08
大麻さんを降ろした後、てっきり病院に向かうものだとばかり思っていたが、父はそうしなかった。
「いいのかい? 病院に行かなくて」
「警察が家族に連絡をつけてりゃ俺の出る幕はねえよ。それに、そろそろばあさんが帰ってくる時刻だしな。それより、おまえ、どうなんだ」
父は短く刈られた襟足を掻きむしる。見るとそこがぷっくりと腫れていた。
「どうってなにが?」
「テレビに出てるのを見たぞ。少しは落ち着いたのか?」
「ああ……」
幸が死んだ場所に花を手向けに行った僕を、どこで聞きつけたのかマスコミが待ち構えていた。〝事故で恋人を亡くした男〟は恰好の取材対象に思えたのだろう。当時、マスコミの本性をよく知らなかった僕は、彼女は僕が死なせたも同然だとうっかり口を滑らせてしまった。「どういうことですか? 詳しく聞かせてください」彼らは執拗に食い下がってきた。個人的なことなので――黙り込む僕の口を開かせようと彼らはあらゆる手段を使ってきた。あるテレビ局のレポーターに「持田さんが亡くなってホッとしてますか?」と言われた僕は、カッとなってテレビカメラを奪い地面に叩きつけたのだった。そのシーンが他局のワイドショーで放送されてそれがまた話題を呼び、一躍〝時のひと〟扱いされた時期があった。
「頼むから、気持ちはわかるとか言わないでくれよな」
不特定多数のひとびとから届く安っぽい同情に、僕はほとほと嫌気が差していた。
「言わねえよ、バカ。そんなもん、当人以外の誰にわかるってんだ」
「助かるよ」
押し付けがましいことでは人後に落ちない父にしては意外な反応だった。
「かあさ……真梨子がな、あの映像を見て俺に電話してきたことがあるんだ。拓巳はあんたに似て繊細なとこがあるから行って様子を見てきてくれねえかってな」
「誰が繊細だって?」
「茶化すんじゃねえ! 俺に決まってるじゃねえか」
「へーえ」とてもそうは思えないが、母がそう言うならそうなのかもしれない。なんといっても父と母には十五年間の歴史があるのだ。「でも、来なかったよね」
「ああ。『ああ見えてタクは、おまえの図太いとこも受け継いでる。どう間違ったって自殺なんざしやしねえから安心しとけ』そう真梨子に言った手前、覗きに行く訳にもいかねえだろうが」
「あはは、確かにそうだ」
実家にもマスコミは行っていたかもしれない。それでもなにも言ってこなかった父と母の間で、そんな会話が交わされていたことを僕は知らなかった。
「おまえらの間に何があったかは知らねえし訊く気もねえ。気が済むまでとことん自分を責めるがいいさ。ただな」信号待ちの車内で父は、僕をじっと見た。「おまえを赦すことができるのはおまえだけだってことを忘れるなよ」
「うん、わかった」
「それとな。事故を起こした運転士、その列車に乗り合わせていながら怪我人の救助にあたらなかった社員を責めるんじゃねえぞ。鉄道会社の会見を見たが、安全設備への投資を怠ってきたことはひた隠しで事故の責任をすべて現場におっ被せようとしているのが見え見えだったぞ。これがひとの上に立つ者の発言か、そう思ったら俺は怒りを通り越して情けなくなった。あそこは企業そのものに問題がある。だいたい、分割民営化で相当額の債務を免除されておきながらだな――」
「それもわかってるよ」
列車事故の話題は、幸の居ない現実を刃物の切っ先の如く突き付けてくる。
「そうか、そんならいい」
バルクに戻るために弾き飛ばす相手は既に決めていた。コウは私怨だと責めるかもしれない。だけど利潤追求に眼を向けるあまり旅客事業の本質を忘れ、懲罰をちらつかせて運転士に無謀な運行スケジュールを強要した連中を許すつもりなど、僕には毛頭なかった。




