776話 後日談(狩人編)
【?????ルートエンド】
『バルトーラの街 白翼協商事務所内(魔弾の射手 アテリナ視点)』
「どうだった? 兄貴」
「駄目ですね。『白ウサギの騎士』についてははぐらかされました」
兄貴はそう口では残念そうに語りながらも、
眼鏡の奥に覗く目はさほど残念がっていない色を宿す。
一見、地味な灰色のコートに身を包んだ実目麗しい優男。
表情はいつも通りの柔和な笑みを浮かべ、
白翼協商の支店長相手に会談を申し込んだ時と変わらぬ雰囲気。
ただし、本当に堪えていないかどうかは不明。
我が兄ながら、とにかく普段から感情をストレートに露わにすることはなく、たとえ妹であっても本音を漏らさない人間。
新設猟兵団『魔弾の射手』の団長アデットとはそういう男。
「私もまだ精進が足りませんね。いくら相手が格上でも、何の成果も得られないとは………」
「兄貴でも『生還者』相手には分が悪かったかな?」
「ガミン支店長は子供の時分の私を知っていますからね。やりにくいったらありません………、そちらはどうですか、アテリナ?」
「ジャネットとドーラで聞き回ってみたけど、全然駄目。槍を持った平凡な黒髪の少年って噂もあるし、金髪の美少年だって話もある。緑色の髪をした20代の美青年……ってのもあったよ。後の2人なら絶対に別人だね」
もう1年前にもなろうかという、最後に会った時のヒロの姿を思い出してみる。
浮かんで来るのは、黒髪に貧弱な身体の平凡な少年。
時と共に記憶も朧気になっていくけど、絶対に美少年や美青年じゃなかったことは断言できる。
「『ヒロ』という名前に間違いが無いのであれば、『白ウサギの騎士』は『彼』だと考えるのが自然ですが………、どう思います、アテリナ?」
「『ヒロ』ってどこにでもある名前だし………、って、先に兄貴はどう思っているのかを教えてよ!」
曖昧な問いを投げかけ、私が迂闊な答えを返すと、
上から目線で訂正をかましてくるのが、いつもの兄貴のやり方。
その手には乗るもんか!
考えがあるならそっちから話しなさいよ!
いつもみたいにいかないぞ! とばかりに、兄貴をギッと睨みつける。
すると兄貴は、無駄に整った眉宇を眉間へと寄せ、
少しばかり考え込むような様子を見せた後、口を開いた。
「ふむ? ………私としては、全くの別人ではないかと思っていますね」
「どうしてよ!」
「その『白ウサギの騎士』が半年間であげたという武勲が、あまりにも規格外過ぎるからです。私達の知るヒロが行き止まりの街を出たのが1年前。その時の彼の武装は最下級の銃が1丁に、従属させていた機械種はラビットだけ。いくらなんでもそこからたった1年でここまでの成果を上げるのは不可能でしょう」
したり顔でそう宣う兄貴。
眼鏡をクイッと指で押し上げ、自身の推論をもっともらしげに語る。
行き止まりの街からこのバルトーラの街に着くまでに聞こえて来た『白ウサギの騎士』の武勲。
『未踏破区域』の巣2つを『一踏一破』で攻略。
『強者へと挑む闇剣士』の討伐。
ダンジョンで遭難した貴人を救助し、
その後、追撃してきたレッドオーダーの群れを殿で足止め、
半日以上時間を稼いだ上、共に残った仲間達と生還するという快挙。
そして、街で勃発した『鐘割り』のテロを鎮圧。
赤化した『特機戦力』を打ち破って街を救った英雄。
とても新人の狩人が成し遂げたとは思えない空前絶後の成果の数々。
どれか1つでも伝説として語り継がれるであろう偉業。
それが1人の少年の手によって成されたことなのだ、と一体誰が信じるだろうか?
それも僅か半年の間で、だ。
間違いなく常人には不可能であろう。
では、常人でなければ可能なのか、と問われると答えに詰まる。
一つ一つの偉業については、中央の第一線で活躍する英雄達なら達成できないこともないだろう。
しかし、これ等の偉業がまとめて半年間で発生、その全てをたった1人が解決したと考えると、不可能を通り越して出来の悪い騙り話にしか聞こえない。
まず、未踏破区域の紅姫の巣、それも50年以上の年季モノ……『深紅の巣』を一踏一破するなんて有り得ない。
出来たばかりの赭娼の巣とは違うのだ。
その巣の広さは街一つ分を超え、最奥が地下10階以上というのも珍しくない。
そんな巣に地図も無しに初見で立ち入り、1週間足らずで一番底まで辿り着けるわけがない。
仮に超高位機種を数多く用意し、戦力過多の陣容で巣に突撃したとしても、巣の過剰反応を引き起こすだけ。
時には人間に甘いともされるレッドオーダー達の攻め口が容赦の無いモノとなるのは確実。
閉鎖空間にて物量で攻め殺されるのがオチだろう。
赤の帝国は、機械種の力に頼り切りな人間を特に嫌う。
逆を言えば、人間の強者を集い、犠牲をいとわなければ攻略は可能。
一流以上の狩人達を多数揃えれば、力押しでできなくはない。
もちろん、そんな人間達を揃えるのは一般人には不可能。
それなりに権力を持つ者がバックにいたとしても数年単位での準備が不可欠。
1年前の時点で、完全な根無し草であったヒロにできるはずもなく、
つまり、兄貴が言いたいのはそういうこと………
「兄貴は『白ウサギの騎士』が造られた偽物の英雄だって言いたいわけね?」
「それはそうでしょう。子供に読み聞かせるお伽噺でもこんな馬鹿げた内容にはなりませんよ。後ろにいるシナリオライターがよほど下手くそだったなのか、それとも、時期を読み間違えたのかは分かりませんが………、まあ、白翼協商が黒幕では無いのでしょう。分かっていて利用しているだけなのでしょうね」
「活性化したダンジョンでの救出作戦も、闇剣士も、鐘割りの件も、そうだと言うの?」
「どこまでが仕掛けられたモノなのかは分かりかねますがね。活性化は人の手で起こそうと思えば起こせます。貴人を上手く煽れば、時期に合わせてダンジョンに向かわせた挙句、遭難させることもできるでしょう。『鐘割り』も取引によっては可能。『闇剣士』の件は………、さて? 有名な中央の賞金首を動かそうとするなら、一体どんな手があるんでしょうね?」
最後はお道化たように肩を竦める兄貴。
そんな動作も洗練された立ち振る舞いから妙に決まって見えるから不思議。
妹の私から見ても映画のワンシーンかと思うような絵になる光景。
「どちらにせよ、『白ウサギの騎士』については、これ以上関わらない方が良いと思います。ポッと出の有望株なら勧誘してみたかったですが、紐付きなら徒労に終わるだけですからね」
「…………私は『もしかしたら』を信じたい。あの……、私を子ども扱いしたヒロがずっと無名のままでいるはずがないもの」
兄貴の結論に異を唱える。
「あのヒロなら…………、今、兄貴が騙りだとした話も………、本当にやり遂げた事じゃないかなって思う。どうしようもない状態になっていたチームトルネラを再生したように………、雪姫さんから紅石を託されたヒロなら………」
真っ直ぐに兄貴の目を見つめ、思いの丈を語る。
特に具体的な根拠があるわけじゃない。
でも、兄貴にも伝えていない、ヒロの秘密を私は知っている。
きっと、あの行き止まりの街のダンジョンの活性化を収束させたのはヒロ。
そして、ヒロには機械種ラビットだけではなく、ストロングタイプと思しき武者姿の高位機種を従えていた。
多分、ヒロが抱えている秘密はとても大きく、それは辺境だけには留まらず、大陸全部を巻き込むくらいの巨大なモノ。
それに比べたら、この辺境で連続して起こった事象なんて小さいこと。
兄貴が思うような作り話なんて欠片も無くて、あまりに大き過ぎるモノを、ヒロが周りにある有象無象を引き寄せただけ。
もちろん、それはただの私の推測に過ぎない。
でも、女の勘がそう私に囁いてくる。
あの子は、必ず、この大陸中を嵐に巻き込むと…………
今後、あの少年の名は世界に轟くと………
「なるほど。アテリナは『白ウサギの騎士』を彼だと信じているのですね?」
「そうよ、悪い?」
「別にアテリナの考えを否定しようとは思いませんよ。私も推測でしかありませんからね」
そう言って兄貴は薄く笑い、
「では、『白ウサギの騎士』についてはアテリナに任せましょう。その噂が本当なのかどうか、その正体が私達の知っている『ヒロ』なのかどうか、調べてきてください」
「え? 私が?」
「アテリナは彼の事だと信じているのでしょう? なら、あなた自身の手で証明してみせなさい」
そこで私に仕事をブン投げてくる兄貴。
眼鏡のレンズをキラリと輝かせ、挑戦的な笑みを浮かべてみせる。
その腹の立つくらいに端正な顔に、一発拳を叩き込むことができれば、もの凄くスッキリするだろうけど、私の腕前では返り討ちに遭うのがほぼ確定。
頭が良くて、腕っぷしも強い。
しかも女の私が嫉妬するくらいの美青年。
欠点らしい欠点が見当たらない兄貴だけれど、
勘の良さなら私の方が上なのだ。
分の悪い勝負じゃない。
それに、ここまで挑発されて黙って引っ込む私じゃない!
「その挑戦、受けてやるわ!」
「フフフフ……、随分と威勢が良いですね。もし、貴方の言うように、彼の成した偉業が全て真実で、その正体が私達の知るヒロなら………、『シュノーイの酒』を一杯奢りましょう」
「!!! 兄貴、マジで?!」
「ええ、構いません。強者の情報にはそれだけの価値がありますから」
兄貴から持ち掛けられた賞品に目の色を変える私。
『シュノーイの酒』は中央でも酒造りで有名な街で造られた超高級酒。
何でも特級のマテリアル錬成器『酒樽』から生み出される酒だという。
昔の英雄が好んでいた縁起の良い酒としても有名で、1杯数千~数万Mで取引されており、一流以上の狩人や猟兵が賭けの対象にすることも多い。
私自身も成人を祝う席で1杯だけ飲んだ程度。
その味は今でも想い出せるくらいに強烈な印象を与えてくれた。
あの酒をもう一度味わうことができるなら…………
この街中を這いずり回ってでも、その痕跡を探して見せる!
すでに私の頭の中には『シュノーイの酒』のことしかなく、
目を爛々と輝かせ、ズイッと兄貴にじり寄り、噛みつかんばかりの勢いで、
「もちろん最高級のモノよね! 私が『白ウサギの騎士』の正体を突き止めたら絶対に用意してもらうからね! やっぱり止めたは無しよ!」
「最高級なんて一言も言っていませんが……………、はあ~………、まあ、いいでしょう」
旨い酒に釣られて前のめりになった私の様子に、
兄貴は初めて呆れたような表情を浮かべ、大きくため息をついた。
「さあ! ジャネット! ドーラ ! 『白ウサギの騎士』の正体を確かめるわよ!」
ジャネットとドーラを連れ、早速バルトーラの街へと繰り出す私。
兄貴とは白翼協商の事務所で別れた。
猟兵団『魔弾の射手』の代表として白の教会に向かったのだ。
そして、私はこの街の英雄とも言える『白ウサギの騎士』の正体に迫る役目。
これから街中を巡り、『白ウサギの騎士』の情報を集めまくる!
「お嬢? これからどこへ?」
勢い良く進もうとする私に、ジャネットが問いかけてくる。
20代前半の褐色の肌を持つ女性。
猟兵団では砲兵を務める中堅所。
黒髪を短く刈りこんでおり、一見、男性にも見えなくも無い姿。
私の護衛、兼、教育係という役目。
規律に厳しく、最初は緩い雰囲気のヒロにきつく当たっていたっけ?
「ん? ……決まってるじゃない。『白ウサギの騎士』を詳しく知っていそうな人の所へ、よ!」
「あ~、もしかして、パティさんの所ですか?」
私の答えに反応したのは、質問してきたジャネットでは無くドーラ。
ジャネットと同年代の女性。
金髪に青い目のスタイル抜群の色っぽい美女。
少し垂れ目気味の優しそうな目や柔和な顔立ちからとても信じられないが、列記とした前衛戦闘員。
対機械種戦闘ではご自慢の電撃槍を振るって暴れ回る豪の者。
ヒロに対しては最初から柔らかく当たってくれていた。
ドーラのはち切れんばかりの胸を見て、ヒロは随分と鼻の下を伸ばしていたことを思い出す。
「そうよ、ドーラ。2年前、この街に寄った時に挨拶したでしょ。あの人なら、何か知っているはずよ」
パティさんはこの街の秤屋の一つ、『鉄杭団』の副団長。
団長であるブルハーンさんのご息女であり、間違いなくバルトーラの街の有力者の1人。
私の父の時代からブルハーン団長ともパティさんとも知り合い。
特にパティさんは父や母が戦場で亡くなった時も、手紙でお悔やみの言葉をくれており、困ったことがあったら頼ってくれて良いとも言ってくれた仲。
2年前、兄貴に呼ばれて中央から行き止まりの街に向かう途中、このバルトーラの街にいることを知り、顔を見せに訪問したことがあったのだ。
あの聡明な女性であれば、きっと白ウサギの騎士について詳しい情報を掴んでいるであろう。
「お久しぶりです、パティさん」
「久しぶりね、アテリナさん。随分と大人っぽく、綺麗になったわね」
「そうですか? パティさんと比べたら全然ですよ」
「あら? お上手ね」
鉄杭団の事務所内でパティさんと社交辞令を交わす。
相変わらず子持ちの30代とは思えない若々しさと美貌。
私と並んでも少し年の離れた姉くらいにしか見えない。
かつて中央の人型戦車メーカー『黄星機工』の研究者として名を馳せ、今は猟兵団から秤屋に転身した『鉄杭団』の運営を一手に引き受ける敏腕経営者の一面を持つ才媛。
こんな辺境にいるのが不思議なくらいの有能な人材。
あの人を見る目に厳しい兄貴が手放しで称賛する程
「『魔弾の射手』はこのまま中央に戻るのかしら?」
「はい。必要な人材は揃えました。訓練も一通り済まして、後は中央での実戦を経験するだけ、です」
「そう………、御兄さんの夢がようやく叶うのね。長かったわね………」
しみじみと語るパティさん。
私の両親や兄貴のことを良く知るだけに、
その言葉に込められた想いは相応のモノ。
そして、軽く互いの近況報告を行った後、本題に入る。
「パティさん…………、この街で有名になった『白ウサギの騎士』について、詳しく教えて頂けませんか?」
そう尋ねると、パティさんは少しだけ表情を固くして問い返して来る、
「………『魔弾の射手』は『白ウサギの騎士』に興味があるということ?」
「それもあるのですが………、その『白ウサギの騎士』が私達と縁のあった少年のことではないかと思いまして」
「縁?」
「実は私達が駐留していた行き止まりの街で、『ヒロ』という少年と交流があったんです。1年ほど前に彼が街から出立する際、『魔弾の射手』から足となる『車』を1台提供しました。当時の彼は機械種ラビット1機を従属していただけの狩人でも無い一少年でしたが、兄が彼に滅多に見ない程の将来性を感じて投資のつもりで提供したんです。もし、『白ウサギの騎士ヒロ』がその『彼』だったら………、とても興味深いと思いませんか?」
「……………」
パティさんは私の言葉にしばし黙り込み……
「ごめんなさい。アテリナさんが言うように、とても興味深い話だけど、『白ウサギの騎士』について、こちらから提供できるような話は無いの」
「え? …………鉄杭団は『白ウサギの騎士』との接点が無かったのですか?」
「…………いえ、逆に『白ウサギの騎士』には色々と助けてもらった立場よ。あのダンジョン騒動の時には、娘のパルミルを含めた団員達を助けてくれたこともある。だからこそ、『白ウサギの騎士』については何も話せないの。きっと彼はソレを望まないから」
「……………」
今度はこっちが黙り込む番。
悩ましい表情を見せながらパティさんに目を向ける。
しかし、パティさんは申し訳なさそうな顔をしつつも、譲歩してくれる気はなさそう。
『白ウサギの騎士』に恩があるなら当然。
街の噂では『白ウサギの騎士』は、ほとんど表舞台に姿を現すことが無く、目撃証言も限りなく少ない。
紅姫の巣を攻略した際の、お披露目会すら開かないような有様。
当然、街を練り歩くようなパレードも行われず、結果、その外見もはっきりと分からず終い。
つまり、『白ウサギの騎士』は人目につくことを嫌う性格、若しくは、人の目を避けなくてはならない事情持ち。
もし、『白ウサギの騎士』が私の知るヒロなのであれば、雪姫さんの事情もあることから人目を避けようとする気持ちもわかる。
果たして、『白ウサギの騎士』は私の知るヒロなのかどうか………
「では、パティさん。詳しい話は聞きませんから、その容姿だけでも教えてもらえませんか? 街に流れている噂だけでも、黒髪の少年だったり、金髪の美少年だったり、緑色の髪をした美青年だったりで、色々なんです。私が知るヒロは、どこにでもいるような普通の黒髪の少年でした」
「……………私達を助けてくれたのも黒髪の少年でしたよ。見る限りごく普通の………」
数秒考え込んだ後、パティさんから述べられた答え。
それは私の望んでいたモノ。
『白ウサギの騎士』が、あの『ヒロ』だという可能性がかなり高くなった。
あと、もう少し情報を集めて行けば、断言できるくらいの精度になるはず。
「ありがとうございます、パティさん」
「どういたしまして………、その、アテリナさんが言うヒロさんが『白ウサギの騎士』だとすれば、『魔弾の射手』が彼に車を提供してくれていなければ、時期的に私のパルミルは助からなかったでしょう。それについては感謝しかありません」
そう言ってパティさんは私へと頭を下げる。
正直、車を提供しただけの私達に大袈裟ではないのか、とも思う。
でも、それだけ『白ウサギの騎士』に対する感謝が深いのだろう。
「いえ! まだ確定した訳ではありませんから!」
私が立ち上がってパティさんへと声をかけたその時、
トントントン
背後のドアが軽く開く音がした。
「パルミルです。アテリナさんが来ていると聞いて
………入っていいですか?」
続けてドア越しに聞こえる幼い少女の声。
「いいわよ。貴方も挨拶しなさい」
「はい、お母さん」
ドアが光られ、小柄な少女……パルミルが顔を覗かせる。
まだ11,2歳くらいの年齢。
淡い金色の髪を揺らしながら来て来客である私へと一礼。
パティさんの実子。
幼いながら両親から優秀な頭脳を授かり、多方面に才能を見せつける才女。
さらに機械種使いの才能を持ち、目下鉄杭団の後継者と見做されている。
もちろん私とも面識あり。
2年前に出会った時は、随分と素っ頓狂な言動に驚きはしたけれど………
今の礼儀正しい態度を見るに、心を入れ替え、普通の女の子に戻った様子。
「アテリナさん。お久しぶりです」
「元気そうね…………、鉄角将軍さま」
そっと彼女に告げた、かつて彼女がそう名乗っていた称号。
ガクンッ!!
すると、パルミルはガクンと体勢を崩して動揺。
そして、顔がみるみるうちに紅潮。
この世の終わりかと思うような愕然とした表情を浮かべて私へと抗議。
「アテリナさ~ん………、その名前で呼ぶのは止めてください!」
「あらら? 可愛い呼び名だったじゃないの。御爺さんの2つ名に因んだ良い名前だと思うわよ。『鉄角将軍』って………」
「もうやめて! あの頃の私はちょっとおかしかっただけだから!」
私が揶揄うと、両手で頭を抑えながら首をブンブン横に振るパルミル。
そこには当時の………角付ヘルメットを被り、機械種パンサーにドレス姿で騎乗するヤンチャなパルミルはどこにもいない。
過去の黒歴史に苦悩する十代の悩める女の子がいるだけ………
そんなパルミルの姿にパティさんは苦笑い。
また私も釣られるように笑みを零した。
次に向かうのは蓮花会。
かの有名な機人の女性、赤の死線で武名を鳴らしたマダム・ロータスが設立した秤屋。
個人的なつながりのあった『鉄杭団』とは違い、『連花会』とはビジネス上の付き合いのみ。
無下にされることは無いだろうが、アポも無くいきなり訪ねて話を聞かせてくれるかどうかは不明。
それでも、征海連合を訪ねるよりマシだろう。
あの業突張りどもに借りを作るのはどう考えても悪手。
それに連花会は女性を主に構成員とする秤屋。
ならば、随員も含めて全員女性である私達なら受け入れてくれる可能性が高い。
少なくとも門前払いはあるまい。
簡単な質問くらいはさせてもらえるであろう。
もしかしたら、狩人や猟兵の女性にとっては憧れの人とも言えるマダム・ロータスを一目見れるかもしれない。
などと考えていたのだが…………
「ふ~ん………、お前さんがアレックスとリリーナの娘かい?」
「は、はい!」
「リリーナによく似ているね。あの子の若い頃にそっくりだ」
「恐縮です……」
「懐かしいねえ………、最後に会ったのはもう何十年も昔の話だけど、あの子の勝気っぷりは今でも覚えているよ」
蓮花会に伺った所、すぐさま案内されたのが応接間。
一体誰と会わされるのかと思いきや、現れたのはマダム・ロータスその人。
実年齢は70歳を超えるのだが、外見は20代後半の野性味あふれる美女。
姿形が変わらぬ機人なのだから当たり前。
先ほどから私はおろか、横に座るジャネットもドーラも緊張しっぱなし。
生ける伝説を目の前にしているのだ。
緊張しない方がどうかしている。
それでも、『魔弾の射手』の代表としてマダム・ロータスに恰好悪い所は見せられない。
腹に力を入れて踏ん張り、何とか平静を取り戻して会談に臨む。
「2人のことは風の噂に聞いたよ。残念だったね。狩人や猟兵には戦死は付き物だが………やっぱり私より若い奴等が死ぬと堪えるね。惜しい奴等を無くしたもんさ」
「マダム・ロータスにそう言って頂けると両親も浮かばれます」
「そういや………、アレックスとリリーナの装備は回収できたのかい?」
「はい。父の『断空の外套』は兄に、母の『星屑のドレス』は私が受け継ぎました」
「へえ? どちらも扱いづらい発掘品だ。でも、上手く扱えるようになれば、一騎当千の力を発揮する。2人にとっては両親の遺産として以上の価値があると言えるね。早く使いこなせるようになることを願っているよ」
「ありがとうございます! 頑張ります!」
マダム・ロータスの激励に元気良く返事。
私にとっても兄貴にとってもこれ以上無い発破になるだろう。
何せ、私達の両親の活躍を良く知っているらしいマダム・ロータスからの言葉なのだから。
『断空の外套』は空間制御機能を秘める灰色のコート。
亜空間倉庫機能を標準装備しており、多数武器や物資を収納できる。
また、使いこなせるようになれば、空間障壁や空間転移すら発動可能………
ただし、その発動には多大なリスクを含み、過去の保持者の大半が、空間制御をミスって、手足を吹き飛ばしたり、転移に失敗して壁や床に融合してしまったりしている。
そもそも人間が目に見えない空間を扱うこと自体が無茶なのだ。
父のアレックスも普段は亜空間倉庫だけを利用し、滅多なことでは他の空間制御を発動させることはなかった。
しかし、兄貴はそんなリスクを飲み込み、空間制御機能のフル活用を目指している。
我が兄ながら、豪胆を通り越して頭がおかしいレベル。
訓練を続けながら徐々に空間制御を使いこなし始めている所がさらに恐ろしい。
それに比べれば、『星屑のドレス』はもう少し大人しい。
最上級の重装フォートレススーツにして、女性しか装備することができない限定仕様。
これを使いこなすことができれば、単独でストロングタイプを軽々と打ち破れる。
しかし、使いこなすには感応士レベルの思考波の送受信が必須。
また、身体を鍛えておかないと、激しい動きに耐えられずに負傷は必至。
私自身、そこそこ鍛えているつもりだけど、まだまだ使いこなせるレベルじゃない。
いずれこれを纏い性能を完全に引き出した上、戦場で暴れるのが私の夢。
私も兄貴も、この2つの発掘品を表立って使うようになるのは中央に辿りついて以降になる。
その時こそ、『魔弾の射手』は元の『魔風団』へと生まれ変わることができる。
「で? 用件ってのは何だい? 話を聞きたいってことだけど?」
「え………、っと、ですね。その………、街で噂になっていました『白ウサギの騎士』について話を聞きたくて………」
マダム・ロータスへと事情を説明。
私達が行き止まりの街で出会ったヒロが『白ウサギの騎士』なのかを調べていると正直に話した。
すると、マダム・ロータスは自身が知る『白ウサギの騎士』と特徴を照らし合わせて、
「なるほど………、今聞いたイメージだと、私の知る『白ウサギの騎士』に非常に近いね。黒髪で貧弱そうな身体。優柔不断で覇気の無い少年。口は回るけど、女性には奥手………、いや、まんまだね。昔と今と全く変わってないじゃないか?」
「そうなんですか?」
「そうだよ。戦闘になると鬼神のような強さを発揮する癖に、普段は虫も殺せないような弱弱しい少年さ。闇剣士を一太刀で切り倒し、竜種を素手で捕獲する、赤の死線で活躍するような超一流をも上回る実力者。率いる従属機械種はどれもトンデモナイ高位機種ばかり。なのに、日常生活では英雄らしいところを欠片も見せない。人前に出るのが嫌だと言ってホームに引き籠り、パレードやパーティの開催なんて断固拒否。女の子にモテたいと口にする割に、迫られたら逃げるチキンハート。けれども守るべき者を守る為なら百の敵にすら臆することなく立ち向かう………、一体何をどうしたらあんな歪な少年が育つんだろうね? お前さんは何か知ってるかい?」
「いえ…………、私もヒロと話したのは1日くらいなので………」
聞けば聞くほどヒロのことが良く分からなくなってくる情報。
でも、何となく、そうだろうな、とも思えるような話ばかり。
何せ、ヒロはこの私の誘いも蹴ったのだ。
夜分に物影へと誘い、パンツを脱ぎ捨ててお尻を向けた私に対して、
パチン!と平手で尻を叩いたことを今でも忘れてはいない!
ポッと出の女に捕まるようなヒロではない。
ヒロを捕まえるのは私なのだ!
次こそは必ず捕まえてみせる!
次こそはパンツを穿いたままで誘うから!
「色々とありがとうございます、マダム・ロータス。これで知りたいことを知ることができました」
改めてマダム・ロータスへとお礼を言う。
横のジャネットとドーラも私に合わせて頭を下げる。
これである程度『白ウサギの騎士』の情報は出揃った。
今までの情報を統合すれば、この街で聞く数々の武勲は『白ウサギの騎士』の手で挙げられたことに間違いない様子。
そして、『白ウサギの騎士』は、私達が行き止まりの街で出会ったヒロという可能性が極めて高い。
後は、細かい所を詰めるだけだろう。
ヒロの痕跡を探して街を周っていけば、自然と集まっていくに違いない。
「おや? これくらいで良かったのかい? もっと聞いていけばよいのに………、と言っても話せることと話せないことがあるけどね」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら問うてくるマダム・ロータス。
何やら挑発的にも見えなくも無い態度。
そんな様子に私は少しばかり考え込み、
ふと脳裏に過った質問をぶつけてみた。
「では、マダム・ロータスにお尋ねします。ヒロは………『白ウサギの騎士』は一体何者だと思いますか?」
「ん~~………、また、随分と哲学的な質問じゃないか? そもそも自分が何者だ、なんて知っている人間の方が少ないだろうに」
「それはそうでしょうが………、でも、今聞いた話だけでも、彼が挙げた武勲は度を越しているように思います。その『力』もそうですが、何より事が連続して起こったことの方が問題でしょう」
「あ~、その辺は色々疑う者もいないわけじゃなかったね。でも、それは白の教会が否定したよ。確かに半年間の間に事が起こり過ぎているだろうけど、確率的にゼロじゃない。それに、ちょうどこの期間に、ヒロ以外にも優秀な人間、訳ありの連中が集まっていたこともある。それ等に触発されて、という可能性もあるのさ」
「ヒロ以外に? そんな方々がいたのですか?」
「んん? まだ知らないのかい? ヒロと同期の連中がいてね………」
そこでマダム・ロータスは緑色に輝く瞳をギラリと瞬かせ、
笑みを深くしながら、驚くべき情報を投下した。
「ソイツ等が集まって、『未踏破区域の巣』の1つを攻略したのさ。ヒロにできたことは自分達にもできると証明する為に。白翼協商のアルスとハザン、鉄杭団のガイ、征海連合のレオンハルト、そして、我が蓮花会のアスリンチームの面々がね」
これにて狩人編を終了いたします。
長い間お付き合いありがとうございました。
今後につきましては、まだ未定のままなのですが、まずは全然返せていなかった感想への返事を少しずつ行っていきます。その後は、この狩人編にまつわる閑話を幾つか投稿する予定です。
そして、この物語のネックとなっているスラム編の改定。ずっと更新しないままになっている外伝の投稿。それ等が終われば、ぼちぼちになりますが中央編の設定を組み上げていくつもりです。
色々とご助言頂いておりますので、参考にしながらじっくり進めていきたいと思っています。
かなりお時間を頂くと思いますが、よろしくお願いします。




