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白の探索者  作者: ニート無職
二章
27/50

冷たい

 退院したのは、それから三日後だった。


 黒城が「もう少し安静にしてください」と言った。


 天宮が「データが足りません」と言った。


 曲湾師が「俺は別にどっちでもいい」と言った。


 私は「出ます」と言った。


 全員に止められた。


 三日後に退院した。


 管理局の敷地内に、待機施設がある。


 直属探索者や特例収容者が使う区画らしい。


 部屋は医務室より広かった。


 窓がある。


 外が見える。


 それだけで、十分だった。


「広いですね」


 荷物を置きながら呟く。


 荷物といっても、管理局が用意したものだけだ。


 学校の制服も、教科書も、自分の部屋のものも。


 何もない。


「後で取りに行けるぞ」


 曲湾師が壁へ背中を預ける。


「学校は?」


「休学扱いにしています」


 黒城が端末を見ながら答えた。


「復学するかどうかは、本人が決めてください」


「探索者になるなら、高校どうするんですか」


「通信制への転校も手配できます」


「……考えます」


 当面は、探索者の方が先だった。


 夢喰いが部屋の端で、静かに壁を触っていた。


「どうしたの」


『壁、ちゃんとある』


「そりゃあります」


『夢の中の壁と違う』


「何が違うんですか」


『冷たい』


 夢喰いは嬉しそうに壁を触り続けた。


 外の世界が、全部新鮮なんだろう。


 夕方。


 中庭に出た。


 管理局の敷地内だから、外といっても囲まれた空間だけど。


 空が見える。


 それだけで十分だった。


 《白虹》を使ってみる。


 視界が、少しだけ変わる。


 中庭の木。


 管理局員が歩く通路。


 建物の壁。


 全部に、うっすら何かが見えた。


 木には、生命の痕跡みたいな線。


 管理局員には、職業の影みたいなもの。


 建物の壁には、封印術式の構造がより細かく見えた。


「……なるほど」


 呟く。


 記録しよう、と思った。


 黒城が「見えるものを記録してください」と言っていた。


 端末を出す。


 木→生命の痕跡。管理局員→職業の影。封印術式→構造が詳細に見える。


 打ち込みながら、空を見た。


 《白虹》で見ると。


 空に、またあの何かが見えた。


 昨日も見たもの。


 遠くて、静かな何か。


 深層じゃない。


 もっと別の。


「何が見える?」


 横から声がした。


 曲湾師だった。


 いつの間にか隣に立っていた。


「空に、何かいます」


「どんな感じの」


「遠くて、静かで」


 私は少しだけ考えた。


「怖くない感じ」


「深層じゃないな」


「そうです」


 曲湾師は空を見た。


「俺には見えない」


「《白虹》にしか見えないのかもしれないです」


「そうかもな」


 沈黙。


 風が少し吹いた。


「……これ、何なんでしょうね」


「さあ」


「さあって」


「俺も知らない」


 曲湾師は気怠そうに言う。


「でも悪いもんじゃないんだろ、怖くないなら」


「そうですかね」


「そうだと思う」


 根拠のない言葉だった。


 でも。


 なんか、信じられた。


 次の日。


 初代が施設の廊下を歩いていた。


 まだ少しだけ、足元が不安定だった。


 でも。


 昨日より確かだった。


「調子はどうですか」


「慣れてきた」


「外は」


「まぶしい」


「夜でもですか」


「照明が」


「そのうち慣れますよ」


「そうだな」


 初代は窓の外を見た。


「夢喰いは」


「中庭で草を触ってました」


「草を」


「外のものが全部珍しいみたいで」


 初代は少しだけ笑った。


「変わってないな」


「深層にいた時もそうだったんですか」


「ああ」


 初代は続ける。


「壁を触ったり、光を見たり」


「可愛いですね」


「そうだな」


 初代の声が、少しだけ柔らかかった。


「飯、食えましたか」


「黒城が手配してくれた」


「外の店ですか」


「施設内だったが」


「交渉します」


「黒城が怖い顔をしてた」


「慣れてるので大丈夫です」


 初代は少しだけ笑った。


「強いな」


「よく言われます」


 その日の夜。


 黒城が来た。


「来週の予定について話があります」


「ダンジョンですか」


「はい」


 黒城は端末を操作する。


 壁面モニターに、地図が映った。


「初回潜入先として、Cランクダンジョンを推奨します」


「Cランク」


「《白夜》のスキル確認と、パーティの連携確認が目的です」


 曲湾師が横で腕を組む。


「俺とは組んだことないしな」


「夢喰いも初めてです」


「うん」


 夢喰いが静かに頷いた。


「来週、火曜日です」


「分かりました」


「それまでに《白虹》の記録を続けてください」


「してます」


「よろしい」


 黒城が扉へ向かう。


 夢喰いが、静かに口を開く。


『ダンジョン』


「はい」


『初めて』


「私もです」


『怖い?』


 私は少しだけ考えた。


「分からないです」


 夢喰いは少しだけ考えた。


『私も』


「でも行きますか」


『行く』


「決めるの早いですね」


『行きたいから』


 曲湾師が壁から背を離す。


「まあ」


 気怠そうに言う。


「死なない程度にやれ」


「それだけですか」


「それだけ」


「もっと気合い入れてくださいよ」


「探索者に気合いはいらない」


「なんで」


「冷静な方が生き残る」


 そういうものか。


 私は窓を見た。


 夜の空。


 《白虹》で見ると。


 空の何かが、また静かに揺れていた。


 ダンジョンに入ったら。


 あれが何か、分かるかもしれない。


 あるいは。


 全然違うものが見えるかもしれない。


 分からない。


 でも。


 分かっていくんだろう。


 少しずつ。


 そういうものだ。


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