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校門の攻防

 翌朝、リートは呼び出しに応じたものの昨日の発言の意味を答えようとはしなかった。覚えがないの一点張りではぐらかされ、らちが明かないとヴェルガも追及を諦めるほかなかったのだ。

 ロランとともにライドワイズ寮を出たヴェルガは、アディンと合流したのちにリディーラとティリカと会った。登下校は基本的にこのメンバーだ。ライドワイズの男子寮で暮らす派閥の面々とは朝食を共にしているが、寮を出る時間が違うので一緒に登校まではしていない。これも昼食と同じく、気を回したヴェルガとやたらヴェルガを神格化したがる派閥の者達の考えが妙に噛み合ってしまったせいだ。

 ヴェルガは派閥の者達を友人だと扱い、彼らもそう振る舞ってはいるが、根本的な意識の問題で彼らは自分達を格付けしていた。友人として声をかけてもらい、そう振る舞うことを許されているが、自分達と選ばれし四人では格が違う。寮生活や学校生活の一環で傍にいるのはともかく、私的な空間まで共にするのは畏れ多い、と。その実態が選ばれし四人(笑)なのは言うまでもない。

 そもそもヴェルガはつい昨日、同じ委員会に所属し、同じ日の当番になり、同じ時間に委員会活動が終わり、同じ時間に図書室を出て、同じ男子寮区画で暮らすシエルと一緒に下校した。本音を言えば一人のほうが気楽ではあるが、なし崩し的にそうなったので仕方ない。

 知り合ったばかりとはいえ、同じ委員会の後輩だ。むやみに避けるわけにもいかず、結果的にシエルと下校するような形になった。たかが登下校を共にする者について、ヴェルガがそこまで考えていないのは明らかだ。

 もし友人に誘われたなら、特に何も思わず了承するだろう。いつも同じ四人といるのは、他の人を誘う勇気もなければ他に誘ってくれる人もいないからだ。あの四人が一番親しいというのはもちろんあるが、自分の派閥にいる者が相手だったら苦もなく同じ空間にいられる。

 ヴェルガの派閥に属する者達がヴェルガと親しくなったのは、ほとんど全員が憧憬をきっかけとするものだった。友情は後から芽生えたもので、彼らがヴェルガに対して抱く感情の根底には心酔がある。

 尊敬、憧れ、献身、期待、敬愛、そして忠誠。それらが混ざりあったものこそ彼らがヴェルガに、そして彼らの言うところの選ばれし四人に対して向ける友情だった。それを当のヴェルガ達が一切気づいていないのは、ある意味どちらにとっても悲しいことではないだろうか。

 それが彼らの友情だからこそ、彼らは自ら一歩引く。至高の五人の空間を邪魔しないために。ヴェルガがそう望むから友人として振る舞うが、身の丈はわきまえている。それは彼らにとって一種の誇りだ。……そんな彼らの遠慮はまったく無意味で、それどころかむしろ無関係な他の生徒がヴェルガと距離を置く一因となっているのだが。

 美しいとはいえ無数の棘に守られ、その周囲を蜂が飛び回る中で咲く花に、誰が手を伸ばそうと思うだろうか。静かではあるが熱狂的な親衛隊がいる偶像(アイドル)に近づくのは誰だって怖い。本人が近寄りがたい雰囲気をまとっているのだからなおさらだ。王位継承権のない王族という複雑な立場に加え、自身が築いた派閥こそがヴェルガを遠巻きに見る生徒が後を断たない原因だった。

 リディーラとロランは周囲からかしずかれることに慣れている。それに慣れているから、ヴェルガの信奉者の熱意に気づかない。肝心なところで一歩引く彼らの態度の理由を自分達で結論づけ、それ以上その理由について深く考えようとしないからわからないのだ。

 派閥の主は一国の王子ではあるが、派閥に属しているのは低位貴族の子女か高位貴族の第二子や第三子が多い。王子自身は寛容だが、自分達では少し家格が劣るからと気後れするのも無理のないことだろう、と。

 アディンとティリカは人に避けられることに慣れている。それに慣れているから、ヴェルガの信奉者がひっそり彼を崇拝しているのを薄々感づいてはいても、まさか自分達もその対象だとは思っていない。

 別に直接誰かに被害が出たわけではないからと放っておいていたのだが、多分今ではもうそれに気づいたことも忘れているだろう。だってそれほどまでに彼らのヴェルガ信仰は徹底している。完全に友人に擬態して狂信者をやっている。

 二歩も三歩も引いた立場にいるまったく無関係な生徒が、ようやく彼らがヴェルガに向ける狂信的なものに気づくぐらいだ。むしろ視線の先にいるほうが、その異常さに慣れてしまって気づけない。果たして彼らは一体いつこんな擬態を学んだのだろう。やけに訓練されすぎている。

 ヴェルガは自分に好意的な人間に囲まれる環境に慣れていない。まともに人とかかわった経験が少ない彼にとって、そんな環境はそれこそ自分の派閥でしか味わえないものだ。それしか知らない彼は、派閥の空気を異常なものだと見抜けない。派閥の者達の自分達五人に向ける友好的な態度が、本物の狂信者もびっくりな信仰心を覆ったものだなんてわからない。時として彼らの想いを、自分では背負いきれない、自分には過ぎたもののように感じることはあるが、それだけだ。それもあくまで純粋な意味であって、その熱狂ぶりに臆したわけではなかった。

 アルフェンアイゼ派。別名アルフェンアイゼ親衛隊、第四王子の狂信者集団。それは時に空気のように、あるいは背景のように周囲に溶け込み、あくまでも友人として自然に振る舞うヴェルガの熱心な信奉者達だった。彼らの信仰対象はヴェルガであり、派閥の中核をなす四人だ。

 水面下でひっそり活動する彼らはヴェルガの意にそぐわないことはしようとしないので、勝手にヴェルガの周囲を粛清するようなことはない。彼らはあくまでも、ヴェルガの傍にいるだけなのだ。信仰対象であるヴェルガ達五人にすら悟られることもなく、ただ単純に、純粋に、静かに熱く心酔し、傾倒し、賛美し、崇拝している。それが彼らの存在意義だった。

 一般人からすればこれだけでも普通に怖い。派閥ごと遠巻きに見られるのも当然だった。実際に動いたことこそないとはいえ、この狂信者集団が何をしでかすかわからないので、ヴェルガに明確な悪意を持つ者もあまり表立った嫌がらせはできないという意味では、十分優れた威嚇にはなっているが。

 親衛隊という側面を持つ派閥はないわけではない。それでもそれはあくまでも応援団体(ファンクラブ)の域を出ず、主を囲んできゃあきゃあと騒ぐ程度の可愛らしいものだ。可愛らしいと言っても内部では偶像(あるじ)を巡ってどろどろの争いを繰り広げているかもしれないが、間違ってもこんな訓練された宗教団体(カルト)ではない。こんな不気味な団体が学校内にいくつもあったら嫌すぎる。

 彼らがヴェルガに心酔するに至った経緯はもちろんあるが、どれもヴェルガにとっては当然のことをしたまでだ。まさかここまで心酔されるなどとは夢にも思っていないに違いない。何も知らないヴェルガと彼のもとに集った仲間達の温度差はひどく激しかった。

 自分がそんなとんでもない組織を築いているなど露知らず、ヴェルガは今日もいつものメンバーと登校する。一般生徒に混じってちらほらアルフェンアイゼ派の生徒がいたが、誰もが完全に背景へ溶け込んでいた。保護色か何かだろうか。

 ヴェルガ達とは一定の距離感を保ち、けれどもし気づかれても意図的に距離を置いていると悟られないようなその間合いの取り方は、どう見ても素人のそれではなかった。当然、ヴェルガ達は彼らに気づいていない。彼らは一体どこに向かおうとしているのだろう。


「……なんだか騒がしいな」


 周囲に溶け込む親衛隊には気づかないまま、ヴェルガは前方に見える校門を睨みつけるように見据えた。「よろしくお願いしまーす」「よろしくお願いしまーす」と繰り返し、一人の男子生徒と三人の女子生徒が何かを配っている。ここまで聞こえるほど声を張り上げているのはそのうちの二人で、女子生徒の一人と唯一の男子生徒だった。男子生徒の声は聞き覚えのあるものだ。


「あ……あれ、ディンヴァード君の、部活の勧誘……だと思う」

「ああ、そういえばあいつも派閥を作ったんだったな」


 ティリカが思い出したように顔を上げる。昨夜オルリッドから聞いた話がよみがえった。

 校門の前でチラシでも配っているのだろう。四人はそれぞればらけてチラシを配っている。男子生徒は当然カイルだ。となると、あの三人の女子生徒が彼の派閥のメンバーということだろうか。

 うち一人はヴェルガの異母妹のエレナだ。桃色の髪の小柄な少女がシェルファだろう。以前オルリッドからシェルファの外見について聞かされている。初見ではあるが、すぐにわかった。

 三人目の女子生徒は確かナディカ=メレクルという名で、ヴェルガ達と同学年のブレイラブルの生徒だったはずだ。ヴェルガと直接かかわりがあるわけではないが、クラスこそ違えど同じ学年だし、しかも彼女はヴェルガと同じ銀の髪を持っている。名前ぐらいは知っていた。


「ディンヴァード君達は、部活として認可、されてないのに……勝手に空き教室、部室として使ってて。それが昨日、生徒会で問題になったの」

「それはそれは。大変でしたわね」

「ああ、もしかしてそれで会議が長引いたの?」

「そ。そのせいで、待たせちゃった……」


 部活の管理は生徒会の仕事の一つだ。部費や部室の調整もあるので、無認可の団体がいると困るのだろう。

 人を集めて派閥と名乗るのは自由だが、学院側に認可されていなければそれはただの集団だ。誰の庇護にあるのか、誰を庇護しているのか、"部活"として学院に申請しなければ認識されない。そうやって形にすることで、口約束で終わらない明確な繋がりを作るのが"派閥としての部活"の存在意義だった。

 校則では、部長を含めて六人の部員と顧問が一人いなければ部活を立ち上げることができない。その程度の人数も集められないなら派閥の主になる資格はない、ということだ。顧問が必要なのは、あくまでも部活動という形式を取っているからだろう。

 見たところカイルの派閥は四人しかいないようで、あと二人いなければ設立届けは提出できない。足りない二人を集めるため、急遽募集をかけたのだろう。昨日の今日で早速勧誘活動を始めるとは、カイルは派閥運営に積極的なようだ。


「ディンヴァード君達は、昨日もその教室にいて。使いたいなら、ちゃんと認められてからにしてくれ……って、会長が」


 あの時はアルフェンリュークさんがごねて大変だった、とティリカは恨みがましげに呟く。きっとその長い前髪に隠された錆色の目は、憂れうように伏せられているのだろう。

 わたくしがいるんだからいいでしょう、の一点張りでなかなかエレナは折れてくれなかったそうだ。派閥についてはきちんと校則で定められているので、それに文句をつけるほうが筋違いなのだが、そんな理屈はエレナには関係ないのだろう。

 カイルがそんなエレナを諫めてくれて、ちゃんと認可されるための活動を行うと約束してくれなければ、生徒会も強行手段に出ていたかもしれないそうだ。


「なんと言ったらいいか……。さすがはアルフェンリューク嬢ですね。ディンヴァード君が止めに入ったというのは意外ですが」

「……悪かった」

「こう言うのも悪いけど……大変、だね」


 何が、とは聞かない。一方的に迷惑をかけられてばかりのエレナだが、腹違いとはいえ十六年近く兄をやっている。もう大抵のことでは動じない。嫌な慣れだ。あれで他人、特に男には受けがいいのだから詐欺だと思う。自分の美貌と身分をどう使えばいいのか知っているからだろう。もっとも、そのせいか一部の少女達からは蛇蠍のごとく嫌われているし、生徒会相手にもそれは通じなかったようだが。

 そんな話をしているうちに校門の前に着いた。ナディカ=メレクルがチラシの束を片手に貼り付けたような笑顔でこちらに近寄ってくる。


「よ、よろしくお願いします……」


 差し出されたチラシを前にした五人の反応はさまざまだ。アディンとロランはお互い喋りながら少女達の前を一瞥もせずに素通りする。ティリカはぺこりと頭を下げてさっと通り抜けた。受け取ったのは断るのが苦手なリディーラだけだ。微笑みながら受け取って感謝はおろか激励すらも述べるまで、リディーラは一度も足を止めず流れるようにすべてをこなす。ヴェルガに至っては、まず向こうがチラシをくれなかったので何事もなかったかのように歩き続けることができた。

 別派閥の中心人物ならともかく、さすがに別派閥の主にまで勧誘のチラシを渡す気はないらしい。少なくともこちらを見ても特に反応しなかったので、別に思うところはないのだろう。

 リディーラが受け取ったチラシを、歩きながら全員で覗き込む。でかでかと書かれた『探偵部』の文字が真っ先に目に入った。失せ物探しから悩みの相談まで、とにかく幅広く請け負うようだ。悩み相談についてはよくわからないが、事件的な事柄の解決をしてくれるのだろうか。文面からして勧誘と同時に集客も行っているようだ。


「あら。わたくし達の活動に、興味がおありなのですか?」


 可愛らしい声が聞こえた。けれどその声音にうっとりするほどヴェルガはもうろくしていない。

 チラシから顔を上げると、見知った顔の少女がいた。こうして顔を合わせるのは、彼女が入学して以来初めてだろう。それぐらい仲は悪かった。


朝の神(ルーニング)に見守られたこの時が、よき一日の始まりでありますように。……話は聞いたぞ、エレナ。相変わらず好きにやっているそうだな」


 何を言われるかわからないので、一応朝の挨拶ぐらいはするが。こちらが兄とはいえエレナは第一王妃の子で、現状もっとも王位に近い第一王子セスティスの実妹だ。下手な言いがかりをつけられて異母兄やら第一王妃やらに糾弾されると面倒だった。

 たとえ何番目であろうと、王妃の位を与えられている以上三人の王妃は同格だ。当然その子供達もみな王の嫡子として扱われる。しかし王妃とその子供の後ろ盾となる母方の実家の影響力は大きい。

 それは時に、王妃という身分以上に三人の王妃とその子供達の格付けをする。かたや遠い昔に滅んだ国の王家の末裔、かたやこの国と肩を並べる大国の直系王族。第二王妃と第一王妃の出自がこれだけ違えば、彼女達が振るえる権力に差が出るのは明白だ。

 銀の髪は、かつて権勢を振るった亡国の民の証だった。アルフェニアの前身でもあるその国はとうの昔に滅んだが、血は受け継がれていて、今もなおアルフェニアや周辺諸国ではその特徴を持つ者が生まれている。かつての王家の末裔を母に持つヴェルガとエドリックもその中の一人だった。

 とはいえ、千年ほど昔に滅びた国だ。王の一族などほぼ途絶えかけているし、かつての王の力などはとうに失われている。アルフェニアが生まれる前からあった、古く続く家柄という一点以外で、他の二人の王妃の生家に勝るところはなかった。

 それがなかったら、いくら母の美貌をもってしても王妃にはなれなかっただろうと言われるくらいだ。それこそ公妾が関の山で、子供も庶子として扱われる。そうなればヴェルガどころかエドリックも継承権を与えられはしなかっただろう。

 だが、たとえ母を王妃に押し上げたとしても、その家名が飾りでしかないことに変わりはない。母の身分を保障すれども母を支える後ろ盾にはなりえなかった。だから母はいつも妾上がりの王妃と蔑まれていた。第一王妃も母を嫌っている。理由まではわからないが、きっと母のすべてが気に食わないのだろう。

 ヴェルガ自身、第一王妃にいい思い出はあまりない。目をつけられるのはまっぴらだ。とはいえ、それなりに礼を尽くすことと諫めることはまた別の話だろう。


「いい加減……自制を、覚えたらどうだ? ここは、お前のための遊び場ではないし……ここの生徒は、お前の奴隷でもない」

朝の神(ルーニング)に見守られたこの時が、よき一日の始まりでありますように。なんのことかしら、ヴェルガお兄様」


 エレナがこてんと首をかしげると、母親譲りの夜を閉じ込めたような色のつややかな髪が風に吹かれてふわりと広がる。長いまつげに縁取られた菫色の瞳は宝石のようにきらきら輝いていた。頬はほんのりと色づいて白い肌に生気を与えているが、その人形めいた繊細さまでは隠しきれない。

 華奢で可憐で、儚げな美しい少女だ。大抵の男は彼女のことを、守ってあげたくなる愛らしい娘だと評するだろう。けれどヴェルガはその腹の中が真っ黒なことをよく知っている。もし彼女と血縁関係になく、婚約者(リディーラ)がいなかったとしても、この少女に心を奪われはしないだろう。


「あまり周りを振り回すな。……"アルフェンの名に傷がつく"、だろう?」


 合言葉のようにきょうだいの間で使われ続けたそれを口にすると、エレナの美しい顔が一瞬だけわずかに歪んだ。

 それは些細な変化であり、おそらくヴェルガ以外は気がつかなかったかもしれないが、感情を制御することについてはまだエレナも詰めが甘いらしい。


「なんでも自分の……自分の思い通りに、動かせると思うなよ。その傲慢さは、いずれお前の足を掬うことになる」

「心当たりがありませんわね。アルフェンの名に傷をつけるのはお兄様のほうではなくって? カイル様の前でみじめな姿を晒すのはお止めくださいまし。わたくしが恥ずかしいですもの」

「言いたいことは……それだけ、か?」


 ヴェルガとエレナの視線がぶつかる。割って入ったのはリディーラだった。エレナへにこやかに挨拶し、けれど厳しいはしばみ色の眼差しを向け、リディーラは口を開く。


「アルフェンリューク様はディンヴァード様と仲がいいのね。でも、振る舞いには気をつけたほうがいいんじゃないかしら。……貴方の()()、知られたくないでしょう?」

「……ッ」


 リディーラがそう低い声で囁いた。それを聞き、エレナはさっと顔色を変える。おおかた、ヴェルガを見つけたのをいいことに笑顔で嫌みを言いにきたのだろう。だが、先にリディーラに牽制された。その本性をカイルに知られてもいいのかと問うリディーラを、エレナは悔しげに睨みつける。

 案の定、カイル相手には大きな猫を被っているらしい。カイルはまだこちらに気づいていないが、そう遠くない場所にいる。呼べばすぐに来るだろう。

 そうしている間にも、カイルがこちらに気づいた。こちらに向かって歩いてくる。カイルの前ではさすがのエレナも嫌みの応酬はできないらしい。

 結局エレナはリディーラに何も言い返せず、いきなり絡んできた変な子になってしまった。……どうやら二人の力関係は、ヴェルガが案ずるほどのものではなかったようだ。


「これ以上、話すことはない。もう行く。お前のように暇じゃない」

「わ、わたくしだって暇ではありませんのよ! わたくしはカイル様がよりよい学園生活を送られるお手伝いをしているのです! カイル様に共鳴なさる方々は、お兄様のお友達よりよっぽど素敵で優秀な方に決まっていますもの!」


 わざわざカイルに会いたくはない。カイルがこちらに来るより早く、ヴェルガはその言葉を最後にしてエレナに一瞥もくれず歩き出す。他の四人もそれに続いた。背後でエレナが何か言っていた気がしたが、もうヴェルガの耳には届かない。

 エレナは忌々しげにヴェルガの、そしてリディーラの背中を睨み続けている。今の彼女の心は二人への怒りと、どうやってカイルの同情を買って慰めてもらうか、それでいっぱいだった。 

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