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白の探索者  作者: ニート無職
二章
47/47

武器を作る

 眩い白い光が晴れた時。

 私たちは、元のゲート前へと戻っていた。


 肌を焼くような地下の熱気は完全に消え去り、代わりに夕方の涼しい風が、心地よく頬を撫でていく。


「帰ってきた……」

 思わず、ぽつりと呟く。


 カレンダーの上では数日しか経っていないはずなのに、あの深層で、あまりにも濃密で長い時間を過ごしたような錯覚に陥っていた。


 周囲では、すでに管理局の職員たちが慌ただしく大声を上げながら動いている。


「黒城隊、帰還確認!」


「全員生存、重傷者なし!」


「ゲートの魔力濃度、正常値まで完全低下しました!」


 次々と報告の音声が飛び交う。

 天宮が手元の端末を確認しながら、小さく頷いた。


「異常増加していたダンジョン内の魔力量も、完全に収束しています。周辺地域への影響はありません」


 その言葉を聞き、近くにいた責任者らしき職員が、目に見えてホッと胸を撫で下ろした。


「本当によかった……。Bランクダンジョンとしては前代未聞の異常数値でしたからね。最悪の場合、内部環境そのものが変質して周囲に溢れ出す可能性もありました」


「まあ、無事に終わったんだからいいだろ」

 霧島が、いつの間にか新しい煙草を咥えながら気怠げに言う。


「これから、あの死骸の山を片付ける回収班が地獄を見るだけだ」


 その視線の先を見ると、すでに大型の魔物輸送車や、防護服に身を包んだ専門の回収部隊が続々とゲート内へ入る準備を進めていた。ダンジョンコアを破壊した後も、階層が完全に消滅するまでには数日の猶予がある。


 十八層に転がっている二十八体のワイバーン、その希少な素材や魔石をすべて回収するためだ。特にワイバーンの群れだけでも、国家予算レベルの凄まじい価値になるらしい。


 命がけの探索者というより、今はもう、完全に莫大な富を生み出す採掘現場の縮図だった。


「それでは皆様、詳しい報告書は後日で構いません」


 職員が私たちに向かって深く頭を下げる。

「本日は、何よりも休息を優先してください」


「了解しました」

 黒城が短く答える。


――ようやく、本当に終わった。

 どっと押し寄せてきた疲労感に身を任せようとした、その瞬間だった。


「零」

 黒城が、真っ直ぐに私を見つめてきた。


「時間はありますか」


「え? あ、はい。一応ありますけど……」


「武器を作ります」


 あまりにも唐突だった。

 私は、自分が両手で大事に抱えていた、深紅に脈打つ巨大な魔核を見つめる。


「あ、あの……今からですか?」


「はい」


「今から?」


「零には専用装備が必要です」


 黒城は私が抱えている魔核を見る。

「素材も揃っています」


 完全に初耳だったが、黒城の目に一切の迷いはなかった。天宮も霧島も当然のような顔をしている。

 結局、私は疲れを癒やす間もなく、そのまま黒城たちの後ろについていくことになった。


 管理局の本部ビルを離れ。

 騒がしい市街地をいくつか抜け、私たちはどんどん人気の少ない、うらぶれた工業区画へと足を踏み入れていった。


 完全に日が沈み、あたりが薄暗くなり始めた頃。

 私たちは、一軒の古びた建物の前で立ち止まった。


「ここです」

 黒城が立ち止まる。


 私は、その建物をまじまじと見上げた。

「……工房、ですか?」


 正直に言おう。かなり、ボロい。


 まともな看板すら掲げられておらず、壁は全体が黒いすすでドロドロに汚れている。外観だけを見れば、ただの打ち捨てられた廃工場にしか見えなかった。


「本当にここですか?」


「はい」


「あの、大丈夫ですか?」


「大丈夫です」

 即答だった。


 黒城の信頼が逆に怖い。全く安心できない。


――ガンッ!!!


 建物の奥から、まるで爆発でも起きたかのような凄まじい金属音が響き渡った。


――ガン!!

――ガン!!

――ガン!!


 リズミカルに、しかし地面がビリビリと震えるほどの質量を持った打撃音が連続する。


「おう、ジジイ、生きてるな」

霧島がニヤリと笑う。


「生きてますね。相変わらず元気なことで」

 曲湾師も楽しげに頷いた。


 生きているかどうかの基準が爆発音な時点で、やっぱりこの人たちの身内もおおかたおかしいのだ。黒城が躊躇なく、煤けみれた重い鉄扉を開いた。刹那、ぶわ、と肌を焦がすような熱風が正面から吹き付けてくる。


 内部は、外観からは想像もつかないほど本格的な、そして巨大な「鍛冶場」だった。


 パチパチと爆ぜる炉の獰猛な炎。赤くドロドロに溶けた金属のプール。そして、壁一面にはびっしりと、おびただしい数の武器が整然と並べられていた。剣、槍、斧、弓――。中には、現代の兵器ともファンタジーともつかない、見たこともない形状の装備までが不気味な鈍色を放っている。


 工房の中央。火の粉を浴びながら、一人の男が巨大な金床に向かって大きな槌を猛然と振り下ろしていた。


 服の上からでも分かる、岩のように盛り上がった筋骨隆々の肉体。白髪混じりの、短く刈り込まれた髪。年齢は五十代ほどだろうか。その全身から漂う雰囲気は、いかにも「頑固な職人」そのものだった。


 男は、私たちが中に入ってきたというのに、振り返りもしない。


「帰れ」

 第一声が、それだった。地を這うような低い声。


「依頼です」

 黒城が、一歩前へ出て淡々と答える。


「帰れ」


「依頼です」


「帰れ」


「依頼です」

 驚くほど全く同じ温度で、不毛な会話が繰り返されている。


 はさまる隙がなくて、見ているこっちが怖い。四度目の押し問答の後、ようやく男が忌々しげに槌を置き、大きな身体をこちらへと振り返らせた。

 鋭く、不機嫌そうな眼光。そのギラついた視線が、最後に後ろに隠れていた私へとピタリと向く。


「……何だ、そこのガキは」


「高校生です」

 私が小さく答えると、男は鼻で笑った。


「同じだ」

 初対面なのに失礼すぎる。


「で、素材は?」


 男が、分厚くタコだらけの大きな手のひらを突き出してきた。私は慌てて、小脇に抱えていたレオグラードの魔核をその手の上へと差し出した。男の大きな手が、深紅の結晶を受け取る。


――その瞬間。

 男の表情が、初めて劇的に変わった。

「……ほう」


 空気が、一瞬で変わる。ただの偏屈な頑固親父から、世界最高峰の『職人』の目へと、その瞳の奥の光が変質した。


 男は魔核を目の高さまで持ち上げ、じっと内部を覗き込む。結晶の奥でゆらゆらと揺らめく炎の動きを、まばたきすら惜しむように観察する。


 数十秒の間、工房にはパチパチという炉の音だけが響く、完全な沈黙が訪れた。

「炎系か。それも、ただのトカゲじゃねえな」


 黒城が、静かに頷く。

「Bランクの主。獄炎王レオグラードの魔核です」


「なるほどな」

 男の厳つい口元が、わずかに歪んだ。


「面白い。久しぶりにまともな骨のある素材が来た」


 その獰猛な笑みを見た瞬間、私はなんとなくすべてを察した。


 この人も、ヤバい。

 黒城や霧島たちとはベクトルが別方向なだけで、職人として、人間として、絶対に常軌を逸している側の人種だ。


 男は、手の中の魔核を持ったまま、私をまっすぐに見据えた。


「嬢ちゃん」


「は、はいっ!」


「武器は何がいい。どんな形状を望む」


 そう問われて、私は完全に固まってしまった。何がいいと言われても、そもそも分からない。


 剣なんてまともに使ったこともなければ、短剣は黒城との訓練で少し触った程度だ。槍も、弓も、盾も、これまでの人生で触ったことすら一度もないのだ。


「分かりません。何が自分に向いているのか全然」


 男は、ふんと鼻を鳴らした。

「だろうな」


 そう言うと、男は近くの武器棚から、一本の古びた木剣を無造作にこちらへと放り投げてきた。私はおっとっと、と慌ててそれを両手で受け取る。


「構えろ」


「え?」


「構えろと言っている。その木剣を持って、俺の前に立て」


 木剣を受け取った瞬間。


 私は反射的に重量を確かめた。握りを見る。重心を探る。


 そして、言われるがまま男に向かって構えてみる。


 ぎこちない。重心もバラバラだ。素人の私ですら、自分の構えがどれほど不細工かよく分かる。

 男はその姿を数秒間だけ、鋭い目で見つめた後、即座に言った。


「却下だ」


「早くないですか!?」

 思わずツッコミを入れてしまった。まだ一秒くらいしか構えていない。


「力任せに斬る武器は向いてねえ」

 断言だった。


 その様子を見ていた霧島が、耐えきれずにブハッと吹き出す。

「ククク……まあ、そうだな。零が前線で大剣ぶん回してる姿は想像できねえわ」


「笑わないでください!」


「事実だろ」


 ひどい。一応、これでもBランクダンジョンをお荷物とはいえ生き残ってきたのに。


 男は太い腕を組み、さらに私を値踏みするように睨みつける。

「おい、嬢ちゃん。そのまま、その木剣を前へ向かって思い切り振ってみろ」


 私は言われた通り、両手に力を込めて木剣を一気に振り下ろした。


 風を切る音が弱々しく響く。

「もう一回」


 振る。

「もう一回」


 振る。

「もう一回だ」


 力を込めて、何度も木剣を振り抜いた。四度、五度と繰り返した、男の、そして後ろで見ていた天宮や黒城の目が、わずかに細められた。


「なるほどな」


 男が呟くと、工房の熱い空気が静まり返った。

 誰も、もう口を挟まない。


「嬢ちゃん。お前、戦う時、自分から真っ直ぐ敵に突っ込んでいくタイプじゃねえな?」


 私は思わず口を噤んだ。

――図星だった。


「まず、じっと見る」

 白虹の動き。


「それから、考える」

 残雪の軌道。


「相手がどう動くか、どこに隙を見せるか。それを極限まで見極めて、相手の動きの『後』から動くタイプだ」


 完全に、その通りだった。


 私のこれまでの少ない戦闘経験、そのすべてが男の言う通りの思考回路で行われていた。


 男は、ニヤリと不敵に笑った。

「面白えな。いいセンスをしてる」


 そして、男は金床の上に置いた王級魔核を再び愛おしそうに持ち上げた。


 結晶から放たれる深紅の鈍い光が、薄暗い工房を赤々と照らし出す。


「黒城」


「はい」


「こいつの武器――普通の『剣』にはならねえな」


 黒城が、小さく頷いた。

「ええ。私も、最初からそのつもりでここへ連れてきました」


 まるで、最初からすべてを見抜いていたかのような二人の会話。


 置いてけぼりにされた私は、思わず尋ねた。

「あの……じゃあ、私の武器は、何になるんですか?」


 男は答えない。

 ただ、手の中の深紅の魔核をじっと見つめながら、獰猛に笑うだけだった。

「まずは、お前の正確な魔力適性を見る。話はそれからだ」


 男の言葉に呼応するように、背後の炉の炎が、一段と大きくパチパチと揺らめいた。


 どうやら、私の、私だけの最初の武器作りは――思っていたよりも、ずっと大変なものになりそうだった。

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