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白の探索者  作者: ニート無職
二章
38/46

調査報告

 帰りの輸送車は静かだった。


 行きとは完全に空気が違う。誰も、一言も喋らない。


 霧島は最後列のシートで、深く背もたれに体を預けて目を閉じていた。


 曲湾師は顎を突き、気怠げに窓の外を流れる景色を眺めている。


 私の隣では、夢喰いが膝を抱えて小さく丸くなっていた。


 ――みんな、疲れている。


 それは私も同じだった。


《白虹》と《残雪》を同時に、しかも限界を超えて維持し続けたせいで、こめかみの奥がジンジンと激しく脈打っている。脳が直接熱を持っているかのようだった。


 窓の外では、燃えるような夕焼けが流れていた。私は痛む頭を抑えながら、一瞬だけ、本当に一瞬だけ《白虹》を発動させる。


 世界から色が抜け落ちる。モノクロに反転した、空の高い場所。

 ――今日も、あの巨大な存在は、そこにいた。


 何も変わらない。


 ただいる。


「……いますね」

 小さく呟く。


「何がだ」

 目を閉じたまま霧島が言った。


「空のやつです」


「そうか」


 それだけだった。


 霧島も、それ以上は聞かない。静かに夕焼けが流れていく。



 管理局へ戻ったのは夜だった。


 解析室では天宮が待っていた。


 開口一番。

「報告を」


 黒城が端末を接続する。


「十層で深層存在を確認」


「接触は?」


「なし。こちらを認識後、戦闘行動には移らず、そのまま下層へ向けて移動しました」


 天宮が短く頷き、手元のログに記録を滑らせる。

「続けて」


「十五層で異常構造を確認」


 私は前に出た。

「通路の突き当たり、分厚い岩壁の奥に、巨大な『空洞』があります」


「管理局の地図にはない空間か?」


「はい、ありません」


「《残雪》は試したか」


「使いました」


 天宮が視線を向ける。

「結果は」


「以前は入り口がありました」


 静かになる。


「今は?」


「塞がれています」


「自然崩落ではなく?」


「違います」


「根拠は」


「分かりません」


 私は正直に答えた。

「でも、そう見えました」


 天宮は黙る。


 そして続ける。

「その奥に何がいた」


 私は、十五層のあの身の毛もよだつ感覚を思い出す。

「分かりません」


「深層存在ではないのか?」


「違います」


「なぜそう言い切れる」


「十層で見た『深層の存在』には、揺らめいてはいても確かに輪郭がありました。生き物としての形が、そこにはあったんです」


 私は息を呑み、あの壁の向こうの「澱み」を言葉にしようと試みる。

「でも、十五層のあれは違います。形が、ないんです」


 天宮が不審そうに眉をひそめた。

「存在しているのに、形がない?」


「はい」


「気配はあるのか」


「あります。圧倒的な質量を感じました」


「なのに、形はないと」


「ありません」


「……意味が分からないんですが」


「私もです」


 天宮は深くため息を吐き、痛むように頭を押さえた。



「霧島さんはどう見ましたか」


 天宮が、壁にもたれた霧島に聞く。


「空間がおかしかった」


「具体的にどうおかしいんですか」


「説明できん」


「そこを説明してください」


「無理だ」


「頑張ってください」


「嫌だね」


 天宮の顔が目に見えて険しくなる。


 その様子を見て、横でパイプ椅子に座っていた曲湾師が「ひゃはは」と声を上げて笑った。


 結局、霧島は少し考えてから言った。

「……そこだけ、別の場所に繋がってる感じだ」


「別の場所?」


「ああ。ダンジョンじゃねえ」


「深層でもないと?」


「たぶん、な。別の層だ」


 国家滅亡級級の霧島が「ダンジョンでも深層でもない」と言い切ったのだ。その事実の重さが、部屋の全員の肩にのしかかる。



 天宮が重い沈黙を破り、端末を激しく操作した。

「過去の全記録から、類似事例を検索します」


 数分間、カタカタとタイピング音だけが響く。やがて、天宮の手がピタリと止まった。


「……ありませんね」


「ない、ですか?」

 私が尋ねる。


「世界中のどの事例にも、同様の現象は存在しません」


 黒城が画面を覗き込み、眼鏡の奥の目を細めた。

「人類初の、初観測事例……ということですか」


「可能性は極めて高いです」


 天宮がこの日一番の、深い深いため息を吐き出した。

「最悪ですね」


「そうですか? 原因の一端が見えた気もしますが……」


「前例がない、ということは対策の立てようがないということです。これ以上の最悪はありませんよ」


 会議は、そこで一度打ち切られることになった。追加調査は後日。状況を精査した上で、十五層への再遠征を検討する。


 それだけの結論が、重々しく決定された。



 長い報告を終え、自室へと戻る薄暗い通路。


 夢喰いが、私の歩調に合わせてトボトボと隣を歩いていた。


「疲れましたか?」


『疲れた』


「私もです。今日は本当に色々ありましたね」


 夢喰いは歩きながら、ぽつりと呟いた。

『十五層』


「気になりますか」


 夢喰いは少し考えた。

『分からない』


「怖い?」


『少し』


「深層のやつとは違う?」


『違う』

 即答だった。


「どう違うんですか」


『深層は深層』


「それはそうですね」


『でも、あれは違う』


 夢喰いは、自分の頭の中にある感覚を表現する言葉を探すように、しばらく黙り込んだ。


 そして、私の服の裾を小さく引っ張って、言った。

『あれは、あそこにある』


「……?」


『最初から』


 私は足を止めた。


「最初から?」


 夢喰いは、それ以上は分からなさそうに、小さく首を傾げた。

『わからない』


 でも、と夢喰いは黒紫の瞳をまっすぐ私に向けた。

『そんな気がした』


 夜。自室。


 窓の外を見る。


 《白虹》を使う。


 空の高い場所。


 今日も、あの存在はいた。


 揺れない。語らない。


 何も教えてくれない。ただ、そこにいる。


 十五層の壁の向こうに澱んでいた、あの「形のない何か」も、きっと同じなのだ。


 今の私たちの知識では、説明することも、理解することもできない。


 けれど、確かに、そこに存在している。


「……何なんでしょうね」


 夜空に向かって小さく呟いた言葉に、当然、答えは返ってこない。


 私は《白虹》を切った。


 夜空は、ただの夜空に戻った

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