01 新郎不在の結婚式
強い覚悟を胸に、私はその場に立っていた。
仕立てるのに何か月もかかったウェディングドレス。手触りは滑らかで素材からも作り手のこだわりが伝わる。
用意された宝飾品にも見たこともないような大きさの宝石が使われ、改めてこれから嫁ぐ家の豊かさに震える思いだった。
だが悲しいことに、隣には誰もいない。
目の前に立つ主教も、祭壇に新婦が一人きりという特異な結婚式に困惑した様子である。
「汝、ラウラ・コルネリウスは病める時も健やかなる時も、夫であるジークヴァルト・シュトラウスを愛することを誓いますか?」
聖職者の問いかけに、思わず肩に力が入る。
ここまできて結婚を回避する方法など残されていない。
詰めかけた参列者の視線が、痛いほど背中に突き刺さる。
「誓います!」
この言葉を口にした瞬間、何とも言えない開放感が私を包んだ。
やっと実家を出られる。
結婚式に夫が不在だろうがなんだ。
私は今日から自由になるのだ。
***
「ラウラなんて、すぐに追い出されるにきまってるわ」
砂糖菓子みたいな甘い声で憎まれ口をたたくのは、従姉妹のヘレナだ。
幼いころから伯父夫婦に可愛い可愛いと甘やかされて育った彼女は、私のやることが昔から気に入らないらしい。
こうして顔を合わせると、必ず嫌な気持ちになるようなことを言う。
私はもうすっかり慣れているので、はいはいと相槌を打ちつつ荷造りを進めていた。
もうすぐ辺境伯であるシュトラウス家へ輿入れすることになる。お相手は王家の覚えもめでたい名家で、おそらくラウラはそれが気に入らないのだろう。
それもそのはずで、この結婚も本来はヘレナのためのものだった。
コルネリウス伯爵家の直系である彼女であれば、辺境伯であるシュトラウス家ともつり合いが取れていた。その座がどうして従姉妹である私に転がり込んできたのかといえば、それはヘレナが辺境行きを嫌がったからに他ならない。
辺境と言っても、シュトラウス家は領内に交易都市を持つ豊かな領地だと聞いている。しかしヘレナは、王都から遠く離れた嫁ぎ先を疎んだ。
困ったコルネリウス伯爵こと彼女の父は、弟の娘を養子にして伯爵家直系の娘をもう一人作り出し、ヘレナが抜けた穴に押し込んだのだ。
勿論先方にも結婚相手の変更を伝えたらしいが、必要なのはあくまでコルネリウス家の娘ということでこれといった問答もなく了承されたらしい。
提案する方もどうかと思うが、そんな急ごしらえの花嫁を了承する方もどうかと思う。
かくして貴族の傍系として、つつましやかに生きていくはずだった私の人生は大きく変わった。
手始めに本家に呼ばれ、朝から晩まで行儀作法をたたきこまれる羽目になった。
同じ貴族と言っても、本家と傍流では知っておくべき知識やこなすべき義務が大きく異なるのだ。
こんな大変なことをしていたのだなとヘレナを見直しかけたが、彼女は家庭教師の授業をさぼる常習犯らしい。
やっぱり見直す必要なんてなかった。
「ちょっと、ちゃんと聞いてるの? あなたなんか辺境で魔獣に食べられちゃうんだからね!」
彼女の中で、辺境は絵本に出てくる恐ろしい場所であるらしい。
もっとも、私の知識も彼女の知識と大差ないのかもしれない。
父は城で官吏をしているので、私も王都から出たことはないのだ。だから16歳にもかかわらず子供っぽい言動を繰り返すヘレナを笑うことはできない。
「本当よね。気を付けるわ」
魔獣が存在することは知っていても、実際に見たことはない。
他にも結婚相手は私を尊重してくれるだろうかとか、不安なことはいくつもある。
でも逆に楽しみなこともあって、例えば魔獣の素材が豊富に手に入るかもしれないということに、今から心が躍っていたりもする。
淑女としてはあり得ないことだが、私の趣味は魔獣の素材を使ってアクセサリーを作ることだ。今では趣味の範疇を越えてお店に卸していたりもする。
だが王都にいると、需要が少ないのか魔獣由来の素材はほとんど一般には出回らず、専門の機関に買い取られてしまう。
それを原産地で見られるのだから、これが興奮せずにいられようか。
いや、魔獣のアクセサリーなんて貴族の淑女的には絶対受け入れられないだろうから、伯父夫婦にもヘレナにも絶対ばれないよう気を付けているのだが。
なのでもし辺境伯が私を気に入らず離婚されたとしても、王都には戻らずできればアクセサリー職人として生きていくつもりだ。
そんなわけで情緒的な期待は全くしていなかったわけなのだが、それでもさすがに新郎不在のまま結婚式を挙げることになるとは思わなかった。
内心でこれは離婚が早まったかもしれないと思いつつ、私はラウラ・シュトラウスとしての新たな人生をスタートさせたのだった。




