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白の探索者  作者: ニート無職
一章
10/46

第零封鎖区画

雨音が、装甲車の外壁を叩いている。


 規則的な振動。

 低い駆動音。

 赤い封印術式の明滅。


 車内は薄暗く、空気まで重かった。

 私は後部座席――というより、拘束席に固定されていた。


 両手首には黒い拘束具。

 足元には封印杭みたいな術式端子。

 周囲の壁一面には、赤い文字列が脈打っている。

 全部、私を閉じ込めるためのものだった。


「……すごいな」


 思わず呟く。


 たった高校生一人に、ここまでやるんだ。

 そう思ったのに。不思議と、笑えなかった。


 むしろ。


 “当然だ”という感覚の方が強い。


 視界の奥で、赤黒いウィンドウが薄く揺れる。


 ――【封印環境を確認】


 ――【現在出力:制限状態】


 ――【推奨:追加BET】


「……うるさい」


 小さく呟く。


 すると。


 ウィンドウが、一瞬だけ沈黙した。

 まるで、こちらの言葉を理解しているみたいに。

 ぞわり、と寒気が走る。


「独り言ですか」


 前方から声。


 顔を上げる。


 黒城綾が、向かい側へ座っていた。

 いつの間にいたのか分からなかった。


 黒いロングコート。

 組んだ足。

 銀色の目。


 相変わらず、感情の読めない顔だった。


「監視ですか」


「ええ」


 即答。


「あなたは現時点で、単独S級災害相当の危険指定対象です」


「……そんなに?」


「ゲート消滅記録は史上初です」


 淡々と返される。

 まるで、事実を読み上げているだけみたいに。


「しかも問題なのは、出力ではありません」


 黒城の視線が、私の目へ向く。


「あなたの能力は、“干渉”している」


「干渉?」


「魔力、術式、物質構造。おそらく境界そのものへ」


 理解できなかった。


 でも。


 黒城の声には、僅かな警戒が混じっていた。


「通常、能力には過程があります。熱を出す。雷を放つ。身体能力を強化する」


 そこで一拍置く。


「ですがあなたは、“結果”を書き換えている可能性がある」


 背筋が冷える。


 結果を書き換える。


 それはつまり。


「……ズルじゃないですか」


「ええ。だから危険なんです」


 黒城は迷いなく答えた。


「理屈を無視する能力は、世界そのものを壊します」


 世界。


 その言葉が、妙に重く響いた。


 私は黙り込む。


 すると。

 車内へ、短い電子音が鳴った。


『間もなく本部地下ゲートへ到着します』


 機械音声。


 同時に、装甲車がゆっくり減速していく。


 窓の外を見る。


 そこにあったのは――巨大な壁だった。


「……なに、これ」


 思わず声が漏れる。


 地下へ続く、巨大な鋼鉄の隔壁。

 その表面には、無数の封印術式が刻まれている。


 赤。青。白。

 幾何学模様みたいに重なった術式群。

 まるで、一つの都市を閉じ込める門だった。


「管理局本部地下、《第零封鎖区画》」


 黒城が静かに告げる。


「国内最高危険度対象の隔離施設です」


 その瞬間。


 ゴゴゴゴ……ッ、と。


 巨大隔壁が、ゆっくり左右へ開き始めた。


 重い音。

 空気の震動。


 そして。

 開いた先に見えたものへ、私は息を呑んだ。


「……地下、都市?」


 そこには、巨大な空間が広がっていた。

 地下とは思えないほど広い。


 無数の照明。幾重もの隔壁。監視塔。封印柱。


 巨大な檻だった。

 人間を閉じ込めるには、あまりにも大きすぎる。


「ここに、“災害”がいるんですか」


「ええ」


 黒城は窓の外を見たまま答える。


「あなたと同じように、人間をやめかけた者たちが」


 その言葉と同時。


 ぞわり、と。


 首筋へ寒気が走った。


 視線。感じる。どこか遠く。

 地下施設の暗闇の向こう側から。

 何かが、こちらを見ている。


『……新入り?』


 声。


 頭の中へ、直接響いた。


「――っ!?」


 反射的に顔を上げる。でも、誰も喋っていない。

 黒城だけが、僅かに目を細めた。


「聞こえましたか」


「……今の、何ですか」


「第零収容対象の一人です」


 黒城は淡々と答える。


「精神感応系災害指定――《夢喰い》。

 封印越しでも、時々“声”だけは届く」


 ぞわり、と背筋が冷えた。

 再び、地下施設の奥を見る。


 監視塔。封印壁。暗闇。

 そこに何人もの“何か”がいる。


 でも。

 もう誰も喋らなかった。ただ、見られている。  それだけが分かる。


「……何人、いるんですか」


「現在の正式収容数は二十三」


 黒城が答える。


「そのうち七名は、国家滅亡級危険指定です」


 国家滅亡級。


 言葉の規模が、急に現実離れしていく。


「……全員、ここにいるんですか」


「いいえ」


 黒城は短く否定した。


「制御下にある者は、外で活動しています」


「外って……普通に?」


「探索者として。あるいは管理局直属戦力として」


 一瞬、意味が理解できなかった。


 国家滅亡級。


 そんな化け物が、普通に外を歩いている?


「例えば、《酔拳師》」


 黒城が淡々と続ける。


「アルコールで脳機能を意図的に鈍らせることで、能力暴走を抑制しています。現在は西部防衛線担当です」


「……酔ってる方が安全なんですか」


「酔うほど身体出力が上昇します」


「最悪じゃないですか」


「なお本人は、任務の大半を覚えていません」


「もっと最悪だ」


 黒城は真顔のままだった。


「前回は防衛線を三本ほど破壊しました」


「敵じゃなくて?」


「本人です」


 頭が痛くなってきた。


「他には、《獣王》」


「……ああ、あのモフモフの」


 反射的に口から出た。


 ニュースで見たことがある。


 巨大ゲートの前で、一人だけ異様に毛深い男が仁王立ちしていた映像。


 あと確か、子供向け番組にも出ていた。


「知っていましたか」


「そりゃ有名人でしょう。

 小学生人気すごい人」


「ええ」


 黒城は小さく頷く。


「『抱きつきたい探索者ランキング』三年連続一位です」


「なんだその平和なランキング」


 黒城が窓を見る。


「彼は職業覚醒時、体毛が異常変異しました」


「説明だけ聞くとだいぶかわいそうだな」


「体毛は超高密度魔力繊維。毛髪一本ごとに特殊装甲級の強度を持っています」


「意味分からない方向に進化してる……」


「単独で大規模ゲート正面を支え続けた記録があります」


 真顔だった。


「あと猫が好きです」


「情報の温度差がすごい」


「そのため、保護猫施設の支援活動を定期的に行っています」


「急に社会貢献度高いな」


「ただし撫でられると防御反応で全身装甲化します」


「なんで撫でられる前提なんですか」


「子供には人気なので」


「納得したくない理由だな……」


「以前、交流イベントで子供十七人を泣かせています」


「絶対トラウマだろ」


 国家滅亡級って、もっとこう。

 禍々しい怪物みたいなのを想像していたのに。


「ちなみに」


 黒城がこちらを見る。


「現在、管理局最強戦力の一人は《演算士》です」


「……演算士?」


「未来予測特化能力者です。数百万通りの未来を演算し、最適解を導き出す」


 そこまで聞いて、

 ふと気づく。


「……その人なら、私のことも予測できるんじゃ」


「できません」


 黒城は即答した。


「あなたは“計算外”です」


 その言葉だけが、

 妙に静かに響いた。


 同時に。


 視界の奥で、

 赤黒いウィンドウが小さく揺れる。


 ――【高位干渉個体を確認】


 ――【警戒推奨】


 ぞわり、と背筋が冷えた。


 その時だった。


 装甲車が、

 ゆっくり停止する。


『第零封鎖区画・搬入口へ到着しました』


 機械音声。


 同時に、

 前方の巨大シャッターが開き始める。


 暗闇。


 その奥から。


 ぞっとするほど濃い魔力が、

 一気に流れ込んできた。

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