第零封鎖区画
雨音が、装甲車の外壁を叩いている。
規則的な振動。
低い駆動音。
赤い封印術式の明滅。
車内は薄暗く、空気まで重かった。
私は後部座席――というより、拘束席に固定されていた。
両手首には黒い拘束具。
足元には封印杭みたいな術式端子。
周囲の壁一面には、赤い文字列が脈打っている。
全部、私を閉じ込めるためのものだった。
「……すごいな」
思わず呟く。
たった高校生一人に、ここまでやるんだ。
そう思ったのに。不思議と、笑えなかった。
むしろ。
“当然だ”という感覚の方が強い。
視界の奥で、赤黒いウィンドウが薄く揺れる。
――【封印環境を確認】
――【現在出力:制限状態】
――【推奨:追加BET】
「……うるさい」
小さく呟く。
すると。
ウィンドウが、一瞬だけ沈黙した。
まるで、こちらの言葉を理解しているみたいに。
ぞわり、と寒気が走る。
「独り言ですか」
前方から声。
顔を上げる。
黒城綾が、向かい側へ座っていた。
いつの間にいたのか分からなかった。
黒いロングコート。
組んだ足。
銀色の目。
相変わらず、感情の読めない顔だった。
「監視ですか」
「ええ」
即答。
「あなたは現時点で、単独S級災害相当の危険指定対象です」
「……そんなに?」
「ゲート消滅記録は史上初です」
淡々と返される。
まるで、事実を読み上げているだけみたいに。
「しかも問題なのは、出力ではありません」
黒城の視線が、私の目へ向く。
「あなたの能力は、“干渉”している」
「干渉?」
「魔力、術式、物質構造。おそらく境界そのものへ」
理解できなかった。
でも。
黒城の声には、僅かな警戒が混じっていた。
「通常、能力には過程があります。熱を出す。雷を放つ。身体能力を強化する」
そこで一拍置く。
「ですがあなたは、“結果”を書き換えている可能性がある」
背筋が冷える。
結果を書き換える。
それはつまり。
「……ズルじゃないですか」
「ええ。だから危険なんです」
黒城は迷いなく答えた。
「理屈を無視する能力は、世界そのものを壊します」
世界。
その言葉が、妙に重く響いた。
私は黙り込む。
すると。
車内へ、短い電子音が鳴った。
『間もなく本部地下ゲートへ到着します』
機械音声。
同時に、装甲車がゆっくり減速していく。
窓の外を見る。
そこにあったのは――巨大な壁だった。
「……なに、これ」
思わず声が漏れる。
地下へ続く、巨大な鋼鉄の隔壁。
その表面には、無数の封印術式が刻まれている。
赤。青。白。
幾何学模様みたいに重なった術式群。
まるで、一つの都市を閉じ込める門だった。
「管理局本部地下、《第零封鎖区画》」
黒城が静かに告げる。
「国内最高危険度対象の隔離施設です」
その瞬間。
ゴゴゴゴ……ッ、と。
巨大隔壁が、ゆっくり左右へ開き始めた。
重い音。
空気の震動。
そして。
開いた先に見えたものへ、私は息を呑んだ。
「……地下、都市?」
そこには、巨大な空間が広がっていた。
地下とは思えないほど広い。
無数の照明。幾重もの隔壁。監視塔。封印柱。
巨大な檻だった。
人間を閉じ込めるには、あまりにも大きすぎる。
「ここに、“災害”がいるんですか」
「ええ」
黒城は窓の外を見たまま答える。
「あなたと同じように、人間をやめかけた者たちが」
その言葉と同時。
ぞわり、と。
首筋へ寒気が走った。
視線。感じる。どこか遠く。
地下施設の暗闇の向こう側から。
何かが、こちらを見ている。
『……新入り?』
声。
頭の中へ、直接響いた。
「――っ!?」
反射的に顔を上げる。でも、誰も喋っていない。
黒城だけが、僅かに目を細めた。
「聞こえましたか」
「……今の、何ですか」
「第零収容対象の一人です」
黒城は淡々と答える。
「精神感応系災害指定――《夢喰い》。
封印越しでも、時々“声”だけは届く」
ぞわり、と背筋が冷えた。
再び、地下施設の奥を見る。
監視塔。封印壁。暗闇。
そこに何人もの“何か”がいる。
でも。
もう誰も喋らなかった。ただ、見られている。 それだけが分かる。
「……何人、いるんですか」
「現在の正式収容数は二十三」
黒城が答える。
「そのうち七名は、国家滅亡級危険指定です」
国家滅亡級。
言葉の規模が、急に現実離れしていく。
「……全員、ここにいるんですか」
「いいえ」
黒城は短く否定した。
「制御下にある者は、外で活動しています」
「外って……普通に?」
「探索者として。あるいは管理局直属戦力として」
一瞬、意味が理解できなかった。
国家滅亡級。
そんな化け物が、普通に外を歩いている?
「例えば、《酔拳師》」
黒城が淡々と続ける。
「アルコールで脳機能を意図的に鈍らせることで、能力暴走を抑制しています。現在は西部防衛線担当です」
「……酔ってる方が安全なんですか」
「酔うほど身体出力が上昇します」
「最悪じゃないですか」
「なお本人は、任務の大半を覚えていません」
「もっと最悪だ」
黒城は真顔のままだった。
「前回は防衛線を三本ほど破壊しました」
「敵じゃなくて?」
「本人です」
頭が痛くなってきた。
「他には、《獣王》」
「……ああ、あのモフモフの」
反射的に口から出た。
ニュースで見たことがある。
巨大ゲートの前で、一人だけ異様に毛深い男が仁王立ちしていた映像。
あと確か、子供向け番組にも出ていた。
「知っていましたか」
「そりゃ有名人でしょう。
小学生人気すごい人」
「ええ」
黒城は小さく頷く。
「『抱きつきたい探索者ランキング』三年連続一位です」
「なんだその平和なランキング」
黒城が窓を見る。
「彼は職業覚醒時、体毛が異常変異しました」
「説明だけ聞くとだいぶかわいそうだな」
「体毛は超高密度魔力繊維。毛髪一本ごとに特殊装甲級の強度を持っています」
「意味分からない方向に進化してる……」
「単独で大規模ゲート正面を支え続けた記録があります」
真顔だった。
「あと猫が好きです」
「情報の温度差がすごい」
「そのため、保護猫施設の支援活動を定期的に行っています」
「急に社会貢献度高いな」
「ただし撫でられると防御反応で全身装甲化します」
「なんで撫でられる前提なんですか」
「子供には人気なので」
「納得したくない理由だな……」
「以前、交流イベントで子供十七人を泣かせています」
「絶対トラウマだろ」
国家滅亡級って、もっとこう。
禍々しい怪物みたいなのを想像していたのに。
「ちなみに」
黒城がこちらを見る。
「現在、管理局最強戦力の一人は《演算士》です」
「……演算士?」
「未来予測特化能力者です。数百万通りの未来を演算し、最適解を導き出す」
そこまで聞いて、
ふと気づく。
「……その人なら、私のことも予測できるんじゃ」
「できません」
黒城は即答した。
「あなたは“計算外”です」
その言葉だけが、
妙に静かに響いた。
同時に。
視界の奥で、
赤黒いウィンドウが小さく揺れる。
――【高位干渉個体を確認】
――【警戒推奨】
ぞわり、と背筋が冷えた。
その時だった。
装甲車が、
ゆっくり停止する。
『第零封鎖区画・搬入口へ到着しました』
機械音声。
同時に、
前方の巨大シャッターが開き始める。
暗闇。
その奥から。
ぞっとするほど濃い魔力が、
一気に流れ込んできた。




