06 旦那様の事情
ジークヴァルト・シュトラウスは焦っていた。
だが辺境を守るシュトラウス家の当主として、付き従う家臣たちにそれを悟られるわけにはいかない。
なので彼は常以上に冷静であることを己に敷いた。
そのせいで眼光はいつも以上に鋭く、魔獣を屠る切っ先も冴え冴えとしていた。
騎獣を己の手足のように操り、先陣を切って敵に突っ込んでいく。
周囲はそんなジークヴァルトに感嘆しつつ、今近寄れば己さえも斬られかねないと遠巻きに見ていた。
「若様。本当によかったんですかい?」
唯一近寄ってきたのは、豪胆で知られるシュトラウス騎士団の団長を務める男だった。名をノルベルトという。まだ三十がらみだが、癖のある茶髪には若白髪が混じっている。
「なにがだ?」
「なにがって、今日は若様の結婚式でしょう? やっと若様に嫁がきたって執事が泣いて喜んでましたよ。だのに……」
気まずそうに言葉を濁すノルヴェルトの顔をちらりと見て、ジークヴァルトはきまりが悪くなった。
二十を過ぎても婚約者一人作れない主人に、老齢の執事がやきもきしているのは知っていた。
まだ若くして領地を継いだジークヴァルトにとって、実の祖父にも等しいほどに親しい人物だ。
そんな人物を困らせている自覚はあれど、人付き合いが苦手で親類縁者にも頼れないジークヴァルトにとって、嫁取りは大変な苦行であった。
それでもようやく嫁いでくれる女性がいたというのに、結婚式の当日にこうして魔獣狩りをしている有様だ。
領主館に戻った時のことを考えると、ひどく頭が痛い。
こんな夫に嫁げるかと、花嫁は怒って帰ってしまうかもしれない。
「仕方ないだろう。フォルボーテを放っておけばスタンピードになる。この地の領主として、それを許すわけにはいかない」
フォルボーテとは特殊な魔獣だ。それ自体は弱くて害のない存在なのだが、彼らはエサとして優秀らしくより大きな魔獣を呼ぶ。果てにはフォルボーテを求めてボス級の魔物まで這い出して来るので、放っておくとスタンピードが起こってしまうのだ。
なので辺境の地では、フォルボーテが目撃されると何をおいても討滅するというのが不文律になっている。
昨夜遅くフォルボーテの出現が確認され、昼過ぎの今まで夜を徹して駆除をしていたのだ。
だがそのせいで結婚式には出れなかった。先ほど領主館の方角から結婚を祝福する鐘の音が鳴った。
遠方から国の重要人物が来ているので、日付をずらせなかったのだ。出発前に自分が戻らなくても結婚式を行うよう命じたのは、ジークヴァルト自身だった。
「団長! フォルヴォーテの討滅を確認! 周辺の魔素濃度も減少傾向です」
伝令がノルベルトに向かって報告する。
一緒にそれを聞いていたジークヴァルトは、次の瞬間猛然と騎獣を走らせた。その鼻先は当然金の鳴り響く方向だ。
「監視要員を残して撤収準備に入れ。俺は若様の警護にはいる。副団長頼んだぞ」
やけくそに指示を出し、ノルベルトもその後を追った。
彼の肩には団員に対する責任と討伐業務の疲れが重くのしかかっていたが、だからといってまさか主君を一人で帰らせるわけにはいかない。
スタンピードを未然に防ぐことができたとはいえ、ここは魔獣の暮らす辺境の森。一般に立ち入りを禁じられた禁域であることに間違いはないのだから。
***
「――というわけなんだ」
ジークヴァルトの話す結婚式を欠席したわけを聞きながら、私は寝台に腰かけ唖然としていた。
そんな危機的な状況だったなんで、式場の人間は誰も知らなかったに違いない。もちろん伯父夫婦やヘレナだってそうだ。
ようやく話し終えたジークヴァルトは、なんとも心苦しそうな顔をしていた。
「君を結婚式で一人にしたのは、本当に申し訳ないと思っている。慌てて討伐に出てしまったせいで、連絡をすることもできなかった。だから慌てて戻ったのだが、ノルベルトには血だらけで何を考えているんだと叱られた」
肩を落としてそう言う様は、ベッドの上に座っていることも相まってまるで大型犬が叱られているみたいだった。
今まで堂々とした姿しか見たことがなかったので、そうしているとまるで別人のようだ。
「いえ。確かに驚きましたが、そういうご事情でしたら仕方がありません。あまりお気になさらないでください」
「だが……いや。言葉を重ねるよりも、これから時間を重ねるうちに償っていこう」
時間を重ねるという言葉に、どきりとした。
どうせさっさと追い出されるだろうと考えていたので、ずっと辺境伯夫人でい続ける未来を考えていなかった。
「つぐないなんて、そんな」
「君はずいぶんと寛大だな」
ジークヴァルトが笑う。暗い蝋燭の灯りの元だと、金色の目は蜂蜜のように色が濃く見えた。
「ならば今は、その寛大さに甘えるとしよう」
寛大なんて大仰だなぁと思っていたら、いつの間にか押し倒されていた。
あんな騒ぎのあった後なのに、初夜はちゃんと遂行するつもりらしい。今日は最後まで大変な一日になりそうだ。
***
嫁いできた奥方は大変な変わり者で、辺境でも嫌がられる魔獣の素材に興奮し、夫の討伐任務について来ようとするので周囲の方が慌てたほどだ。
彼女が作り出すアクセサリーはその後魔術的に特殊な効果があることが分かり、辺境の地では大変重宝されることになった。
結果として、結婚式こそ失敗したもののその後辺境伯夫妻はおしどり夫婦として有名になったそうだ。




