340話 エピローグ1
「ただいま~」
「おかえりなさい、ヒロ」
「今日は何かな~?」
「前にヒロが教えてくれた照り焼きハンバーグにチャレンジしてみたよ」
「おっ! 凄いね、エンジュ。もう覚えたんだ?」
「ヒロほど上手じゃないけど……」
箒を片手にエプロンを着てはにかむエンジュ。
まるで新婚さんみたいなやり取り。
だが、残念ながらこの家に住んでいるのは俺とエンジュだけではない。
「あ、ヒロさん。ちょうどいい所に帰ってきましたね。実はお願いがあるんですが……」
「駄目です」
「まだお願いを言ってないじゃないですか! せめて聞くくらいしてください!」
ムウっとしかめっ面で抗議するユティアさん。
でも、ユティアさんのお願いなんて、また、ヨシツネや豪魔を見せてくれとかに違いない。
「ヒロさん、おかえりなさい。ほら、ニケも……」
「お……、おかえりなさい」
ミランカさん、ミレニケさん姉妹からのおかえりなさい。
相変わらずミレニケさんはお姉さんの背中に隠れたままだ。
あんな目に遭ったんだから、男性恐怖症になってしまっても仕方が無い。
この辺りは徐々に慣れてもらうしかないのだろう。
まあ、まだミレニケさんはマシな方なのだ。
他の女性達と比べると。
今、俺達が住んでいるのはルトレックという街。
俺が野賊から助け出した街の有力者の縁者の女の子。
その子の父が領主をしている街に俺達は居つくことに成功した。
領主のご息女を野賊から救い出したという事実を最大限に生かし、俺達だけではなく、助け出した女性達も含めて街に居つく許可を得ることができたのだ。
さらに、この大人数が住むことのできる家も用意してくれるという厚遇で。
その代わり、以後、一切の連絡を取らない。また、生活補助などの支援もしないという条件をつけられたりしたけれど。
まあ、この辺りは上流階級の醜聞にもつながるから仕方が無いのかもしれない。
そして、俺達はこの街での生活をスタートさせた。
最初はこの人数を賄う生活用品を揃えたり、施設の場所や街のルールを覚えるのに大わらわだったが、最近はようやくゴタゴタも落ち着き、普段通りの日常が続くようになった。
この街は辺境にしては豊かな街であり、治安も悪くない。
領主の軍もしっかりしていて、レッドオーダーや巣に脅かされることも少ない。
俺がエンジュやユティアさんを送り届けると約束した、安全な街といっても問題は無い。
そう、問題は無いのだ。
本来なら、居つく許可を得られた時点で旅立っても良かった。
エンジュ達が街の暮らしに慣れるまでと言うなら1週間くらいは一緒にいてあげるつもりだった。
でも、未だに俺は旅立つことができず、エンジュ達と一緒に暮らしている。
野賊を討伐して、街に居つくようになってからすでに2ヶ月が経過しようとしているにもかかわらず。
「はあ…、ミスったなあ」
もう、何回目になるか分からない愚痴が漏れた。
それは今の俺の境遇を嘆く心の声だ。
今は家の屋上で時間を潰している。
空を見上げれば月明り。
ちょうど遅い夕食といった時間帯。
この時間帯は、俺は家の中にはいられない。
なぜなら、俺が野賊から助け出した女性達が食事を取っているから。
男である俺を目にするだけで、パニックになってしまうような人もいる為だ。
「気にせず、さっさと街を旅立っていれば、こんなことには……」
とは言うものの、結局、エンジュ達や助け出した女性達を見捨てられず、こんな状況に甘んじているのも俺の選択の結果だ。
「ネット小説でも、こんな後日談まで語られるのってあんまり無いからなあ」
勇者は悪党に囚われた女性達を助けました。
女性達を街まで送り届けた勇者は、次の街へと旅立ちました。
「……助け出された女性達がどうなったかは、あんまり語られない……か、問題なく元の生活に戻りました……ってとこかな」
現実はそう上手くいかないケースの方が多い。
元々野賊に襲われ、捕らわれた女性たちなのだ。
その際に身内や庇護者を失った人が大半。
もはや帰る場所なんてない人がほとんど。
俺が助け出したのは全員で12人。
うち一人が領主の娘。
もう一名が猟兵をやっていたフランさん。
なんとか近隣に親戚を見つけた女性が3人。
残り7人が身寄りも無く、俺達と一緒に住むことになった。
「……しかも、7人の内、5人が精神的にまいってしまったまま」
こればっかりは仕方がないであろう。
ずっと男達に無理やり嬲られていたのだ。
症状の軽い2人でも、俺のような少年であっても面と向かってまともに会話ができないほど。
いくら俺でも精神を治す術は無いからどうしようもない。
こんな状態の女性達を俺達が放り出したら、間違いなく路上で野垂れ死に。
そんなの根が善人のエンジュやユティアさんが見過ごすわけがない。
「だからって、7人全員面倒を見なくても……」
じゃあ、俺は見捨てることができたのかと言われたら、俺も悩んでしまうかもしれないが。
現に厄介事を引き受けてしまったエンジュやユティアさんに付き合ってしまっているのだから。
今は、俺が外でレッドオーダーを狩って生活費を稼ぎ、エンジュとミランカさんが家の中の面倒を見て、ユティアさんとミレニケさんが俺の狩ってきた機械種を修理して売り払い、貯蓄に回している。
ただ、外へ出ようとすると俺には監視が付くので全力を出し切れない。
まあ、街の領主としてはどのような人間なのかを確認しているだけなのだろうけど。
おかげでヨシツネや天琉を家に置いたまま、白兎と森羅を連れて、ゴブリンやオークを狩る細々とした活動しかできない。
それでも、俺の狩りは元手がかかっていないから、結構な黒字になってはいる。
しかし、女性達の症状が改善するかどうかも分からないから、まだまだ十分というには足りない状態。
「七宝袋の中の紅石や緋石が売却できたらなあ……」
そうすれば莫大なマテリアルが手に入り、それを使って人を雇うこともできただろう。
しかし、それをすれば街の中の良からぬ人間に目をつけられることになる。
ただでさえ女性が多く住むこの家は近隣では目立ってしまっているのだ。
これ以上注目を増やしては、いかに治安の良い街でも危険度が増してしまう。
「いや、マテリアルの問題じゃないんだよな。俺が旅立つって言いにくいだけ」
エンジュ達は、俺が助け出した女性達の面倒を見てくれているのだ。
その原因となった俺が、ハイサヨナラと街を出て行くことができる程、俺の面の皮は厚くは無い。
「やっぱりプーランティアからの迎えを待つしかないのだろうか?」
街に居ついてすぐにユティアさんに故郷の名を教えてあげた。
情報屋からの連絡が入ったとか、情報源は適当に誤魔化したけれど。
その街の名を聞いて、涙を流すユティアさん。
すぐさま手紙をしたため、幾つかの商会や渡りに依頼を行った。
しかし、東部領域という遠方まで手紙が辿りつく可能性は限りなく低い。
未来視でも実際に手紙が届いたのは3年以上後のことだ。
だから確実に手紙が届く手段を取ることにした。
それは白兎便による手紙の配達。
しかもただの白兎便ではない。
打神鞭という角が生えた白兎による超特急便による配達手段。
それは今から1ヶ月半くらい前のこと。
住居を手に入れ、家財道具や生活用品を一通りそろえ、ようやく一息つくことができたぐらいの頃。
ユティアさんから余分に書いてもらった手紙を手に、打神鞭の占いを実施。
できる限り早くユティアさんの手紙を届ける方法を打神鞭に問うた。
すると、突然、打神鞭が光とともにこちらへと飛んできて、俺の足元に居た白兎の額に衝突。
「白兎!」
慌てる俺に、白兎は大丈夫とばかりに耳をパタパタ。
白兎の額に突き刺さったように見えた打神鞭。
しかし、それは初めから生えていたかのような角に変形していた。
「げええ!! 白兎に……角が!!」
俺の目の前に鎮座するのは、間違いなく白兎。
しかし、その額からは一角獣ごときご立派な角。
フリフリ
なぜか機嫌良さそうに耳を振りながら胸を張る白兎。
角が生えた額の位置は、ちょうど『仙』の文字の上あたり。
その姿が伝説に謳われる一角兎『アルミラージ』そのもの。
「おい、打神鞭! 元に戻るのだろうな?」
白兎に角が生えた姿は、なかなかサマになっているが、ずっとそのままだとちょっとイヤ。
やはり白兎の姿はいつもの白うさぎのフォルムが一番だ。
ピコピコ
「うーん……、役目を果したら元に戻るって? まあ、それなら……」
聞くところによると、白兎の額から生えた一本角となった打神鞭が、正確な場所を割り出してナビゲートしてくれるらしい。
「俺の見た未来視では、ここまで親切な結果を出してくれなかったくせに……」
レストラン経営ルートでは、『どうやればユティアさんの手紙が無事届くのか』の占いを行い、出てきたのは遠方の手紙の配達を取り扱っている業者のリスト。
確かに無事届いたのだが、2年以上は時間がかかり過ぎだ。
それが分かっているから、今回は『できる限り早く』を条件に追加した。
まさかその結果が角突きウサギの白兎便になるとは全く思いつかなかったが。
「とにかく頼んだぞ! 白兎!」
ピョンッ!
俺の依頼に、手紙を持ったまま一飛びして了解の意を示し、そのまま空中へ飛び上がり白い流星となって飛んでいく。
宝貝としての俺とのつながりを持つ白兎なら、従属範囲は関係ない。
白兎のスピードであれば、10日間もあれば・・・
と思ったら、白兎が帰ってきたのはその5日後。
往復2ヶ月以上もの行程を僅か5日間で完了させたのだ。
「白兎がユティアさんの母親に直接渡したと言っていたから、間違いなく届いたはず」
ただ、手紙が届いたからといって、すぐにこちらへの迎えが来ると言う訳ではない。
未来視でも誰一人、東部領域から辿りつける者はいなかったのだから。
「未来視と異なる点は、手紙が届いた時期がかなり早いから、そこまで街の状況が悪くなっていないということか……」
まあ、それでも半年以内に辿りつくことはあるまい。
手紙でこちらの事情は伝えてある。
庇護している女性達がおり、一緒にプーランティアまで連れて帰りたいとの要望。
それを叶えるにはそれなりの人員を揃えなくてはならない。
その準備だけで数ヶ月近くはかかってしまうだろう。
「つまり、少なくとも半年以上はこの状態が続くことになりそう……」
自業自得とはいえ、ここへ来て大幅な足止めだ。
俺自身、エンジュ達と一緒にいるのは嫌ではない。
むしろ疑似的な新婚生活を楽しんでいるような気分になっている。
だが……
そろそろエンジュに手を出してしまいそうになっている自分が抑えられそうにないのだ。
それに……
「女の園で男1人。ずっと耐えるのは辛いんですけど……」
傍から見たら俺が望んでいたハーレム生活みたいなモノかもしれないが、とても生半可な覚悟で手を出せそうな状況ではない。
食べられないご馳走を並べられても辛いだけだ。
そういうお店に行こうかとも考えたのだが、思ってた以上に街の歓楽街が小さく、俺の様な年若い少年が行けば、すぐに噂になりそうで怖い。
それに監視の目もあるし……
風俗に行ったことをエンジュ達にバラすと脅されたら大変だ。
だからひたすら禁欲で耐える日々が続いてしまっている。
いや……
「フラウさんに一回相手してもらったけどね」
脱出の時、色々と協力してくれたおっぱいの大きいお姉さん。
しばらく一緒にいてくれたが、所属先の猟兵団からの呼び出しを受けて、中央へと帰ってしまった。
その帰る日の直前に、向こうからお礼と謝罪を兼ねてとお誘いを受け、一晩過ごすこととなったのだ。
普段なら断ったかもしれないが、俺も禁欲の限界、フラウさんも完全に遊びと割り切った関係で身体を重ね合った。
いや、大きいおっぱいというのはいいものだ。
大変勉強になりました。
気をつけたのは、絶対にエンジュ達にバレないようにすること。
エンジュ達が外に出るスケジュールを綿密に計算して、誰も近寄らない部屋をピックアップ。
仙術をフル活用して痕跡を断ち、自分の持てる全ての力を尽くして隠蔽工作を行った。
後にも先にも、あそこまで自分の頭を限界まで酷使したことは無いだろうと思う程に。
世の中の浮気をする人というのは、事に及ぶ為に、普段からここまで神経を使っているのか……
「まあ、それはともかく……」
何かこの状況を変えることのできる手段は無いモノか。
俺が気兼ねなく旅立てるようにする為に。
エンジュ達が何含むことなく笑顔で俺を見送ってくれるような方法は……
いっそ、俺の手持ちの機械種を置いていくか?
白兎、ヨシツネをこの街に置いておけば、大抵の問題は片づけることができる。
そして、プーランティアの迎えが来たら、改めて俺と合流すればよい。
その間は俺が自由に行動ができるというメリットが……
「はあ…、それができたら苦労はしないって……」
馬鹿なことを思いついたと、自分で自嘲のため息を漏らす。
それは今まで何度も屋上で行った、今の俺の儀式みたいなモノ。
誰にも吐き出せない愚痴を外に出しただけ。
多分、これからも続くのだろう。
この生活が続く限り……
バタン
「ヒロ。皆の食事、終わったよ」
そんな時、屋上の扉が開いて、俺を呼びかける声が響く。
振りむけば、そこにはエプロンをかけたエンジュの姿。
「了解、わざわざ呼びに来てくれてありがとう」
すぐさま表情を切り替えて、エンジュの声に答える俺。
「じゃあ、俺もエンジュが組み合わせてくれた食事に舌鼓を打ちますか。すっごく美味しいんだろうなあ!」
「ええ! そんなにハードルあげないでよ……一生懸命、がんばったけど……」
「うんうん、調味は愛情!エンジュが頑張ったんならきっと美味しいはずさ」
エンジュとのいつも通りのやり取り。
すでに俺の日常の一部と言っても良い。
恥ずかし気に顔を伏せるエンジュの横を通り過ぎて、扉を潜ろうとした時、
「ヒロ、ちょっといいかな?」
いつもとは違う口調のエンジュの声が俺に投げかけられた。
先ほどのやり取りとは異なる、真剣な思いが込められた問い。
「んん? いいよ、何?」
対して、俺はいつものように軽い口調で答える。
何かが変化する予感を感じながら。
エンジュに向き直ると、そこにあるのは穏やかな微笑。
何かを決心したような、そして、何かを諦めたような……
決意と諦観が織り交ざった複雑な表情。
そして、その口から語られた言葉は……
「……ヒロ。もうアタイ達は大丈夫。だからヒロはアタイ達のことを気にしないで、中央へ旅立って」




