう。“捧げる物”ではなく“物を捧げる”という行為が重要とされているのかもしれない。


「この世の愛を司りし我が神よ。善たる十一の神に名を連ねし麗しの王よ」


 跪いたリディーラは目を閉じ、歌うように月と美の女神の祝詞を口ずさむ。優しい声はヴェルガの心にすとんと溶けた。


「その御名を永遠に讃えよう。その御名を世界の果てまで知らしめよう。貴柱の気品に、貴柱の美貌に、屈さぬ者は何もない。我ら月に抱かれる幼子は、その優美さを語り継ぐ。ここに祈りを捧げよう。最も清廉であろうとした、端麗なる我が神に」


 ヴェルガが固唾を飲んで見守っていると、ほどなくしてクッキーの包みが掻き消えて虚空から一冊の本が現れた。女神シェーンを象徴する金剛石と銀細工で飾られた、煌びやかな白い本。間違いない、月の導きの書(カノン)だ。

 本が落ちた音に気づき、リディーラは目を開ける。立ち上がった彼女はこわごわヴェルガを振り返った。


「……本物?」

「だと思うぞ。……ああ、手に取る時は気をつけてくれ」


 導きの書(カノン)を手に取った時に走った痛みについてはすでにリディーラ達四人に伝えている。改めて注意すると、リディーラは神妙に頷いて月の導きの書(カノン)に手を伸ばした。


「ッ!」


 それでもやはり耐え切れなかったのだろう、リディーラの華奢な身体がよろめく。幸いヴェルガがすぐ後ろにいたので、なんなく受け止めることができた。亜麻色の長い後ろ髪からふわりと香る甘い香りに一瞬気を取られつつもリディーラを支える。小さな声で礼を言い、リディーラははにかみながらヴェルガを見上げた。


「もしかしてあの時ヴェルガが言っていた“何か”って、今の声のこと?」

「聞こえたのか?」

「ええ。“余の叡智を欲するか。美の神のしもべを名乗る者よ、美の神の愛し子よ、美の神の力を受け継ぎし者よ、貴様にはその資格がある。しかしその覚悟はあるか?”……これ、どういう意味かしら」

「俺の時は“混沌の神”だった。導きの書(カノン)に対応する主神によって違うんだろうな。導きの書(カノン)を手にする時の定型文のようにも感じるが、何か意味があるかもしれない。今度リートに訊いてみるか」


 月の導きの書(カノン)を無事手に入れ、リディーラとヴェルガは神の間を後にする。ちょうどその時、ロラン達三人と会った。地下一階にある光の導きの書(カノン)は手に入れたらしい。

 次の目的は地下六階の風の導きの書(カノン)だろう。せっかくなので全員で行くことにした。風の導きの書(カノン)は図書室に写本があったが、司書のメイフェルの話では寄贈されたのは六十年以上前のことらしい。メイフェルも記録でしか知らない頃の話だそうだ。入手できる可能性は十分にある。


「…………」


 跪いたティリカの祈りの声はとても小さい。それでも神には届いたらしく、祭壇の上に茶色い表紙の本が現れる。風と自由の神ルカントの象徴石である紅縞瑪瑙で飾られたそれは紛れもなく風の導きの書(カノン)だ。、


「これで四冊目ですね。あとは炎の導きの書(カノン)ですか」

「ええ、わたくしに任せてくださいまし」


 アディンはふふんと自信満々に笑う。ここまでとんとん拍子に集められているので余裕なのだろう。ヴェルガ達も特に気負うことなく炎の神の間がある地下八階に向かった。

 だが、そこで予期せぬ事態が起こる。いくら祈りを捧げても、供物を置いても、一向に炎の導きの書(カノン)が現れなかったのだ。


「あら? あらあらあら?」


 祭壇を軽く叩いてみたりあちこち触ってみたりしながら、困り顔のアディンは祭壇の周囲をうろうろ歩く。ヴェルガ達も顔を見合わせた。


「図書室に炎の導きの書(カノン)の写本はなかったはずだが……」

「わたし達が来るより先に、ディンヴァード様達が持っていっちゃったのかしら?」

「ん……えっと、確か、探偵部は、昼に部活の申請書類、持ってきたみたいで……五限に、生徒会の子から、部員を教えてもらったけど、炎の全神加護持ちの人はいなかった……と、思う」

「……アディン、念のために確認しますが、貴方は炎の全神加護持ちなんですよね?」

「当たり前ですわ!」


 アディンは不機嫌そうに頬を膨らませる。ロランは苦笑しながら謝罪した。そんな二人を見ながらヴェルガは肩をすくめる。


「アディン、気にするな。お前のせいじゃない。図書室に写本を寄贈せずに導きの書(カノン)を持っていった者がいたんだろう。四冊手に入っただけでもよかったほうだ」

「うぅ……。わたくしも導きの書(カノン)が欲しかったですわぁ……。わたくしだけ持っていないなんて……」


 がっくりと肩を落とすアディンをめいめい慰めながら、他の部員がいる階層に戻る。目的を果たした五人は彼らに混じって部活の終了予定時間まで素材収拾を続けた。


*


 午後十一時。探索の疲れも相まって少し眠い時間帯だ。食事も入浴も済ませているため、あとはもう消灯の目安である零時になるまで自由な時間を過ごせる。明日は休日ということもあり、やらなければならない課題などもない。ロランはゆっくりと寝る前の読書をしていた。


(ヴェルガの言っていた通り、本当にただの神話集ですね……)


 読んでいるのは今日手に入れたばかりの光の導きの書(カノン)だ。光と秩序の神ルドルリヒトにまつわる様々な伝承が収められている。ルドルリヒトは十二の主神の中では手堅い知名度を誇る神だ。眷属に学問にまつわるものが多いということもあり、知識人からの信仰が特に篤い。

 当然のことながらその逸話も有名で、光の導きの書(カノン)に収録されている程度の物語ならそれこそ寂れた本屋でも手に入るぐらいだ。物語として見るなら、光の導きの書(カノン)の価値はそれほどないと言っていい。表紙を飾る銀細工や血玉髄を見れば、芸術的な価値や美術的な価値は計り知れないだろうが。

 読んでいればリートのようなものが出てくるかと思えばそういうわけでもなく、祭壇から取る時に聞こえたあの声が再び聞こえることもなく。本当にこれが神の領域に至ることのできる本なのか、疑わしく思う気持ちは拭えなかった。


(ヴェルガが嘘をつくとは思えませんし、私はリートから直接話を聞きました。信じていいはずですが……はて、果たしてリートの話はどこまで信じていいのやら)


 ヴェルガに騙される可能性などロランは最初から考慮していない。ロランが警戒しているのは、ヴェルガを含めて自分達が騙されている可能性だ。導きの書(カノン)を持っていることで何か悪いことが起きるなら、きっと悔やんでも悔やみきれない。


(……そんなことになったら、ヴェルガはきっと自分を責めるんでしょうね。けれどもし導きの書(カノン)がないせいで悪いことが起きるなら、その時もまたヴェルガは……いいえ、私達は必ず後悔するでしょう)


 ままならない、とロランはため息をついた。苦悩する親友は見たくないし、道を違えた未来の自分の姿など考えたくもない。もしものときに後悔しないために、常に最善を尽くす。それがロランの生き方だ。そうはいっても、こう得体の知れないものが相手では、何が最善なのかわからなかった。そんな中で出した答えが友人を信じることなのだが、選択自体には胸を張れるとはいえ正誤の判別をつける自信はない。

 

「……痛ッ!」


 そんな風に、気もそぞろになってページをめくっていたのが仇になったのだろうか。ページの端で指を切ってしまった。ちょうど紙が爪と肉の間に挟まり、爪先がじわりと赤く染まる。あまりの痛みに思わず指を押さえると、ほんのわずかに血がページの上に滴り落ちた――――その瞬間。


「う、うわぁっ!?」


 開けられたままのページから放たれたまばゆい光が視界を覆う。あまりの眩しさに両腕で顔を覆った。光の導きの書(カノン)は宙に浮び、ばらばらとひとりでにページがめくれていく。そこから文字列が浮かび上がり、虹色に輝いてぐるぐるとらせんを描くように上に向かって廻りだした。


「秩序の神のしもべを名乗る者よ、秩序の神の愛し子よ、秩序の神の力を受け継ぎし者よ。選定の儀への道は開かれた。神の領域を目指すならば、それにふさわしき覚悟を示せ」


 頭に直接響くようなこの声は、祭壇の前で聞いたあの謎の声そのものだ。ロランが何か言う前に眩しさが収まり、導きの書(カノン)は机上に落ちた。文字列も導きの書(カノン)の中に戻っている。


「一体何が……」


 まだ目がちかちかする。モノクルを外して目元を押さえながら、ロランは導きの書(カノン)を覗き込んだ。そしてすぐに息を飲む。記述が変わっていたのだ。

 まだ読んでいないページではあったが、神話とはまったく違うことが記されている。試しにすでに読み終えた部分まで戻るが、やはり内容が異なっていた。どうやら一から内容が変わってまったく別の本のようになってしまったらしい。ロランは目を丸くしながら最初のページに戻り、黙々と導きの書(カノン)を読み進めていった。


「……」


 すべて読み終えた時、時計は午前三時を指していた。寮監から推奨されている消灯の時間はとうに過ぎている。椅子の背もたれに身を預け、ロランは深くため息をついた。


「……どうしましょうか、これ」


 何が正しくて、何が悪なのか。ロランにはわからない。ああ、けれど心が揺れる。それと同時に本能が警鐘を鳴らす。導きの書(カノン)の力、導きの書(カノン)の危険性。どちらを重く見ればいい?

 あえて親友の前に立ち塞がるか、何も知らないふりをして親友に従うのか、それとも自分は自分と割り切って一人ですべてを進めるか。どうすればいいのだろう。どちらの選択が、自分に胸を張れるものになるだろう。ロランがどんな選択をしたら、ヴェルガはどんな風に動くのだろう。


「できるなら、ヴェルガとは戦いたくないですね……」


 ロランはもう一度ため息をつく。自分がこれからどうするべきか、ゆっくりと考えながら。

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